Dominance&Submission

Suite

 

 

 

 

 

 内部に注入した薬液が漏れ出ないよう、たっぷりのローションにまみれたアヌス栓が押し込まれる。僚は細く息を吐いてそれを受け入れ、強張っていた肩から力を抜いた。

「僚。起きて、窓の傍に立つんだ」

 男の言葉にはっと顔を上げる。同時に身体を抱き起こされ、僚は肩越しに恐る恐る振り返った。
 男の手に乗馬鞭が握られているのに気付き、怯えの色を濃くする。

「立って。窓の傍に行くんだ」

 口調は穏やかだったが、その表情は完全に支配者のものだった。自分を魅了して止まない鋭い眼差しに、僚は息を詰まらせた。
 あの目に見つめられたら例えどんなに無理な命令でも従いたいと思ってしまう。それだけの力を男は秘めていた。
 僚は床に足をつくと、意識して後方を締め付け立ち上がった。容易に抜け落ちる事のない形状をしているが、強く咥え込んでいないと心配でならなかった。
 もっとも、そのせいで内部の異物を意識してしまい、震えを止められなかった。どうしても足元がふらついてしまう。
 しかも、ローションのせいで尻の奥がぬるぬるして、たまらなく不快だった。それもあって、中々足を踏み出せないでいた。
 もたつく僚の脚に、神取は容赦なく鞭を振るった。といっても、ごく軽くだ。
 僚は即座に謝り、そろそろと足を踏み出した。
 眉を寄せ、一歩、また一歩と窓に近付いていく。尻奥のぬるぬるした感触がローションのせいだと頭ではわかっているが、もしかしたらもらしてしまったのではないかという恐怖も、片隅にあった。
 といって立ち止まれば、男に鞭で打たれる。
 二重の恐怖に急かされ、しかし思うように歩けないもどかしさに苦しめられながら、ようやく僚は窓の傍にたどり着いた。
 たった数歩だというのに、息をするのがやっとの状態になっていた。肩を上下させ、僚は懸命に震えを止めようと努めた。動きに合わせて鈴が小さな音を立てる。
 余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせ、僚は俯いた。
 呼吸が落ち着いてくると同時に注入された薬液が内部で暴れ始め、さしこむような痛みが下腹を襲う。
 喉の奥で呻き、僚は歯を食いしばった。
 脂汗が額に滲む。呼吸をするのさえままならず、食いしばった歯の合間から獣のような唸りをもらす。

「苦しいかい?」

 いつの間にか傍に立っていた男に小さく驚き、僚はそちらを見やった。

「……少し」
「もう我慢出来ない? 今すぐやめたい?」
「………」

 しばし沈黙の後、僚は首を振った。
 今の状況は、以前を思い出させる。限界まで我慢させられ、奉仕を強要され、苦痛に転げ回る様を嗤われたあの時と重なる。
 でも、と僚は振り払った。あの時の無知で非道な連中と目の前の男とは違う。何もかも違う。
 この男には見極める力がある。あいつらとは大違いだ。
 こちらを自分以上に知っている、理解している。
 どんな事でも、安心して委ねられる相手。
 だから。

「……へいき」

 僚は声を絞り出した。

「いい子だ」

 優しい声と共に頬を撫でられ、いっとき苦痛を忘れる。
 と、男は首枷の後ろに何かを取り付けた。音からして、鎖だろう。
 男は説明した。短い鎖で、首輪と手枷を繋いだ。手を下ろすと首が締まるから気を付けなさい、と。

「苦しい思いをしたくなければ、出来るだけ手は上げておきなさい。でないと」

 神取は僚の後ろ手を掴むと、試しに一度下に引いた。

「!…」
「わかったね」

 身をもって体験し、僚はすぐさま頷く。

「では、足を開いて」

 神取は数歩下がると、鞭の先で僚の内股を軽く撫でた。
 ぞくぞくと肌を這う悪寒に身震いを放ち、僚はまた頷いた。しかし、それは思った以上に困難なものだった。何度も試みるのだがどうしても出来ず、僚は怯えた声で出来ないと答えた。
 神取は何のためらいもなく鞭を振るい、腿の外側を打ち据えた。

「ひっ……!」

 鋭い悲鳴を上げて僚は仰け反った。鞭の衝撃が、プラグを刺激する。深奥まで達する痛みに息が乱れる。じわりと滲んだ涙に眦を濡らし、僚ははっはっと胸を喘がせた。
 僚が落ち着くのを待って、神取は再度足を開くよう命令した。
 いつまた鞭が飛んでくるかわからない恐怖に身を竦ませ、僚は恐る恐る足を開こうと懸命に歯を食いしばった。
 さしこむ痛みと、粗相をしてしまうのではないかという恐怖に苛まれながらも、僚は少し、また少しと踵をずらし、足を開いていった。ようやく、肩幅まで足が開く。

「もっとだ、僚」

 これで許されるかと思っていただけに、男の素っ気無い声音は少なからずショックだった。新たに涙が滲む。尻を打たれる覚悟で、弱々しく首を振った。
 神取は僚の足の間に鞭をさし入れると、下からひたひたと睾丸を触った。

「言う事を聞きなさい。でないと、ここを打つよ」

 僚は青ざめた。ほんの少しの衝撃でさえ飛び上がってしまいそうになるのに、鞭で打たれたりしたらそれこそ失神してしまうだろう。
 僚は竦み上がって、下部を襲う激痛に耐えながら更に大きく足を開いた。と、腿の内側に鞭が当てられる。
 柔らかく敏感な箇所で弾ける鋭い痛みに、僚は叫びを上げた。鈴の音が重なる。

「や、め……もっ……トイレ…行かせ……」

 ごめんなさい、許して。
 苦しい息の合間から訴える。
 神取はそれを無視して、今度は尻に鞭を振るった。
 とうとう耐え切れなくなり、僚はかばおうと反射的に手を下げた。鎖で引っ張られ、首が締まる。泣きそうな声を上げ、僚は慌てて手を上げた。
 神取はそっと口端を緩めた。鎖で制限し手を上げさせたのは、間違って指を打たない為だ。彼は曲がりなりにも奏者、指へのダメージは何より避けねばならない。グローブ等で覆う方法も考えたが、怪我を回避するには不十分、一切傷を付けない為には、そこにないのが一番だ。

「そう、苦しい思いをしたくなければ、そうやって手を上げておきなさい」

 言い付け、神取はさらに数度鞭打った。
 乾いた音がする度、打たれた箇所に激痛が走る。
 僚は悲鳴の合間に何度も懇願した。次第にその声は涙まじりになり、やがて嗚咽に変わった。
 そこでようやく、神取は鞭を振るう手を止めた。打たれた跡は朱に染まり、見るからに痛々しい有り様になっていた。
 僚は声を殺して啜り泣いた。

「トイレ……行かせて……」

 引き攣る息を懸命に堪えてお願いする。全身を襲う痛みが鞭のせいなのか浣腸のせいなのか、もうわからなくなっていた。
 今にも崩れそうになる足でなんとか身体を支え、もう一度背後の男にトイレに行かせてくれと繰り返す。

「トイレに行きたいか?」

 激しいさしこみに耐えながら僚は何度も頷いた。どこからくるのかわからない痛みに、冷汗が浮かぶ。

「何故?」

 素っ気なく理由を聞く男に、僚は唇を噛んだ。すんなりと行かせてもらえないだろう事は半ば予想していたが、はっきりと言葉にされた事で目の前が真っ暗になる。とても口に出来る言葉ではない。

「理由を言うまで、行かせてあげないよ」

 沈黙を貫き憐れに震える僚の背中に、神取は口端を緩めた。彼の身体が既に限界に達している事はわかっていた。それでも尚意地を張って、屈辱に耐えようとする僚の姿に胸が熱くなる。
 もっと苛めたい
 もっと泣かせたい
 神取はポケットからあるものを取り出し、歩み寄って僚の目の前に差し出した。

「これが何か、わかるかい?」

 濡れた睫毛を震わせながら、僚はおずおずと差し出されたものを見た。それはライターほどの大きさで、スライド式のつまみがついていた。
 コントローラーだと理解した瞬間、僚は頬を引き攣らせた。まさかと目を見開き男の顔を凝視する。
 驚愕を微笑で受け止め、神取はもう一方の手で僚の尻に触れた。
 たったそれだけで、男が何を言わんとしているか僚は理解した。

「あ…あ……」

 喉を震わせ、ぶるぶるとわななく。埋め込まれたそれが、男の手にあるコントローラーの指令を受けいつ動き出すかわからない恐怖に、頭の芯がぼうっと霞む。
 だが、そんな感情とは裏腹に、僚の下腹は硬く屹立していた。
 まるで、恐怖を貪っているかのようだった。

「スイッチを入れて欲しくなかったら、言いなさい」

 言葉と同時に神取は尻の中心をぐっと押した。

「っ……!」

 僚は声もなく叫んだ。毒々しい激痛に、全身がおこりのように震えを放つ。喉の奥で何でも唸り、必死に耐え抜く
 僚は今にも崩れそうになる膝を懸命に奮い立たせ、短い呼吸を繰り返してなんとか持ちこたえた。

「言わないという事は、スイッチを入れてもいいという事なんだね?」

 必死に首を振る。
 神取は顎を鷲掴みにすると、強引に自分の方に向けさせた。絶え間なく押し寄せる便意に、歯を食いしばって耐えている。額には脂汗が浮かび、目は、苦痛の涙で濡れていた。

「トイレに行きたいかい?」

 頷き、僚はいっそ憐れにお願いした。

「我慢せずに、ここでして構わないよ」

 残酷なほど穏やかな微笑みに、唇を震わせる。ショックの余り言葉も出ない。眦にたまった涙がぽろぽろと零れ落ちる。
 焦点の定まらない目付きでいやいやと首を振る僚に、男は尚も言葉を続けた。

「なんでも言う事を聞くと言っただろう?」
「やだ…いや……それは……」

 押し殺した声を絞り出す。

「頼むから……トイレ…行かせて……」

 切迫した声に、神取は少し困ったような笑みを零した。

「理由を言えば、行かせてあげるよ」

 僚は苦しげに顔を歪ませた。
 これ以上は耐えられそうにない。
 行かせてもらうには理由を言うしかないのだ。
 顔を真っ赤に染めて俯き、かすれた声で呟く。それはどうにか、男の耳に届いたようだ。

「よく言えたね。いい子だ」

 恥ずかしさに啜り泣く僚の頬を優しく撫で、神取はコントローラーを出窓の上に置いた。それから、身体を支えてやりトイレに向かう。

「いい…一人で行ける……」

 よろけながらも、僚は神取の手を断った。支えがなければすぐに崩れてしまうのは自分でもわかっていたが、前の時のように傍で最後まで見守られるのはなんとしても避けたかった。
 しかし、この状況では叶うはずもなかった。
 たとえ両手が自由だったとしても。
 羞恥と屈辱が圧し掛かる。出来る事なら、すぐにでも消えてしまいたかった。それが無理な望みだとわかっていても、願わずにはいられなかった。
 これから、一番恥ずかしい瞬間を男の目の前で行わなければならないのだから。
 僚は前屈みになってよたよたと歩いた。トイレにたどりつく。便座に腰をおろして、ちらりと男をみやった。立ち去る気配はない。最後まで、ここにいるつもりらしい。しかしもう、構っている余裕はなかった。
 一刻も早く済ませてしまいたい。

「プラグを抜くよ。いいかい?」

 問い掛ける男の声も、どこか遠くに聞こえる。僚は半ば朦朧としたまま頷いた。だが、次に男の口から発せられた言葉に、意識は引き戻される。
 プラグを抜く直前、神取は僚の耳元で囁いた。
 僚ははっと目を見開き、まさかという顔付きで自身の下部を見つめた。
 直後、噛まされていた栓を失った事でせき止められていたものが勢いよく噴出し、大きな破裂音を伴って周囲に悪臭をまきちらした。
 即座に男から顔を背け、僚はきつく目を閉じた。その表情が、見る間に恍惚に変わる。

「くっ……あぁ――!」

 掠れた声とともに、僚は白液を飛び散らせた。二度三度と続く射精は、排泄が終わるまで萎える事無く繰り返された。
 完全に音が途絶えても、僚のそこはまだひくひくと震えながら白い涎を垂らしていた。
 僚の啜り泣きとともに。

 

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