いいから座れ

春:お前にだけだよ

 

 

 

 

 

 昼休み。
 楽しい楽しいお昼ご飯の時間、オレは食堂で一緒になった斉木さんに、今日放課後寄ってもいいスかとお伺いを立てた。
「ね、斉木さん。どっスか。ねえ、……ねえ?」
 出たよ、お得意の聞こえない振りが!
 もー、いい加減長い付き合いなんだから、素直にさあ、
 ――今日斉木さんち寄っていい?
 ――うん、おいでよー
 てなってもいいんじゃない?
 そんな事を思いながら口をむにゃむにゃさせていると、水曜定食をもぐもぐしていた斉木さんは明らかに目付きを変え…今そこで十人ほどでひき肉にしてきましたてな目付きになって、オレを睨み付けてきた。
 はいはい…すんませんでした、斉木さんがそんな気軽なお答えする訳ないって、長い付き合いですからわかってますよ!
 わかってますけど、アンタ、目付きだけで人をげっそりさせる才能持ってるんだから、少し控えるなりしてくれてもいいのに。
 他の人が受け取ったらショック死しちゃいますからね、こんなの。
『馬鹿だな、お前にだけだよ』
 心の中で文句をつけると、それまでの殺伐から一転、キュンとくるような爽やかな微笑をたたえそんなテレパシーを送ってきた。
 ぐ……こいつぅ〜!
 オレを転がして遊んでるだけだと頭でわかっていても、好きな人のいい顔はやっぱり胸がときめくもので、素直にドキッとすべきか抗議すべきか、大混乱に見舞われる。
「あの、ねえ……コーヒーゼリー買ってきますから、どれでも好きなのご馳走しますから、今日寄ってもいいっスか?」
 この動悸は怒りなのか何なのか、オレは乱れる呼吸を鎮めながら、再度尋ねた。
『やれやれ仕方ないな。じゃ、新商品もらさず全部買って来いよ』
 こらー、やれやれじゃないっスよもう。
 しかもちゃっかり追加注文してるし、抜け目ないなあ。
 でも、やれやれに徹しきれないで、本当にちょっと嬉しそうに笑った顔、オレ、好きだな。
 コーヒーゼリーに笑ったんじゃない顔、好きだ。
 オレで気兼ねなく好きなだけ遊べてご満悦っていう、そんな顔。
 そういう顔見せてくれるなら、オレでいくらでも遊んでいいっスよ。
 ああオレ、やっぱり斉木さん好きだな。


 ようやく迎えた放課後、オレは顔見て喋ってそれから帰りたいのをぐっと堪え、テレパシーで「また後で」と送って、誰より早く教室を飛び出しコンビニへと走った。
 斉木さんとこ寄りたいよ、そりゃ寄りたい。でも、顔見ちゃったらそこで長々くっちゃべっちゃって、斉木さんちで過ごす時間が少なくなっちゃう。
 斉木さんと過ごすのに変わりないかもだけど、他に誰もいない二人きり、斉木さんの部屋で二人だけの時間を過ごすのはまた別だから、オレはぐっと飲み込んで急ぐのだ。
 ようやく春めいてきたとはいえ、夕方に差し掛かるとまだまだ肌寒い。
 そんな空気の中、オレは下駄をがっつんがっつん響かせて一心に駆けた。


 デザートコーナーを物色していると、レジがにわかに騒がしくなった。
 女子高生二人の黄色い悲鳴が耳をつんざく。
 キャー!
 やった当たったー!
 鼓膜破れそうだけど、女の子のはしゃぐ声はたまりませんなあ。
 口の中に唾がたまる…とニタニタ。
 よくよく耳を澄ますと、スピードくじでお目当ての景品が当たった模様。
 なるほど、だからあんなに飛び跳ねてんのか。
 女の子二人で抱き合っちゃって、まあいい光景だこと。
 あの間にオレ挟んでくれないかな…前と後ろにおっぱいおっぱい……ぐふふ。
 そこでオレはハッと閃く。
 もしも斉木さんの欲しいものを引き当てたら、斉木さんにああして抱き着いて喜んでもらえるかも!
 オレはくじ運の強い霊を口寄せして、箱の中に手を入れた。
 来い、来い、こい!

「て訳で斉木さん、新商品の「とろ〜りクリームのコーヒーゼリー」っス!」
 オレは、いつもの椅子に座る斉木さんの前に、ことりと静かに容器を置いた。
『お前、これ』
 ああ…感激するキラキラ斉木さん、超可愛い!
 くじ運強い幽霊、よくやった!
 お陰で斉木さんのハグ無事ゲットできるぜ!
「あ、ハグがやだったら斉木さん、ナニでもいいスよ。えーと、全部で四つ買ってきたんで、四発っスね!」
 オレは袋を覗き込み、お気楽にそう告げた。
 これは別にオレの「言ったらどうなるかの回路」が死んでる訳じゃなくて、回転が鈍いだけなのだ。
 だから、しまったと思うと同時に顔面を鷲掴みにされ、オレは毎度のごとく涙を飛び散らせて謝る。
「すんませ……ああぁいたいたいたい!」
 ひたすら謝り倒すのみだ。

 オレは床にうずくまり、ぐすぐすシクシクむせび泣く。
 斉木さんは椅子に座り、優雅にスイーツを満喫する。
 かたや時雨模様、かたや晴天と、一つの部屋の中で明暗がくっきり分かれていた。
 くそぅ、口寄せまでして頑張ったのにこの仕打ち…あんまりだ。
 端から一つずつ丁寧に、四つ全てを食べ終えた斉木さんが、静かに切り出す。
『お前なぁ…僕がそう毎度毎度、コーヒーゼリーに釣られると思うのか?』
 その言葉にオレはぐっと息を詰めた。笑いをこらえる為だ。泣き濡れていたところに一気に笑いが殺到するものだから、オレは呼吸困難になりそうなほどだった。
 頬っぺたと横っ腹が引き攣りそうなほどぐぐぐっと力を込め、出来るだけ真面目腐った顔を保つ。
 斉木さん…アンタ自分でそれ言っちゃうとかもう、ダメじゃないっスか。
 やべぇっス斉木さん、力入れすぎで奥歯折れちゃいそう。
『……そうか。じゃあいっそ折ってやるよ』
 お前の背骨ごとな。
 斉木さんがゆらりと椅子から立ち上がる。
「んひっ……」
 オレはすぐさま両手を盾代わりにかざし、尻で後ずさった。
 斉木さんは別に頑強な大男ってわけじゃない、オレより十センチ低くて、体型はまあオレとどっこいで、知らない人からしたら地味なひょろ男かもしんないけど、ところがどっこい生物の頂点、世界の半分持ってく魔王様、オレに対しては一切遠慮のない超能力者、そんな人に凄まれたら、たとえオレが二メートル越えだろうが赤子同然で、つまりオレの命は風前の灯火!
 もってあと一秒の命を延命すべく、オレは一心に許しを願った。
 が、斉木さんの迫力は変わらない。殺気は消えない。
 ついに壁際に追い詰められ、混乱の極みに達したオレは、やぶれかぶれになって斉木さんに抱き着いた。
 もちろん、最強の超能力者にオレごときのスピードが敵うはずもなく、簡単に避けられてよろけるのだが。
 勢い余ってベッドに突っ込んだオレの首根っこを掴み、斉木さんが告げる。
『座れ』
 せめて命だけはご勘弁を!
 両手を合わせてひたすら祈ってると、そんな言葉が頭に入り込んだ。
「……へぃっ?」
『いいから座れ』
 ちゃんと、床に。
「あ……はい」
 オレは向きを変え、正座で斉木さんを見上げた。


 座ったオレの前に、斉木さんがどーんと仁王立ちになる。
 なんこれ…なにこの殺気、オレぶっ飛ばされんの?
 そうなってもおかしくない迫力にびびりながら、オレはびくびくと斉木さんを見上げた。
 ゆっくり伸びてきた腕が、オレを抱きしめる。
「!…」
『これでいいんだな』
 いいもなにも――斉木さん!
 結局釣られてるじゃないっスか。
 超簡単、超お手軽。
 でもあれっスよ、オレ以外にはついてっちゃダメっスからね。
『馬鹿な事言うな』
「いでっ!」
 ごちんと後頭部に拳骨を食らい、星がチカチカ瞬く。
 もうこの乱暴者めと涙目になっていると、言葉が続いた。
 ――お前にだけだよ
 昼間も聞いたやつだと思ったらもう我慢出来なくて、オレはぶつかる勢いでキスをした。
『おい、ハグだけだろ!』
 ひき肉待ったなしの鋭い目に射抜かれ一瞬ぶるっとくるが、負けてたまるかと踏ん張ってキスを続ける。
 抵抗する身体を抱きしめて封じ、オレは舌も入れてキスに没頭した。
 オレを押しやろうとしていた腕は、いつしかオレの背中に回り、抱きしめていた。
 ああ気持ち良い…キス気持ち良い。
 オレはちゅうちゅうペロペロしながら斉木さんを床に寝かせ、続きがしたいと目で訴えた。
 あれれ斉木さん、何か顔赤いっスねえ、何でっスかねえ。
『お前がえげつない妄想ばかり聞かせてくるからだ』
 あら、当てられちゃった?
「それで酔っ払っちゃったんスか?」
『うるさい、知らん』
 ふふ、目尻までほんのり朱色に染まって、色っぽいなぁ斉木さん。
 指先でそっとなぞると、見た目通りとても熱を帯びていた。熱い肌に思わずドキリとする。
「ね……続き、いいっスよね」
 唇すれすれで囁く。
 斉木さんはぶるりと震えを放つと、仰け反るようにして机を見やった。
 オレもつられて目を向ける。
 そこには、空になった容器が四つ並んでいた。
 食べちゃったしなあ、と含むため息に、思わず笑いがもれそうになった。
 ああ、斉木さん可愛いな。
『やれやれ……好きにしろ』
 はい、では斉木さん、四発よろしくお願いします。
 オレは再び唇を塞いだ。


 渋々承諾した斉木さんだけど、行為を始めた途端とびきり熱い反応をしてくれた。
 そりゃそうだよね、斉木さん、オレとする気持ち良い事大好きだし。
 だもんだからオレは大張り切りで斉木さんを抱いた。うんと喜ばせたくて、目一杯振り絞った。
 何度も体位を変えて、斉木さんがいい声出す個所をがんがん突きまくった。
 そうしたら、いつもより早々と限界が来てしまった。
 いや、オレのオレはまだまだ元気なんだけど、体力がついていかなくなっちゃったの。
 ちょっとでいいから休憩したい、なんて、頭の中だけだけど情けない事考えてたら、ひぃひぃ息切れする口を斉木さんに塞がれ、ねっとり濃厚なキスを食らった。
 ああ、いい…オレ、このまま窒息してもいいってくらい、やらしくてたまらないキス。
 背骨がびりびり震えちゃう。
 オレはばったり大の字になっていた身体を起こし、オレ以上に元気な斉木さんを膝の上に招いた。
 斉木さんは跨ると、躊躇なく腰を下ろしていった。
「うわっ……」
 何度もやって柔らかくなった孔に、オレのものが飲み込まれていく。思わず上擦った声がもれた。
 全部収まったところで斉木さんにギューされ、オレは疲れも忘れてギューのお返しをした。
『お前はするな』
 でも斉木さんにすぐ怒られる。
「ええ、そんなん無理っすよ!」
 こんな可愛くてエッチで積極的な斉木さん前にして、指一本触れないとか無理、ありえない。
『うるさい耐えろ。出来れば動くな腰もふるな』
「はっ……はぁ?……じゃ、じゃあ斉木さんが動いてくれるんスか?」
『そうだ』
 ぐっは!
 オレを殺す気っスかアンタ!
『うるさい黙れ、じっとしてろ』
 いや、そうはいっても、こんな状態でじっとしてろは無理っすよ。
 こんなべったり密着した状態で動くなとか無理も無理、生殺しもいいとこだ!
『無理じゃない。僕が動くから、お前は大人しくしてろ』
「えっぇえ?」
 告げるや、斉木さんは腰を上下させ始めた。
 うわ…うわうわ、これやばい、たまんないっス。
 ナカぬるぬるできつきつで、きゅうきゅう締め付けてきて、しかも斉木さんの熱い腕がオレ抱きしめてて、心臓の鼓動も伝わってきてて、何もかも興奮してたまらないんですけど、これで動くなとかある意味拷問でしょ。
「っ……あぁ……んっ」
 とりつか
 体温やら粘膜やらに加え、更に善がり声までとか、まじでしぬ!
「斉木さん…きもちいいっす……あ、すげぇいい……ね、なんで動いちゃダメなの?」
『最後まで……』
「はい」
 オレは、持っていかれそうな理性を振り絞り神経を集中した。
 斉木さん曰く、お前に動くなと言ったのは、最後までずっとお前を抱きしめていたいから、だそうだ。
 頭から湯気出そうになった。
 本当に本当に茹るかと思った。
 知っての通り斉木さんは力が強い。言っちゃなんだけど生物最強、そんな人が性欲で吹っ飛んだらオレ命の危機。
 抱き合って最後までってしたことなくて、何でなのかちゃんとわかってるから寂しいとか思った事はないけど、でも、確かになんとなく引っかかってはいた。
『でも、一度くらいはお前がいくまで抱きしめていたい、僕の中でいくまで、お前を抱きしめていたい』
 別の意味でいくわ!
「ああー……斉木さん!」
『おい、だからお前は動くなと!』
「わかりました、斉木さん、もうオレは動きませんから。アンタに全部任せますから、最後までオレの事、抱きしめていてくださいね」
『……当たり前だ』
 誰が離すか
 耳をかすめた囁きに、じわっと涙が滲んだ。
 オレ、ほんと愛されてんな。

「あっ…とりつか、ん、んん」
 これだめだ、思ったよりつらい。
 こんな声出す斉木さんがすぐ目の前にいるのに、しかもオレに抱き着いて自分から腰振ってるってのに、オレは一切手出し出来ず、ぴくりとも動いちゃいけないなんてつらすぎる。
 斉木さんは確かに技巧あるけど、充分気持ち良いけど…その動きもっと続けてーってところで、ふっと止まっちゃうんだよね。
 力の制御が難しいから、我を忘れそうになる度止まるんだ、斉木さん。
 しかもい〜い声出して!
 何かがブツっとキレちゃいそう。
 もう我を忘れて腰掴んで、ガンガン突きまくっちゃいたい。
 これ、何かの修行かな。
 ああ、いいとこだったのに!……いや、耐えろオレ!
 斉木さんの気持ちはわかるし、愛情だってとろけそうなほどわかるから、つらいけど、オレは耐え抜く。
 それにちょっとずつだけどいきそうになってきてるし、大丈夫だ。
 オレは大丈夫、だって斉木さんにこんなに愛されてんだもの。

「出ます――……っ!」
 ようやく斉木さんの中で射精を果たす。
 すごく、すーごく失礼だけど、でかすぎてこーもん切れそうなうんこを、どうにかゆっくりゆっくり押し出して出し切った気分。
 腹の底から息が出てく、気分爽快だ。
 そうやって浸っていると、抱きしめられた肩にをがりっと引っかかれた。
「いでっ!」
『ひどいたとえだな』
「ほんとにね。すんません、斉木さん」
 オレはぎゅっと抱きしめた。
 中々につらかったけど、でも、幸せでしたよ。
 だからもっともっと、幸せになりましょ。

『次はお前の番だ』
「……へ?」
『僕の好きにさせてもらったろ。次は、お前が好きにする番だ』
 ああ、そういう……。
 じゃあ斉木さん、遠慮なく。
 オレは抱きしめた身体をゆっくり寝かせ、唇を重ねた。
「いくまでずっと、こうやってアンタとキスしてたいっス」
『好きにしろって言った』
 ええ、言いましたね。
 オレは一度強く腰を打ち付けた。
「ひゃぅん!」
 あ、可愛い声。
 よっぽど恥ずかしかったのか、斉木さんは慌てて口をふさぎ、真っ赤な顔でオレから目を逸らした。
「ダメダメ、隠すのダメっスよ」
 オレは手首を掴んだ。
 ほら、抵抗止めて、顔見せて。
『……わかってる』
 オレの好きにしていいんでしょ。
『そうだよ』
 なら――。
「キスさせて……斉木さん」
 どんな恥ずかしい声出してもいいですから、いくまでずっとオレとキス、しましょ。
 力じゃ敵わないから、斉木さんが自分から手をどけるまで待つしかない。
 でも、そんなに長く待たなくても、斉木さんは顔を見せてくれた。
 オレの顔がどこまでもたるんでいく。
「好きっス……」
 愛してます、斉木さん。


「なんか今日の斉木さん、いつもより甘さ増量って感じっスね」
 興奮も鎮まり、穏やかになった空気の中、オレはそんな事を口にした。
 心の底からしみじみ感動しながら、感嘆混じりに告げる。
『四つもご馳走になれば、そりゃ少しはな』
 斉木さんは、ベッドに座って壁に寄りかかったオレの腕に収まる形で、身体を預けていた。
 オレが半強制的にギューで抱き寄せたんじゃなく、自分から寄りかかってきてくれた。
 どきっとときめいて、もう天にも昇る気分だ。
 となれば、先の言葉も出るってものだ。
 エッチの時は当たり前だけど密着度高い、けどそれ以外の時は、こうして部屋に二人きりでも、あんまりべたべたさせてはくれない。
 だからこれは、本当にたまにしかないこと。
 で、今日、今がその、たまにしかないことなのだ。
 じーんと感激もする。
「あ、じゃあ毎日四つお供えしたら、毎日こうして甘い斉木さんに出会えるっスね!」
『フッ、人間は慣れていくからな、毎日欲しければ、毎日増やしていく必要があるな』
「げぇー……さすが斉木さん、おねだり上手っスねえ」
 一日一個増やすとしても、オレ十日もしないで破産確定っスわ。うーん、やっぱり斉木さんだ、そう簡単に甘くならないか。
『毎日お前から貰えて、しかも一日一個ずつ増えていくなんて、ふふ、天国だな。よろしく頼むぞ鳥束』
「ちょちょちょ、もう確定っスか。とほー。せめて、オレが一日一回甘やかすので勘弁してもらえないっスかねえ」
『実際に甘くなるかは別にして、鳥束、具体的にどう甘やかすんだ?』
「ぇあー……今日もエロイねとか、股間にグッとくるねとか、ぶち込みたいねとかっスね。あ、これなら一日一回と言わず顔を合わせる度に言え――」
『甘やかしでもなんでもねえだろ、死ね変態クズ野郎』
 テレパシーと共に、脇腹にずどんと衝撃が走った。めり込む拳にオレはぐねぐね悶絶し、息も絶え絶えに斉木さんに寄りかかった。
「ほんと遠慮がないんだから……」
 オレは蚊の鳴くような声で言った。全然腹に力が入らないのだ。普通の声で喋るだけでも、腹筋って結構使ってるんだな。
 痛い、痛すぎ、もう倒れる、泣いちゃう!
 オレは横にどさりと身体を投げ出し、すんすんと鼻を啜った。
「斉木さん、今だけは甘いんじゃないんスか?」
 オレの方をちらとも見ない斉木さんを恨めしく見やり、オレは唇を尖らせた。
『何事も限度ってもんがある』
 そっスか。
 オレは自分に正直に、自分が思う甘やかしを述べただけなんスけどねえ。
『そうか。じゃあ僕も自分に正直に、僕が思う甘やかしをお前に実行するかな』
「いやー! 暴力反対!」
 せっかくいい事したんだから、仲良く穏やかに過ごしましょうよ。
 不穏な顔で振り返った斉木さんの袖を引っ張り、オレは形ばかり頬っぺたを膨らませた。
「ね、斉木さぁん」
『……やれやれ』
 すると、斉木さんは同じように寝転んで、間近にオレの目を覗き込んだ。
『これでいいな』
「……いいっス」
 オレはにっこりと目を細めて、斉木さんに腕を回した。
 あー幸せ。
「あ、じゃあもう一個、また斉木さんにギューしてほしいんスけど」
『調子に乗るな』
「甘くない! いっスよ、オレからギューするから」
 また腹にパンチを食らうかと思ったが、斉木さんは意外にも大人しく腕に収まってくれた。
 あ、やっぱり甘い、嬉しい!
 オレは湧き起こる気持ちのまま、抱きしめた背中を優しくさすった。
『お前の腐った「甘やかし」はいらないが、これは毎日でもほしいな』
「うっ……はい」
 これでよければ、いくらでもしますよ。
 そう思って顔をとろけさせていると、斉木さんの口から、安心しきったため息がもれた。
 それを耳にした途端、たまらなく泣きそうになった。

 もー、斉木さん大好き!

 

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