また後で

春:声を聞こう

 

 

 

 

 

 今日は斉木さんと電車に乗ってお出かけつまりデートで、オレは朝からドキドキでウキウキでワクワク、もー心臓がうるさいのなんの。
 昨夜たっぷり時間かけて選んだ服に着替え鏡の前で確認していると、守護霊の燃堂父が「いい感じだぞ、を!」と太鼓判を押してくれた。
 いつもはてんで頼りにならず頼りにもしてない燃堂父だが、それでもそう言われればやはり嬉しいもので、オレは少し自慢げに胸を張った。
 まあ、こうやってめかし込んでも斉木さんに何か言ってもらえることって滅多になくて、だからごくたまに来るひと言が嬉しかったりするのだが。なんにせよ、隣を歩いてあの人に恥をかかせないよう気を付ける、それだけだ。
 さ、準備が出来たらいざ出発。

 駅前の待ち合わせでよく使うコーヒー屋に、約束の五分前に到着する。
 自動ドアを潜り抜けると、先に来ていた斉木さんと視線がかち合う。
 これこれ、この瞬間オレ大好きなんだよな。
 七割ほど席が埋まった店に入る、斉木さんを探す…までもなく目が見つけて、こっち見てた斉木さんと視線が絡み合う瞬間は、何度繰り返してもたまらない。
 本当に好き。
 斉木さんが好き。
「お待たせっス!」
 さーっと流れる足取りで斉木さんのテーブルに向かう。
 今日の格好も可愛いっスね斉木さん
 読んでるそれいつものように何かの短編集っスか
 飲んでるそれいつものようにブレンドっスか
 オレは何にしよっかな
『来たかうるさいの』
「うるさいの来たっスよ」
『じゃ、行くとするか』
 今にも座る、着席するってところで云ってきた斉木さんに、ちょっと待てと右手を上げる。
「やだもー、オレにもコーヒー飲ませて下さいよ」
 一杯くらいいいじゃないっスか
 今日も今日とてスイーツを求めてのお出かけだからって、そんなにせっかちになる事もないでしょ。
『やれやれしょうがないな、じゃ、二十秒だけだぞ』
「それじゃメニュー見てる間に終わっちゃいます!」
『どうせいつものようにカフェオレだろ』
「や、まあ、そうっスけど」
 なんか、いつの間にかオレはカフェオレを注文するのが定番になっていた。それでもなんとなくメニューに一回目を通すのもお決まりになっていて、自分でもおかしな癖だと思ったりしていたのでいざあらためて指摘されると、気恥ずかしくてこそばゆい。
「じゃ…注文するっス」
『もう頼んどいたぞ』
「えっ……」
 と思ったところへ、店員の女の子がホットのカフェオレを運んできた。
「わっ……え、斉木さん、嬉しいっス」
 鼻先がむずむずするようである。
「ありがとうございます」
『よし、二十秒な』
「もー,だから」
 オレは苦笑いでカップに口をつけた。

 電車に乗ってからも斉木さんは、空いてるからって座るな鳥束生意気だ、から始まって、オレの行動、オレの発言、一つひとつに難癖つけては楽しんだ。
 そう、楽しんでいた。オレとのやり取りを斉木さんは楽しんでいた。だからオレも楽しんだ。楽しかった。
 なんの気兼ねなく躊躇せず言ってくるから、オレも思ったままを斉木さんに返した。
 普通の恋人同士とはちょっと言い難いが、オレらは普通じゃないのでこれでいい。
 そうこうしている内に、目的地である市内某所の植物園に到着した。

 オレらのデート先で植物園を選ぶなんて珍しい通り越して初めてだが、目当ては園内のカフェだ。
 十日ほど前に遡る。
 斉木さんのパパさんママさんが、ちょうど今藤の花が見頃という事でここにデートにやって来たそうな。
 デートがいかに楽しかったか云々の報告と共に、次回の無料入園券をパパさんから渡された斉木さん、一度は捨てようと思ったが二人で寄った園内のカフェの限定スイーツが素晴らしかったと聞かされては、動かないわけにはいかない。
 という事とで、一度はゴミ箱行きが決定した入園券を手元に置き、オレを誘い今日に至る。

 ま、早い話がオレは財布代わりってわけ。
 それにはちょこっとホロリとくるけども、口じゃ何やかや邪険にしつつその実オレにぞっこんベタ惚れだからね、斉木さん。
 それがわかってるから、オレも調子合せて泣き真似してみたり。その陰でニタニタしてみたり。
 そして斉木さんに静かに凄まれて、調子に乗り過ぎましたすんませんてなるんだけども。

 入場口でチケットを渡し、斉木さんに続いて園内に向かう。
 あぁもう、たまには素直にデレ見してくれても罰当たんないのにな。
 素直さは斉木さんから一番遠いからしょうがないんだけどね。
 泣き真似も続けば、本泣きになっちゃうんだから。
 少し拗ね気味に、先を行く背中を見やる。
『泣いてる暇にとっとと歩け』
「ひっど」
 口を尖らせ、オレは早足になった。
 ま、置いてくぞって言われないだけよしとします。
 何だかんだ、オレといるのが楽しいんですもんね、斉木さんは。
『ああ、確かに愛おしいな』
 何とも胡散臭いセリフに、オレは複雑な表情で斉木さんを斜めに見やった。
 すると、すぐに続きが頭に送り込まれた。
『お前の財布が』
「ほらやっぱりな」
『お前の期待に応えたまでだ』
「こーゆー時だけそういう事するんだから」
『それが楽しいんだろ』
 オレが?
 斉木さんが?
『じゃあやめるか』
「いやいや、それは寂しいんで。絶対寂しいから断固反対」
『やれやれめんどくさいな』
「さじ加減にもうちょい気を使ってもらえれば」
『なんでそんな事しなきゃいけないんだ、めんどくさい』
「あんたに全力で遊ばれたらオレ、一日もたずに廃人っスよ!」
 長く遊びたかったら優しくしてよ斉木さん。
『うーん』
「うーん? もういい、オレ張り切りますから、心行くまで楽しんでくださいよ」
『それもめんどくさいからしない』
 あっそ。

「まずはどこからでしょ、やっぱりカフェ?」
 入り口で入手した園内マップを開き、現在位置と目的地を確かめる。
 ほらここ、と指で示す。
「へえ、このカフェから、園名物の藤棚が望めるんですって」
『さっさと案内しろ鳥束』
 しかし斉木さんはちらとも目もくれず、オレを急かした。
「はいはい、こっちですよー」
 他の誰かそんな口きこうものなら三日は飯が喉を通らないくらいにしてやるってものだが、斉木さんに言われると、途端に目尻が下がってしまう。
 オレこそ、斉木さんが愛しいから。この世で一番。
「なんでそんな目するんスか、ほんとのマジっスから」
『何も言ってないだろ』
「いやだって、もう顔全体で言ってた」
『そりゃな。あっちのソフトクリーム屋の女の子をずっとチラチラ気にしながら言われりゃ、僕でなくてもこんな顔になる』
 うぐ。
 でも、別にオレまったくの口から出まかせじゃないっス。
『知ってる。茶番はもういいから、早く向かえ』
「ねー、ほんとに、世界で一番愛しいと思ってるんスよ」
『だから知ってるって。わかってるよ。これでも楽しんでるんだ、何も心配するな』
「……はいっス」
 やっぱり斉木さんには敵わないんだよ。



『楽しい時間は、あっという間に過ぎるものだな……鳥束』
 帰りの電車内で、斉木さんは本当に名残惜しいとため息をついた。
 それを、オレは遠くから眺め、そうですねと同意する。
 別に喧嘩したからあっちとこっちに離れてる訳じゃなく、混雑のせいで仕方なく離ればなれになってしまったのだ。
 しかもあの人、オレがもみくちゃにされてる間にちゃっかり座ってんのよ。こっちは手すりに背骨折られそうだってのにさ。まあどんだけ離れても斉木さんとならこうしてお喋り出来るんで、全然構わないですけどね。
 で、斉木さんの言う『楽しい』はもちろんスイーツで、訪れたカフェには件のパフェの他、特製ソフトクリームやあんみつなどもあり、当然というべきか斉木さんは全部味わった。オレの奢りで。
 次々に運ばれてくるスイーツ一つひとつにキラキラうっとりし、ずっと続いてくれたらいいのにと願う至福の時間だが、残念ながら何事も終わりは来る。
 それでも斉木さんはほんのり夢見心地の顔で余韻に浸っていた。
 オレは、そんな斉木さんを楽しんだのはもちろん、園内名物の藤のトンネルをくぐって感動の体験をした。
 視界が藤紫に染まるあの感覚、是非斉木さんにも味わってほしかったが、陽気の良い五月となると虫の活動も活発で、斉木さんとしては極力避けたい場所である。
 オレもじゃあ斉木さんと一緒に遠目から楽しむ事にしますと一度は留まろうと思ったが、行けるんだからお前は行ってこい、せっかく来たのに体験しないのはもったいないと促され、ひと通り歩き回った。
 お前の感想聞いて追体験するつもりだから、真面目に見て来いよ、と念を押された。責任重大である。
 一人で回るのは少々寂しかったが、他では味わえない幻想的な光景にすっかり飲まれてしまった。せめて感覚だけでも伝わればと、オレは拙い言葉で一生懸命斉木さんに説明した。
 そんなこんなの植物園デートは、大成功に終わった。オレの財布がとっても軽やかになったのがアレといえばアレだが、お互い楽しめたのでよしとする。
 大満足で植物園を後にし、オレたちは電車に乗り込んだ。

(藤の花、見応えありましたね)
『ああ、あれは確かに見事だった』
(ね、斉木さんてば、スイーツ食べながらそっちばっか見てましたもんね)
『そりゃ仕方ない。見たくない訳じゃないからな。ただ、実際表に出たら虫に遭遇しかねない。カフェの中からでも視えたは視えたが、自分の傍にいないだけマシだからな』
(ねえ……中々歯痒いとこっスね)
『それに、藤の花』
「はい。……?」
 促しても何も云ってこない。
 それに、なんだろ。
 オレは混雑する車内で一生懸命首を曲げ、斉木さんへと向けた。
 何か困りごとでも起きました?
 どうしたのだろうと様子を伺うと、頭がこっくりこっくり揺れているのが目に入った。
 あらら。
 座れたしあったかいし、しょうがないかな。
 園内はそう歩き回ってないけど、大嫌いな虫に脅かされつつスイーツ楽しんで、複雑だったろうから、それで疲れたのもあるかな。
 微笑ましく目を細める。
 はは、可愛いな。
 斉木さん、おやすみなさい。
『お前の声…心地良いな』
「えっ」
 そう…ほんと?
 いつも、うるさいだなんだ文句ばっかなのに、そんな事言うなんて珍しい。
 嬉しさに頬っぺたがぽっとのぼせた。
『着いたら…お前の声で…起こせ』
 はいはい了解、後でちゃんと起こしてあげますからね。
 ふふ、斉木さん、眠くていつもより素直になっちゃってるのかな。
 可愛いなあ、あの人本当に可愛いわ。
 一人ポヤポヤと喜んでいると、更に衝撃が走った。
『藤の花……鳥束見てるみたいで、目が離せなかったな』
「さっ……!」
 息が詰まり、少しのぼせただけだった頬が一気に燃え上がった。
 なんだ、今のは。
 斉木さんじゃない誰か別の超能力者のテレパシーを受信したかと思うくらい、それくらい、驚いた。
 でも今のは斉木さんに間違いない。
 見開いた目が、熱で潤むのがよくわかった。
 そうなのか、あの時斉木さんが熱心に藤を見ていたのは、そういう意味だったのか。
 大好物のスイーツすら疎かになるほど、藤の花を、つまりオレを――。
『じゃ……あとでな…とりつか』
 今しがたの発言について何も言わず、斉木さんは本格的に寝入ってしまった。
 それでわかった。
 送信するつもりじゃなかったんだ、今の。
 独り言のつもりだったんだ。
 でもオレ聞いちゃったしな。
 滅多に現れない素直な斉木さんに、会っちゃった。

 地下鉄の車内はごおごおとうるさいけれど、その轟音に負けないくらいの大声で叫び出したい気分だった。
 やべ、一人でニヤニヤしてたら変質者って思われるじゃん。
 でもどうにも抑えられなくて、オレは出来るだけ顔を伏せてやり過ごした。
 ああ、まだ駅に着かないのかな。
 早くアンタを起こしてあげたい。

 

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