Dominance&Submission

Suite

 

 

 

 

 

 鼻の奥がきんと痛むほど、冷え込みのきつい休日の朝。
 室内に漂う冷たい空気に、いつもと変わらぬ時間に目を覚ました神取鷹久は、時間を確かめようと軽く寝返りをうった。
 その時、背中に何かが触れ、神取は驚いて首を後ろに向けた。そこに、隣の部屋で寝ていたはずの桜井僚がいた。
 仰向けになり、気持ち良さそうに寝息を立てている。軽く目を瞬いて、昨日の記憶を手繰り寄せる。
 連休だからと泊まりにきた僚とは、遅くまで自室で過ごしたが、寝る際は別々だった。
 やり残した仕事があり、その仕上げの為に自分は書斎へ移った。就寝がかなり遅くなってしまうだろうからお互いの安眠の為に、少々寂しいながらも分けたのだ。
 そうして僚は寝室で、自分はこの書斎で、それぞれ眠りについたはずだ。
 それが、目を覚ましてみれば僚は自分の隣にいた。
 という事は、夜中にやってきてベッドに潜り込んだのだろうか。
 推測していると、僚はもぞもぞと緩慢に背中を向け、しばしごそごそ動いた末、丁度いい位置が見つかったのか睡眠を継続させた。その安心しきった様子に、神取は追求を止めた。自然と頬が緩む。
 サイドボードの時計に目をやる。まもなく七時になるところだった。
 天井付近で、七時開始にセットされたエアコンのタイマー部分が緑色の点滅を繰り返している。三十分もすれば、部屋は暖まっているだろう。
 それまで寝ていようかと一度は枕に頭を乗せるが、あまりにも無防備な寝姿に、むくむくと悪戯心が湧いてくる。そっと僚の方に身体を向けると、背後から回した手で下腹を探る。軽く触れてみて、反応がないのをいい事に下着の奥に手を潜り込ませる。

「……」

 規則正しく続いていた寝息が一瞬乱れる。
 神取は一旦動きを止め、様子を窺ってから再びそろそろと手を伸ばした。指先が僚の性器に触れる。独特の張りをもつ若いそれを手のひらに包み込んで、僚の顔を覗き込む。わずかに口を開き、かすかな寝息を立てている。気付いてはいないようだ。
 神取はゆっくりと、手にしたそれを揉み始めた。

「ん……」

 わずかに声が上がる。神取は思わず笑みをもらした。意識は眠りに落ちているのに、刺激に対して反応を示すのがおもしろくて、もっと見てみたいと壊れ物を扱う手付きでそっと揉みしだく。
「あっ……」
 小さな喘ぎと共に、僚の眉がぴくんと跳ねた。眠っていても感度の良い身体に知れず腰が熱くなる。
 少し刺激しただけで僚のそれは硬く張り詰め先端からとろりと雫を溢れさせた。
 そこで神取は、下着を濡らしてしまわないよう僚のズボンごと脱がしにかかった。起こさずに事を進めるのはかなり難しく、途中で何度も手を止めては少しずつずり下げ、ようやく膝の辺りまで脱がす事が出来た時はうっすらと汗をかいているほどだった。
 そこまでして眠っている僚にいたずらをしたいのかと妙に自分がおかしくなる。が、勃ってしまったものは仕方がない。早く中に入れたいと逸る心を抑え、前を弄っていた手で今度は後方をほぐしにかかる。
 片足を前に曲げさせ、尻の合間に指を滑り込ませる。
 昨日遅くまで自分のものを飲み込んでいたそこは、まだ少し柔らかさが残っていた。丁度良く熟れている。神取は指を根元までゆっくりと埋め込み、少しかき回してみた。

「あっ…あ……」

 なんともなまめかしい声が僚の唇からもれた。腰がずくんと疼く。
 僚のそこは、揃えた三本の指をすんなりと受け入れ嬉しそうに愛撫した。ねっとりと絡み付く内壁に、すぐに入れても大丈夫だと判断した神取は指を引き抜くと、自身も下衣を脱いだ。
 指を抜く時にも、僚は喘ぎをもらした。背筋がぞくぞくするほど悩ましい声。
 たまらずに神取は、痛いほど屹立した己のものを軽く扱くと、やや強引に僚の中へ押し入れた。
 弛緩した身体は、先端部分を一旦は受け入れたもののそこから先は異物を押し出そうと抵抗をみせた。どうやら、僚の意識が戻りつつあるようだった。
 突如襲った異物感に驚き、僚は無意識に下腹に力を込めた。
 僚には、神取の行為はまだ夢の中の出来事だった。気持ちよく横たわっていた身体に加えられるえもいわれぬ圧迫感に、訳もわからず翻弄される。
 僚は慌てて抵抗した。

「あっ…なに……」

 身体をよじり、どこからくるのかわからない圧迫感から逃れようとする。
 構わずに神取は腰を進め、少しずつ自身のものを根元まで埋め込んでいった。弾みをつけて腰を進める度僚の口から苦痛とも喘ぎともつかぬ呻きがもれ、それが余計熱を猛らせた。

「う…あぁ…あっ……」

 夢の中でも、感じているようだった。神取は満足げにため息をついた。完全に挿入を果たすと、腰を掴んでいた手で今度は僚の熱茎に触れる。後方を刺激された事によって、そこは今にもはちきれんばかりに張り詰め先端から涎を垂らしていた。
 僚の腰を引き寄せると、神取はゆっくりと抽送を始めた。

「!…」

 ついに僚は目を覚まし、夢の続きのような現実についていけず軽いパニックを起こした。
 そんな僚を更に翻弄するように、神取は激しく腰を動かし責めた。

「うぁ……やっ…ああぁっ……!」

 目を覚ました事で鈍っていた感覚は鋭敏になり、後孔を激しく行き来する熱塊に僚は悲鳴まじりの叫びを上げた。

「はっ…あぁ……たか…ひさ……」

 腰を押さえ付ける手を掴み、僚はようやく現状を理解した。

「ようやく起きたね」

 驚きに潤んだ瞳で振り返る僚を見つめ、彼の身体を激しく揺する。

「や…なに…し……あっ…あぁ……ん」
「何って、こうして欲しいから、私のベッドに潜り込んだのだろう?」
「ちがっ……さむい…から…い…いっしょ、に……」
「一緒に寝たかった?」
「う…ん…んん…あっ……」

 神取はにっこり笑うと、重々しく突き上げながらこう言った。

「嘘を吐いてもわかるよ、僚」
「う…うそじゃ…な……あぁ…ん…うっ……」

 男のものが最奥を突く度悲鳴を上げながら、僚は途切れ途切れに否定した。

「ほんと、に……ただ…一緒に……ねたかった…から」
「そうか。なら、安眠を邪魔して済まなかったね」

 首筋に顔を埋め、愛撫しながら神取は言った。

「別に…いい……あっ…気持ちいい……から…」

 顔を隠し、そこで意地の悪い笑みを浮かべている神取には気付かず、僚は首を振った。

「気持ちいいかい?」
「うん…きもち……い……」

 小刻みに揺らされ、僚は恍惚とした表情で頷いた。
 神取の笑みが更に深まる。

「それはおかしいね」

 え、と僚は笑みを浮かべたまま男を見た。

「こうする気もなく、ただ一緒に寝たかっただけなのに、入れられて気持ちいいなんて不思議だね」

 追求するでもなく言って、神取は僚の目を見つめ返した。

「え…あ……」

 言葉に詰まる。
 不意に神取の動きが早まる。

「うあっ…あ……ああぁっ!」

 浅い箇所での抽送に、内部で最も敏感な箇所が何度も擦られ、僚はあっという間にのぼりつめた。
 焦らさずに追い上げる。

「あ…もっ……出る――」

 神取は、握ったままだった僚の熱塊を激しく扱いて絶頂へと導いた。そして、更に強く僚に自身を打ち付け、ほぼ同時に射精を果たす。

「んっ…んん――!」

 最奥に注がれる男の熱いものを感じ、僚はかすかな嗚咽をもらした。しばらくして、肉茎にたまっていた精液を全部搾り出すように扱いていた男の手が離れ、次いで後方の圧迫感から解放される。
 僚は身体を弛緩させ、肩で大きく息をついた。
 神取はサイドボードからティッシュを引き寄せると、僚の下部を丁寧に拭ってやり、脇のゴミ箱へ放り入れた。それからベッドをおり、脱いだ下衣を引っ張り出して身につける。
 部屋は充分暖まっていた。
 男がベッドをおりた事で僚も身体を起こし、膝までおろされたズボンを引っ張り上げた。
 しかし、神取はそれを制し脱ぐように命じた。

「え……」

 意図がわからず、僚は訝しげに男を見やった。
 神取はゆっくりベッドを回り込んで僚の前に立つと、顎に手を添えて上向かせ続きの言葉を口にした。
「君はさっき、こう言ったね。寒いから一緒に寝たかっただけだ、と」
 それを聞いて、僚は男の目的をほぼ理解した。気まずそうに眉を寄せ、ぎこちなく頷く。

「抱いて欲しいからベッドに潜り込んだのだろうと言った私の言葉を否定し、君は、そう言ったね。なら、何故いった?」

 頭を過ぎった不安通りの展開に、僚は口籠った。しかし、そのまま沈黙を貫く事は出来なかった。

「本当は、入れてもらいたかった。そうだね?」

 男の追及にあっては、沈黙を貫く事など出来はしなかった。

「そうだね?」

 語尾を繰り返し、神取は問い詰めた。
 伝いかけた唇を閉じ、僚はかすかに頷いた。

「嘘を吐いたね?」

 微笑んだまま、語感を強めて更に問う男に、僚は耐え切れず目を逸らした。途端にぐいっと顎を揺すられ、慌てて視線を戻す。

「入れて欲しいのに、一緒に寝たいだけだと、嘘を吐いたね?」

 ひどく穏やかでありながら、完全に支配者の貌になって神取は僚を詰問した。
 まっすぐに、鋭い双眸で見据えられ、僚はわずかに頬を紅潮させて答えた。

「……はい……嘘…を……吐きました……ごめん…なさい」

 恐怖と、えもいわれぬ昂揚感のせいで言葉を途切れさせながら謝り、僚は深く顔を伏せた。いつの間にか、涙が滲んでいた。

 

 二人は、何らかの明確な合図をせず、主従の関係を始める事が多かった。
 日常の生活においては、対等な立場である事を神取は理想とした。言葉遣いや行動の制限なども一切せず、むしろ感じたままを率直に表現するよう要求した。
 パートナーになりたい、いっそ奴隷という立場でもいいから傍にいたいと一大決心をし神取に想いを吐露した僚は、挙げられた先の条件に正直唖然となった。今まで自分が出会ってきた、興味半分でサディストを気取る人間とは、まるで違うからだ。
 確かに、彼らの行為が行き過ぎであったり間違いであった事は、神取のパートナーになる為にはどうすればいいかと手に入れられる情報を片っ端から読み漁り多少は知る事が出来たが、とはいえ男の提示した条件は余りにも違いすぎた。
 まさにパートナー…いや、友人、それもかなり親しい友人と言っても過言ではない。
 そういった場所に置かれる事に、僚は戸惑いを隠せなかった。
 初めの頃は慣れる事が出来ず、言葉遣いもかたいまま男と接しぎこちなかった。
 だが、二人で過ごす内に段々と表情や表現も砕けていって、やがて呼び方も変わる。「神取さん」から「鷹久」へと。同い年の友人と接するのとなんら変わりなく振る舞えるようになっていった。
 行為の時も同じで、神取は相手が思うまま表現するに任せ一切の制限を加える事はなかった。だが、こちらが要求しなくても、僚は主従の関係を始めた途端態度を変化させた。言葉遣いはそう変わらぬが、従う者としての心得を弁え平伏する僚の態度は、初めから制限を加え従わせるより、ずっと愉しく、また大きな快感をもたらした。
 普段はお世辞にも言葉遣いがいいとはいえない。時には、思いっきり憎まれ口を叩く事もある。だがその移り変わりが、僚の魅力を十二分に引き立たせ男の心を束縛する。
 神取にとって僚は、たまらなく愛おしい存在だった。

 

「……嘘を吐く悪い子には、お仕置きをしないといけないね」

 静かに告げられる言葉に、僚はびくんと肩を弾ませた。俯いたまま顔を強張らせる。

 嗚呼、またあの恥ずかしい時間を味わわされる……

 ぐっと奥歯を噛み締めた。
 男の膝の上に腹ばいになり、幼児のように尻をぶたれるのは、かなりの屈辱だった。しかし、それを嫌いと言い切るのは、難しい事でもあった。
 嫌だと、完全に拒絶できないのだ。
 何故なら…男にぶたれる事に、悦びを感じてもいるからだ。五歳の子供のように膝に乗せられ、平手で尻をぶたれる。
 苦痛の中から湧き上がる快感は、たやすく得られない分心を強く引き付ける。
 僚は下着ごとズボンを脱ぎ捨てると、ベッドに腰をおろした男の膝に腹ばいになった。
 男の手がすっと尻に当てられる。
 途端に僚はびくっと肩を跳ねさせ、引き攣る喉の奥で息を吸い込んだ。添えられた手が、円を描いて肌の上を優しく這う。

「どうして叩かれるか、わかっているね」
「…はい……」

 僚は喉を震わせた。

「言ってごらん」

 少しずつ、自分の望む言葉を吐かせようと誘導する。
 頬が熱くなるのを感じながら、僚は問いかけに一つ一つ答えていった。

「嘘を…吐いたから……」
「どんな嘘だ?」

 僚は唇を噛み締めた。

「い、入れてもらいたい…のに……一緒に寝たいだけと言って……嘘を…吐き…ました」

 頬だけでなく、耳朶まで熱を帯びて赤く染まる。
 行為の最中は大抵の事なら平気でやってのけられるのに、そこから離れた途端どうしてこんなにも恥ずかしいと感じてしまうのだろう。
 麻痺させてしまえば何ともなくなるはずといくら試みても、結局は男を満足させる態度を取ってしまうのだ。こんな思いをするくらいなら、嫌というほど尻を打たれた方がずっとましだ。
 僚は、早く終わって欲しいと心の中で何度も繰り返した。だが、男の尋問はまだ終わりではなかった。

「何を、入れてもらいたかったんだ?」

 耳にした途端、僚は羞恥の余り目の前が真っ白になる瞬間を味わった。

「言いなさい、僚」

 男の口から発せられる、心地良い低音が鼓膜を犯す。目の前が眩むほどの衝撃を受けながらも、腰を噛む甘い痺れに僚はぶるぶるとわなないた。

「言うんだ」

 屈み込んで僚の耳元に口を寄せ、神取は囁きを流し込んだ。
 思わず喘いでしまいそうになり、僚は慌てて息を詰めた。小さく首を振る。

「言えないなら、いつもの倍、お尻を叩くよ」

 男の手が尻を撫でる感触にびくつきながら、僚はかすかに頷いた。痛みの方が、ずっとましだ。覚悟を決める。
 神取は、予想通りの僚の反応にうっすらと笑みを浮かべた。実のところ、僚の口からそのものの言葉を聞くのが目的ではない。聞きたくもなかった。
 僚の性格を考えれば、下品な言葉を口にするはずもないし、それをするくらいなら痛い思いをした方が百倍ましだと考えるだろう事は十分理解していた。なら何故そうするかといえば、口に出来ない言葉に追い詰められ、羞恥に耐えている僚の姿を見たいからだ。
 彼の中に、自分への絶対的な信頼があるからこそ、こうまで心は昂ぶるのだ。もしこれが、こちらからの一方的な押し付けであったとしたら、ここまで大きな快感は得られないだろう。
 覚悟を決め、膝の上で小刻みに震える僚を愛おしげに見つめ、神取は手を振り上げた。

 

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