Dominance&Submission

革手袋

 

 

 

 

 

 はっとなり、僚は目だけで行方を追った。とっくに手は離れたのに、いまだそこに残るぬくもりに、思わず身じろぐ。
 ややあって戻ってきた男の手には、水の入ったコップが握られていた。下げられた左手には、見覚えのある小さな銀のケース。
 僚は半ば無意識にずり上がった。
 頬を強張らせ、左右の手を交互に見やる僚に笑みを向け、神取は傍に腰を下ろした。
 僚はぎこちなく身体を起こすと、微笑を崩さず見つめてくる支配者の貌にわずかな怯えを含んだ眼差しを向けた。
 みっともなく悲鳴を上げてしまいそうな程怖いのに、どうしても目が離せない。引き寄せられる。
 神取はコップを傍のローボードに置くと、無意識に握り締めたままの僚の手に銀のケースを押し付けた。

「しばらく逢わなかっただけなのに、また元の嘘吐きな子に戻ってしまうなんて」

 嘘吐きと罵られ、僚は咄嗟に首を振った。受け取るまいと手を引っ込め、非難めいた目付きで男を見上げる。
 神取はわずかに目を見開き、拒む僚に首を振ってみせる。半ば強引に手を掴み、引き寄せ、何が入っているかわかっているそれを握らせる。

「や…だ……」

 今にも消え入りそうな声で僚は囁いた。

「本当は好きだろう?」

 構わず神取はケースを握らせたまま蓋を開き、中からピンク色の錠剤を一粒取り出す。

「口を開けなさい」

 恐怖かそれとも興奮でか、しっとりと潤んだ瞳で熱っぽく男を見つめ、僚は恐々と口を開いた。
 全部振り払って逃げ出したい自分と、指先すら動かせないほどの束縛を望む自分とが、激しくせめぎ合う。

 嗚呼、もっとあんたのものになりたい……

 半ば混乱した頭で、それだけを思い浮かべる。
 舌の上に置かれた薬を水で流し込まれ、僚は長く息を吐いてうなだれた。
 男はすぐさま顔を上げさせると、水に濡れた上唇に口付け、薄い皮膚に透ける朱い柔肉に舌を這わせた。

「あ……」

 吐息に緩んだ唇を舐められ、ぞくりと背筋がざわめく感触にまた声がもれる。

「あ…ふ……」

 飲まされた薬が、いつ効いてくるのかわからない。しかし僚には、飲んでしまった事実だけで、身体の芯が焼けるように熱くなる感覚に放り込まれる。

「ん…あっ……あ」

 縋り付くように男を抱きしめ、ひどく過敏になった皮膚の表面を焦らし這いまわるねっとりした舌にため息と喘ぎをもらす。

「んっ……ん…ぁ……あっ…」

 少し高めの、艶を含んだ声に、ぞくぞくするほどの愉悦が男の身体を貫く。

「服を、全部脱ぎなさい」

 わずかに顔を離し、唇の上で囁く。
 僚は腕をほどくと、俯いたまま立ち上がり、ためらいがちに服を脱ぎ去った。
 ごまかしようもないほど硬く勃起した自身の猛りに、男の目が注がれる。
 羞恥のあまり、僚は息を詰めた。目が眩む。
 所在なげに立ち尽くす僚に強い一瞥をくれ、神取はクローゼットに歩み寄り中を探った。
 取り出された性具に、僚は奥歯をか噛み締め喉の奥で短く呻いた。すぐさま目を逸らす。

「ベッドに手をついて、前屈みになるんだ」

 クロゼットの傍でそう命令し、ややあって動き出す僚に満足げに口端を緩める。
 僚の真横に歩み寄り、身体を屈めて顔を覗き込む。

「もう、薬は効いてきたかな」

 言いながら、脇腹の辺りを人差し指で軽くなぞる。

「ん……」

 わずかに身体を跳ねさせ、痺れるような刺激に息を飲む。
 呼応してひくりとわななく僚のそれに目をとめ、神取はわざと侮辱めいた声で笑った。
 僚の顔が羞恥に歪む。追い討ちをかけるように男は言った。

「期待しているのかな? これに」

 手にした性具を目の前に差し出す。
 細いコードに小さめの球が間隔をあけ五つ並んでいる。繋がれたコントローラーで、一つ一つが順に振動するようになっていた。

「ち…が……」

 目にした途端さっと顔を赤らめ、僚は緩く首を振った。

「どうかな」

 僚の左足に触れ、膝をベッドに乗せるよう促す。

「はっ……」

 曝け出され、隠し切れなくなった後孔が、僚の意思を離れひくりと息づく。気にすまいと目を逸らそうにも、一度意識してしまったそれは悦ぶように収縮を繰り返した。
 気付いているのかいないのか、神取は前屈みになった僚に覆い被さるようにして身体を寄せ、うっすらと浮き上がった背骨に唇を押し当てた。
 片方の手で肩から首筋にかけて撫でさすり、肌の上を滑る感触に不規則に震える僚の手触りを楽しみながら、唇で一つ一つ背骨をたどり下方へと這い降りる。

「あ…はぁっ……あぁ……」

 骨を覆うだけの薄い皮膚の上をもっと薄い唇が熱と快感を与えてくる。時折、その奥から舌が伸びて舐められると、びりびりとした、腰に響く甘い疼きに包まれ、僚はため息にも似た喘ぎを零し震えた。
 しっとりと濡れた唇とは違う、乾いた手のひらの熱が、肌から染み込んで腰の深奥に向かうように、まだじかに触られてもいないのに硬く張り詰めて身悶える僚のそれが、先端から先走りの涎を垂らして悦びを訴えていた。
 男の唇が腰の辺りまで這い降りて、じきに来るだろう強烈な刺激に、僚は知らず息を乱れさせた。

「早く、入れて欲しいのかい?」

 期待と羞恥に揺れる僚の背後で、神取は小さく笑った。僚が首を振る。信じず、ポケットから小さな容器を取り出し、中身を背中に垂らした。

「うっ…あ……」

 いささかに熱を帯びた肌の上に突然冷たいローションを垂らされ、僚はびくんと肩を弾ませた。
 なだらかな曲線を描く背中に垂れ落ちた透明な液体が、重力に導かれてゆっくりと伝い落ちていく。やがて尻の奥に届くゆっくりとした流れが待ちきれないのか、神取は手にした性具の一つに擦り付けるようにして下方へと滑らせた。

「は…あぁっ……」

 それまでのじれったい愛撫とは正反対の動きに、僚は全身を強張らせた。
 間を置かず、ぬるりとした感触がそこに押し当てられる。

「あ…あぁ――!」

 かたく閉じられたそこをこじ開けて、異物が押し込まれる。叫びにも似た悲鳴を上げ、しなやかに背を反らせた。
 数え切れないほど男に抱かれ、受け入れても、僚のそこは慎ましさを失わず、指でさえも拒んで噛み付く事もあった。それでいて無遠慮な固さはなく、とろかしてしまわんばかりの締め付けは、時に僚自身を悩ませた。
 自分の意思に反して、嬉しそうに異物を咥え込み締め付けるその蠢きに、僚は身悶えながら何度も嬌声を上げた。

「感じている声だね」

 押し返そうとする感触を楽しみながら、神取は一つずつゆっくりと埋め込んでいった。

「ち、が……ちが…う……あ――あぁ……!」

 透明な液体に包まれた球は、五つとも、抵抗なく僚の内部に収まり、内側から疼きと熱をもたらした。

「やっ……」
「こんなにしておきながら、違う?」

 突然、何の前触れもなく下部を握られ、僚は咄嗟にごめんなさいと謝った。

「僚……嘘を吐くのは、いけない事なんだよ」

 先端から溢れた雫をわざと手のひらになすりつけ、湿った音を響かせるように男は大きく手を動かした。

「や……あぁっ……ご…めんなさ……赦…し、て……」

 謝罪を聞き入れず、神取は逃げられないよう片方の腕を回してしっかり腰を捕まえると、尚も僚のそれを上下に扱いた。

「いっ…ああぁ……あっ……」

 腰の奥から湧き上がってくる甘い疼きに耐え切れず、僚は手の動きに合わせて自ら腰を揺すり立てた。
 痴態を晒している自分自身を恥じ入りながらも、強烈な刺激に身震いが起こるたび反射的に後孔を締め付け、瞬間に味わう脳天を直撃する快感から離れられず、悲鳴と喘ぎに身悶えながら繰り返し異物を貪った。

「もう、いってしまいそうかい?」

 嘘を吐いてはいけないよ
 耳元に囁きかけ、耳朶を軽く噛む。
 僚はぶるぶると震えながら、小さく頷いた。

「あぁ…もっ……いく」

 もう、後一撃で極まりを迎える。そのぎりぎりを見極め、神取は唐突に手を離した。

「あ…やっ……」

 涙を潤ませ、僚は首を振った。間を置いて全身から力を抜き、ぐったりとベッドに身を委ねる。絶頂の寸前で突き放された身体はひどく熱く、重い。僚はしゃくり上げるようにはあはあと肩で息をついた。
 神取はローボードに置いたティッシュで濡れた手指を拭うと、引き出しから、赤い縁取りをした黒の手枷を一組取り出した。それを、顔の傍のシーツを強く握り締めている僚の手首にはめ、背中へと回させた。

「君が、もう二度と嘘を吐かないように、お仕置きをしないとね」

 両手の自由を奪われ、僚はわずかに身じろいだ。
 うっすらと濡れた眦に神取は目を細め、ゆっくりと顔を近付けた。唇を寄せる。
 目を閉じた拍子に溢れた涙を舐め取り、言った。

「三十、数えるんだ」

 僚はぎこちなく頷いた。頷いてから、はっとなる。いつだって、ただ数えるだけで終わらない。数えられずに終わる時もある。
 だから今度も、何もなく三十まで数えられるとは思えなかった。

 何故なら、男の手がコントローラーを……

 些細な音がして、深奥に埋め込まれた球の一つが微弱な振動を始めた。
 むず痒いような疼きに、僚は喉の奥で呻き身体を捩った。
 不意に男の手が尻に触れた。

「薬のせいかな。ひどく、熱くなっている」

 その一言に、頭の芯がぞくりと疼いた。
 そうだ。何もなく三十まで数えられるはずがない。

 薬を飲んだ――

 自覚した途端、ただむず痒いだけだった振動が急に恐ろしく感じられ、僚は何とかして逃れようと右足を蹴った。
 しかしそれより早く男の手が伸び、背後で拳を握る僚の手首を一まとめに掴み、強く押さえ付けた。

「い…やだっ……!」

 額を擦り付けるようにして首を振り、僚は涙まじりの声で拒んだ。

「何が、嫌なんだ?」

 手首を掴む力とは正反対の穏やかな声で、神取は問い掛けた。同時に、二つ目、三つ目の球に指令を送る。

「あっ…あああぁ……いっ…や……」

 びくびくと身体を跳ねさせ、僚は甘ったるい声で鳴いた。
 鼓膜に響く高めの嬌声にうっとりと目を細め、神取はさらにスイッチをスライドさせた。
 柔らかい内襞に包まれた五つの性具が、内側から僚を溶かそうと鈍く羽音を響かせた。
 途切れる事無く与えられる快楽に下部の猛りはびくびくと震えを放ち、粘つく透明な雫をとめどなく溢れさせた。

「く…う…んん……」

 妖しく腰を揺すりながら、僚はしとどに喘ぎをもらした。

「いっ…や…おねが…い――も、う……いく……」
「……お仕置きだと言っているのに…いやらしい子だね、僚は」

 大袈裟に首を振り、神取はわざと呆れた声を出した。

「うっ…くぅ……」

 強く掴まれ、痛みすら感じる手首に拳を握り締め、僚は唇を噛んだ。

「……もし、私の許可なく射精したら……もっとひどいお仕置きをするよ」

 眉根を寄せ、懇願に満ちた眼差しで男を見上げる。今にも弾けそうなほど膨れ上がった躯を、これ以上どうやって抑えておけるというのだろう。
 涙の滲む視界に男を捕らえ、哀れに縋り付く。
 熱を帯びた瞳に見据えられ、辛うじて保っている男の貌がわずかに揺らいだ。悟られまいと息をひそめ、コートのポケットから移しておいた革の手袋を片方取り出すと、器用に口ではめる。

「三十だ。いいね」

 僚の手首を握りなおし、冷ややかに言い放つ。

「あっ……」

 手を振り上げる直前にもれたかすかな喘ぎに、身体の芯が熱く疼いた。目眩を呼ぶ僚の艶やかな声に、全身が満たされていく。
 絶頂の至福にも似た恍惚が脳天を直撃する。
 神取は手を振り下ろした。
 乾いた音が尻の上で弾ける。
 僚はぐっと息を詰めて痛みをやり過ごそうとしたが、いつもとは違う音と、感触と、内部に埋め込まれた性具に響く衝撃に、痛みは瞬時に快感にすりかえられ、びりびりと全身を痺れさせた。

 これも薬のせいだろうか――

 打たれた箇所から脳天へと走る激しい疼きが、瞬く間に僚を絶頂へと誘う。
 長く細い悲鳴を上げ、はちきれんばかりに屹立した雄をゆらゆらと振り立てて僚は身体をくねらせた。
 その淫らで妖しい様に、神取は目が離せなかった。もっと苛めて欲しいと訴えているかのような動きに、我を失いかける。声なき喘ぎをもらし、辛うじて引き止めた意識を奮い立たせ、再び僚の尻を打つ。

「っ……!」

 ひゅうっと喉を鳴らし、僚は大きく仰け反った。癖のある髪を振り乱して喘ぎ、数えるよう言い付けられた事も忘れて激しく悶える。
 気付けば両目からはらはらと涙が零れ、限界が近い事を男に伝えた。
 見れば、後方からの痛みと快感によって、僚のそこも同じように雫を溢れさせていた。

「もっ……!」

 突然僚は、渾身の力を振り絞って暴れると、男の手を逃れて右足を蹴った。両手の使えない身体は大きく揺らぎ、寸でのところで支えた男の助けがなければ倒れてしまっていただろう。
 背後から抱え、ゆっくりと床に座らせてやる。
 男の手に身体を預け、僚は、引き攣れたようにびくびくと全身をわななかせ、触れられないままに絶頂を迎えたそこから白く濁った快楽を吐き出した。

「ごめん…なさい……」
 ごめんなさい

 涙に潤んだ声で、もう間に合わない謝罪を、僚は虚しく繰り返した。

 

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