Dominance&Submission

砂時計

 

 

 

 

 

 扉の閉まる音と共に服を脱ぐよう命じられ、僚は俯いてシャツに手をかけた。覚悟を決め、思い切りよく脱ぎ去る。
 神取はクローゼットから赤い一組の枷を取り出すと、全裸になった僚の腕に枷を巻いた。
 厚い革が手首に巻かれる感触に、僚は微かな身震いを放った。この瞬間がたまらなく怖くて…好きだ。

「ベッドの傍へ」

 そのまま後手に拘束されるだろうと予測していたが、男はそうはせず、軽く背中を押され戸惑いながらベッドの傍に歩み寄った。
 足を止め、恐々と振り返る。
 微笑む支配者の貌に、胸の奥がずきりと疼いた。

「手を出して」

 僚は不安そうに目を上げ、びくつきながら手のひらを上に向けた。
 男はそこに、ポケットから取り出したピルケースの中身を一粒、落とした。
 見覚えのあるピンクの錠剤を目にして、僚の顔がわずかに強張る。
 予想通りの反応に口端を緩め、神取はベッドサイドに置いたコップと水差しを手に取ると、一杯の水を僚に差し出した。

「飲みなさい」

 促す声は限りなく優しいが、一切の否定を許さぬ響きは充分、背筋を凍らせた。
 僚は覚悟を決め、媚薬を水で流し込んだ。

「いい子だ」

 言葉と同時に向けられた恐ろしくも美しい笑みに、目が釘付けになる。
 一瞬、自分が何を飲まされたか忘れてしまうほどに。
 これから、羞恥に身の竦む思いをするのだというのに、それを忘れた様子で熱っぽく見つめてくる僚に、男は強い愛しさを覚えた。
 それをどうにか振り切り神取は再びクローゼットに歩み寄ると、奥の箱から、黒い大小の球が連なった性具を取り出した。
 強い顔で俯き、視界の端でそれを見つめる僚に、思わず笑みが零れる。
 気にしない風を装っていても、引き結んだ唇がわずかに震えていた。
 追いやったはずの愛しさが、またも胸に込み上げてくる。

 嗚呼、彼は本当に……

「……ベッドに、仰向けになりなさい」

 俯いたまま、僚は静かにベッドに乗り上げ、ためらいがちに身体を横たえた。
 仰向けになった僚の目の前にビーズを垂らし、口を開く。

「大きい球はいくつある?」
「……よ、四つ」
「では小さい方は?」
「みっ、みっつ……」

 僚はどもりながら答えた。
 微笑み頷く。

「入れて欲しいかい?」

 自分の口からねだるよう誘導する男の言葉に、僚は唇を引き結んだ。
 言えば、自分から欲しがる淫乱さを含み笑いで嘲られ、言わなければ、噤んだ口が開くまで執拗に責められる。思考が真っ白になるほどの甘いとろけるような愛撫で。
 束の間の沈黙の後、僚は震えながらぎこちなく頷いた。それしか選べない。

 薬を、飲んだろう――

 笑う声が、耳をかすめた。
 逃れようもなかった羞恥に身を竦め、きつく目を瞑って耐える。

「なに、聞こえない」
「い――入れて」
「どこに?」

 ひっそりと、空気のかすれるような囁きが耳朶をくすぐる。
 僚はぶるぶるとわななきを放った。

「どこに入れて欲しいか言いなさい」

 脳天をずしんと揺さぶる男の低音に震えが止まらない。強張って思うように動かない手足を引き寄せ、自分で抱えて露わにする。
 嗚呼、震えが止まらない。
 喘ぎ喘ぎ応える。 

「こ、うしろ……お尻に入れて」

 答えを待っていたのか、すぐさま異物が後孔に押し付けられる。
 僚の口から、あ、と少し怯えた声がもれる。
 男はにやりと口端を歪めた。

「ここに欲しい?」

 手にしたアナルビーズで彼の慎ましく閉じたそこをくすぐる。

「あ、ぁ……」

 たちまち上の口から、何とも甘ったるい声がもれた。
 薬のせいか、それともこの状況か。
 男の背をぞくぞくとした興奮が駆けのぼる。

「欲しい……入れて」

 僚は恐る恐る目を開き、見下ろしてくる支配者にねだった。

「一つずつ入れていくから、数えなさい。間違えたり、数えられなかったら、最初からやり直しだ」

 神取はビーズを手のひらにのせたっぷりローションを垂らした。
 束の間、沈黙が続く。
 自分がいかに恥ずかしい格好をしているか、思い知るのに十分な沈黙。
 男の笑う声を、聞いた気がした。
 見られている…余りの恥ずかしさに、顔が熱くなる。
 やがて男はビーズの一つ目を摘むと、僚の後孔に押し付けた。
 ローションに濡れたビーズが触れた瞬間、僚は喉の奥でひっとうめき身体を強張らせた。

「力を抜いて」

 言い終わらぬ内に、神取は押し当てたそれをゆっくりと埋め込んでいった。

「っ……」

 小さな口を広げ、抵抗もなく入り込んでくる異物に僚は喉を引き攣らせた。
 すぐさま息を飲み込み、しゃくりあげるように一つと数える。
 男は口端を歪め、二つ目を摘んだ。
 再び後孔が押し広げられ、滑り込んでくる異物の曖昧な刺激に、思わず声を上げそうになる。
 それを寸でのところで押し殺し、僚は二つと声を出した。
 焦りが生じる。
 直前に飲まされた薬の効果が、表れ始めている。
 そう自覚すると同時に急激に身体の芯が熱く疼き出し、それは明確な快感となって背筋を走った。

 なんともない……

 言い聞かせるように心の中で繰り返し、小さく唇を噛む。
 それは虚しくも呆気なく崩れた。
 男の指が三つ目を埋め込んできた時、無意識にも腰をくねらせ欲しがってしまったのだ。
 全身で快感を訴え、何度もビーズを締め付け熱いため息をもらす。
 僚の反応に、神取は喉の奥で密かに笑った。そして、待つだけ無駄な、数える声に耳を澄ます。
 聞こえてくるのは、少し荒くなった僚の息遣いだけだ。試しに、四つ目を小さな口に押し付ける。

「んんっ……」

 途端に、胸を疼かせる甘い吐息が僚の唇からもれた。全身の血がぞくりとざわめく。
 大きく息を吸い、神取は口を開いた。

「守れなかったね」

 そう言うと、僚はあっと声を上げ怯えた顔で目を上げた。

「ごめんなさい……」
「もう一度、最初からやり直しだ」

 言葉と同時にビーズを引き抜く。
 彼が少しでも長く感じるように、ゆっくりと。

「っ……ん」

 今の僚にはそれだけでもたまらないのか、一つ目は辛うじて噛み殺した声を、二つ目が引き抜かれる時は忘れた様子で甘くもらした。
 そればかりか、離したくないと無意識の内に強く噛んで引き止めてしまった。
 思わぬ抵抗に、男はくくっと声に出して笑った。

「気持ちはわかるが、力を抜きなさい」

 その言葉でようやく自分の浅ましい行為に気付き、僚は顔を赤らめた。

「今度はちゃんと数えなさい」

 そう言って腿の内側を撫でる。
 かすめる指の曖昧な刺激にさえ小刻みに震えて、僚はぎこちなく頷いた。
 再び一つ目から始められる。
 しかしそれも五つ目まで数えられず中断され、男の笑う声と段々強まっていく快楽とに、僚は息を乱れさせた。
 そして三度目。
 一つ目さえ満足に数えられず、鼻にかかった甘い鳴き声を上げるばかりの僚に、男はわざと嘲りの言葉を口にした。
 羞恥に身を竦ませ、僚はもぞりと身じろいだ。
 ごめんなさいと呟く微かな声に、嗜虐心がかきむしられる。
 顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳で伏目がちに見つめてくる僚を見ていると、もっと泣かせたいと欲求が募る。

「もう……許して」

 消え入りそうな声でそう訴え、僚は濡れた睫毛を震わせた。
 繰り返し後孔を弄られたせいで、下腹のそれは自分で見るのも恥ずかしいほどに硬くそそり立って、先端から雫を溢れさせていた。
 脚を閉じで隠せない恥ずかしさを必死にこらえ、恐る恐る男を見上げる。
 それを、神取は笑顔で否定した。

「駄目だよ。まだ、最後まで数えきっていない」

 半ばわかっていた答えに、僚は目を閉じた。

「七つ数えればいいだけだ。簡単だろう」

 諭すように語りかける声は、限りなく優しい。

「……はい」

 息を詰めて頷き、恐々と目を開く。
 それから三度間違え、四度目にようやく、七つまで数える事が出来た。
 散々前立腺を刺激され、しかし射精には至らない蹂躙のせいで、僚の下腹は先走りの雫でぐっしょりと濡れそぼっていた。
 やっと数え終えた安堵と、腰の奥に絡み付く悦楽とに翻弄され、僚は乱れた息に胸を喘がせぐったりと四肢を弛緩させた。
 その様子に、神取は満足そうに目を細めた。おもむろに手を伸ばし、下腹のそれを軽く握り締める。

「こんなに溢れさせて」
「あぁっ……」

 今にも破裂しそうに硬く張り詰めたものを握られ、自分でも驚くほど生々しい声が口から零れる。
 反射的に脚を閉じるが、男の手をもはさむ格好になり、かえって自身を追い詰めるだけだった。
 構わず男は手を動かし、上下に扱き始めた。

「あ、や…だっ……」

 背筋を這い上がる強烈な快感に、僚は無意識に腰を揺すった。

「そんないやらしい声まで出して。お仕置きだというのに、いけない子だね」

 はあはあと胸を喘がせる僚に笑みを深め、絡ませた指で先端の窪みを強く刺激する。

「あぅっ……!」

 瞬間的な痛みはすぐさま目も眩む愉悦に取って代わり、僚を翻弄した。
 自身の溢れさせた雫でぬめる指が、尚も執拗に先端を責める。脳天を痺れさせるほどの快感が、続けざまに襲ってくる。

「いっ…ああぁ……あ、あっ……!」

 僚は大きく背を反らせ、鳴きながらがくがくと腰を上下させた。
 今にも射精を迎えようとした寸前、唐突に男は手を離した。
 微かに残る刺激に縋り、僚は小さく喘ぎながらシーツに擦り付けるようにして腰をくねらせた。そうしている自分を浅ましいと思いながらも止められず、せめてもの証に唇を噛む。
 媚薬の甘い誘惑に、必死になって抵抗する僚の表情に目が釘付けになる。

「……どうやら、お尻を叩かれないとわからないようだね」

 言葉と同時に抱き起こされる。姿勢を変えた途端内奥に埋め込まれたビーズが蠢き、思わずもらしたため息に僚ははっと口を噤んだ。
 すぐさま男の顔を窺い見る。
 微笑む眼差しが、無言で淫乱と嘲り笑っているように見え、いたたまれずに目を逸らす。
 出来るなら、今すぐにでも逃げ出してしまいたい…そして同時に、身体の内側でずきずきと疼く快感を、何もわからなくなる程の強さであやしてほしい。
 両極に揺れる心をどうにか押し隠し、少し高い位置から見下ろしてくる男の視線にじっと耐える。

「四つ這いになって、腰を高く上げなさい」

 言葉と同時に脇腹を撫で上げ引き攣った喘ぎを出させると、男は間を置かず肩に手をかけ床に這いつくばらせた。
 僚は言われるまま膝で身体を支え、浅ましい格好を取った。
 床に押し付けた頬が、燃えるように熱い。
 もう幾度となく繰り返した行為だというのに、この瞬間はいつも、いささかの恐怖に見舞われる。
 怯えや、罪悪感、そして…期待。

「三十、数えなさい」

 頭上から投げかけられた低い声音に、僚はくぐもったうめきで頷いた。
 ややあって、男の手がひたりと尻に当てられる。

「ん……」

 身体中に広がった薬のせいで、じんわりと伝わってくる男の体温にさえひどく感じてしまう。
 少しでも気を抜けばいやらしく腰を振ってしまいそうになる自分を辛うじて押し殺し、僚はぐっと息を詰めた。

「!…」

 直後、鋭い音と衝撃が同じ箇所を襲った。
 じわりと染み込んでくる痛みと熱が、疼きとなって内奥に響く。

「…ふっ……」

 反射的に身を竦めた瞬間、埋め込まれた七つのビーズを強く締め付けてしまい、自分自身の反応に僚は半ば混乱し引き連れた喘ぎをもらした。
 むず痒い痺れは、やがてうねるような快感に取って代わり、衝撃が重ねられる度強さを増して僚を押し流していく。
 ろくに数えない内にそれが表れ、はっきりとある痛みの横にぴったりと寄り添い離れないさざ波のような疼きに、僚は声を詰まらせた。
 浅ましい自分を嫌だと否定しようにも、一度快感に飲み込まれてしまった後ではろくに力も入らず、恥ずかしさに喘ぎながら僚は幾度も、繰り返し、内奥に埋め込まれた異物を締め付け貪った。
 短い爪で床をかきむしり、息をひそめる姿にそうと気付いた男は、密かに笑みを零し、一際強く尻を打つ。

「っ……!」

 身体の芯まで届く強烈な痛みに、僚は食いしばった歯の合間から咳き込むように息をもらした。
 やがてじわじわと浮き上がってくる朱い手の跡を、男は続けざまに打ち据えた。
 みっともなく声を上げる事だけはすまいと耐えるが、同じ箇所を責められてはそれも長くは続かなかった。
 数えるのも忘れ、僚は姿勢を崩して逃れると、悲鳴混じりに謝罪を繰り返した。

「元の姿勢に戻りなさい」

 それを男は冷酷に否定し、打たれた箇所を庇って後じさる僚の腕を掴み引き寄せた。

「や…もう……ごめんなさ……」

 まっすぐに見つめてくる男の眼差しを恐る恐る見上げ、謝罪の言葉を繰り返す。

「わかった」

 半ば諦め混じりの懇願をすんなり聞き入れた男に、僚は耳を疑った。

「手で叩かれるより、鞭の方がいいんだね」

 まさかと思った刹那投げかけられた言葉に、背筋が凍り付く。
 僚は声を失い、立ち上がってクローゼットに近付く男の後ろ姿をただ凝視する。
 振り返った男の手には、数え切れぬほど涙を搾り取った黒い乗馬鞭が握られていた。

「四つ這いになりなさい」

 変わらぬ穏やかな声音に、いっそ目が眩む。
 あの眼差しと、声に囚われている自分は、逆らう事も出来ない。
 そう自覚した途端、忘れかけていた下腹の疼きが背筋を走った。驚いて息を飲み込む。
 自身の反応に怯えたように硬直する僚の傍に歩み寄り、神取は手にした鞭で彼の下腹をそっとつついた。

「あっ……」

 途端にびくんと身体を震わせ、僚は反射的に足を閉じた。
 直後、腿を軽く打たれる。

「!…」

 乾いた音と衝撃に、すぐさま顔を上げる。

「四つ這いに、なりなさい」

 穏やかな視線を寄越す男におどおどと頷き、僚は震える四肢で身体を支えた。

「いい子だ」

 言い終わると同時に脇腹を軽く打ち、恐怖に強張る表情を存分に愉しむ。
 それからゆっくりと僚の背後に回り、まだ残る朱い跡を鞭で撫でる。

「う……」

 痛みと快感の入り混じった、少し切なげな声が僚の口から淡く零れた。
 胸を焦がす響きに、男の口端がかすかに緩む。
 いっそ目も眩む程の陶酔に酔い痴れ、神取は鞭を振り上げた。

「ひっ……」

 ひゅうと息を引き攣らせ、鋭く突き刺さる痛みに歯を食いしばって耐える。

「三十数えなさい」

 言い終わると同時に鞭を振るう男に、かすれた声を振り絞り、僚は頷いた。
 満足げに笑みを浮かべ、神取は乗馬鞭を握り直した。

 

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