おまけ
いつも来てくれるおまけのきゅうりの漬物

春:八百屋さん

 

 

 

 

 

 いつも寄る商店街の八百屋で買い物を終え、ちょっと困りつつ振り返ったら、丁度店の前を通り過ぎる斉木さんとばったり遭遇した。
「わあ、斉木さん」
 こんな偶然、あるものなんだな。
 オレは、まさか会うはずないと思っていた濃桃色に破顔し、小走りに駆け寄った。
『っち、面倒な奴に見つかった』
「えー、そんな顔しないでくださいよ斉木さん」
『お前の買い物は済んだ、僕もおつかいが済んだ。じゃあな』
 なるほど、おうちのおつかい中でしたか。じゃあ一緒っスね、オレもおんなじおつかい中。
 そんな偶然を心の中で喜びニヤニヤしていると、手も上げずさっさと立ち去ろうとするから、オレは慌てて引き止めた。
「待って待って、お家までお送りしますよ」
『いらん、来るな、さっさと帰って修行しろ』
「まあそう邪険にしないで、お家まですぐですけど、お供しますよ」
 肩を並べると、今にも舌打ちしそうなきつい顔になって、しかし斉木さんは隣を許してくれた。
 やれやれって横顔にふっと笑い、オレは安心して歩き出した。

 歩き出してすぐ、オレははっと思い出した。
「そうだ斉木さん、こういうの、お好きですか?」
 さっき八百屋さんで貰った漬物を見せる。これは買った物ではなく、おまけで貰ったものだった。あそこの八百屋でしょっちゅう買い物するので顔を覚えられ、毎度ごひいきに、て事で渡されたのだ。
「実はついこないだも頂いたばかりで、まだたくさんあるんですよ」
 斉木さんちって、こういうの食べられます?
 よく見えるように差し出すと、斉木さんは少し考えるような顔になった。
『漬物は、みんな割と好みの方だ』
「よかったぁ、じゃあ食べて下さい、是非貰ってほしいっス」
『いや、しかし』
「別に、変な貸しになんてしませんよ。食べ物無駄にするのが嫌なだけなんで。なんせ寺生まれっスから」
『いちいちうぜぇ』
 すんません、うわおっかない顔。でも、オレの前だと隠さず表情豊かになるから、そういうところ好きだったりする。オレもう少し熟練度が上がったら、今の顔でもぬけそうな気がする。
 そんなオレの思考を読み取って、斉木さんの顔がますます歪んでいく。
『よし、このまま一緒に警察に行こうか』
 え、いやいや、行かない行かない!
 腕を引っ張る斉木さんに、オレは大慌てで首を振った。
 ごめんなさいごめんなさい。
 てか恋人をそう簡単に警察に引き渡すとか、薄情すぎやしません?
『大事に思うからこそまっとうになってもらいたいって、この前見たドラマでやってた』
 ああそう、ドラマね、うん、いかにもドラマの脚本らしいね、うん。
『僕もまあまあ共感した。お前が出所してくるまで待ってやる、それくらいの情は持ち合わせているから、安心して行ってこい』
 いやオレ、何の罪で入れられちゃうの?
 好きな人のえぐい顔で抜いたら刑務所入れられるとか、そりゃあんまりだぁ。
「てか、斉木さんはそういうの無いんスか? オレのあれやこれやを、一人部屋で想うとか、そういうのは」
『部屋に一人でも、真夜中でもない限り僕は常に渋谷のスクランブル交差点のただ中だ』
 起きている間中発動するテレパシーのせいでな。
 様々な人間のあらゆる思考が流れ込んでくる。
『そんな中で思う事は一つ、静かに過ごしたい、だ』
「ああ、んん……」
『だから、僕の平穏を邪魔するお前を、今すぐ警察に引き渡したい』
 安心して行ってこい、二十年でも三十年でも、待っててやるからな
「いやオレどんだけ重罪人スか!」
 罪を犯してないし、斉木さんをそんな待たせたりしませんよ。
「てか脱線はもういいですから、これ、貰って下さい」
 漬物の袋をずいっと押し付ける。
「あっさり塩漬けで結構うまくて、いくらでも食べられちゃいますよ」
 おすすめっス
『ふん、じゃあ、遠慮なく貰っておこう』
 ああ、よかった。
 斉木さんの買い物袋に収まった漬物袋に、オレは少し笑顔になる。
『じゃ、警察行こうか』
「もー、だから行きませんてば」
 ずっと斉木さんの傍にいますからね。

 てなやりとりしてる間に、あーあ、もう斉木さんちについちゃった。
『やれやれ、今日もお前を署に連行出来なかったか』
「斉木さん、いい加減警察から離れて」
『いやだ、まだしばらくこれで遊びたい』
 オレで遊ぶなってか遊ぶのはまあいいにしても、せめて他のにして下さいよ。
 冗談だってわかってるし、オレ何もしてないけども、警察って聞くとなんかドキっとしちゃうんスよね。
『心当たりがあるんだろ、だからやっぱり――』
 行きませんっ!
「もお…オレは偶然ばったりに、すげぇ喜んだのに」
『別に偶然ばったりなんかじゃないぞ』
「え、あ…ああ、テレパシーありますもんね」
 じゃあ斉木さん、オレ避けなんて簡単じゃないっスか。それこそ目を瞑っても出来ちゃうでしょ。
『ああ、お前避けなんて簡単だ、朝飯前だ。反対に寄っていくのもな』
「……へ?」
『起きてる限り常に交差点ど真ん中だが、お前の声が一番うるさいんだよ』
「……えへへ、いつもお世話かけます」
 オレはとりあえず神妙な顔を保った。けど斉木さんがそんな上辺でごまかされるはずもない。芯までオレの事をお見通しなんだ、今オレが思ってる事、的確に読み取る。
 オレが、先の言葉から「まさかまさか斉木さんまさかそんな」と推測している事なんて、全部しっかり把握してる。
 考えに潜り込もうとすると、まるでそれを遮るかのようにテレパシーが響いた。
『じゃあな鳥束。きゅうり、ありがとう』
「あっ、ええどうも」
 反射的に顔を上げ、帰っていく斉木さんを見送る。
 斉木さんが扉の向こうに消えてから、オレはようやくわかった。あの人、わざわざオレのとこ来てくれたんだとわかった。
 途端に嬉しさが込み上げ、顔が一気に熱くなる。
 なんでそんな可愛い事すんの斉木さん!
 もー、愛してます!

 

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