Dominance&Submission
Suite
差し出されたスプーンを、散々ためらった末に口に含む。少し甘い、香ばしいシリアルが口いっぱいに広がる。僚はそれをゆっくり噛み締めて、飲み込んだ。見るからにまずそうな、険しい顔付きになる。しかし別に、それ自体に文句があるわけではない。ドライフルーツが混ざって歯応えは小気味良く、ほのかな甘みも丁度いい。 ただ、今、この状況に対して、僚は顔付きを険しくしているのだ。 人に食事の世話をしてもらうのが、こんなにも恥ずかしいものだとは、思ってもいなかった。食べさせてもらうという行為が、それを増幅させているのだろう。 これがもし、病気や怪我といったものが原因であったならばまた違っていただろうが、しかしそうではないのだ。 僚は、後ろ手に拘束された両手を握り締めた。 再びスプーンが差し出される。向けた視線を少しずつずらし、男を見やる。 愉しそうに口元を緩め、見つめ返す目と目が合う。 僚はぎこちなく目を伏せた。黙って口を開く。 もうやめてくれと、何度思った事だろう。喉まで出掛かって言葉を飲み込み、あと少し、あと少しと自分を励ます。 どうしてこの男は、こんなに、恥ずかしい思いをさせるのが上手いのだろう。 言葉は一切ないのだ。だのに男の眼差しや、スプーンを差し出す手付き、仕草の全てに、身の竦むような羞恥を感じてならなかった。むしろ、互いに沈黙しているからこそその感覚が鋭敏になるのだろう。 しまいには、泣きそうになっている自分が情けなくてたまらなくなる。 それでも、重く圧し掛かる沈黙は続き、無言で差し出される手に僚は黙って口を開いた。 ようやく食事が済んだ時、僚はぐったりと疲れきり、椅子に座っているのがやっとの状態になっていた。 「もう、充分かな」 確認する男に、僚は無言で頷いた。声を出すのも億劫だった。出来るなら、このまま横になりたかった。 ふと、床に倒れ込みたい衝動にかられる。辛うじて自分を押しとどめ、後片付けに移った男の姿を目で追った。 ややあって、水音が耳に届く。シンクに立った男の後ろ姿を、僚はぼんやりと眺めていた。 洗い物に目を向けて、少し伏目がちになったその顔は、見ているだけで胸が苦しくなるほど魅力的だった。彫りの深い、骨格のしっかりした精悍な顔付きに目が釘付けになる。 熱心に見つめられたわけでもないのに、ただ眺めているだけで、どうしようもなく胸が高鳴った。 やがて音が止まる。同時に、男は肩越しに振り返ってまっすぐに僚を見つめた。 視線がぶつかり合って、僚はどきりとなった。 「僚」 男が名を呼ぶ。俯きかけた顔を跳ね上げて、強い顔付きのまま凝視する。 「先に、心室へ行っていなさい」 「……わかった」 辛うじて届くほどの小声で答え、僚は椅子から立ち上がった。 足枷は、まだ繋ぎ合わされていない。歩く事は可能だ。素足をひたりと踏み出し、僚は男の部屋に向かった。後ろ手に拘束された両手のせいで扉を開く時に少し苦労したが、背中で押すようにして扉を開け中に入る。 そのままベッドの傍まで歩いて、僚は足を止めた。所在なげに立ち尽くす。本当は、ベッドに横になってしまいたかったが、一旦足を止めてしまったせいでもう動く事が出来なかった。 憐れっぽく肩を落としたまま、男が来るまで僚は床を見つめていた。 しばらくして、後方の扉が音もなく開き男が姿を現す。 僚は弾かれたように振り向き、男の手にしたものにぎくりと頬を強張らせた。 透明な液体の入ったガラスのボウル、そして見覚えのある…浣腸器。 僚は知らず内に一歩後退っていた。 強い目付きで自分の手元を凝視する僚ににっこりと笑いかけ、神取はベッドに座るよう指示した。 僚はよろよろと後退し、崩れるようにベッドに腰掛けた。 神取は手に持ったボウルを床に置くと、青ざめた顔で瞬きを繰り返す僚にこう言った。 「今なら、やめる事も出来る」 意思を主張して構わないと言う男に、僚は目を逸らして押し黙った。 いつもこうして、選択を委ねてくる。 断る権利もあるのだと見せかけながら、その実、こちらからお願いするよう仕向けているのだ。 より強い羞恥を味わわせ、そこから快感を引き出す為に。 僚は震える唇で言った。 「なんでもする…言う事……聞くって言った、から……」 喉がからからに渇いて上手く喋れない。喉を引き攣らせながら、僚はどうにか言葉を綴った。 「だから?」 「だから……何でも…する……」 「嫌な事は、無理にしなくていいんだよ」 羞恥に目の端を真っ赤に染め、僚はゆるゆると首を振った。 「嫌じゃ……ない……お願いします……」 僚のお願いに、神取は満足そうに口端を緩めると、立ち上がってサイドボードに歩み寄った。小さな銀の鈴がついたボディクリップを取り出すと、僚の横に腰をおろした。 びくっと肩が強張る。 神取は頬に手を伸ばすと、自分の方に向けさせた。 「見てごらん。中々可愛いだろう?」 鎖で繋がった一組のボディクリップを目の高さにかざし、手を振ってそれぞれのクリップについた鈴をちりんと鳴らす。 僚はそれを黙って見つめていた。 神取は頬に触れていた手をゆっくりおろすと、胸元の小さな突起を指先で軽く弾いた。 「っ……」 淡い疼きがぱっと散り、僚は喉の奥で小さく声をもらした。 指が両側から乳首を摘み、こりこりと捏ね回す。 下腹にまで達する刺激に、僚は吐息を荒くさせた。次第に、そこが硬く尖り始める。 神取は顔を近付けると、僚の乳首をそっと口に含んだ。 「あっ……」 堪え切れずに、僚はかすかな喘ぎを唇からもらした。慌てて口を噤むが、ねっとりと湿った粘膜に包まれ、舌に舐められて、今にも声を上げてしまいそうになる。 神取はもう一方の乳首を指先で転がし、それぞれに異なる刺激を同時に与えた。 「ん、ん……」 肌の上を這う曖昧な刺激に、僚は拘束された両手をきつく握り締めた。気を抜くと、今にも声を上げてしまいそうになる。 目を閉じ、襲い来る快感に必死で耐えた。 「声を出して、構わないよ」 吐息を拭きかけながら言う神取に首を振り、僚は頑なに沈黙を貫いた。 恥ずかしさに口を噤み耐え続ける僚のいじらしさに、知らず口端が緩む。どうやって口を開かせてやろうかと束の間考え、神取は舌で転がしていた僚の乳首に軽く歯を当てた。 瞬間、僚の身体がびくんと跳ねた。神取は徐々に歯を食い込ませていった。 乳首を襲う鋭い痛みに、僚は身体を強張らせて耐えた。 男は決して、こちらを傷付ける真似はしなかったが、時折こうして噛まれたり、鞭で打たれる時、もしかしたらという恐怖は常にあった。 羞恥と隣り合わせの快感…通常では決して味わえない強烈な快感を引き出す為にそうされるのだと頭では理解し、男を信頼しているのだが、本能的な恐怖にはいつも身の竦む思いをさせられる。 乳首に食い込む歯が、更に強く噛み付いてくる。耐え切れず、僚は鋭い悲鳴を上げて身悶えた。 逃れようと身を捩らせる僚をベッドに押し倒すと、肩を上から押さえ付け、怯えてわななく唇を塞いだ。 「ん……」 熱を帯びた塊がぬるりと口中に滑り込んでくる。舌を絡め取られ、僚は思わず声を上げた。 神取は更に深く貪った。音を立てて唾液を絡める。無防備に投げ出された僚の足の間に膝を割り込ませると、下腹にそっと押し付けた。 「ん…くっ……!」 驚き、慌てて足を閉じようとするが、膝に阻まれ叶わなかった。擦り付けられる膝に腰をくねらせ、僚は塞がれた唇からくぐもった悲鳴を何度も上げた。 ベッドに肩を押し付けていた手が離れ、乳首を弄り始める。 「あっ…あぁ……あ……」 同時に何箇所も責められ、僚はこらえていた事も忘れて声を上げ続けた。先刻まで強い痛みを受けていた部分を優しく撫でられ、甘い声をもらす。 触れるか触れないかの絶妙な接触に、全身が熱く疼いた。 しばらく声を愉しみ、神取は身体を起こした。はあはあと胸を喘がせる僚を、愛おしく眺める。 戯れに乳首を指で弾くと、途端に僚の口から熱い吐息が零れる。 「なんでもすると、言ったね」 熱っぽく潤んだ瞳で男を見上げ、僚は小さく頷いた。 神取は床に置いたボウルを指差し、言葉を続けた。 「あれを入れて、君が苦痛に耐えている姿を見たい」 僚は一旦ボウルを見やり、男に視線を戻した。と、男の手が伸びて、クリップを片方の胸に噛ませた。 僚は小さく息を飲んで、乳首に取り付けられるクリップをじっと見つめていた。 ラバーのついたクリップの先端が両側から乳首を挟み、徐々に締め付けを増していく。押し潰される乳首から、ずきずきとした痛みが伝わってくる、だが、耐えられない痛みではない。 僚はわずかに顔をしかめ、反対側の乳首にも同じように装着されるクリップを黙って見つめた。 「痛い?」 「……少し、だけ」 問い掛ける男に、素直に頷く。 途端に男はくすりと笑ってこう言った。 「痛いのは、好きだろう」 大きく目を見開き、僚は即座に首を振った。 わずかに鈴が揺れ、音を立てるのがどうしようもなく恥ずかしくなって、僚は顔の半分をシーツに埋めて目を閉じた。耳の奥で、激しい鼓動の音が聞こえる。これ以上男の目に晒されるのは耐えられないと思う気持ちと、身動きの取れない自分をどうかもっと苛めて欲しいと思う気持ちとが激しくせめぎあう。 辛そうに眉根を寄せて耐える僚をしばし眺め、神取はおもむろに手を伸ばして鈴を弾いた。 「うっ……」 ずきりとした痛みが脳天を直撃する。しかしそれも束の間、すぐ後から、毒のように甘く強烈な疼きが胸を中心に全身に広がっていった。 少しでも長く余韻に浸ろうと、無意識の内に腰をくねらせる。 そんな僚の姿をしばし堪能し、やがて神取は言った。 「とても、似合っているよ」 「……変態」 僚はぼそりと呟いた。勿論、本気でそう思っているわけではない。精一杯の強がりだ。 「ああ、そうだね。でも違うよ」 神取は頷き、愉しそうに笑ってみせた。 「目を閉じなさい。しっかり奥歯を噛み締めて」 瞼を撫ぜると、片方の手を頬に添え、反対側の頬を軽く平手で叩いた。 一瞬、何をされたのか僚は理解出来なかった。頬で弾けた衝撃が平手で叩かれたものだと察すると同時に、瞬間的な怒りが頭の芯を熱くさせた。しかし、すぐ後にそれとは全く異なる感情が這い上がってきて、僚を混乱させた。 神取はもう一度、頬を張った。得体の知れない感情が次第に明確になっていく。 「そして、僚」 もう一度。叩かれた頬から、身体中に広がっていく。 「君も、そうだろう?」 三度叩いた頬を優しく撫ぜ、神取はそう言った。 ぴりぴりと弾ける痛みの奥底に、紛れもなく存在するその感情。 僚は、信じがたい自分自身の変化に驚愕した。次に男が言うだろう言葉が、容易に想像出来る。 僚は首を振った。恐々と目を開けて、男を見ようとしたその瞬間、手が伸びて下腹に触れられる。 「!…」 「叩かれて、ここを硬くしている」 「ごめんなさ……」 かっと頬を紅潮させ、僚は手から逃れようと身を捩った。 動きに合わせて、胸元の鈴がちりんと音を立てる。 構わずに神取は握り込んだそれを上下に扱いた。 「や…めて……」 指摘されたのが余程こたえたのか、拒絶する僚の声はひどく弱々しかった。 「叩かれてここを硬くするなんて、本当に君は……」 その先は声を潜め、僚の耳元で囁く。 僚は即座に顔を背けた。自分に跳ね返ってくる言葉を口にしたのが悪いのだが、はっきりと言葉にされるのは耐えがたかった。羞恥の余り、首元まで真っ赤に染まる。 「もっと、君の苦しむ姿を見せてくれないか」 僚は弾かれたように目を上げた。 男は、僚とは別のところを見ていた。目線を追う。その先にボウルを見つけ、僚は再び男に目を戻した。 口を開きかけて、ためらい、言葉を飲み込む。 何度も繰り返し、ついに僚は男にお願いした。 神取はベッドからおりると、浣腸器に手を伸ばした。 僚はぐっと喉を鳴らし、浣腸器に吸い上げられる透明な薬液を瞬きもせず見つめていた。 |