チョコレートファン
エッグハント

イースター

 

 

 

 

 

 午前最後の授業は体育で、チームにわかれサッカーをやった。
 運動は大っ嫌い、ちょっとでも身体を動かしたくないオレは、サボってるように見えない事に気を使いつつサボり、斉木さんとテレパシーでやり取りなんぞをして時間を過ごしていた。
 その際、一緒にお昼食べましょうと持ち掛けた。毎日の事なのですんなりオッケーもらえると思っていたが、サボるような奴とは一緒に過ごしたくないとか斉木さんは言い出した。
 またまた、冗談でしょと思いつつ、こめかみに冷や汗が一筋流れる。
 そんな意地悪言わないで、一緒にお昼しましょうよ。
 すると斉木さんば、一回でいいからゴールを決めてみろ、なんて無茶を言い出した。
 ちょっとー、もう!
 オレがどんだけ運動嫌いか、斉木さん知ってる癖に!
 斉木さんのクラスの方へ、オレは恨みがましい視線を向ける。
 口寄せは反則だからなと封じられ、オレはぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
 窓際の席ではないからオレに確かめる術はない、オレは超能力者じゃないから千里眼なんて使えないけど、今頃斉木さん、お前にはどうせ無理だろと冷ややかな目をしているのが、手に取るようにわかった。
 ええいもう、わかりましたよ、寺生まれの根性見せてやるっスよ!
 カッコいいとこ見たい恋人の為にいっちょ頑張るかと、オレは軽やかに駆けだした。

 体育の後、オレは速攻で着替え、チャイムと同時に弁当包みを持って教室を出た。誰よりも早くだ。
 着替えの最中、同じチームになった篠原が惜しかったよなって声をかけてきたけど、オレは力なく笑い返すのが精一杯だった。
 惜しかったけど、結局ゴールは決まらなかった。あんだけ駆けずり回って、ようやく巡ってきたシュートのチャンス、オレの蹴ったボールはゴールポストに弾かれ無効。
 跳ね返った方に偶然同じチームの奴がいて、ソイツがゴールを決めたので勝負はオレたちのチームが勝ったが、あれだけ大見得を切ったにも関わらずゴールがかなわなかったのだ。
 ショックはでかい。
 ぼう然としていると、ま、お前にしてはよくやったよと斉木さんの声がした。
 ねぎらわれホッとしたのも束の間、同時に表情もありありと浮かんできた。
 にやにや緩む口を手で隠した斉木さんの顔が、瞼を過った。
 シュートを外した時よりも大きなショックに見舞われ、膝から崩れ落ちそうになるわ、地団駄踏みたくなるわ、散々であった。
 オレはむしゃくしゃした気持ちのまま、お昼お邪魔していいっスか、と投げかけた。
 しょうがないから、残念な鳥束君を慰めてやるかと斉木さん。
 もう、頼みましたよ!
 これで更に冷たくされたら、オレもう泣いちゃうから。

 というわけでオレは片手に弁当をぶら下げ、誰よりも早く教室を出て隣に向かった。
 食堂に向かう者、トイレに行く者、行き交う生徒らの合間をすり抜け、斉木さんの席に向かう。
 席は空っぽだったが、事前に、購買に寄ってくるとしらされていたので、オレはそのまま隣の席に落ち着いた。
 あと一分二分したら戻ってくるだろう恋人を待つ事で、オレの気持ちはあっという間に浮上した。
 その瞬間は悔しかったししょんぼりきたけど、今は楽しさの方が勝っているので、気分は良かった。
 オレはしばらく教室の戸口を見て戻るのを待ったが、そこでふと、そういえば今度斉木さんとやりたい事があったのを思い出し、それについての調べものに移行した。

 探し物はすぐに見つかった。
 さて、通販か…ここは実店舗もあるのか。
 ここからだとちょっと遠いけど、行けない事もないな。
 通販だと色が選べないし個数固定で多過ぎだし、買いに行こうか。
 もし今日買いに行くとしたら、時間は――。

『また悪だくみか』
「違いますよ、楽しくて美味しい事っス」
 ようやく戻ってきた斉木さんに、オレは笑顔を向けた。
『お前がそういう顔をする時は、大抵悪い事を考えてる時だからな』
「ええー、そんな事ないっスよ斉木さん」
 参ったと微苦笑すると、オレの前にことりと食堂のコーヒーゼリーが置かれた。
「……えっ」
 オレは言葉に詰まった。
 なあにこれ、斉木さん、これオレにくれるんスか?
 なんで?
『残念賞だ』
「え……マジで?」
 これ、オレ食べていいの?
 本当に?
 目が飛び出るほど凝視する。
『いらないならいい。僕が二つ食べるまでだ』
 あー待った待った!
 オレは大急ぎで引き止めた。
「けど…でもオレ、カッコ悪かったじゃないっスか」
 せっかくのチャンスもふいにしたし、大口叩いておいてあれだし、なんかもうトホホっス。
『それがお前だからな。いつも通りのお前にむしろ安心した』
 安心して気分が良いから、たまには奢ってやるよ。
「はは、あざっス。もしかして十倍返し狙いっスか?」
『大分僕をわかってきたようだな』
「はぁ……やっぱり。でも嬉しいっス。いただきます」
 素直に出せないからお返し狙いなんて理由をくっつけて、ほんと、斉木さんらしいですね。
 心と同様に、オレの顔はどこまでも緩んだ。

「じゃあ、早速って訳じゃないっスけど、これやりません?」
 オレは、さっき調べていた画像を呼び出し、斉木さんに見せた。
「エッグハント。しません?」
『エッグハント?』
 斉木さんは弁当を口に運びつつ、複雑な顔付きになった。
「はい、あの、イースターでやるイベントなんスけど」
 キリスト教の、復活祭の、エッグハント。
 それを一緒にやろうと、オレは誘う。
『お前……坊主が何を』
 まったくもってその通りだと、オレはオレを凝視する斉木さんに白い歯を見せて笑った。
「いいじゃないっスか」
 ハロウィンの次は、イースター、これっスよ。
 ね、やってみましょうよ。
「遊び方は簡単で、隠された卵を見つける、ってものです」
 斉木さんは小難しい顔でとりあえず頷いた。
「本物の卵じゃなく、卵型のケースを隠すんで、斉木さんはそれ見つけて下さい」
 そういう遊びっス。
「どうっスか。中身はチョコにする予定です。全部で十個、見つけたのは全部斉木さんにあげますよ。出来れば当日は、例のあの指輪してきてくれると嬉しいっスね」
『テレパシーを封じても、結局透視でわかってしまうんだが』
「そこはまあ、工夫して、探す楽しみを残しておいてください」
 斉木さんは、付き合いきれないと云うように首を振ったが、そうしながら、チョコレートか、と呟きをオレに聞かせてきた。
「そうっス。斉木さんチョコも大好きでしょ」
『甘いものはまあ、全部そうだ。チョコも当然』
「じゃ、決まりっスね」
『……やれやれ仕方ない、今度の土曜日だな。わかった』
 約束を取り付け、オレはやったぁと満面の笑みを浮かべた。

 

 

 当日、斉木さんは指輪持参でオレの部屋に来てくれた。
 来た時点で半分は透視によって見てしまうが、もう半分は斉木さんも頑張って、壁を見たまま後ろ向きで場所を云って、当たり外れをオレに判定させた。
「さすが斉木さんっスね!」
『お前の思考回路が単純なんだろ』
 見事十個全て見つけ出し、斉木さんはチョコレートの小山にうっとりと目を潤ませた。
 それを見てオレもうっとり。
 斉木さんは早速一つを包みから取り出し、口に放り込んだ。
 オレたちはますますうっとりした。

 さて、チョコでいい具合にとろけたところで、オレたちもとろけましょうか。
 そう誘うと、斉木さんはチョコの小山を片手に、もう一方の手でオレの肩に触れると、自分の部屋に瞬間移動した。
「え……えっ?」
 思ってもない展開に、オレは目を瞬かせた。
『せっかくなのでな、僕も隠してみた』イースターエッグ『さあ鳥束、探せ』
 そうオレに言い付けると、斉木さんは椅子に座り腕組みした。
「え、えぇー…はい、わかりました」
 部屋についてまず目についたのはベッドだ、丸く何かを隠してる毛布を、めくる。タオルが丸めて置いてあるだけだった。
「んんー」
『部屋に隠したのは一つだけだ』
「一つっスか。じゃあ、あちこち丸く盛り上がってるのの大半は、ハズレって事っスか」
『さあどうかな』
「ハズレ三回で失格とか、あります?」
『そういうのはないな。ただお前が間抜け面を披露するだけだ』
「くぅ、斉木さん」
『いいからほら、探せ。範囲はこの部屋の中だ』
 よっし!

 まずオレは、あからさまに目立ってる盛り上がりを片っ端から暴いた。
 全部丸めたタオルだった。
 だよねぇ〜。
 そいつを超能力で畳んで机に積み上げながら、斉木さんはオレの行動を眺めていた。
「机見ていいっスか?」
『どうぞ』
 下から順に引き出していくが、見当たらない。
「クローゼット開けていいっスか?」
『どうぞ』
 かけた服の間には隠してないというので、扉を開けてざっと見回すが、それらしい卵のケースは見当たらない。
『鞄の中も、気になるなら存分に調べろ』
「いいっスか? じゃあ」
 この口ぶりじゃ鞄の中にもないんだろうなと思いつつ、失礼しますとオレはファスナーを開いた。つまみにつけられたキーホルダーがカチャカチャと鳴る。
 うわ、きちんと整頓されててえらいねえと、妙なとこに感心してしまう。

 さて、うーむ。
 オレは腕を組んで盛大に唸った。
 本棚も、机も、クローゼットも、ベッドの下も、粗方調べつくしてしまった。
 目立っていた盛り上がりも全部なくなって、調べる個所もなくなって、オレはもうほぼお手上げだ。
「斉木さぁん……」
 弱り果て、せめてヒントをと斉木さんに目を向ける。
 まさか、その制御装置…なわけないよな。
『ああ、ないな』
 短いため息。
 鞄の中にもなかったし、一体どこだろう。
『ヒントか。色は紫で、もう、見ているんだがな』
「えっ?」
 もう見てる?
 見えてる場所にあるの?
 斉木さんは頷いた。
 もしやすっごく小さいものとか?
『いいや。お前が用意したのと、ほぼ同じ大きさだ』
 同じ大きさ?
 じゃあ、結構目立つはずじゃん。
 でもそんなもの、この部屋のどこにも――。
「……あー! あぁー!」
 叫びながら、オレは鞄に近付いた。
 そういやアンタ、こんな飾り着けた事、一度もなかったですよね。
 でも、なんでかオレは見逃してしまった。
 鞄にキーホルダーは当たり前と思い込んで、気にも留めなかった。
 ようやく見つけたイースターエッグを手に取り、斉木さんすごいと目を上げた。

「このチェック柄、可愛いっスね。色もカラフルだし、なんか斉木さんぽくないというか」
 オレはじっくりと模様に見入った。
 薄い紫に濃淡のピンクで色付けされていて、とてもファンシーだ。
 わざわざこの柄を選んだのだろうか。
 訊くと、自分で描いたものだという。え、と目を見開く。まるでプリントされたように綺麗なのに、これ、手描きかよ。さすが超能力者。
『柄は、母さんのエプロンを参考にした』
 更に斉木さんは語る。
 自分だって、それなりにイースターエッグについて調べた、模様には特に決まりはないというので、いつも見慣れたチェックのエプロンを写したのだと、斉木さんはどこかふてくされた様子で説明した。
 ありがとう斉木さん、そこまで手間暇かけて乗ってくれたなんて、オレ、本当に嬉しいです。

「で、これ、見つけたご褒美は何です?」
 オレは、キーホルダーに細工されたイースターエッグを軽く振り、椅子の高さの斉木さんを見やった。
 斉木さんは、机に積んだチョコの小山を一つずつ口にして、スイーツタイムを満喫していた。
 軽く目を閉じ、チョコをじっくり丁寧に舐め溶かしている。
 オレは急かさず、しっかり味わう時間待った。
 やがて目が開かれる。
『僕に、スイーツをご馳走する権利をやろう』
 その答えは、ある程度予測していたものだ。
 オレが、きっとそうだろうなと想像してたのもわかってるだろうに、違えない斉木さんにちょっと笑ってしまう。
 まったく、甘いものに目がないんだから。
「はは、なにそれ、いつも通りじゃないっスか」
『僕が幸せそうに食べてるのを見るのが、お前の幸せなんだろ』
 そうだった、そいつも、斉木さんにはわかっていたっけ。
「ええ、そっスよ」
 じゃ、どこ行きましょうか。
 純喫茶魔美でも、駅向こうでも、あるいは電車に乗ってどこまでも…どこだってお供するっスよ。

『どこも行かない。ここでお前といるのが一番甘いから』

「!…」
 まって斉木さんオレの心臓破裂しちゃう!
 オレは座り込んでいた腰を上げ、斉木さんに近寄った。
 顔を寄せる前から、甘いチョコレートの香りがふわっとオレに届く。
 甘い匂い、斉木さんの匂い。
 オレを斜めに見やり待ち構える斉木さんに、そっと唇を重ねる。
 お互いの手が自然に相手を抱くのが、無性に嬉しかった。

 宝探しゲームなんて、これまで一度も楽しめた事がない。楽しいと思った事がない
 見える、聞こえる僕にとっては単なる作業、そんなもの楽しくもなんともない、はしゃいだ記憶もない。
 でも…今回のは悪くなかったぞ。
 お前のはどういうわけか――まあ、その……悪くなかった。
 自分が仕掛けるのも、今まで思った事もなかったが、お前とだと、少しは乗れた。

 よそ見したまま、斉木さんはぽつぽつと心情を吐露した。
 素直に楽しかったと言うのが癪に障る人らしい言葉選びと表情が、オレをより喜ばせた。
 うん、斉木さん、楽しかったね。
 オレは、机の上に残った最後のチョコを摘まみ上げると、包みから取り出し斉木さんの口に運んだ。
 アンタが食べたらキスしたい…って思いながら凝視してたからか、筒抜けの斉木さんにとても嫌そうな顔をされた。
「ダメ……スか?」
 斉木さんは軽く目を閉じ、やれやれって風に鼻から息を抜いた。
 それでもオレが希望した通りにキスしてくれるんだから、アンタはとんでもなく優しくて、良い人だ。
『断ると、お前いつまでもうるさいからな』
 だから適当にあしらってるんだなんて、もう斉木さんてば、もう。

 ああ、チョコ美味しいな。
 ね、斉木さん、一緒にアンタも味わっていい?

 無言の答えを貰ったオレは、ベッドに誘い、とろけるほど斉木さんを舐め尽くした。

 

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