お留守番

冬:居留守

 

 

 

 

 

 十二月の初めの、とある週末。
 両親は買い物で揃って出かけており、僕は留守を任された。
 バカやアホの万が一の来訪には居留守を使えばいいし、両親の事だから二人で出かけたとあれば何やかや盛り上がって帰ってくるのは遅くなるだろうし、それまでは何をしようと自由、惰眠を貪ろうが何しようが自由!
 実に清々した気分だ。
 というのに、何故か現在部屋には僕一人ではなく、余計なもう一人が割り込んで、部屋の主である僕以上にくつろいでいた。
 やれやれだ。


 先の通り、バカやアホならば居留守を使えばいい。
 しかし、数人、この居留守が通用しない相手がいる。
 一人は占いを使い、一人は推理力を駆使して、そして一人は…この最後の一人が実に厄介で、僕の力が及ばない存在すなわち幽霊の協力で僕の在宅を見透かし、オレに居留守なんて通用しませんよと、我が物顔で上がり込もうとしてくる。
 バカやアホには居留守、そして通用しない若干名には瞬間移動でかわせばいいが、最後のこの一人だけは、それが出来ない。
 頑として鍵を開けないとか、穏便に呪詛で追い返すとか、あるいはいっそ圧倒的な力でもって追い返せばいいのだが…出来ないのだ。
 素直極まりない煩悩まみれの心の声が忌々しい、僕の名前を呼ぶ声が爽やかで忌々しい、嬉しさに目をキラキラ輝かせるのが忌々しい。
 まったく、どこをとっても忌々しい。
「斉木さぁん、今の見ました? あーおかしー、あーおっかしー!」
 テレビ画面を指差し、腹を抱えてげらげらと笑い転げる澄んだ目のクズから顔を背け、僕はちびちびとコーヒーゼリーを味わった。
 これは、鳥束が手土産にと持ってきたものだ。
 手土産は、定番のコーヒーゼリーだけではなかった。
 クリスマスが間近という事もあって、この時期限定のコンビニスイーツを、五種類ほど。
 テーブルに並ぶそれらは皆一様にクリスマスカラーのパッケージで、中身も凝っている。
 雪ダルマのムースとか、ツリーの形のシュークリームとか、柊を飾りに乗せたイチゴのショートケーキなどなど。
 真っ赤なイチゴにかけられた粉砂糖の白さがにくい、うん、たまらないな。
 これらがあったから、仕方なく部屋に招き入れてやった。
 でなければ、たとえ幽霊によって居留守を暴かれようと、頑として入れる事はなかった。

 そう。僕は疲れてるから、両親が帰ってくるまでぐうたら眠るつもりでいたのだ。
 まあ、疲れてる時には甘いものが一番というしな。
 鳥束の持ってきたスイーツの類は、大いに癒しになる。
 鳥束自身も、まあ、ちょっとだけ…いや、ないな、ないない。
 決して、コイツの顔が見たいなどと思った訳じゃない。
 思う訳がない。
 とにかく僕はくたくた、寝不足なんだ。
 寝不足の原因は、鳥束がこの家を見て、驚いた理由に起因する。

「うっわー……マジ、幽霊たちが言ってた通りだ」
『言うな、幽霊』
「はは、にしても、気合、入ってますねー」
『何も言うな』
「ははは、その顔…笑っちゃ悪いのわかってますけど、でも可愛いっス!」
『……好きなだけ言ってろ』
 技をかける元気もなかった。

 この時期、両親はやたら飾り付けに奮闘する。
 それこそ半年も前から準備を始めて、十二月を迎える。
 家の中だけ、玄関先だけなら、二人で勝手にやってくれと他人事として言えるが、家全体、外壁も屋根ももろとも飾り付けるとなれば、通常であればクレーンを借りる事態になる。
 別にそれの費用がない訳じゃないが、もっと身近な手があれば、使いたくなるのが人情だろう。
 母さんを喜ばせる為と、父さんにスイーツで釣られ、僕は草木も眠る丑三つ時に、こっそり超能力で飾り付けを行った。
 一応、昼間、言い訳がきくよう父さんがはしごで屋根に上ったりもした。
 もちろん、僕のサポート付きだ。
 あのおっさん、結構調子に乗る方なので、落っこちないよう見ておくのもひと苦労なのだ。
 父も母に負けず劣らずドジでそそっかしくて、中々にハラハラされられる。
 思った通り、はしごのてっぺんで出初式めいたものをおっぱじめやがったので、ちょっと催眠をかけはるか上空のイメージを送ってやった。
 スカイツリーの突端にいる気分を味わわせたら、即座に下りてきてくれた。
 紙のように白い顔でがたがた震えていたが、母さんに付き添われ家に入っていった。
 やれやれまったく、手がかかる。
 そして深夜の作業。
 作業自体はほぼ一瞬だが、それまで起きてるってのは地味に堪える。
 いつもならとっくに寝ている時間帯だ。
 これが、目当ての深夜番組を見る為とか、買った本がおもしろくてつい夜更かししてしまったとかならしっかり目が冴えているのだが、やりたくない作業の為というのは、本当に堪える。
 そんなわけで、寝不足で、何が何でも居留守を使いたかったのだ。

 ちなみに今日両親が出掛けているのは、更なる飾り付けの材料を求めてだ。
 僕からしたらもう十二分過ぎるほど飾り付けは済んでいると思われるが、あれもやりたいこれも欲しいと、二人で盛り上がり買い物に出かけた。

 はぁっと息を吐き出し、次のスイーツを手に取る。
 どれにしよう…これだな。ツリーの形にチョココーティングしたシュークリーム。
 こいつは僕もついこないだ買ったものだ。味に関しては申し分ないし、てっぺんに星型のチョコがのってるのが中々ポイント高い。
 早速食べよう。
 きっちりしまった蓋を丁寧に開けていると、それまでテレビに釘付けだった鳥束がこちらに顔を向けた。
 頭の中では、ツリー型のケーキから色々と連想が始まっていて、断片的なものがふわふわ浮かんでは消えしていた。
 何とはなしに聞き流す。それより目の前のケーキだとフォークを手に取ったところで、鳥束は口を開いた。
「うち、ツリーはさすがになかったですけど、ケーキは出たんスよ」
『……なにが?』
「いや、だからクリスマスの話っス」
 オレんち、古くからある寺ですけど、その辺結構柔軟かな、ふつーにケーキとか出ましたし。
『へえ』
 素直に頷く。
 そういや、ちょっと気にはなるな。お寺さんでもクリスマスをやるのかどうか。
「まあ、宗派とか、その人それぞれでしょうね。うちは、みんな仲良く、友達で――って感じっス」
 神様も仏さまもキリスト様も、みんな仲良く、ご一緒に、てね。
 ふうん、なるほど。
 しかし――。
『お前に食われるケーキがもったいないな』
「そんな、斉木さん、お慈悲を」
 鳥束は眉を下げると、てっぺんの星をひょいと摘まんだ。
 僕のシュークリームに何をするんだと、目を光らせる。
 そいつを、自分の口に運んでみろ、お前の首と胴体がその瞬間さようならするからな。
「ほら、美味しいチョコですよー、あーん。はは、美味しいっしょ」
 まあ、鳥束がそんな命知らずな真似をするわけもなく、こちらにまっすぐ差し出してくれたのだが。
 そして実をいうと、脅しは頭の中で思い浮かべるのが精一杯で、今日は抵抗する元気もないので、食べられるならなんでもいいと口を開けた。

「あー、うちの犬もこんな感じだったわ」
 視聴者から寄せられたおもしろ動画のコーナーだ。
 主人の留守中、家の中をめちゃめちゃにしてしまった犬のドヤ顔を見て、鳥束はしみじみと語った。
 そういえばコイツの実家は、犬を飼っているとかいないとか。
「いますいます、元気っス。ついこないだ四歳になりました」
 でもまだまだ、赤んぼみたいなもんですね。
 いつ行っても大はしゃぎで、やんちゃ坊主で。
『お前みたいなものか』
「えー、あー…やだぁ。斉木さん、オレの事そんな風に可愛く思ってくれてるんスか」
 ……はぁ。もう、それでいいよ。

 鳥束がバラエティ番組をみて馬鹿笑いしている横で、最後のひと口を飲み込む。
 うむ、濃厚なチーズケーキ…悪くない。
 ご馳走様でした。
 甘いひと時を楽しんだ後は、惰眠を貪るに限るな。
 僕は座る位置を少しずらして、鳥束の膝に倒れ込んだ。
「あれ、なになに斉木さん、誘ってます?」
 ニヤニヤ緩んだ声に殺意が湧く。だがそれ以上に眠気に勝てない。
『おやすみなさい』
 素っ気なく告げる。
「えっえ、ほんとに寝ちゃうの?」
 斉木さん、斉木さーん?
『うん、ほんとに寝ちゃう』
 ま、好きなように過ごしててくれ。
「あー…なんだ、珍しく誘ってるのかと思ったのに」
(ちぇ、食べ終わるまでって待ってたのが仇になった)
(へへ、襲っちゃおっかな)
 そしたらお前、あとで半殺しな。
 あーやれやれ、テレパシーを送るのも億劫だ。

「斉木さん、お休みになるなら、ベッドに入った方がいいっスよ」
 このままじゃ、さすがに風邪引きますから
 途中まではふざけていた鳥束も、起きる気配がないからか心配に切り替わる。
『ああ、うん…でもお前の、柔らかくもない膝枕も、満更でもないぞ』
「あらうれし、…じゃなくて、お布団かけないと、寒いでしょ」
 どうしよ、どうしよ。
 迷う鳥束の声が、春雨のように降り注ぐ。
 それを遠く聞きながら、僕は段々とまどろんでいく。
 少しすると、起こしたらごめんなさいと断りを入れて、鳥束は僕を抱えあげた。
 まだ辛うじて起きていたので、運びやすいよう奴の首に掴まる。
 たちまち興奮する鳥束だったが、それでもちゃんとベッドに運び寝かせてくれた。
 しっかり布団をかけ、寝かし付けてくる。
 とんとんもいいのだがな、鳥束。
 僕は腕を掴み、力任せに布団の中に引っ張り込んだ。
『せっかくだ、お前も一緒に寝ろ』
「いや、申し訳ないけど眠くねっス」
『うるさいな、大人しく横になれ。目を閉じてたらその内寝るよ』
「んー、しょうがないっスねえ、甘えんぼさん」
 キモ。あとで半殺しな

 段々と布団の中があたたまってくる。
 二人分の体温でぬくぬくとあたたかくなっていく。
 それ以上に、とんとんする鳥束の手が心地良い。
 頭の中は邪念雑念煩悩の大嵐だが、コイツらしいと安心してしまう自分に笑う。
 隣から大あくびが聞こえてきた。
「やっぱ…眠くなってきました」
 だろ、寝ろ。僕ももう限界だ
 とんとんが、さすさすに変わる。
 ますますいい気分だ。
 お前、どこまでも僕に甘いな。
 綺麗に飾りつけされたケーキも、一番の好物のコーヒーゼリーも、甘くて美味しい。
 けれど、僕にとってはお前が一番――。

 ああうん…そうだ、この甘さがあるから、僕は居留守を貫けなかったんだな。

 

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