Dominance&Submission
Suite
朝日の射し込む明るいリビングの一角で、僚は全裸のまま背中を向けて立っていた。そうしていなさいと、男に命じられたからだ。 僚は素直に従い、何も身に付けぬままリビングの隅に歩いていった。 神取は椅子に座ると、テーブルの上で組んだ両手に顎を乗せ、叩かれた尻を晒して立つ僚をじっくりと愉しんだ。 清潔な朝の空気で満たされた中に全裸で立たされるのは、苦痛以外のなにものでもなかった。自分の存在がそれを汚しているように思えて、いても立ってもいられなくなる。 ただ裸ならまだしも、男に嘘を吐いた罰で六十回叩かれ、朱く染まった尻を晒して立っているのだ。恥ずかしさで一杯になる。 しかも、いくら隅とはいえ窓は左右にあるのだ。周りの建物は全てここより低い為見られる心配はないと頭ではわかっていても、窓のすぐ傍に身を置くのは耐えがたかった。 出来るなら、今すぐ消えてしまいたい。 しかし、男の許しが出るまで動く事は禁じられていた。重い疼きを放つ尻の痛みに耐えながら、僚はじっと立ち尽くしていた。 熱いのか痛いのか、もうわからなかった。叩かれて敏感になったその奥から、全く別の感覚がゆっくりと這い上がってくるのを、僚は漠然と感じていた。 わずかに顔が歪む。 男に叩かれた後は、いつもこうだ。 僚は苦しそうに眉根を寄せ、徐々に変化し始める下腹を心の中で叱責した。 しかし、ゆっくりと集まり始めた熱は僚の意志を離れ、好き勝手に昂ぶっていった。 大きく息をつき、僚は天井を仰ぎ見た。 早く終わって欲しい―― 心の中で強く祈った時、不意に、後方で椅子がかたりと音を立てた。 男が立ち上がったのだろう。 過剰に反応して肩を弾ませ、僚は硬直した。振り返る事も出来ず、背中に意識を集中させる。 神取は僚のすぐ傍まで歩み寄ると、すっと伸ばした手で尻に触れた。 僚の喉がひっと鳴る。 そのまま身体を寄り添わせ、尻を撫でさする。 「っ……」 朱く腫れ上がった部分をいたわるように撫でられ、僚は思わず吐息をもらした。痛みを伴った心地良い感触に、中心の疼きが更に強まる。 尻の合間から滑り込んだ中指が、奥の際どい部分まで届きそうになり、僚はびくっと息を飲んで身を強張らせた。 「さ…わんな……」 少し濡れた声で、僚は小さく呟いた。いやいやと首を振る。 しかし神取は気にする風もなく、尚も執拗に手を這わせた。彼にどれだけのダメージを与えたか、よくわかっている。痛みもあるだろうが、それだけではないはずだ。尻を撫でながら、もう一方の手を前に回し確かめる。 何の前触れもなく突如中心を握られ、僚は喉の奥で驚きの声を上げた。しかしそれに反して、男の手に包まれたそこは嬉しそうに震えを放った。 僚は一瞬にして頬を赤らめ、わななきながら顔を伏せた。 「反省したかい?」 訊かれても、答える事など出来なかった。はいと言えば嘘になるし、いいえと答えるわけにもいかない。黙って俯くしかなかった。 僚はぐっと息を詰めた。と、男の手が捕らえたものを上下に扱き始めた。 「!…」 「反省したのかい?」 どこが弱いか知り尽くしている手付きで嬲られ、くすぶっていた疼きが一気に膨れ上がる。僚は何度も首を振った。 「やめ…や……したから…反省した…から……」 無我夢中で答える。その途端ぴたりと動きは止まった。強張っていた肩を落とし乱れた息を整えようとする。 動きは止まったが、握られたままでいるのは返って熱を煽るものだった。中途半端に刺激を与えておきながら不意に静止した手に、不満すら感じてしまい、僚は必死に熱をやり過ごそうと努めた。けれど、一度火がついたものは容易に鎮まりはしなかった。 男の手の中でどくどくと脈動を繰り返す自身に恥じ入り、僚は身を縮ませた。 再び責められるのは、避けられないだろう。 「本当に、反省したのかい?」 「ごめんなさい……」 くすくすと笑う男の吐息を耳に感じ、僚はきつく目を閉じた。 「ここをこんなにしておきながら」 親指で先端を丸くさすりながら、僚の耳朶を甘噛みする。 「もう…許して……」 ピアスを引っ張られ、瞬間的に走る痛みと快感に声を震わせ僚は哀願した。 しかし神取は、僚の哀願を無視して更に追い上げた。突き出した中指で何度も尻の奥を弄くり、小さな口の周りを刺激する。 前方に回した手は、変わらずに先端を責めた。 程なくしてそこから透明な雫がぷっくりと盛り上がり、指を濡らした。 気にせずさらに強く指を押し付ける。時折耳孔に舌を突っ込み、濡れた音を聞かせてやると、そこでまた僚の震えが増すのが楽しくて、神取は執拗に耳を弄った。 「やだっ……おねがいだから…もう……」 涙を含んだ弱々しい声で、僚は繰り返した。 「もう…どうしてほしい?」 聞き返すと同時に愛撫を激しくし、答えられない状況へと追い込む。 涙こそ流さなかったが、僚は啜り泣きに喉を震わせ掠れた嬌声を立て続けにもらした。既に膝は萎え、がくがくと震えていた。支えがなければ、すぐにでも崩れてしまうだろう。 神取は強引に立たせたままの姿勢を維持させ、尚も僚を追い上げた。 男の触れている箇所からは、痺れるほどの快感を与えられてはいるのだが、どれも極まりを迎えるには弱すぎるものだった。射精したくても出来ない辛さに、気が狂いそうになる。 後孔の表面を指が何度も行き来する。だが、それだけで決して中には入ってこない。 欲しがる余り、僚は自分でも気付かぬ内にそこをひくつかせ指を誘った。 しかし、男はそれを見ても満足そうに口端を歪めるだけで、誘いに応える事はしなかった。そしてもう一度、どうしてほしいか僚に尋ねる。 彼が、それを口にするのははしたない事だとためらうのを知った上で。 彼の、恥ずかしそうにしている姿を見るのは、なにより愉しかった。 「……」 恥を忍んで口を開くが、あまりにも声が小さすぎたせいでかすれた吐息にすらならなかった。 実際聞かなくても、僚の訴えている事はとっくにわかっていたが、神取は意地悪く聞き返した。 「はっきり言いなさい、僚」 いっそ冷酷な声音に、僚はしゃくり上げた。 「やめてほしいのかい?」 一転して、ねっとりと絡み付くように甘い声が耳朶をくすぐる。ぞくぞくするような響きに、僚は全身をわななかせた。辛うじてわかるほど小さく、首を振る。 「はっきり言わなければわからないよ」 おずおずと肩越しに振り返り、優しく見つめてくる男の目を覗き込む。 その直後、後孔の表面を這っていた指がぐっと埋め込まれ、僚はびくんと肩を跳ねさせた。 待ち望んでいた刺激に膝は崩れ、倒れそうになった僚を腕に抱いて男はゆっくりと床に座った。そして指先だけの抜き差しを何度も繰り返す。 「やっ…あ…あっ……」 床に這いつくばって、僚は熱い吐息をもらした。一度は歓喜の声を上げたが、指先だけで弄られるのは物足りなかった。 もっと強い圧迫感が欲しい。 奥の方まで。 けれどそれだけはどうしても口に出来ず、意識して締め付けた後孔をこじ開けて入り込んでは去る指で自身をごまかそうとした。 だが、その途端男は抜き差しをやめ、物欲しそうに震える唇に指をあてがい動きを止めた。 「いっ……」 僚は俯き、次いで男を見上げた。喉元まででかかった言葉を辛うじて飲み込み、また俯く。もう、我慢出来そうになかった。やっと与えられたと思った途端取り上げられ、不満を訴えて疼く腰を男に擦り付ける。 「いきたい……」 精一杯の声を振り絞り、男に告げる。 「聞こえない」 冷たく言い放ち、またも中指を埋め込んで今度はくねくねと内部を刺激する。 「う…あっ……いきた……い――」 腰をくねらせ、僚は必死に訴えた。 妖しく蠢く腰に神取は口端を緩めると、同じ言葉で聞き返した。 僚は何度も頷いた。早く解放してもらいたくて、我を失いかけていた。 「いかせ……なんでも……する…から……」 余程追い詰められているのだろう。男に向かって、なんでもすると告げるのは、自らを苦しめるようなものなのだから。 しかし、この時の僚にそれを考える余裕はなかった。 今にもはちきれそうにのぼりつめ、なのに解放の一撃をもらえない。 混乱してしまっても、仕方のない事だった。 「本当に、なんでもするね?」 約束の効力を更に強めようと、神取は手にした僚の中心を射精が出来ないようきつく握り締めた。 「くぅっ……す…する……なんでも……言う事聞く…から……」 飛び上がらんばかりの痛みに耐え、僚はこくこくと頷いた。 「じゃあ、いかせてあげるよ」 そう言って手の力を緩め、やわやわと揉みしだく。同時に、後方の指で内部のある一点を激しく抉り、僚を絶頂に導く。 短い爪で床をかきむしり、僚は絶頂の悦びにとめどなく嬌声を上げ続けた。 「い……あ――!」 程なく、腰の奥でわだかまっていた熱い滾りが白液となって先端から迸った。 ようやく許された放出の余韻に浸り、僚はしばらくの間床にうずくまってはあはあと肩で息をついていた。 「満足したかい?」 男の声に、少しだるそうに振り返る。何か伝いかける唇を塞がれ、僚は目を閉じた。その拍子に、眦にとどまっていた涙が頬を滑り落ちる、 慌てて顔を背け手の甲で拭った。 視界の端に、こちらを見ている男の顔がある。僚はぶっきらぼうに頷き、立ち上がる男に合わせて顔を上げる。 「少し、そこで待っておいで」 どこへ行くのかと問い掛けるより先に言われ、僚は嫌な予感が胸を過ぎるのを感じた。不安を飲み込み、寝室へと向かう男を目で追う。 すぐに戻ってきた男の手には、自分を拘束し装飾するための枷が握られていた。 男はそれを一旦テーブルに置き、全ての窓をカーテンで遮った。そして椅子にバスタオルを敷き、そこに座るよう僚に命じる。 束の間ためらい、僚はぎこちなく立ち上がって椅子に歩み寄った。 「寒くはないか?」 椅子に腰掛け、テーブルを見つめたまま僚は頷く。外は今日も寒いのだろう。だが、部屋の中は申し分なく暖かい。 男は軽く頷き、言った。 「手を、出して」 僚は、恐々と両手をテーブルの上に差し出した。そこに、男の手によって一つ一つ枷がはめられていく。 手首と腕にそれぞれ革が巻かれる。次に足を出すよう言われ、僚は黙って男の方に身体を向けた。 拘束する為に屈み込んだ男は、端から見れば僚に傅く者のようにも見えた。心なしか呼吸が苦しくなる。 それが、無機質で荒い革の感触に怯えているせいなのか、それとも別の理由があるのか、僚にも判然としなかった。 最後に、一切飾りのない深紅の首輪をはめて、男は訊いた。 「苦しくはないか?」 「べつに……」 やや上擦った声で僚は答えた。見れば、頬がわずかに紅潮していた。神取はふっと口元を緩めると、僚の強張った頬にそっと手を当てた。 「寒かったら、すぐに言いなさい」 視線をテーブルに向けたまま僚は頷いた。頭の中に、男の言葉が蘇る。 『本当に、なんでもするね?』 一体、何をされるのだろう。 手荒く扱われたり、本当に我慢できない事を強いられたりはしないだろうが、羞恥と快感を巧みに操る男の事だ。何をされるかなんて、自分にはとても想像がつかない。 僚は目を閉じた。 平静を装おうとしたが、どうにも瞼が震えてしまい、気を落ち着かせる事は出来なかった。 枷を巻いた手が後ろに持っていかれる。初めての事ではないのにどうしても肩が弾んでしまい、ため息にも似た男の含み笑いを耳にして僚はますます俯いた。 枷を繋ぐ音がした。これで、両手の自由は完全に奪われてしまった。 まだ、食事も済ませていないのに。 僚は眉を顰めた。 ここから先は、男に全て世話されるのだ。 食事も、排泄も。 神取は、先の行為で汚れたままの僚の下部を用意した濡れタオルで丁寧に拭ってやり、不安そうに俯く彼にこう言った。 「さあ、食事にしようか」 顔を上げた僚の瞳は、怯えだけではない色を含み、微かに潤んでいた。 長い一日が始まったのだ。 |