無駄遣い

たまにはいい

 

 

 

 

 

 正月飾りも片付けた、学校も先週から始まりすっかり正月気分は抜けきったのだが、年末に買った餅が冷凍庫にわんさと残っており、休みとなるとそれの消費に正月っぽい献立になるせいで我が家はまだ何となくずるずると正月が続いていた。
 家族三人、頑張っているのだが。母さん、一体どれだけの餅を買ったのだ。やれやれまったく。

 といった中の週末、鳥束が遊びに来た。週の半ばに「お邪魔してもいいっスか」と聞いてきたので、昼前に来い、昼はうちで食べろと時間を決めた。
 一緒にいられる時間が少しばかり増える事に鳥束は純粋に喜び、じゃあデザートのコーヒーゼリー奮発しますねと笑顔を見せた。
 こっちとしては、餅の消費に一役買ってもらおうと企んでの事なので、喜ばれるとちょっとばかり胸が痛んだ…りはしない、鳥束だから。
 お前も一緒に餅っ腹になるといい。心の中で密かに笑う。


 そうして迎えた週末、鳥束は袋一杯のコーヒーゼリーを手にルンルンで我が家を訪れた。
 スーパー二軒、コンビニ一軒寄って色々な種類を買い集めたようで、より取り見取りの中身に僕もルンルンになる。
「あ、お礼はほっぺにチューでいいっスよ」
 袋を受け取り喜色満面で覗き込んでいると、そんな事を言ってきた。
 いつもなら調子に乗るなと拳骨をくれてやるところだが、いやこれは素直に嬉しい、ので、唇にチューしてやった。
「やだ…斉木さん……」
 鳥束は目を潤ませると、真っ赤になってはにかみながら見やってきた。
 オエ、乙女束オエ。でも気分がいいので追い返さず家に招き入れる。
「わーい、お邪魔しまっす」

 部屋に入るなりベタベタチュッチュしてくる鳥束を巧みにかわし、テレビへ意識を誘導させる。丁度いいバラエティがやっていたので、僕も一緒に頭カラッポにして楽しむ。
 テレビを見たり一つの雑誌を二人で読んだり、お喋りを交わしたり、隙あらばチュッチュしてこようとする鳥束を追い払ったり。
 やがて昼になり、僕はこの時を待っていたとばかりに鳥束を伴いキッチンに向かった。そして件の餅を突き付け、何か作れと言ってみた。
「えー!?」
 受け取った餅をくるくるひっくり返して眺めながら、鳥束はうんうん唸った。
 空を飛べだのといったものはさすがに無理だが、こういうお願いは結構こなしてみせるのが鳥束だ。
 今回も、うーうー、えーえー唸りながらキッチンをひと通り見て回った後「甘いのとしょっぱいのどっち」と聞いてきた。
『さすが鳥束だな』
「く……こういう時だけー」
『いつも思ってるぞ』
「ん−はいはい……んっ!」
 疑わしい顔で見てくるので、キスを一つしてやった。
 たちまち怒りは引っ込み、顔なんて目も当てられないくらいどろどろにとけている。さすが僕のチョロ束。
「……んもう。で、甘いのしょっぱいのは?」
『甘いので』
「じゃあ、これ使っていいっスか」
 見せてきたのは、ゆであずきの缶詰。思わずごくりと喉が鳴った。僕は素早く頷く。
『お汁粉か』
「そうっス」
 鳥束のにっこり笑った顔があんまり甘いので、冷蔵庫のスライスチーズ使っていいぞと伝える。
 さっき思い浮かべた甘いのとしょっぱいの、甘いのはあずき缶を使ったお汁粉で、しょっぱいのならチーズ乗せ磯部餅だった。鳥束はどちらかと言えば磯部餅寄りで、でも僕に合わせてお汁粉にしようとしていたので、お前はお前で食べたいのを食べろとすすめる。いや、違う、僕の食べるあずきが減るから言ってるだけだ。
 それだけだ。
『海苔は三番目の引き出しにあるぞ』
「わー、嬉しいっス」
 取り出して、鳥束は顔を輝かせた。
 僕もきっと、目がピカピカ光ってるに違いない。

 待つ事しばし、僕はお椀を手にワクワクと待ちわびた。気が付くと鳥束の腕にしがみついており、結構な力で肉を絞っていたらしく、どこか遠くで誰か痛がってるなーああ鳥束だったか、と、ベタなコントモドキをしてしまった。
「いたいってもー、千切れちゃうかと思いましたよ」
 涙目で文句言いつつも、心の中では「待ちわびる斉木さん、可愛い!」とはしゃいでいる。
 うるさい奴だ。いいから早くお汁粉完成させろ。
『でないと、今度は反対の腕絞るぞ』
「うわおっかね。はいはい、もーすぐっスよ」

 出来上がった二つをテーブルに運び、着席するや僕らは素早くいただきますと手を合わせた。
「醤油とチーズって、合うんスよね」
 そこに海苔も加わって、うまーい!
 はふはふしながら焼き餅を頬張る鳥束。
 僕はそれを見ながら、絶妙な甘さのお汁粉に舌鼓を打つ。
「海苔美味しい、チーズ美味しい、お餅美味しい!」
『そりゃ良かった。それにしてもお前、幸せそうに食べるな』
「え? やー、良いもの眺めながら食べてるんで、そりゃね」
 斉木さんてば、本当に美味しそうに甘いもの頬張るっしょ、作った甲斐があるっていうか、すると何を食べるにも三倍美味しく感じるんスよね
『ふうん、僕は純粋に、こいつを気に入って食べてるだけだ』
 お前の食事風景なんて一切目に入ってないからな
「ん−もう、念押しするとか、言ってるようなものじゃないっスか。オレが美味そうに食べてるとこ見てると箸が進む、って」
『言ってないつってるだろ』
「ふーん、……いただだだ!」
 信じてない顔がムカついたので、僕は超能力でちょっとこらしめてやった。
「ちょっとじゃねーし! 頬っぺたの内側つねるの禁止!」

「自分で噛んじゃったより五倍は痛いっスからね! もー、毎度毎度…この、イタズラ坊主め!」
 怒って目を吊り上げる鳥束は中々の迫力がある。でも、どこかひょうきんで憎めなくて、全然、おっかなくない。
「何笑って…もう、人が真面目に」
 本当に、なんで笑ってるんだろうな僕は。あったかくて甘いお汁粉、全然嫌いじゃない。近年食べた中でも上位の美味さだ。

 にゅーうと伸びる餅をたぐりながら、鳥束の目は、テーブルの中央に鎮座するフルーツかごに注がれる。
 リンゴ、柿、みかん、いずれも田舎から送られた物。
 それらを眺めながら、立派だ、ツヤツヤピカピカで綺麗、いい匂いする、冬の色…と、ほんわか和んでいる。
『食べるか?』
 今すぐじゃなくても、おやつにでも。
「えー、いいスか?」
『お汁粉の礼だ』
「うわー、じゃあどれにしよう。後で食べましょうね」
 たちまち鳥束は目尻を下げ、唾が出ると頬を緩めた。



 おやつ時、鳥束が選んだのはリンゴだった。
「うさんぎさんとかします?」
『へえ、顔に似合わない』
「うぅっ…うっさい。さっき美味しいお餅頂いたお礼です」
 鳥束はまな板に置いたリンゴをストンストンと四つ切にした。
 ふーん、リンゴでウサギか、僕なら、一瞬でスワンが作れるぞ。
『そら』
「おわっ!」
 目の前で瞬時に仕上がったリンゴのスワンに度肝を抜かれ、鳥束はすごいすごいとはしゃいだ。
『また無駄なものを切ってしまった』
「ええー、全然ムダじゃないっスよ、わーすげえ、きれい〜。食べるのもったいないっスね」
 顔中キラキラ輝かせて、子供みたいにはしゃぐから、単純な僕は調子付く。

 そして作りすぎる。
 ウサギ、スワン、フラワー、木の葉、チェッカー、ストライプ……他沢山。
 そこで思うのだ。褒められて調子に乗るとか、あ、僕、本当にあの二人の子だなと。
 なんてこった…それにしてもここは、リンゴの飾り切り大会の会場かな。
 まったく、僕としたことが。

『よし、頑張れ鳥束』
「ええーまあ、頑張りますけども」
 苦笑いすんな、お前が褒めるのが悪い。
 鳥束は、テーブルを埋め尽くす飾り切りされたリンゴの数々を見回し、腕組みした。
 そして何やら閃いた。
「あそうだ、斉木さん――」
『そりゃいいな、そうしよう』
 鳥束がみなまで言う前に、心の声で読み取った僕は、そいつはナイスだと賛同する。

 リンゴにたっぷりの砂糖を振りかけて、バターを乗せてオーブンで焼く。簡単ながら立派なおやつの完成だ。
『まあ最悪、復元すればいいだけだが』
「調子に乗ったのは元に戻せませんよ」
『……ふん』
「斉木さんでも、悪ノリする事あるんスね」
『お前に合わせてやっただけだ』
「はー、そっスか」
 二人で並んでオーブンを覗き、見る間に溶けてリンゴに染み込んでいく砂糖とバターに二人して目を輝かせる。

「出来ましたよー。ん−いい匂い、美味そう。せっかく綺麗に作ったの食べちゃうの、ちょっともったいないっスけど、美味そうっスね〜」
『腐らせて無駄にするよりずっといい。いただきます』
「はっやい、ふふ、そっスね」
 うむ……悪くない。飾り切りで細かく切れ込みを入れていたから、まんべんなくバターと砂糖が染み込んで、最高の味わいだ。
「オレもいただきます。ん−とろけるー、ほっぺた落ちるー」
 ひと切れ口に運び、鳥束はたちまちニコニコ顔になった。
 最高に幸せなおやつタイムだと、二人してリンゴをつつく。
 うむ…程よい甘酸っぱさ、バターと砂糖でより複雑に味わい深くなって、本当にとろけるような美味さだ。

 こんな時間が過ごせるなら、悪ノリもたまにはいいか。
 お前とだと、馬鹿馬鹿しくて下らない事も、無駄だと思わずむしろ進んでやりたくなる。
 驚いたり喜んだり忙しいお前を見るのが、嫌いじゃないからかもな。

 

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