Dominance&Submission
革手袋
「んんっ……」 噛まされた玉状の口枷に歯を立て、僚はくぐもったうめきをもらした。いまだ身体の奥で振動を続ける性具に、一度精を放ったはずのそこは再び熱を帯び、半ばまで勃ち上がっていた。 出来る事なら今すぐ身体を丸めて隠してしまいたい。 だが、無理だった。 言い付けを守れなかった罰に四つ這いの格好を取らされ、ベッドに腰かけた男に見下ろされる羞恥に耐えながら、僚はじっと床を見つめ続けた。 叩かれた数は三十の半分にも満たない。うっすらと赤く染まった尻は、その奥に押し込まれた性具の振動を伝えるように、小刻みに震えていた。 神取はローションの入ったボトルに手を伸ばすと、蓋を開け、背中の上で大きく傾けた。 一瞬の緊張に身体を弾ませ、僚は深くうなだれた。 無造作に垂らされた透明な液体は床にまで零れ、しかし男は特に気にせず背中に触れると、肌の質感を楽しむように手を動かした。 何の為かわからずに僚が身を竦めていると、時折敏感な箇所を指でなぞられ、反射的に身悶えては喘ぎをもらした。逃げようとしても執拗に追ってくる指に翻弄され、前で繋ぎ合わされた手枷の金具を鳴らしながら、僚は非難めいた声を上げ幾度も首を振った。 劣情に、目が潤む。 眦に浮かんだ涙を瞬きでごまかし、僚は不自由な口で必死に息を継いだ。 そうする事で飲み込みきれずにいた口中の唾液が、口枷の穴を伝ってつうと垂れ落ちた。羞恥にきつく目を閉じ、僚はぐっと首を反らせた。 そうやって抗っていると突然顎を鷲掴みにされ、驚いて僚ははっと目を開いた。 眼前に、朱い蝋燭が突き付けられる。怯えたように眉根を寄せ、僚はぎこちなく目を上げてそれを持つ人物を見た。 薄く笑みを浮かべ、ひどく穏やかな表情で見つめてくる男に、僚はしゃくり上げるように息を吸った。 男にそれを使われるのは初めてだった。 それ以前、出逢う前にしていたアルバイトでは、幾度か使われた事がある。 中には興味半分で初めて火をつける者もいた。その時は、何箇所かにひどい火傷を負った。初めてで加減を知らないのだから、当然といえば当然だろう。 自分の身体などどうなっても構わない、痛みだけあればいいと自暴自棄になっていたから、その時は何とも思わなかった。 しかし、それをやめた今では、純粋に恐怖の対象だった。もう一生元通りにならないと思われた火傷が、跡形もなく消えた時、心底安堵した。 「んっ…う……」 情けないほど顔を歪め、封じられた口の代わりに眼差しで懇願する。 「火をつけてもいいかい?」 哀れを誘う濡れた瞳に、嗜虐心がかきむしられる。神取は見せ付けるようにゆらゆらと手を動かして、僚の返事を待った。 嫌だと、首を振る事も出来る。 だが、男は―― ただ苦痛の対象でしかなかった行為を、一つ一つ快楽に変えていった。 あれほど嫌っていた排泄の強制すら、羞恥も恐怖も上回る快楽に塗り替え、自分から望むまでにさせてくれた。 だったら…… 僚は伏せた睫毛を震わせ、喘ぎながら小さく頷いた。 「熱くて、痛いのが好きなんだね。僚は」 自分で頷くよう誘導しておきながら、屈辱を与える男に、酷く興奮してしまう。 ぐっと口枷を噛み締め、僚は半ばむきになって首を振った。 誰でもいいわけじゃない あんただからだ あんたがしてくれるからだ 「そうかな。こんなに――」 心の中で繰り返していると突然目の前に手が伸びて、みっともなく垂れて糸を引く唾液を男に絡め取られる。 「んんっ……!」 目の奥がかっと熱くなるほどの羞恥に、僚は短く叫んで顔を振った。 「涎を垂らして、悦んでいる」 涙が出そうだった。言葉で苛められるのは仕方がない事と諦めもつく。どんなに否定しようが、一旦始めてしまえば男が呆れるほどの痴態も晒して、しまうのだから。 けれど男は、それを上回る羞恥をいとも容易く与えてくる。 涎をすくい上げた指で頬をこすられ、僚はいっそ消えてしまいたいと願いながら小刻みに震えた。 「また、君の好きな事をするのか。これではお仕置きにならないね」 どこか楽しそうにそう言いながら、男は蝋燭に火をつけた。 丸く鋭い炎を揺らめかせる朱い蝋燭に、僚は瞬きも忘れて見入った。 こんな風に、恐怖以外の気持ちでそれを見るなんて、自分でも信じられない。 だが実際には視線も意識もそこに吸い寄せられ、片時も離れなかった。 じわじわと、芯の根元に溜まっていく朱い雫に、段々と息が乱れていく。その熱さと、痛みは、よく知っている。知り尽くしている。 胸の裡に後悔が過ぎった瞬間、男の手が動いた。 じりじりと溶け出した蝋の一滴を、滑らかな背中に滴らせる。 「んぅ――っ!」 脳天を直撃する刺すような痛みに、僚はくぐもった叫びを上げびくびくと身悶えた。頭の中が真っ白になり、何も考えられない。 逃げる事も。 「う…っぅ……」 切れ切れにもれる呻きに神取はうっとりと聞き惚れ、さらに数滴、滴らせる。背骨に、脇腹に、そして尻に。その度に僚は身体を跳ねさせ、声なき声を上げて喉を引き攣らせた。 痛みなのか熱なのかわからない感覚に四肢は引き攣れ、どっと汗が噴き出す。噛み砕かんばかりに玉枷に歯を立て、僚は哀れに身をくねらせた。 尚も男は無造作に手を動かし、蝋を垂らしていった。 「あ……あぁ――、あ――……!」 続けざまに襲う激痛。 身体を貫かれる錯覚に、僚はあらん限りの声で張り叫んだ。 次第に朱の花が増えていく。神取は一旦手を止め、僚の様子をうかがった。 歯を食いしばり、痛みに耐えている。溢れた涙に頬は濡れ、睫毛が小刻みに震えていた。 だが、浮かべている表情は苦痛だけではなかった。その証拠に、下部ではまだ、僚のそれは勃起したままだ。それが内奥の性具によるものだとしても、蝋の熱と痛みは妨げにならないのだと、そっと男に教えた。 神取はベッドに座ったまま、軽く組んだ足先をゆらゆらと動かして、届くか届かないかの刺激を僚に与えた。 「ん…ふっ……」 今にも泣きそうに眉を寄せ、僚はいやいやと首を振った。 それでも男は執拗に足を動かし、少し強めに圧迫した。すると、ぞくぞくする程艶やかな声が僚の口から零れて、悲鳴にも似た嗚咽に心がかき乱される。 嗚呼、なんという官能だろう。 彼の声はまるで熱い手のひらのようで、唇から発せられる度、男の肌を…頬を、首筋を、背中を、そして急所を、的確に刺激した。時に優しく撫で、時に激しく縋り付く。 彼の声がする度、熱い手のひらが這って、脳天を甘く痺れさせた。 男はごくりと喉を鳴らした。 「僚……もっとほしい?」 呼びかけ、彼がこちらを向くのを待ってから、神取は訊いた。 僚は濡れた睫毛を小刻みに震わせながら、男をじっと見上げた。 「やめてほしい?」 目を見合わせ、男は更に訊く。 いっそ憐れを誘う眼差しで僚は頷いた。 お願い、お願いと一心に向かってくる強い瞳が男の心をかきむしる。全身が指の先までが疼きに侵され狂わされる。 嗚呼、彼は本当に…… 神取は火を消した。 目の端でそれを見届けた僚は、次の瞬間崩れるように倒れ伏し、大きく喘ぎながら四肢を弛緩させた。 息をつく度に上下する腹部に合わせて、蝋を垂らされた背中が妖しく波打ち男の目を釘付けにした。 神取は、傍に用意していたガラス容器にろうそくを放り込んだ。性具のスイッチを切る。 彼に逢うのが三週間ぶりでなかったら、もう少し己を保てたかもしれない。 もう少し彼の身を見守り、案じる事が出来たかもしれない。だが今は、彼の息遣いを聞くだけで頭が熱く滾り、他の何も考えられなくなってしまう。 彼を嗤える身ではない。 己の方こそ、彼に、骨の髄まで―― ぞんざいに手足を投げ出し、どうにか息を整えていた僚は、突如引き起こされその力強い男の手にぎくりとなった。 いつもよりどこか切羽詰まった、縋るような強引さに胸が高鳴る。痛いほどに。 引き起こされると同時に玉枷が外され、鼻先に男のものが突き付けられる。何だと理解すると共に口内にねじ込まれ、僚は混乱めいた呻きをもらした。 嗅ぎ取った男の臭いに、条件反射よろしく脳天が痺れた。 驚き、理解すると同時にとろんと目を潤ませる僚に、神取は、肉から得る快感がより高まるのを感じた。両手で頬を包み込む。涙の跡を親指で丁寧に拭ってやり、撫でさする。 「君を見ていたら……我慢ができなくなってしまったよ」 「ん、む……」 息苦しいのを堪えて、僚は口淫に耽った。上目遣いに見やると、嬉しそうにしている男の顔があった。それだけで許せてしまえた。気分が良かった。自分が舌を使い、吸い付くと、男のものが口内でびくびくと震え、喜ぶようにわなないた。気分がいい。気持ちがいい。悦んでもらえているのだと思うほどに、身体じゅうが歓喜に包まれてゆく。 今、男の息を乱しているのはほかならぬ自分なのだ。 こちらの痴態に触発されて、興奮して、求めている。 僚は喉奥まで飲み込んだ。辛さに涙が滲むが、苦しささえ喜びで、震えが止まらない。 無心で吸う。また、男のものがひくついた。熱を帯び、一段膨らむ。 「……飲んでくれるかい?」 答える代わりに僚は唇で扱き追い上げた。顔にかけてくれたって構わない。どんな風に汚されようと、この男ならば辛くはない。悲しくならない。 それどころか――。 苦しさとは違う涙が眦に滲む。 僚は、繋がれて不自由な手を上げて男のものを支えると、より強く吸った。 「く、ああっ……」 男のもらす切なげな喘ぎが、僚の鼓膜を震わす。 直後、口内に熱いものが弾けた。僚は息を合わせて受け止め、窒息しそうなほど注がれた男の思いに喉を鳴らした。目を閉じて飲み込む、無心で浸っていると、男の手がそっと頭を撫でてきた。 「いい子だね」 ねぎらう男の声に頭の芯がぼうっと痺れ、何も考えられなくなる。目の奥で白いものがちかちかと瞬いた。半ば無意識に後孔を締め付ける。何度も。繰り返し。とっくに振動を止めたそれから、快感を得る為に。 「……あ」 気付くと、自分自身も極まりを迎えていた。男のものを飲んで、興奮して、いってしまったのだ。 床に吐き出された己のものを呆然と見下ろしていると、頭上から微かな笑い声が聞こえてきた。 楽しそうな、嘲るような響きに、たちまち顔が熱くなる。 「……ごめんなさい」 必死に声を絞り出し僚は謝った。自分の身体が憎らしかった。恥ずかしくてたまらない。 「ああ、いいんだよ僚。謝ることはない」 「で、も……」 床を見つめたまま僚はぶるぶると震えた。熱さと痛みで散々苦しめられたのに、それでも萎えず、男のものをしゃぶっていってしまった。自分がしでかした事だというのに、未だ信じられない。 しかし、証拠は間違いなく目の前にあった。床の上にみっともなく、飛び散っている。 「僚、立って。ほら、気を付けて」 男が手を引く。痛めた左足を気遣って優しく引き起こされ、僚は消えてしまいたい思いをぐっと飲み込んで立ち上がった。 男の顔が見られない。今にも泣きたいのを堪え、俯いて立ち尽くす。 「どうしてそんな顔をする?」 穏やかに尋ねてくる声が堪え、僚は胸を喘がせた。 「君がどういう子か、私はもう知っているよ」 「ごめんなさい……」 今にも消え入る声で僚は呟いた。 浅ましさに恥じ入り身を竦める少年を前に、男は苦しげに息を吸い込んだ。 「謝る事はない。君がどれほど貪欲でいやらしい子か、もう知っているのだから」 僚の顔が歪む。 恐れているのがありありと見て取れた。 こんなみっともない自分、嫌われ、見捨てられると、怯えているのがよくわかった。 そんな事、と神取は心の中で否定する。どうして信じないのかと憤る気持ちが湧き起こるが、どうしても信じ切れないものが心にわだかまっている僚の気持ちも、痛いほどよく理解出来た。 「……私と一緒だ」 半ば無意識に呟く。 「鷹久……」 僚の耳には届かなかったようだ。縋るように名を呼んでくる僚に笑いかけ、男は立ち上がった。 「君がどんな子か、私は知っているよ、僚」 どうしてもらいたいのか、どうすれば安心感を得られるのか。 神取は僚の顎を鷲掴み、自分の方を向けさせた。 怯えから、控えめに手を掴んでくる僚の目が自分に向くのを待ってから、男は言った。 「だから、もっともっと君を苛めてあげよう」 背中の蝋が乾いたら、残らず叩き落としてあげるよ 一瞬恐ろしげに瞳が震え、ゆっくり弛緩してゆく様を見ながら、男は微笑んだ。 |