待ち合わせ

相性が悪い

 

 

 

 

 

 今日は休日、斉木さんとお出かけの約束をしてて、駅前で待ち合わせの予定だ。
 オレは、前夜の内に用意していた服に目をやった。
 翌日の学校の支度はいつも先延ばし先延ばしでぐうたらいい加減だけど、斉木さんとデートとあってはその限りじゃない。
 というか、それ以外はだらしなくて、斉木さん関連だけ抜かりないのかも。

 まあとにかく、昨夜しっかり揃えた上下をもう一度確認する。
 この組み合わせ、おかしくないかな。
 春らしいかな。
 斉木さん気に入ってくれるかな。
 そんな悩みが次から浮かんで心を不安にさせる。
 真っ白じゃなくて、ライトグレーとかのがいいかな。
 この前買ったボーダーのにしようか。
「うぅん……」
 オレは小さく唸った。
 昨夜はこれがいいと思った組み合わせだが、今朝見るとやはりちょっと違う気がしてきた。

 そこで、身近な幽霊に声をかけ、これ関連に強いのを募り、アドバイスを貰う事にした。
 生前、高校生向けファッション誌に携わっていたという幽霊に助けられ、オレの今日のコーディネートは完成した。
 自分ではちょっと選ばない組み合わせで、しかしおかしさは感じられず、とてもしっくりくるのが感動的だ。
「このボーダー柄、いいと思って買ったんだけどいまいち使いどこがなくて、困ってたんスよ。さすがっスね、いやーありがと!」
「なに、お安い御用だ」
 今日のデート頑張ってと、幽霊は嬉しそうに顔を輝かせた。
「もちろんっスよー」
 オレも笑顔で親指サインを送った。

 これで準備は整った、忘れ物のチェックも抜かりなし、出発の時間までまだ充分…でも油断ならないぞ。
 斉木さんと待ち合わせすると、いつも何かしらあるからな、よおく神経集中しておこう。
 春に、スイーツ食べ放題に誘われた時とか。
 あれはおかしかったなー、斉木さんてば、これから食べ放題だってのに、前菜よろしくシュークリームパクついて驚かせてくれたよな。
 それと、夏休みに商店街のお祭り行った時も!
 まさか幼児化して来るなんて予想もしてなかった、びっくりさせるの好きだよな、あの人。
 ん……夏休み?
 あれは、高二の夏休みだったよな。
 で、今は、……春休みだ。
 まあそれはそれとして、秋に、……秋ってのも何かヘンだな。
 いや、変じゃないのか。
 とにかく秋に電車乗ってコーヒーゼリー食べに行こうって待ち合わせした時も、オレの乗った電車が遅れて待ち合わせに大幅に遅れちゃったんだよな。
 あれは、今思い出してもホント冷や汗滲む。斉木さんには本当に悪い事した。待っててくれて本当に嬉しかった。
 斉木さんを見つけた時のあの感動、忘れない。
 申し訳ない事にそっちの方ばっかり印象が強くて、肝心のコーヒーゼリーの味を覚えてない。
 そして一番思い出したくない、一番最悪の失敗…初デートで寝坊して遅刻の大失敗!
 やめよう。思い出すのもつらいからやめよう。
 こういうのって、いつか笑い話になるのかね。

 いよいよ出発の時間が近付いてきて、そわそわと落ち着きなく過ごしていると、何の前触れもなく瞬間移動で斉木さんがやってきた。
「なんっ……どうしたんスか?」
 もしかして、何か突発的な事でも起きて、今日のデート中止…とか?
『そうじゃない』
 首を振る斉木さんに、オレは大げさに胸を撫で下ろした。
『予知夢を見たんだ』
「へえ、どんなっスか?」
『待ち合わせた場所に電車で来る途中、お前が居眠りして、気付いたら山奥で目を覚ます夢』
「えっ」
『しかもお前、下り電車に乗らず何故か徒歩で山を下りようとして、遭難してた』
「ええっ」
『おそらく、下り電車を待ちきれなかったのだろうな。それでパニック起こして、徒歩で山に分け入ったのだろう』
「えええっ」
 オレ、馬鹿すぎだろ……。
 自分の事ながら情けなくなり、両手で頭を抱える。
 いかにもやらかしそうな内容なのが、頭痛に拍車をかける。
『まあそんなわけで迎えに来た』
「お手間取らせてすんません……」
『お前じゃ仕方ない、準備出来てるなら、もう行くぞ』
「はいっス」
 オレはバッグを肩にかけた。斉木さんと一緒なら、寝過ごしとか間抜けな事態は起きないもんな、安心だ。
 さあ行こう行こう。

 

 それから一時間半後、オレたちは、山奥駅にいた。
 時刻表を見ると、下り列車まであと二時間半。
 耳を澄ますと、都会じゃ聞かないような鳥の声が清々しい。
 ああ、春っスねえ――。
「じゃないっスよ! 斉木さんっ!」
『僕と電車は、本当に相性が悪いようだ』
 無人駅、古びた木造りの待合室の、いやにガタガタするベンチに座っていた斉木さんは、腰を上げると、入り口傍の自動販売機でコーラとコーヒーを買った
 そして、どっちがいいとオレに聞きながら、両方を盛大に振った。
 おいおい、おいこらアンタ!
「コーヒー下さい!」
『そらよ』
 そっちはコーラだ!
 大げさに手を退けると、斉木さんは目を細めた。
『お前が! お前が乗ってすぐ寝るから、僕もつられたんだ。あんまり気持ちよさそうに寝るお前が悪い』
「えー……うわうわ待って待って! 謝るから! 謝るから!」
 今にもコーラを開けようとする斉木さんに、慌てて待ったをかける。
 だが容赦なくプルタブは引き裂かれた。
「うわっ……!」
 しかしコーラは噴き出さなかった。多分、復元したのだ。脅かしやがって。
 オレは受け取った缶コーラをぐびっと煽った。シュワっと炭酸が喉に染み入り、カッカとのぼせた頭から熱が引く。

「さて、どうしましょうか」
『どうもこうも、飲んだら行くぞ』
 春のスイーツフェアが待ってるのだからと、斉木さんはそわそわしながらいってきた。
 その割には、ぐびぐび缶コーヒーを飲む気配もない。実にのんびりと、春の野山の空気を楽しんでいるようだった。
 まあ超能力者だし、こっからの挽回方法なんて何通りでも浮かんでいるんだろうな。
 甘いものに目がなくて、それ絡みだとすごくせっかちで視野が狭くなりがちだけど、たまにはこうしてのんびりしたりもする。
 超能力者ならではの、余裕か。
 羨ましいなあと赤い缶を傾けると、斉木さんの視線が頬っぺたを焦がした。
(何スか?)
 飲みながら横目でうかがうと、何とも言えぬ複雑な目線とかち合った。
『一人だったら、とっくに店に向かってる』
「ああ、はあ」
 でしょうね。
 目に浮かぶようだと、オレは小さく笑った。
 ん…一人ならってか。じゃあ、今はオレがいるから、のんびりしてるって訳なのか?
 確かめる目線を向けるオレと同じ動きで、斉木さんはよそを向いた。
 ちょっと、アンタ、そういうわかりやすい事するのやめましょう、可愛すぎるから。
『何も可愛くない。ふざけた事言うと置いてくぞ』
 予知夢の通り、遭難してしまえ
 一瞬むっとする。ずっとむすっとしていたいが、ひねくれ者の愛情がオレを溶かすものだから、嫌な表情も気持ちも続きやしない。顔が緩んで仕方ない
「そんなつれない事言って、本当にそうなったらアンタ、目の色変えて探しにくるでしょ」
『誰が探すか。せいせいする』
 この人はもう、嘘ばっかり。
 そこでふと気付いた。オレがちんたら飲んでるから、斉木さんも動けないんだな。という事で頑張って炭酸を飲み干す。うぐ、げほ、げっぷが出そうになるのを抑え、オレはごちそうさまでしたと屑籠に缶を放り込んだ。
「お待たせ、斉木さん。今頃で何ですけど、今日のカッコよく似合ってるっスよ」
 斉木さんはつまらなそうにオレをちらっと見た後、自分の飲み終えた缶を押し付けてきた。オレはそれもきちんと屑籠に入れる。
 立ち上がる様子を何とはなしに見ていると、お前もな、と春の風みたいに柔らかい声が頭に届いた。
「!…」

「やだもう、やだ……斉木さん」
『乙女モードやめろ、口元に手を添えるな、目をウルウルさせるな、気持ち悪い』
「だってそんな、急に…もう!」
『うるさい、クネクネするのも禁止だ。言ってほしそうだったから言ってやったまでだ。実際は良し悪しなんて全然わかってないぞ』
 どうせすぐ透けて見えなくなるんだ。
 ええっ、もっとやだ、感動が止まらないじゃん。
 わからなくても、オレの欲しい言葉をそのままくれるなんて、斉木さんにしてはデレ過ぎでしょ!
 オレ、世界一の幸せ者!
『それ以上言うと本当に置いてくぞ』
「ああ、ダメっスダメっス! それだけはご勘弁を」
 オレは慌てて近寄り斉木さんの肩に手を伸ばした。
 斉木さんはそれを、汚いものでも見るような目で見やり、ふんと鼻を鳴らした。
 やめて、それはちょっと傷付いちゃうからやめて。

「せっかくこれから楽しいデートなんスから、相応しい顔しましょうよ」
『お前といると自然と顔がこうなるんだ』
「ええーひでぇっス」
 いくらかの不満をもって目線で斉木さんに抗議する。見つめた先の顔は、意外にも――。
「ふうん、そっスか、オレといるとそうなっちゃうんスね」
 オレがニヤニヤするより早く、オレからの思考で自分の表情を思い知った斉木さんは、苦虫を噛み潰したような顔になると、肩にあるオレの手を掴んだ。
 まずいと思った時にはもう力は込められていた。
「いだだいだっ、いだい、マジで!」
『じゃあ行くか、鳥束』
「はい、っつ、あの…マジ痛いから」
『お前が懲りないのが悪い』
「んな事言ったって…降参降参、オレもアンタとおんなじ顔してるから降参っス!」
 しかし斉木さんの手は、目的地に着くまで離れる事はなかった。
 おーいてぇ
 見た目に変化はないが、感覚としては二倍に腫れ上がってるように思えた。

「じゃ、行きますか」
 オレは気を取り直し、声をかける。
 本当はまだ少し泣きたい気分だが、楽しいデートの始まり、いつまでもめそめそしてはいられない。
「さあ、いざスイーツ食べ放題へ」
 オレの号令に、斉木さんは呆れた顔をしてから、少し笑った。

 

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