並んで一緒に

甘夏ジャムとチーズケーキ

 

 

 

 

 

 春って、天気もそうだし日差しや空気の柔らかさもそうだし、何より匂いが違う。
 春って独特の馨しさがあるよな。
 どこからともなく、花のいい香りが漂ってくる。
 何の花って特定のものじゃなく、野花だったり家々の庭先で咲いてる花だったり色んなものが入り交じって、春の匂いってものが出来上がってる。
 そんな感じの、春特有の匂いを胸一杯に吸い込みながら、オレは通学路を辿っていた。

 春はまた、幽霊たちもなんとなくそわそわ活気づく季節でもあった。
 穏やかでゆったりしている彼らは、道端や花壇で咲き誇り風に揺れる花々を眺めるのが好きだから、それらが賑わいだす春は、彼らもやっぱりうきうきしてくるのだろう。
 ピンクや黄色や白の花々に見惚れ佇む彼らと挨拶を交わし、住宅街を進んでいると、曲がった道の先で斉木さんの後ろ姿を発見した。

 見かけた瞬間すぐ、心の中でおはよっスと呼びかける。
 もちろん、隣へ駆け寄りながらだ。
 なんだ鳥束かと、いつも通りの素っ気ない返答。
 なんだとはひでえっスね斉木さん、とか思いつつ、オレの顔は緩んでいる。
 だっていつも通り、斉木さんからいつも通りの返答を貰えるって幸せな事だから、春の陽気くらい緩んでしまうのは当然だ。
「はよーっス、斉木さん」
 並んだところでもう一度、斉木さんの顔を見ながら挨拶する。
 斉木さんはオレをちらりと見た後また、鳥束かとよそへ目をやった。
 すんませんね、何度見ても鳥束で。
 オレはむずむずする口元をぎゅっと引き締め…たが無駄なあがきだった、いつも通り斉木さんに朝のおはようを出来たささやかな幸せに心が溶けるようで、それにつれて顔もとろけて、非常にだらしない顔付きになってしまった。
 それを視界の端に見て斉木さんが、はぁと短く息を吐く。

 学校に向かう道中、オレは途中で会った幽霊の話や、朝のお天気お姉さんの春めいた装いや、駅前ですれ違った別の学校の女子らの制服姿や、気候や…とにかく、とりとめなくお喋りを紡ぎ出した。
 斉木さんは聞いてないようでちゃんと聞いてくれていて、無視が基本だがよくよく見ればちゃんと反応しているから、オレは斉木さんとお喋りするのが毎日楽しい。
 あっちにこっちに話題を行き来させながら、オレは忘れかけていた本題を切り出した。
「ねえ斉木さん、今日、うちに寄りません?」
 誘うと、斉木さんの目玉がじろりとこちらを向く。
「斉木さん好みの、良いものあるんスよ」
『いいものか?』
 疑わしいと斉木さんは目付きを細くした、
「ばっちりっス」
 オレは大きく頷いた。
 頂き物で作った良いものがあるのだ。
「甘夏のジャムっス」ママレードじゃないっスよ「苦くなるとこは徹底的に取り除いて、実だけきちんとより分けて作った、斉木さんの好きな甘さたっぷりのジャムっス」
 オレの愛情たっぷりっスから、間違いなく良いものっス。
 オレは自信たっぷりに告げた。
 しかしまだ、斉木さんは疑わしげだ。
『そもそもなんでお前、僕がママレードはあまり好かないって、知ってるんだ?』
 幽霊情報か?
「ああ、いえ、なんとなく、本能で」
『鳥束怖い』
 そう答えると、斉木さんはわざとらしく震え上がった。もう、天下の超能力者サマがなにやってんだか。
「怖くないっスよ。だってアンタ、甘いもの大好きでしょ、そっから考えれば一発っス」
 斉木さんだって、何だかんだいってオレの事よく見てるでしょ、そんで気付くでしょ、それと同じっスよ。
 斉木さんは納得いかないってしかめっ面になって、正面を向いた。
「まあとにかく、気に入る事間違いなしなんで、食べに来てほしいっス」
 斉木さんの顔が相変わらず複雑なのは、オレに見抜かれたからか、本当に甘いのか疑っているからか。
 判断が難しいところだが、オレはじっと目を凝らして斉木さんの心を見つめた。
『わかった、仕方ない。じゃあ放課後な』
「はいっス」
 お待ちしてます、斉木さん。

 

 やってきた斉木さんは、オレの差し出すスプーンをじっくり凝視し、それからオレの顔を見つめてきた。
 スプーンには、眩い橙色のジャムが山と盛られていた。
 ツヤツヤでプルプルで、いかにも甘そうに見えるが、斉木さんは疑り深く眉根を寄せた。
「じゃあ、苦かったらゲンコツで、甘かったらキス、これでどうで――うぐっ!」
 味わう前に一発食らう。目線で。
 結構な衝撃を受けたが、スプーンを落とさなかったオレ、偉い!
 やれやれとため息を一つ零した後、斉木さんはオレの手を掴み、覚悟を決めて口を開いた。
 掴まれた手から緊張が伝わってくる。
 大丈夫っスよ斉木さん、絶対、甘いから。
 甘酸っぱくて香りがよくて、びっくりする事間違いなし!
 ……と自信はあるが、果たして気に入ってもらえるだろうか。
 ただ甘いだけじゃ斉木さんのお眼鏡にはかなわない。
 オレも緊張した。
 ついに、斉木さんがぱくりと口に含んだ。
 待つ事一秒、二秒――。
 どうやら問題なく美味しかったようだ。
 見開いた目がキラキラ輝いて、なんと可愛らしいことか。
 ああ、斉木さん、なんて愛しい人。
『お前にしてはまあまあだな、やるじゃないか』
 斉木さんにしてはなかなかの誉め言葉。オレは破顔した。
「でしょ。でもだったら斉木さん、もっと見直したって顔、してくれません?」
 いつまでも渋い顔して、疲れるでしょ。
『ああ。お前といると疲れるな』
「んんー素直じゃない」
 ま、それが斉木さんだからな。
 そんな事を思っていると、最初に約束した通り、キスを寄越された。

 唇が合わさって、舌が絡み合って、段々濃厚になっていく。
 甘くて、程よく酸味が混じって、とても香りのよいキスに、オレはとろけんばかりの心地を味わった。
 斉木さんの舌に残る甘さがもっと欲しくて、しつこく舐っていると、いい加減にしろとテレパシーが飛んできた。
 同時に襟首を掴まれ、引きはがそうと力がこめられる。
 嫌ならじゃあどうぞ突き飛ばせばとオレはむきになり、斉木さんの頭を抱えてより深く舌を貪った。
 斉木さんの感じるところを舌先でくすぐると、たちまち抱きしめた身体が小刻みに震え、重なった口の端から熱い吐息が漏れ出た。
 オレは気を良くして、そこを重点的に責めた。
 抵抗していたはずの斉木さんの手は、気付けばオレを固く抱きしめていて、しかし敏感さがそうさせるのか、顔は逃げがちだ。
 声こそもらさないものの、時折息が跳ねて、それがまたエロくて、オレは見る間に興奮を募らせた。
 もう片方の腕で斉木さんの腰を支え、自分の身体に押し付けるようにぐっと力を入れる。
 股間がこすれ合って、お互い、どれだけキスで昂っているか、形を教え合う。
 ねえ、斉木さん、続き…いいですよね。
 オレはゆっくり顔を離した。
 斉木さんは一度目線を落として、それから持ち上げ、潤んだ目付きでオレを見やってきた。
 逃げない、睨まないって事は、いいって事ですね、斉木さん。
 キスの続きがしたくてもう一度顔を近付けると、斉木さんに床に押し倒された。
 肩に食い込む手が、割とマジで痛い。でも、オレはそれが嬉しかった。アンタが力の加減も見失う程興奮しているんだもの、この先の行為に積極的なんだもの、嬉しくないはずがない。
 オレの下半身はますますえらいことになって、一秒でも早く斉木さんに食べさせたいと、オレの脳天をとろけさせた。

 最初はオレ、キスするだけでも精一杯だったのにな。
 それも、唇同士が触れるのだけで、心臓が破裂しそうなほど緊張したっけ。
 始まった瞬間を鮮明に思い浮かべながら、オレは組み敷いた斉木さんに覆いかぶさって、口の中をぐちゅぐちゅと舌で嬲っていた。
 すでに二度中に出していて、斉木さんはオレより一回多くいっていて、それでもまだお互い萎えず…いや、ますます興奮してきて、繋がったままこうして口でもセックスめいた事をしていた。
 斉木さんの口の中に舌を突っ込んで、感じるところを徹底的に舐め回した。身体中どこも昂っているせいで口の中もひどく敏感になっていて、舌が動き回るだけで斉木さんはびくびくといい反応をした。
 それは下半身に直結していて、オレを飲み込んだところがそれにつれてきゅっきゅっと窄まる。
 だからオレは、口の中を犯すのがやめられなかった。
(ああ気持ち良いよ斉木さん……)
(アンタは口の中も最高だね…すごい、すごくいい、止まらない)
 オレは夢中になって口の中を貪った。ずっとこうしていたいけれどいい加減舌が疲れてきて、仕方なく自分の中に引っ込める。するとそれを追って今度は斉木さんがオレの口の中に舌を侵入させてきた。
 お返しとばかりに荒々しく口内を蹂躙され、斉木さんに犯される疑似体験に、オレの脳天は甘くとろける。
 少しも動いていないのに、ただこうしてキスに耽っているだけなのに、いってしまいそうになる。
 もしかしたら、何度も繰り返す内に本当にそうなるかもしれない。
 少し怖いような、楽しみなような。
 いや、楽しみだ、怖い訳ない、斉木さんとするならどんな事だって喜びだ。

 斉木さんに口の中を荒らされてうっとり浸っていると、不意に斉木さんの身体がびくびくっと小刻みに痙攣しだした。
 きつい強張りが数秒続いた後、くたりと脱力したのを見て、オレはああいったのだなと理解した。
 口の端からいやらしく涎を垂らして、ぜいぜいと大きく喘ぐのを、オレは少し身体を起こして、じっくり眺めた。
「いっちゃったの?」
 ぼんやりとよそを向いていた焦点の合わない斉木さんの目が、ぎろりとオレの方を向く。
 見ればわかるだろ、あるいは、いちいち言うな、と訴えているのだろう。
「怒らないで、斉木さん」
 オレは優しく宥めながら、そっと頭を撫でた。同時に顔を近付ける。
『やめろ、そんな…汚いだろ』
 よだれを舐め取るオレに斉木さんが抵抗する。
 顔を背けて逃げようとするのを押さえ込み、オレはじっくりと舌を這わせた。
 今、あんだけ、散々にキスしてたじゃない。別に汚くもなんとも思わないよ。
「ほんとう、っスよ」
 疑わしげにあるいは単に気怠そうに見てくる斉木さんと目を合わせ、オレはしばらく止めたままだった腰の動きを再開させた。
 は、と湿った息をもらし、斉木さんが仰け反る。
 まだ絶頂の余韻で狭まったままの孔を、抉じ開けるようにして腰を使い、いいところを狙ってがんがん突く。
 たちまち斉木さんの口から、ひぃひぃと可愛らしい嬌声が零れた。
 その甘ったるい声…もっと、もっともっと聞きたくて、オレは懸命に快楽を与え続けた。

(ああ…すごいエロい目してる、斉木さんすごい可愛い)
(ね、もっとあげる、もっと×××××に欲しいでしょ斉木さん、ねえ……ねえ!)
(もっともっと気持ち良くしてあげるから、ぐちゃぐちゃになるくらいいっぱい突いてあげるから、声聞かせて)
 一番感じるところへ腰を送り込み、オレは汗だくで追求した。
 斉木さんも汗まみれになって、たまらないというように口元に持っていった両手を震わせ、善がり声を溢れさせた。
 見ると、また絶頂が近付いているのか斉木さんの先端からひっきりなしに透明な汁が垂れ、少し白いものも混じっていて、オレの目を釘付けにした。
『とりつか、もう……とりつか、とりつか!』
 ひっひっとしゃくりあげ、斉木さんは自ら自分のものを扱き出した。
「いきそう?……いいよ、いくとこ見ててあげますから、思いきり出して」
 ああ、斉木さん…さいきさん
 オレは膝裏を掴んで斉木さんの身体にぐっと押し付け、上から叩き付けるように腰を打ち付けた。
 先に注いだ精液をかき回す卑猥な音が、互いの喘ぎ声の合間に聞こえてくる。
 ああ、何これすげえ腰に来る、いきそう……オレもいく!
 さいきさん。さいきさん!
 すさまじい勢いで込み上げる射精欲につかれるまま、オレは弾むように斉木さんの尻を打った。
『とりつか……気持ち良い…きもちい…もうだめ、だめ、だめ――!』
「……だめ、もう――!」
 切羽詰まった斉木さんの泣き声が鼓膜を犯す。
 その瞬間、オレの欲望は弾けた。
 ほぼ同時に斉木さんも絶頂を迎え、重なった高まりにお互い息を詰める。
 自らの腹に白いものをぶちまけながら、斉木さんは何度も息を引きつらせた。
 オレはその様子を、うっとりと見つめていた。

 

 事の後、起き上がってすぐ、斉木さんは身体が痛いと文句を言ってきた。
「だから――」
 言いかけて口を噤む。黙っても、心までお見通しの超能力者には無駄だった。
 だからベッドに行こうと言ったのに、アンタが早くしたいからって拒否したせいでしょ…まで、全部向こうに聞こえてしまっている。
 睨まれる、ぶっ飛ばされる、蹴り食らう、いずれかに備えてオレは身を固くしたが、斉木さんは気まずそうに目を逸らした。
『……お前が悪い』
 ええーもう、斉木さん。
 アンタが逸っても、無理にでもベッドに連れてかなかったオレが、悪いってか。
 うん…そうね、オレが悪いっス。
「すんません、斉木さん」
 服を着込んだ背中に手を当て、そっとさすると、斉木さんはますます顔をしかめた。本当は自分が悪いってわかってる顔だから、オレは甘やかしてしまう。
 珍しく素直に、斉木さんは寄りかかってきた。
 もう、そんな風にされたら、もっともっと甘やかしたくなるじゃん。
 きっと誰でもそうすると思う、恋人にこんな可愛い仕草されたら、怒るのも忘れて絶対甘やかしちゃうって。
 それくらい、威力があった。
『お前が悪い』
 ごめんね、斉木さん。
 預けられた身体をそっと抱きしめ、オレは存分に幸せに浸った。


「斉木さん、これでどうか機嫌直してほしいっス」
 帰り際、大瓶に詰めた甘夏ジャムをお土産に渡す。
 両手で抱えるくらいずっしりと重たい、オレの愛情。
 どうか受け取って下さい。
『いいのか』
 たちまち、斉木さんの顔がぱあっと光り輝く。
「もちろんス」
 オレは腹に力を込めて頷いた。
 今更の説明になるが、大量のもらい物に困った実家から半強制的に送られてきたものだ。
 寺の人間にもたくさん分けたがそれでも手元のオレンジ色は減らず、どうしたものかとネットで検索して、ジャムにたどり着いたのだ。
『ありがたく頂こう』
 斉木さんは先程の幸せを思い出したのか、ほんのりと笑って受け取った。
 美味しく食べて、もっと幸せになってね斉木さん。

 

 その週の終わり、、斉木さんに招かれた。
 定番の手土産を持って斉木さんちにお邪魔すると、思いがけないもてなしを受けた。
 座れと促されテーブルに着いてすぐ、出された丸い皿にのった真っ白いチーズケーキがそれだ。
 美味そうだと目を見張る。
 洋菓子店で買ったものと見紛うそれは、斉木さんの手作りだそうだ
「えぇー……」
 オレは驚きにますます目を丸くした。
『お前に貰ったジャムで作った』
 ええぇー
 更に目が飛び出した。
『貰った翌日に早速これを作って、思いの外出来が良かったのでな、お前にも特別に味わわせてやる』
 貰いっぱなしは性に合わないからな。
「………」
 オレはもう声も出ない。
 こんな形で返ってくるなんて思ってもなかったから、ちょっと涙ぐんでしまった。
 両手の先を口元に持っていき、涙を堪えていると、乙女モードキモイと辛辣な言葉を投げかけられる。
 斉木さんひどい、でも嬉しい、すごく嬉しい!
『コーヒーと紅茶と、どっちかいい?』
「え、それもっ? それはオレがやりますよ」
 オレは腰を浮かせた。
『お前は今日客なんだから、座ってろ』
 複雑な顔で笑う。ママさんがいるなら別だが、斉木さんにあまり客扱いされた事ってないよな、なんて思ったら、顔がこんなになってしまった。
『いい度胸してるじゃないか』
「ほらー、もう!」
 斉木さんに睨まれ、オレは泣き笑い。
『で、どっちだ?』
「紅茶下さい」
 オレは席を立ち、斉木さんの隣に並んだ。
 人にやらせて座ってるのは性に合わないから、何かお手伝いをと肩を並べる。

 オレが茶葉をセットし、斉木さんがお湯を注ぐ。
 ただそれだけだが、むずむずと可笑しくなって、オレはちょっと笑った。
 何を笑っているのかわからないと斉木さんは呆れ、そして同じくちょっと笑った。
 何で可笑しいのか自分でもよくわからないけど、幸せなのは間違いないので、もう少し笑った。
 斉木さんも、わからないなりにわかってくれて、オレを笑ってくれた。
 そんな、なんてことないものが、オレにはとても愛しく思えてならなかった。

 頂いたチーズケーキはオレ好みのさっぱりした味わいで、ああやっぱり斉木さんには敵わないのだなと、オレは心底嬉しくなった。

 

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