夕焼け小焼けで

春:暑い時には

 

 

 

 

 

 帰り道、公園を横切ろうと入ったら、先を行く斉木さんの髪に風で散った桜の花びらが乗っかった。
 それを取ろうとした時、オレは強烈な既視感に見舞われた。

 夏の盛り、急な雨に降られ斉木さんの髪にたくさん雨粒がくっついた。
 秋の夕暮れ、紅茶色に染まった枯葉が斉木さんの髪に乗っかった。
 冬の昼下がり、お天気なのに雪がちらついて、斉木さんの髪にふわっと乗っかった。

 オレはいつも、それを取ろうとしていた。
 髪についてますよって、手を伸ばすんだ。
 でもいつも、触るなと素っ気なく振り払われてしまう。

 斉木さんはいずれも冷たく素っ気なく、鬱陶しそうにオレの手を振り払ってきた。
 いずれも、ムッとして悲しくなって、斉木さんとの距離感にしようもない寂しさを感じてきた。

 覚えてはいるけどもでもオレはめげず、反射的に手を伸ばす。
「あ、斉木さん、髪に花びらが」
 振り払われなかった。

 いつからか、斉木さんはオレの接触を拒まなくなった。
 だからってものすごく受け入れてくれてるわけでもないけど。
 あんまりしつこくベタベタすれば怒られる…まあしつこいのはよくないよな…し、朝の挨拶ついでの軽い接触も、うわぁって顔で見られるけども、以前のように容赦なくはたかれる事はなくなった。
 いつからってのはわかってる。変化した日は、明確にある。
 斉木さんにオレの気持ちを伝えた日。
 斉木さんと、初めてキスした日。
 あれが、あれから、俺たちの距離は変わらないようで大きく変わった。

 以前と変わりないようで激しく変わったし、こんな風に頭に触れても、痛いくらいの勢いで叩かれることもなくなった。

 変化が嬉しいくせにオレは変化についていけず、もう少し触りたいって気持ちのまま撫でては、恥ずかしくなっていた。
『他の誰を思い浮かべてもおぞ気しかないが、お前は特別だ』
 言っても聞かないからもう諦めた、って顔で、そう言われた事がある。
 考えればお互い感情ぐちゃぐちゃだったな。
 その上布団もぐちゃぐちゃシーツもぐちゃぐちゃ。冬休みも終わる頃、オレんちで初めての次の・・・をした後のことだ。
 興奮しきってやりまくって、もう息をするのが精一杯って状況になっちゃって、そんな中オレは抱きしめた斉木さんの頭を何度も何度も撫でた。
 触れるのが嬉しくて、やめられなかったんだ。
 もう一回触りたい、もう一回撫でたい、そう思う程に恥ずかしさは強まっていって、感情ぐちゃぐちゃ。
 そして斉木さんに先の言葉を投げかけられた。そりゃもうひどい顔で。

 で、それから季節は巡って、春の今日、何度も振り払われてきた手を懲りずに斉木さんに伸ばして、拒まれる事なく、頭を撫でているオレ。
『なんでお前、赤くなってんだ』
「そ……スね」
 なんででしょ。
 少女漫画とかだと、こういうのってされた方が赤面するのがお約束みたいな感じですよね。
 だのになんで撫でてるオレが赤くなってんでしょうね。
 自分でもわかりません。
「……そう云う斉木さんも、赤いっス」
『ああ……お前のが移った』
 言葉通りなのか、はたまたはぐらかされてるのか。
 まあ多分、そのまま受け取っていいんだろうな。
 すんません

「あー…の、今日暑いっスね」
『そうだな』
「なんか飲んできましょうか」
『そうだな』

 どこかお店に寄りましょうかと提案するが、自販機でいいと斉木さんはスタスタ向かっていった。
 公園の入り口に自販機が三台。
 オレもすぐに駆けて、ずらっと並ぶ缶ジュースをざっと見回す。
「何にしましょ。ピーチティー?」
『嫌いじゃない』
「っスよね。これ、爽やかで飲みやすいし」
 財布から小銭を出そうと構えた時だ。
『お前の手』
 そんな言葉が続いたんだ。
「……は?」
 あ!?
 思わず財布を落としそうになったよ。
 自販機に向かっている斉木さんの横顔を、まじまじと見つめる。
「あー…じゃ、もっと撫でます」
『やめろ!』
「だっ!」
 バチンとはたかれる。
 久々の痛みに手を振って悲しむ。
「いたい、ひどい」
『外じゃやめろ』
「あ、……はい」
 外じゃやめます、その代わり、二人きりの時は、うんとうんと撫でて甘やかしてあげますね。

『馬鹿、言うな……馬鹿』
 さっきよりくっきり赤くなった斉木さんを見て、オレは少し笑った。
 それに斉木さんは怒った顔をしたけど、オレにつられたのか、やれやれってため息のあと、ほんの少し、笑ってくれた。


 見本の缶ジュースの中に一つだけハテナマークがあって、意外とそういうのが好きなオレは迷うことなくそれを押した。
 がたんと出てきた缶ジュースは、イチゴミルク。見るからに甘そうで絶対甘いこってり甘くて美味しいやつ。でもオレには弱り果てるやつ。
 見事に顔が「うげへっ」ってなった。
 それ見て斉木さんは『ぷ☆』と笑った。
 オレは無言でそいつを斉木さんに押し付け、ムキになってもう百円投入し、斉木さんの番だと指差す。
「ハズレでも、アポートは反則っスからね」
『っち』
「舌打ちめっ」
 ぴっがたん。
 出てきた商品を見る前から、斉木さんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
 その顔はどっちだ。
『そらよ』
「おっ」
 渡されたのは無糖のカフェオレだった。これならオレごくごくいける。
『二本とも、お前が飲めそうにないものにしようと思ったのに……はぁ』
 心底残念そうな斉木さん。
「あっぶね!」
『やれやれ』
 やれやれじゃないの。

 でも。
 そのまま自販機の横で二人並んでジュース缶を傾けていてふと、もしかしたら本当は「二本とも甘かった」かもしれなくて、このカフェオレは「斉木さんがアポートしてくれた」んじゃ…なんて、そんな考えが過った。
 どーかな。そんなこと、あるかな。
 ないかな。
 喉を潤しながら、隣にチラリ視線をやる。
 あったわ。
 夕焼けに染まった綺麗な顔に、ほんの少し照れと気まずさを見つけて、オレは今すぐ斉木さんを撫でたくなった。

 

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