バスタイム

これで完璧!

 

 

 

 

 

 斉木さん、斉木さん!

 少し離れた棚にいる鳥束が、心の中で力一杯呼んでくる。
 もし声に出していたら、店内中に響いていた事だろう。それくらいの大声。
 でも僕はあえて無視した。無視し続けた。
 呼び寄せるな、自分で来い、というのではない。もしそうするなら、すぐさま超能力でデコピンを食らわせてやる。
 声を出した場合も同じだ。
 今はまだ心の中で呼びかけるだけなので無視してやっている。

 斉木さん、斉木さん!

 鳥束が僕を呼ぶ理由、それは、見つけた商品があまりに面白いから見せたいのだ。
 遠慮する。結構です、いりません、一人で楽しんでてください。
 しかし鳥束は無視しても無視しても、呼び続ければきっと来てくれると信じて疑わず僕を呼び続けている。
 いい加減にしろと応じる。
 そんなもの、見に行かないぞ。
 馬鹿が。
 なんだそれ、入浴剤?
 一人で楽しむ分には構わないから、自分だけではしゃいでろ。

 斉木さん、斉木さん!

 本当にアイツしつこいな。
 そろそろデコピン食らわすか?
 左手でそっと構えを作る。
 そうしながら何故か、鳥束のもとに向かう僕の足。
 ああそうか、直接の手ごたえが欲しいからだな。
 そうだな、復元が必要なくらい、眉間に穴が開くくらいの強烈な奴を、お見舞いしにいくとするか。

 斉木さん、斉木さん!

 あ、見てこれ、見て見て!
 やっと姿を現した僕に、鳥束は満面の笑みで商品を向けてきた。
 声に出していないので周りの人間の気を引く事がないのは幸いだが、見せられた物が物だけに、げんなりため息が出る。
 はぁ……ああ。
 こんな雑貨屋、寄るんじゃなかった。
 なんだよおっぱい入浴剤って。
 そんなものの何がそんなに嬉しいんだか。
 お前、方向性は違うが純平のアレレ具合といい勝負だな。

 買おう買おうと目線が訴えてくる。
 僕は大きく首を振ってやった。
 やっぱダメかと、鳥束はあっさり商品を棚に戻した。
 見せたかっただけ。
 下らなさを、共有したかっただけ。
 そんな鳥束の思念が、するする、するする流れ込んでくる。
 バカさ加減にあきれ果てたが、僕もまあ、本当にごくわずかだか、面白くなくもなかった。

 ところで鳥束、お前、お前のおっぱいが好きってのは、揉みたいって気持ちからだよな。
 そうっスね、そうだよな。
 柔らかいおっぱい二つに挟まれて…うん、そういう詳しい願望は今はいいから。
 聞け。
 お前がおっぱい好きなのはよくわかってる、どうしたいかも、もう百万回は聞いたってくらいだからわかってる、黙れ。
 聞け。
 いいか鳥束、それはお前の好きなおっぱいだがおっぱいじゃない。
 揉めないおっぱいの何が嬉しい?
 しかもお湯に入れたらたちまち目の前で溶けてなくなっていくんだぞ、こんな寂しい話があるか。
 って、僕はどんだけおっぱい連呼してるんだ、何だってこんな熱心に鳥束を説得してるんだ、馬鹿じゃなかろうか。
 くそ、鳥束に付き合うとこれだから嫌なんだ。
 馬鹿が移るから。
 もう、本当にいやだ。
 馬鹿さ加減は燃堂といい勝負だ。

 そんなに言わなくたっていいじゃないっスか!
 うるさい、こっちだってこんな馬鹿すぎる事言いたくないよ。

 斉木さん、斉木さん!

 今度はなんだよ。
 もう変な物はいらんぞ。
 惰性で目をやり、はっと息を飲む。
 それは――いいな。
 いいっしょ
 それも入浴剤だった。
 棒付きアイスの形をしたもので、二色がくっついている。
 同じ形で、何種類か色があった。
 バニラとレモン、バニラとイチゴ、バニラとチョコ、といった具合に。
 そしてそれぞれ香りと効能が違っていて、鳥束はそれらに熱心に目を通していた。
 アイス型入浴剤、悪くはないが、見ていたら本物のアイスも食べたくなった。
 さっき鳥束に言った事だ。
 揉めないおっぱいに用はない、食べられないアイスに用はない。
 あ、じゃあ帰りスーパー寄って買ってきましょう、うむよし、決まりだ。
 決まりっス!

 アイス食べながら入浴剤入りのお風呂に浸かって、斉木さんのおっぱい揉んだら、完璧っスね!

 おい、おい、何一つ完璧じゃない。
 ふざけるな僕ので代用しようとするな。
 僕のは僕のでちゃんと見ろ。

 あ、すんませんそうでしたね!

 今度そんな事思ったら八つ裂きにするからな。

 やだぁ斉木さんたら可愛い事言ってくれちゃって!

 うん、うん…自分でも、勢いでナニ言ってんだって気分だよ。
 今更恥ずかしくなったよ。
 お前の馬鹿が移ったんだな。

 もぉ、ごまかしたってムダっスよ。ちゃんとね、斉木さん見ますから。オレはいつだって斉木さんしか見てませんもの

 うるさいうるさい、ああうるさい。
 それだってもう何百万回も聞いて知ってるよ。
 だからお前も知っとけ鳥束。
 僕だって、ちゃんとお前を見ているからな。
 いつだってお前を見てる。
 ムカついてしょうがないくらい、お前にしか目がいかない。

 斉木さん、斉木さん!

 うるさいって言ってるだろ。
 もういい加減にしてくれ、なんだよ。
 見てるし聞いてるし、こんな近くにいるのに、まだ何かあるのか。

 斉木さん、大好き!

 だから、知ってる。
 数えるのもいやになるほど聞いた。
 それより早くアイス買って帰るぞ。
 その入浴剤も忘れるなよ。
 ただしおっぱいはナシだ。
 はいっス、よし、良い返事だ。
 そして帰ったら早速風呂だ。
 寒い日の風呂、全然嫌いじゃない。
 湯船に浸かって食べるアイス、感動的だな。
 お前のような煩悩の塊と入ったんじゃまったくもって身も心も休まらないが、充分気が済むんだから笑っちゃうな。

 という事で、さっさと行くぞ鳥束
 行きましょ、大好きな斉木さん!

 

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