あなたと甘いものを

きっかり十秒

 

 

 

 

 

 失敗した場合を考えて、オレは一切予告はしなかった。
 オレは自分をそこまで不器用とは思ってないが、といって器用な人間とも思っておらず、そこそこ普通であると思っていた。
 寺生まれだから料理はそれなりにこなせるし、初めて作る物でもそうひどい失敗なんて、数えるほどもしていない。
 だから、これも、そこそこに仕上げられるだろうと思っていた。舐めてかかったというわけではないが、そうひどい事態にはならないだろうと考えていた。
 それでも、やはり斉木さんに渡すものだから、万一があってはいけないと内緒にした。
 何でもお見通しの超能力者に内緒なんて通用するわけないのだが、とにかくオレは当日までのお楽しみとしてとっておく事にした。

 斉木さんに言わないでおいて本当に良かった、正解だった。
 や、オレって先見の明があるね。
 レシピ本にあるような、美しい高さのあるスポンジが焼き上がるはずだったのが、この有様…薄く平坦で柔らかさのかけらもないスポンジケーキもどきを前に、オレはある意味ホッと胸を撫で下ろした。
 同時にちょっぴり涙が出た。
 悲しいのと悔し涙とが入り交じった透明な雫を、手の甲で拭う。

 さて、こいつをどうしようか。
 悔しがっても消えてはくれない。見本のように膨らむわけでもない。
 うーむ。
 腕組みして、思いきり唸る。
 本来これは、午後に来る斉木さんに出す予定だった。
 イチゴのショートケーキになる予定だった。
 斉木さん、いつも言って…オレの味がいいっていつも言ってくれるから、そこにこれも加えようと思い立ち、突発的に作り始めたのだ。
 確かきっかけは、雨で何か暇だったから。
 何か急に思い付いたから。
 春のぽかぽか陽気で何か浮かれていたから。
 とにかく無性に何かをしたくなったので、ひとっ走りスーパーへ材料を買いに行き、その勢いで取り掛かった。

 平べったいスポンジケーキもどきを部屋に運び、テーブルの前に胡坐をかいてネットで調べていると、失敗のリメイクのレシピがずらりと出てきた。
 なるほど、カットしてオーブンで水分を飛ばして、ラスクにするって手もあるのか。
「ふーん、お好みで粉砂糖をかけるとか……あ、この塩バターってのも美味そうだな」
 後で自分用に作ろうかと、上から順にオレは眺めていった。
 どれもみな美味そうだと見入っていると、突然頭に声が響いた。
『出来たラスクに生クリームとイチゴ、そしてこのアイスも加えて、パフェ風に仕上げろ』
「うぉわっ!」
 同時にテーブルの向こうからずいっとカップアイスを突き付けられ、オレは息が止まりそうなほど驚いた。
 あんまりびっくりしたものだから、手からスマホを取り落とした。
「なん…なん……斉木さん」
 ドキドキっと跳ね上がった心臓を押さえ、オレは正面に現れた斉木さんを見上げる。
 まったく、もうちょっとで口から心臓が飛び出すとこだったっスよ。
「約束したのは、午後でしたよね」
 なんで、いるの?
『なんでも何も、お前があんまりうるさいから、注意しに来たんだ』
「え、あ……」
『ここも、テレパシーが届くんだ。お前の思考は特にデカいしうるさいからな、いい加減にしろと苦情を入れに来たんだ』
「え、す、すんません!」
 そうだった、斉木さんは何でもお見通しなのだった。
 ほんと恥ずかしい、顔から火を噴きそうだ。
『で、そいつがうるさい元か』
 斉木さんの顔が、テーブルにある失敗ケーキに向けられる。
 オレはそろーっと両手を伸ばし、覆い隠した。
「いや……何もないっスよ」
 今更白々しいが、ごまかそうと苦笑いを浮かべる。
 しかし斉木さんは聞こえないふりをして、当たり前のように端っこを超能力でちぎり取りつまみ食いした。
「わーダメダメ!」
 止めても持っていかれ、青くなるやら赤くなるやらオレは大慌てで手を振った。
「そんなの食べたら、お腹壊しちゃいますよ!」
『見たところ、よく焼けているようだが』
 まあ生焼けだろうが、僕は腹を壊さないが。
 そう続けられ、オレは何ともいえない顔になる。
『……ふむ、味はそこまで悪くないぞ』
「そ、そっスか? でも歯応えひどいでしょ」
『うむ…ちょっとない、新しい食感だ』
「すんません」
 オレは思い切り顔を伏せた。
『いいから、めそめそしてる間にこいつを一旦冷凍庫に入れてこい』
 ずいっとアイスのカップを押し付けられる。オレは言われた通り、大急ぎでしまいにいった。

 二人でパフェを作り上げる事になった。
 斉木さんがカットして、オレがオーブンに並べて、待つ事二十分。
 焼き上がりをワクワクしながら待つ斉木さん、可愛い。ちょっと救われる。
『実は以前母さんもやった事がある失敗でな。おそらく、卵の攪拌が不足したのだろう』
 よく混ぜればその分空気が入り、よく膨らむ。攪拌が足りなければ、膨らみも足りなくなる。
 斉木さんは、その以前の事を思い出いながらオレに語って聞かせた。
『母さんの落ち込みようがあんまりで見ていられなかったのでな、ラスクにリメイクするのを提案した』
「……オレのも、見てらんなかったんスね」
『ああ、お前のは特にな。うるさくてかなわないし、本当に参る』
 吐きそうだと、斉木さんが顔を歪める。
 毎度ごめんなさい。
『まあいい、元のケーキは悪い出来じゃないからな』
「ホントっスか?」
『なんだ、食べてないのか。あのくらいの甘さ、全然嫌いじゃないぞ』
 斉木さん、ホントに?
 オレは、焼き上がりを待つ綺麗な横顔にじっと視線を注いだ。

「ええと、どう盛り付けましょうか」
 焼き上がったラスク、生クリーム、イチゴ、アイスクリームを前に、斉木さんをうかがう。
『自分が食べるんだ、好きな形で構わないだろ』
 簡単に言ってくれるが、オレはその辺りのセンスが少々怪しいいので、斉木さんにお任せしたい。
『おい、僕は今日、客のはずだぞ』
「そうっスけどだって斉木さん、すごく、やりたい顔してるんですもの」申し訳ないとは思うけど、可愛くて可愛くて「だから斉木さん、お願いします」
『っち…お前、後ではっ倒す』
 鼻の頭にしわを寄せた斉木さんだが、取り掛かるとたちまちもとの可愛らしい顔になり、オレを天にも昇る気分にさせてくれた。

『どうだ?』
「……いいっス!」
 心から称賛した。
 オレの失敗ケーキがこんな綺麗な、お洒落なパフェになるなんて、想像もしてなかった。
 赤いイチゴと白いクリームの組み合わせってだけでもう、よだれが出そう。そこにいい焼き色のついたラスクが加わって、ますます喉が鳴った。
 様々なスイーツを食べてきただけあって、盛り付けもプロ並みだなあ、斉木さんやっぱりすごいなあと見惚れていると、何かが口に押し付けられた。
 かさかさした何か…ラスクだ。
 パフェに使いきれなかった残りのラスクを食べろとすすめられ、オレは素直に口を開いた。
『まずはこれ単体で食べてみろ。悪くないぞ』
 斉木さんの手を取り、ガリっとかじる。
 ほんとだ、うん、味はそう悪くないよ。
 ああ、オレ、これ好きかも。
 思わず自画自賛する。
『そうだろ』
 オレが食べた残りを口に放り込み、斉木さんが笑う。
 ああもう、この人は…たまに凶悪だけど、でもこうしてオレを救ってくれるんだ。
 オレは、どうあっても斉木さんには勝てないや。
 喉が詰まって仕方ない。
 感謝のしようもない。
 よし、じゃあ食べるかと、斉木さんはグラス片手にスプーンを構えた。
 けどもうオレは堪えきれずに、がばっと斉木さんに抱き着いた。
『おいなんだ、パフェが食べられないだろ』
 スイーツを前にほんと申し訳ないとは思いますけど、十秒だけ、時間を下さい。
 斉木さんはきっかり十秒、オレのわがままを聞いてくれた。
 もちろんその後は、さっきの予告通りはっ倒されたけど、オレはそれでも充分幸せで、斉木さんと並んで食べるパフェで更に幸せになって、身も心もこれ以上ないくらい甘くとろけた。

 

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