幸せなら手を繋ごう
桜、コーヒーゼリー、花見弁当、桜の白玉あんみつ、三色団子。

お花見

 

 

 

 

 

 昼休みになると同時にオレは教室を飛び出し、隣のクラスに斉木さんを呼びに行った。
 その前の授業時間から斉木さんに呼び掛けて、一緒に昼にしようと誘っていた。
 渋々ながら了承は貰っていたので、オレはドア口に立って食堂へ行きましょうと声をかける。
 しかし斉木さん、机に財布は用意したものの立つ気配がない。
 どうしたのだろう、具合でも悪くなったのだろうか。
『澄んだ目のクズと昼を食べるくらいなら、こうして天井を眺めていた方がずっとマシだと気付いてな』
 ちょっとー。
 気が変わるにしてもそりゃないっスよ斉木さん、あんまりだ。
『お前もやってみるか? 中々楽しいぞ』
「いやもういいから、お昼行きますよ」
『わかったわかった、そう引っ張るな』
 やれやれといった具合に立ち上がり、どうにか歩き出してくれた。

 

『で? 今度は何組の誰さんだ?』
 食堂で各々の品を注文し、席に着いたところで、斉木さんは聞いてきた。
「違いますよ」
 オレはちょっとむきになって首を振った。
 昨夜テレビ見て思い立ってからその事で頭が一杯、ずっと浮かれっぱなしだから、斉木さんにも絶対伝わっているはずなのにこのとぼけよう…全くもう。
『そうか、じゃあ――』
 席替えのお願いでも、テストの点数操作でもありませんから。
 全ては前科のあるオレが悪いんだけれども、どれも違います。
『となるとなんだ? もう何も残ってないだろ』
 残ってますよってか脇道それてばっかいないで戻ってきて下さいよ。
 きつねうどんをすする斉木さんに小さくため息を零し、オレは改めて口を開く。
「斉木さん」
『なんだ』
 食べる手を止めないし、こっちを見向きもしないけれど、斉木さんははっきり返事をしてくれた。
 味も素っ気もないけど、嫌々でもうんざりでもない普通の返事。
 それだけでオレは大丈夫になるのだから、我ながら易いものだな。
 内心笑いながら、本題に入る。
「今度の週末、お花見に行きませんか」
 昨夜見たテレビで、たまたまその情報が流れていた。
 間もなく見頃を迎えるでしょうという事だったので、週末には丁度満開になるのではないか。
「ここから電車で三十分くらいの、丘の上公園て知ってます? あそこの渓谷沿いの桜並木が、そろそろ満開になるらしいんで、お花見行きましょう」
 斉木さんは相変わらずうどんをすすっている。
 顔を上げたのもこっちを見る為じゃなくて、セットでついてる小さなお稲荷さんを食べる為だけど、オレは構わず続けた。
「オレ、お花見弁当作ってきますから。ちゃんと斉木さんの好きそうな春の甘味も考えてるんで、楽しみにしててください」
『なるほど、桜見物の可愛い女の子目当てか』
 身体がぎくりと強張る。
 オレってば本当に隠し事が下手だねえ。
 内心滲む冷や汗を拭いながら、オレは弁解した。
「そりゃまあオレですから、ちょっとは脳裏に過ったりしましたけどね。でも本当にほんのちょっとです」
『ちょっとじゃないだろ』
 ちょっとです!
 斉木さ〜ん、もっとちゃんとオレの脳内見て、ほらほら、カワイ子ちゃん目当てなんて、ほんの二割程度でしょ、ね、ね。
 斉木さんは頬杖をつくと、はあとため息をもらした。
『お前は可愛い女の子を見ながら楽しく花見、僕は盛るお前とその他大勢の人体模型を見ながら花見か、何の罰ゲームだろうな』
「ちょちょ、そう決め付けないで下さいよ。オレはほんとに、斉木さんとお花見したいんです」
 斉木さんの視線はテーブルに向いたままだ。
 大丈夫、オレには最強の切り札がある。
「ねえ行きましょうよ斉木さん、もうオレの頭の中読んでわかってると思いますけど、公園の見晴台にあるお茶屋の春限定スイーツ、桜の白玉あんみつご馳走しますから、ねえ!」
 ネットで下調べもばっちりだ。
 桜のとつくだけあって、ほんのり桜色した寒天と桜あんを使って作られた、見た目も可愛らしい白玉あんみつだ。
 あんこはしっかり甘くてでもくどくない絶妙な味とか、黒蜜も絶妙とか、白玉の歯ごたえも絶妙とか量も絶妙とか食べた人の評判は上々で、見晴台に行くなら是非これを食べなきゃ、だそうだ。
 甘味に目がない斉木さんが乗ってこない訳がない。
 オレは強気で押した。
『その店なら知ってる』
「え、さすが斉木さん、情報早いなあ」
 じゃあもうオッケーもらえたも同然だと、オレは目を輝かせた。
『丁度行こうと思っていたところだ』
「うわ斉木さん、オレたち心が通じ合ってるじゃないスか!」
 大喜びするオレに対し、斉木さんは目一杯顔を歪ませた。
『通じ合ってない、気持ち悪い事を言うな』
「何スか、目的地同じなんだし、花見も兼ねて一緒に行きましょうよ」
『花見は予定に入っていない、瞬間移動で行って、食べたらまた瞬間移動で帰ってくるつもりだ。だがそうだな、お前の奢りというなら連れて行ってやってもいい』
 なんつう寂しい行程ですか斉木さん…そりゃご馳走するのに変わりはないですが、もっと心に余裕をもっていきましょうよ。
 春爛漫ですよ。寒くせかせかした冬はもう終わったんです、のんびりゆったり行こうじゃありませんか。
「お花見もしましょうよ、ねえ斉木さんねえ、しましょうってば」
 諦めずに食い下がると、斉木さんは大きなため息とともにやれやれと肩を上下させた。
『わかったわかった。行くのはいいが、随分熱が入ってるな』
「え、そりゃあ、せっかく付き合ってる訳だし、季節ごとのそういうイベントとかやっときたいじゃないスか。斉木さんとの思い出を、一つでも多く残したいっていうか」
 同じものを見て綺麗だねって言い合ったり、同じものを食べて美味しいねって言い合ったり。そういう事をしたいのだ。
 心に湧き上がる素の気持ちをそのまま伝える。
 たちまち斉木さんは迷惑顔になって、お前とか、と力なく息を吐いた。
「何スか斉木さん、その顔なに? お前とじゃ絶対そんな気持ちにならねーよって顔スか?」
 大正解だと、こんなに嬉しくない正解があるだろうかという答えをもらう。
 はっ、斉木さん、オレを舐めてもらっちゃ困ります。
 普通の人間ならそれで引き下がるんでしょうけど、あいにくオレは寺生まれっスからね。
 あきらめの悪さとしつこさは誰にも負けませんよ。
 オレは生まれ変わったんです、本命にこそガンガン行くっスよ。
 というか斉木さんだからこそガンガン押せ押せですよ。
 せっかくこうして知り合えたのだ、近しい関係になれたのだ、引いていては何も始まらない。
 今はわからなくてもいいっス。やってく内に、段々楽しさがわかってくものだから。
 春は芽吹きの季節ですよ、斉木さん。
「ねえ斉木さん、いい思い出たくさん残しましょうね。て事で、当日の予定立てましょうか」
『そうだな』
 乗り気なようなそうでないような返事に、ちょっと笑う。
 出発時刻を決め、オレは拳を握り締め心に誓った。
 お花見弁当張り切るっスよ。
 期待しててくださいね、斉木さん。

 

 現地へは、瞬間移動で飛ぶ事になった。
 普段、あまり超能力を使いたがらない斉木さんにしては珍しいなと思いつつ、オレは口には出さず頷いた。
 どうも、人で混み合う電車に乗るのは嫌なようだった。
 人ごみは嫌なのに、人でごった返す観光地に行く事を承諾してくれたのだと思うと、オレは感謝しきりだった。
 張り切って早起きして、花見弁当をこしらえる。
 電車での移動がないので時間に余裕はあるが、斉木さんとお花見デートだなんてそりゃ早くに目が覚める。
 というか正直ろくに眠れなかった。
 遠足に浮かれる園児よりも興奮している自信がある。
 用意した重箱に一つひとつおかずをつめながら、これは喜んでもらえるだろうか、斉木さんこれ好きだろうかと思いを馳せる。
、不安と期待で心臓が痛くなったほどだ。
 完成した弁当と、斉木さん好みの甘味を詰めた小箱を風呂敷で包み、斉木さんちに向かう。
 出発してすぐは楽しさの方が勝って、胸がどきどきするわ期待と嬉しさで身体が熱くなるわ大変だったが、斉木さんちに近付くにつれ、同じどきどきでも不安で心臓が破裂しそうなどきどきになっていった。
 いざチャイムを押そうとした時なんて、自分でもわかるほど指が震えていて、我ながらおかしくなった。
 別に、初めての訪問て訳じゃないのに、デートだって別にこれが初めてではないのに、なんでこんなに緊張するのだろう。
 膝が震え、呼吸までおかしくなる始末だ。
 ああ斉木さん助けて、生まれ変わったとかあれ嘘でした、ガンガン行くとか無理です助けて斉木さん……!
 そうやってぐずぐずと迷っていると、早くしろと斉木さんからテレパシーをもらう。
「うわっ……!」
 びっくりした拍子にチャイムを押す。
 そうだった、斉木さんには全部丸見えだった。
 こうやって、ドアの前で馬鹿みたいに震えて迷っている姿も全部筒抜けなのだった。
『別に馬鹿とは思ってない』
「え……」
「はーい、いらっしゃい」
 斉木さんママさんの優しい声がして、ドアが開けられた。
 上がってという声に従いリビングに向かうと、ソファーに座る斉木さんがいた。
(コーヒーゼリー食ってるし!)
 いや別に、驚く事じゃないけども。
 そりゃ斉木さんだからいつでもどこでもコーヒーゼリーだろうけど、オレがあたふたおろおろする姿を肴にのんびり食べてたのかと思うと、少しばかり複雑だった。
『してないぞ、被害妄想落ち着け』
(すんません)
 斉木さんはオレの方をちらっと見ると、すぐに正面に向き直った。
 はいはい、大事なスイーツタイムですもんね、邪魔はしませんよ。
 そこで、テーブルにすでに二つ食べた跡があるのが目に入り、さすがに多すぎじゃないかと少し驚く。いつもこんなに、一度にたくさん食べてたっけ。
 それにいつもみたいな楽しさが伝わってこないのも気になった。楽しいどころか、何か追い詰められてるように見える。
 これ、何かに似ている…そうあれだ、緊張して爪噛んだりするのに似てると、オレは直感で思った。
『勘が鋭いな、鳥束の癖に』
 え……斉木さん、もしかしてオレと同じように、今日のデートに緊張してるんスか?
 まさかと思いつつ、オレは期待が膨らむのを止められなかった。
『残念だが違う。虫が出なけりゃいいと思ってるだけだ』
 ですよね違いますよね。
 あと、その祈りはオレも同じっス。
 どうか、斉木さんを脅かす虫が出ませんように。
『その時は存分に笑うといい。それが、お前の人生最後の思い出になるだろうからな』
 スプーンをくわえたままこちらを見やり、斉木さんは邪悪な顔で笑った。
 ちょっと、これから恋人とデート行く顔じゃないっスよ!
 足元から立ち上る冷気に、思わずオレは一歩下がった。
『すぐ準備するから、靴を持って部屋に来い』
「……はいっス」
 オレはとぼとぼと玄関に向かった。
 気を付けて行ってらっしゃいねと、ママさんの優しい声が背中に染みる。

 

 斉木さんの部屋から、見晴台から少し離れた人けのない雑木林の中に瞬間移動する。
 ほんと便利っスね、超能力。
 オレは靴に履き替え、見晴台に向かおうと歩き出した。
 その時。
『うわ!』
 すぐ後ろにいた斉木さんが叫んだ。
 即座に振り返ると、ガツンと木の枝に頭をぶつけ、そのまま尻餅をつく姿が目に入った。
 目の端に飛んでいく虫の陰が見えたので、斉木さんがそうなった原因はわかった。
 着いてすぐかと、オレは天を仰いだ。
 しかも斉木さん、頭をぶつけた拍子に左の制御装置を落としてしまったのだ。
 とんだ災難だな…すぐさま駆け寄り、安否を確認する。
「大丈夫スか斉木さん!」
 ぶつかった時結構な音がした。普通の人間なら、今頃血を流して倒れていた事だろう。
 斉木さんならそこまでひどくないにしても心配だ。こぶでも出来やいないかと、オレは恐る恐る頭に触れた。
 腫れてもいないし傷もない、ひとまず安心して、オレは落ちた制御装置を探す事にした。
「ありましたよ、はい斉木さん」
 斉木さんは座ったまま受け取り、元通り取り付けた。
 けれど、中々立ち上がろうとしなかった。
 心配がぶり返す。もしや、当たり所が悪くて目眩でも起こしたとか。
『違う』
 返ってきた答えと、いつもと変わらない目付きの強さに、取り越し苦労である事を覚る。
 そこでピンとくるものがあった。
 そうか斉木さん、虫に驚いて腰抜かしちゃったのか。
『それも違う』
「はい。まあ、ちょっと休憩していきましょう」
 桜は逃げないし、お茶屋のスイーツも春限定であって数量限定ではないから、ちょっと休憩するくらいなんの問題もない。
『いい、もう行ける』
 言葉は強気だが、木に伝って何とか立ち上がる姿はとても平気そうには見えない。
 やっぱり、腰抜けちゃったんだ。
『違うと言ってるだろ』
 馬鹿にするなと突き刺さる鋭い眼光にちょっと怯むも、負けじと言い返す。
「してません、馬鹿になんかしませんよ。誰だって苦手なもんの一つや二つ、あるもんですし」
 さっきオレがチャイム押せなくて震えてても、馬鹿にしないでくれたじゃないスか。
 そんな人を馬鹿にするなんて、できないっス。
 木の根に足元がおぼつかない斉木さんに、オレは手を差し出した。
 いらんと叩かれるかと思ったが、意外と素直に斉木さんは手を握った。
『やれやれ、さっそくいい思い出が出来たな』
「あの、なんか……すんません」
『別にいい、わかってて来たからな。お前のせいじゃない』
 ぞんざいに手が振り払われるが、斉木さんの声が柔らかだから、そんなに心に刺さらない。
「それで斉木さん、まず何からします?」
 聞くまでもない質問だったと、オレは言いながら思った。

 

 お茶屋の前には長蛇の列…というほどの行列は出来ていなかった。
 かなり並ぶのを覚悟していたので、ちょっとの辛抱で店に入れたのはよかった。
 案内されたのは窓際の席で、広い駐車場とその向こうに伸びる桜並木が見えた。
 オレはその、ちらっと見える桜が気になって、斉木さんは、テーブルに置かれた白玉あんみつの写真に心を奪われていた。
(まるで恋する乙女みたいな目しちゃって、かわいーな斉木さんは)
(オレにもこんな目を向けてくれたらなー)
 そんなもしもを妄想するが、即座に脳が拒否した。
 オレはどうやら、斉木さんにヘドロを見る目で見られる方が、性に合ってるらしい。
 それはつまり、それだけオレをまっとうに評価しているわけで、嘘偽りのない斉木さんの感想にほかならず、そんな斉木さんを見る事が出来るのはオレだけだからだ。
 一つくらい、オレだけの斉木さんが欲しい。
 そしてオレは確実に、その一つを手にしている。
 こんなに幸せな事はない
『本当に気持ち悪いな、お前は』
(ええ、それがオレなんで、勘弁してください)
 あきれ果てたって目の斉木さんに、オレは笑いながら頭を下げた。
 注文してからしばらく、ようやくお待ちかねのあんみつが運ばれてきた。
 たちまち斉木さんの瞳がきらきらと輝き出す。
 食べましょう斉木さん、食べて、さっきの嫌な思い出忘れちゃいましょう。
 オレが願うまでもなく、斉木さんは全身全霊で白玉あんみつを楽しんだ。
 大きな声を出すでもなく、はしゃぐでもなく、ただほんのりと頬を染めて、静かにじっくり好きなものを味わう。
 オレはそんな斉木さんを胸に焼き付けながら、楽しいひと時を過ごした。

 

 丘の上公園。
 渓谷沿いに何キロにもわたって桜並木が続き、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉と、様々に楽しめる観光地である。
 家族連れやカップルが大勢行き交う中を、斉木さんと並んで歩く。
 桜も見るには見るが、オレはどうしても、カップルに目が行ってしまう。
『可愛い子は見つかったか』
 皮肉めいた斉木さんの物言いに、オレはむきになってそんなの見てないと首を振る。
 いや見てるけど、女の子に目を奪われてるんじゃなくて、カップルのほとんどが手を繋いでるなって、そこに目がいってしまっているのだ。
(無理な希望だけど)
 すると斉木さんは、渓谷を挟んだ向かいの切り立った崖に目を向け、きょろきょろと何かを探し始めた。
 何を探しているのだろうと様子をうかがっていると、やがてお目当てのものが見つかったのか、ついてこいと林の奥を指差した。
 桜並木から外れ、どんどん奥へ突き進んでいく。オレはその背中を追って歩き続けた。
 しばらく行ったところで斉木さんは立ち止まると、ここでいいと、オレの手を握ってきた。
 いや、斉木さん、手を繋いでもらえるのは嬉しい、すごく嬉しいんスけど、ここからだと桜が見えないっス。
 なんともいえない顔で笑っていると、周囲の景色が一変した。
 瞬間移動だ。
 飛んだ先は、先程の桜並木を見下ろす位置にある切り立った崖の上。
 そう、さっき斉木さんが探していた場所だ。
 斉木さんはそこから空中浮遊でオレごと崖から飛び出すと、中腹にあるちょうど座れるスペースのある平らなところで降りた。
『ここならよく見えるだろ』
 斉木さんが探し当てた絶好の花見スポットに、オレはぽかんと口を開けて頷いた。
 文句なしっス。
 と、斉木さんの身体が透け始めた。
 二人一緒の透明化だ。
 オレは手を引かれるままその場に座った。
『桜見物の客がこちらに気付かないとも限らないからな』
「そうっスね」
『この状態だとテレパシー以外の超能力が使えない。もし落ちたら一蓮托生…いや、僕は助かってお前はお陀仏だな、充分気を付けろよ』
「はい、それはもう」
 斉木さんてばいい顔で脅すなあ。
 オレは気を取り直し、眼下の光景に目を向けた。
「へえ……」
 思わず間抜けな声が出てしまうほどだ。上から見る桜並木はそれほどに美しく、まさに絶景だった。
 見知った淡いピンクだけでなく、くっきり鮮やかなピンクに濃い桃色と花色は様々で、色の重なりにため息が出る。
 テレビで見る空撮とは比べ物にならない、やっぱり自分の目で見るって大違いっスね。
「ね、斉木さん!」
 オレは子供みたいにはしゃいだ。楽しくて嬉しくてしょうがない。
 繋いだ手をちょっと持ち上げて斉木さんを見やる。
「どうスか斉木さん、少しはわかりました?」
『いいや』
「……そっスか」
『でも、わかりたいからやってる』
「そっスか」
 オレは顔がにやけるのを抑えられなかった。
 たちまち斉木さんから冷静なひと言を貰う。
『それはさすがに気持ち悪い』
「さーせん、へへ」
 低い声で言われても、まだにやにやしてしまう。

 

 昼時を迎え、弁当を広げる段になり、さてどうしようかとオレは悩んだ。
 ここで手を繋いだまま食べるか、別の場所に移って透明化を解くか。
『ここでいいだろ。お前がいいなら』
 確かに、オレは右手が空いてる、斉木さんは左手が空いてる、お互い利き手は空いてるから食べるのに問題はない。
 オレは頷き、片手でどうにか風呂敷の結び目を解いた。広げた風呂敷に重箱や小箱を並べ、箸を置く。
「はいどうぞ、召し上がれ」
 重箱の蓋を取る。
 炊き込みご飯のおにぎりと、九つの仕切りそれぞれに春らしいおかずをたくさん詰め込んだお花見弁当。端っこには串にささった小さな三色団子を詰めた
『すごいな、お前が作ったのか』
「なんたって寺生まれスからね。どうっスか? 見直しました?」
『一流料理人の霊を憑依したとかじゃないのか?』
「ないです、正真正銘オレ作っスよ」
 斉木さんはオレの顔をまじまじ見つめ、はあっと大きく息を吐いた。
『そんなじゃなけりゃ、お前もなあ……本当にお前は不憫だな』
「何スか斉木さん、言いたい事があるならはっきり言って下さいよ!」
『いや、いいんだうん。お前はお前で強く生きろ』
 もー、何だって言うんスか。
 もっとはっきり問い詰めたかったが、斉木さんの目がじっと三色団子に注がれているのを見て、仕方なく一旦口を閉じる。
「さっきのあんみつに比べたら、華やかさとか見劣りしますけどね」
 どうぞとすすめると、待ってましたとばかりに団子に手を伸ばした。中々の出来だと思うが、やはりどきどきする。
「……どうスか?」
『悪くない』
 さっきのあんみつと似たような笑顔だけど、ちょっと違うなって思うのは、オレの願望によるものだろうか。
「よかったらまだありますよ。作ったの全部持ってきてるんで、食べたいだけどうぞ」
 小箱の蓋を開けると、斉木さんは目を輝かせてそっちにも手を伸ばした。
 ほんとに好きなんだな。
 一個ずつ丁寧に噛みしめて、じっくり味わっている。
 いつまで眺めてても飽きないな。
 自然と笑いが込み上げてくる。
「斉木さん、甘いものばっかじゃなく、ごはんもちゃんと食べないと駄目っスよ」
『っち』
「こら、舌打ちめっ」
『お前の力作だしな…やれやれ』
 斉木さんは食べ終わった団子の串を置くと、渋々といった感じに箸を手に取った。
 オレも自分の箸を取り、弁当を食べ始める。オレもまずは団子から。斉木さんに引きずられてそんな気分になった。
 噛みしめて、あれっと目を見開く。家で味見した時よりずっと美味く感じるのだ。
 出来立てとはまた違った美味しさだ。
 いい景色を眺めながら、好きな人と手を繋いで食べるから、こんな素人の団子も美味しく感じるのかな。
 嬉しい、楽しいって感情が心に一杯溢れるようであった。
 ちょっとした発見だと、やや興奮気味に斉木さんに伝える。
 斉木さんはうるさそうに顔をしかめながらも、最後までうんうんと聞いてくれた。
 オレはそれが嬉しくて、繋いだ手をぎゅっと握り締めた。
 少しして斉木さんの目が、繋がれた手にゆっくりと向いた。
 何を考えているのか、オレは超能力者じゃないからわからない。
 目の動きや、ちょっとの表情の移り変わりから考えるしか出来ない。
 どうか、悪くないと思っていますようにと祈り、オレも同じように繋いだ手に目を向ける。
 それから斉木さんの顔を見て、込み上げる気持ちのままに笑う。
 一生懸命目を凝らして見ていたからか、目が合った時、斉木さんもほんの少し笑ったような気がした。

 

 春のぽかぽかとした陽気の中、オレたちは手を繋いだまま弁当をつつき、のんびりと花見を楽しんだ。
 斉木さんどうですか、さっきよりはわかってきましたか。

 

目次