おはよう

まっすぐ育つ想い

 

 

 

 

 

 燃堂からのラーメンの誘いを三回に一回は断って、鳥束と二人だけで帰る。その時決まって、誰もいなくなった教室でキスをする。
 鳥束としたいから、僕は最後まで居残る。
 回数を重ねるにつれ、鳥束の心に段々と余裕が生まれてきた。
 キスしたいと告げるのに、何分も悩む事がなくなってきた。
 といってぞんざいに、片手間になる事はなく、いつだって熱烈に、うんざりするほど好きだ好きだと気持ちを寄越してきて疲れさせるが、僕はそれを悪からず思っていた。
 まさか自分がこんな風に誰かのものになるなんて、予想もしていなかった。

 始めの頃は、隠しても隠し切れない嫌悪むき出しで見てきたのにな。
 いつからかその眼差しは想いで腫れ上がり、芽吹いた何かは鳥束の中で急速に育っていった。
 まさか自分がそれに引きずられるなんて、予想もしていなかった。

 毎朝寄越される奴のおはようを何度も耳にする内、自分の中にも何かが芽生えた。
 見て見ぬふりをしていればいずれ萎れて枯れるだろうと、放置した。
 誰かを想う人の熱量を、軽く見ていた。
 そもそも知らなかった、こんなにも育つものだったなんて。
 でもそれが、よりにもよってお前だなんて笑えるな。

 

 十二月になった。
 今日もまたおはようと声をかけてくる鳥束に、今日も出会ってしまったかと、嘆き半分、楽しさ半分。
 奴は自分の感情をはっきり自覚しているが、実のところ僕はまだよくわかっていない。

 

 放課後、今日は燃堂の誘いを断った。
 人がいなくなるのを待つ間、廊下の窓を開けてぼんやりと外を眺める。
 十二月にしては穏やかな風が中々心地良い。
 窓枠に手をかける。
 この窓は、以前自分が割ってしまったものだ。
 とんだ醜態を晒した、それも、よりにもよって奴の前で。
 覚えてないだろうな。
 覚えてなくていい。
 ――アンタ、ほんとすごいっスね
 こんな事くらいで、はしゃぐお前以上に、子供みたいにお前にはしゃいだ事など、覚えていてもらいたくない。
 心の中でいつも、何とかして僕の超能力を利用してやろうと画策してるくせに、どうしてあの時のお前はあんなに純粋にすごいすごいとはしゃいだのだろうな。
 そしてなんで自分は、それをとても嬉しいものとして心躍らせ喜んだのだろうな。
 まあ、そんな感情は出していないので、奴にわかるはずもないが。
 いい事なんて何一つない忌々しい力だと思っているのに、あの時ばかりは――。
 何を考えているんだ、僕は。
 ほてった顔を押さえ、熱が引くのを待つ。

 廊下からすっかり人の気配が消え、この階に残るのは僕たちだけになった。
 教室の隅っこに座る鳥束と、廊下にいる自分の二人だけ。
 教室の中でずっと、鳥束が待っている。
 僕が入ってくるのを、今か今かと待ちわびている。
 早く触れたい、キスしたい、誰に遠慮する事なく、思う存分好きだって言いたい。
 そんな想いで頭を一杯にして、鳥束が待っている。
 同じだけとはいかないが、自分の中にも少なからずそれらはあった。
 早く触れたい、キスしたい、誰に遠慮する事なく、思う存分抱きしめたい。
 静かに戸を開け閉めして、鳥束のもとに歩み寄る。

 ただキスをするだけで、まだその先の行為に及んでいないが、時間の問題なのはわかっていた。
 鳥束の脳内はもうすでにその事で一杯で、問題はいつ言い出すべきかと、頃合いを見計らっていたから。
 自分があれこれされる妄想というのは、あまり気分のいいものではないな。
 しかも奴にとことん都合の良い展開となれば、怒りのあまり奴の存在自体消したい衝動に駆られる。
 聞かせたくてわざとやっている訳ではないのだ、奴はそういう人間なんだと自分に言い聞かせ、必死に抑え込んだ。
 この時ばかりは、奴を選んだ事を大いに後悔した。
 自分が絡んでいなければ、これくらい聞き流すなんてたやすいのに。
 もうずっと昔から、こういったものにさらされて育ってきているから、聞き流すのは得意なはずなのに。
 思いの外堪える。
 慣れる日は来るのだろうか。

 

 まもなく冬休みになる。
 とうとう心が決まったのか、鳥束は口に出して言ってきた。
 ――冬休みに入ったら、アンタとやりた……やら…さ、させて下さい
 頭の中は下品で下劣で救いようがないのに、いざとなるとこっちまで緊張しそうなほどの態度で臨むのは勘弁してくれ。
 自分は、ようやくかとある意味ほっとしているのに、引きずられて赤くなってしまうだろ。
 いい加減にしろ、煩悩小僧の癖に。
 怒りを飲み込み、都合の良い日を伝える。
 たちまち奴の脳内が美しい花園に変わり、呆気に取られる。
 どこの高原だと見紛う清々しい景色に面食らい、まじまじと目の前の人物を見た。
 目だけは異様に澄んでる、変態クズ野郎の鳥束で間違いなかった。
 お前、こんな綺麗な景色も持っていたのか。
 まだまだ知らない事が多いな。

 

 冬休みに入り幾日か経った当日、奴はがちがちに緊張してやって来た。自分にもそれなりに覚悟や恐れといったものがあり、少々憂鬱になっていたのだが、奴の態度で図らずも緩和された。
 自分も具合が悪いが、より具合が悪い同行者を見て、自分がしっかりせねばと奮い立つようなものか。
 とはいえ、お互い初めてのものだから、及んだ行為は散々な結果となった。いかに頭の中だけで考えていたか、よくわかる有様だった。
 未経験者が、一度目からそう上手く事を運べるわけがないのだ。
 知識だってお粗末だし、技巧もないし、興奮するあまり自制心は吹き飛ぶし、裂けるわ出血するわでとんだ初めてとなった。
 ある程度予測はしていたので、真っ赤に染まったシーツを見ても特に驚きはなく、まあそうだろうと冷静に受け止める事が出来た。
 鳥束はそうはいかなかったが。
 興奮が収まって、熱の引いた頭でこれを見た途端、そこまで白くなるのかとびっくりするほど真っ白な顔になったかと思うと、転げ落ちるようにしてベッドから出て、なんと土下座を始めたのだ。
 どたばたうるさいぞと、痛む下半身を堪えて起き上がればその光景で、やれやれまためんどくさい事になったとため息がもれた。
 鳥束の頭の中から、とめどなく詫びの言葉が流れ込んでくる。いつかの万城乃を彷彿とさせる。
 済みません、ごめんなさい、許して下さい、こんなつもりじゃなかった、どうか嫌わないで、嫌わないで、嫌いにならないで、なんでもしますから、どうか嫌わないでください。
 ……うるせぇ。
 こうなったのはお互いの準備不足のせいで、お前だけが悪いんじゃないから土下座止めろ、うるさいし怖いから唱えるのやめろ。
 ベッドなんて復元で戻るし、身体の方も大分回復したから、さっさと顔を上げろ。
 せっかくのいい気分が台無しだ。
「いい気分……なんスか?」
 伏せられた鳥束の頭がぴくりと揺れ動いた。
 僕は手を伸ばし、菖蒲に似た色の髪に触れた。
『お前も、最中はそうだったろ』
 全部聞いてわかっている。
 より深く関係を結べる事に喜び舞い上がり、最高に幸せだと謳っていたな。
 自分も似たようなものだった。だから、出血しようが痛もうが我慢して、最後までやり抜いたのだ。
 とても幸せだったから。

「オレ…斉木さんが好きっス」
 だのにこんな事になるなんて申し訳なくて顔向け出来ない。
 そいつは大げさってもんだ、泣きそうな声を出すなよ。
 お前と顔を合わせられないのはつまらないし、朝のおはようが聞けないのは物足りないし、一日がいつ始まっていつ終わったかわからない毎日になりそうで、嫌なんだが、
「あの、それって……」
 オレの事、好きってことですか?
 聞くのを恐れるあまり、鳥束の声が細くかすれた。だが真剣さに満ちた声をどうして聞き漏らすだろう。僕はじっくりと自分の心を探った。
『まだよくはわからない』
 それが正直な感想だ。
 でもお前と過ごす時間は嫌いじゃない。
 お前の気持ちに包まれるのも、少し息が苦しくなるが悪くないと思う。
 このセックスだって、痛いわきついわ散々だったが、初めてにしては上出来じゃないか。
 僕にだって少なからず性欲はあるし、正直に言えば気持ちいい事は嫌いじゃない。
 お前のせっかちな愛撫にもそれなりに反応したし、お前の身体を舐めたり吸ったりするのも悪くなかった。
 何よりお互いいけただろ、つまり相性がいいって事だ。
『だからいつまでも床なんか見てないで、いい加減僕を見てほしいんだが』
 鳥束の視界に入る位置に手を差し出す。

 お前が好きか嫌いか。
 少なくとも嫌いじゃない。
 どうでもいいとも違うな。
 お前に嫌いをぶつけられていた頃、結構痛くて辛かったから。
 どうでもいい相手にはこんな事にはならない。
 じゃあ好きかといえば、わからない。
 短くない期間傷付けられた記憶は、簡単に覆せないだろ。
 だから、ここから先はお前次第だ、鳥束。

 嫌うならそれでいいと抵抗するのが、馬鹿らしくなったんだ。
 お前などどうでもいいと抵抗するのが、馬鹿らしくなったんだ。

「そっちいっても……いいスか?」
『どうぞ。空いてるぞ』
 ようやく鳥束は手を掴んだ。僕は隣に引っ張り上げ、綺麗になったベッドに並んで寝転がる。
 名前を呼ばれ、好きだと囁かれながら抱きしめられる。そこで自分が実はかなり寒がっていた事に気付き、僕は思い出したように震えた。
「寒いっスか」
 慌てて鳥束は毛布を引き上げた。
 まあ、少し。
 だがお前に抱きしめられて、不本意ながら暖かくなったよ。
 ほっとして力が抜ける。そんな自分が気に食わないが、お前のぬくもりは嫌いじゃない。
 もっと気分が良くなりたいから、鳥束を抱き返す。
 お前と初めてキスした日に知って以来、自分の中に取り入れた一つだ。

「あの……斉木さん、次はもっと上手くやるんで」
 オレの事、嫌いにならないでください。
 わかったよ、あんまりしつこいと嫌いになりそうだ。
 最初から上手くこなそうだなんて、鳥束の癖に生意気な。
 超能力者の僕だって、つい最近まで失敗続きだったんだぞ。
 それも、靴紐ごときに苦労していたんだ、笑っちゃうだろ。
 何度も練習して、失敗を重ねて、どうにか上達していったんだ。
『だからって僕で練習するなよ、これをもう一度は、さすがに御免だ』
「も、もちろんス! もっと勉強して、出直します」
『お前は他の勉強しろ』
「はあ、それはまあ……」
『しろよ』
「……はいっス」
 ごまかそうとするのを許さず釘をさすと、鳥束は首を竦めて形ばかりの反省をした。
 っち。
 ぶん殴ってやりたい衝動が頭を過った。何とか抑えて、静かな時にまどろむ。
 このままひと眠りしたかった、奴の脳内も、似たように一休みを欲していたから、丁度いいと目を閉じる。
 しかし、奴の呼吸が首の辺りでこそこそとくすぐってきて鬱陶しい。これでは眠れないと目を開ける。
 顎に手をかけてどかすと、キスの予兆だと思ったのか、奴が目を閉じた。
 違うと振り払うのは簡単だが、乗る方に心が大きく揺らぐ。
 僕は顔を近付けて、唇を重ねた。
 幸せだと、鳥束の脳内でたくさんの花が咲き乱れる。
 のどかな花畑に包まれ、同じくらい幸せを感じた。

 鳥束への想いが、僕の中で大きくまっすぐに育っていく。
 もっと小さい頃なら刈り取る事も容易に出来たが、こうまで伸びてしまってはもう消せない。
 だが消さなくていい。
 普通で平凡な毎日からはかけ離れてしまうが、僕はこの樹を出来るだけ育てていきたい。

 

 一人では無理だから、頼むぞ鳥束。

 

 

 

 

 

二度目の

 初めての次、二度目は、その日の内になされた。
 ひと眠りから覚めた僕たちは、お互いの身体に残る汗やら何やらを流そうとなり、風呂に入る事にした。
 シャワーを浴び、湯船に浸かるところまでは、まだお互い和やかな空気のもと過ごしていた。
 というのも単純に、寒いから早く温まりたいと、そればっかりが頭にあったからだ。
 肩まで浸かって、ほっとひと息ついたところで、鳥束の目付きが少し変わった。
 寒さに縮こまっていた気持ちが溶けて、気付いてみればお互い素っ裸となれば、奴としてはそちらへ思考が持っていかれるのは、自然な事だろう。
 先程の行為を思い返し、次への期待で脳を腫れ上がらせ、そういった目で僕を見てくる。
 奴の思考が、はっきりとした質量を持って身体を舐め回す。
 正直あまり気持ちの良いものではなかったが、といって嫌悪感しかないとも言い難い。
 なんとも言い表しにくい感触で、ぞっと歯が浮くのだが、どうしても嫌だと振り払えない、どこか癖になる感触。
 こちらも、先程の行為にあったのは苦痛ばかりではないので、多少の気持ち良さを思い出すのに加えて鳥束のどぎつい思考の愛撫が重なっては、どうしたって反応してしまう。
 目敏く見止める鳥束に、いっそ僕は開き直った。
『お前が物欲しそうな目で見るからだ』
 その上思考でまで犯されたんじゃ、こうなっても仕方ないだろ。
 どうとでも言えと、浴槽によりかかって縁に両腕をかける。
「すんません……斉木さん、触ってもいいスか?」
 僕は答えなかった。なんのテレパシーも送らず、ただまっすぐに鳥束を見つめた。
 ちょっと前のコイツなら、抱える後ろめたさからさりげなく逸らしただろう。
 だが今は、したい欲に駆られているのもそうだし、何より、こちらが悪からぬ感情を持っていると知り自信を得た事で、見つめ返す強さが出来た。
 その強さで、逸らす事なく僕を見てくる。
 好きだ、やりたい、今度は失敗しない、もっと上手くやる、気持ち良くさせたい、斉木さんの××を×したい…。
 脳内の大半はシモに関する事で覆われ実に聞き苦しいが、とにかく一心に熱を込めて僕を見つめてきた。
 だから僕は目を逸らす。
 鳥束の真剣な顔が透けてしまう前に見ては逸らして、一回でも多く目に焼き付け、脳に刻み込もうとした。
 鳥束はこの行動を、迷いと受け取ったようだ。
 やれやれ、前に話したはずだが、すっかり頭から抜けているようだ。
 頭の中があんなにも欲で一杯じゃ、思い出せというのも酷な話か。
「今度は、ちゃんとやりますから……お願い、斉木さんお願い」
 有無を言わさず襲ってきてもおかしくないくらい肉欲で膨れ上がっているが、鳥束はじっと堪え、こちらの返事を待った。
 無視して出ていく選択肢もあったが、僕は二度目を行う方に手を伸ばした。

 壁に手をついて前屈みになり、奴に尻を突き出す格好で立つ。
 屈辱的で目の奥が熱くなったが、奴にされている行為の方が、よっぽど涙が出そうだった。
 最初は指でほぐされていたそこを、今は、舌で舐め回されている。
 そんな馬鹿な、やめろと振り払う間もなく舌で触れられ、初めての感触に脳天が真っ白になった。
 さっきは、ろくにほぐしもせずいきなり突っ込んだから出血したのだ、ならば充分に柔らかくすればいい、その為にはまず潤いをという理屈だ。
 知らない行為ではないが、まさか自分がされる日が来るなど、思ってもなかった。
 あまりにおぞましくて膝から力が抜けそうだ。これだったら、痛いだけの方がよっぽどいい…いや、やはりよくない。どちらも嫌だ。
 もういいと、尻にかかる鳥束の手を掴む。
「ダメっスよ、もっとよくほぐしてからでないと」
 鳥束の声が真剣味を帯びているのが腹立たしい。
 いや、早く入れろというわけではなく、その行為をやめろと言ってるんだ。
「これ、嫌なんスか?」
 数回頷く。
「でも斉木さん、ずっとガチガチっスよ」
 気持ちいいんでしょと続けられ、そんな馬鹿なと下を向く。同時に鳥束に柔らかく握り込まれ、びくりと身体が跳ねる。
「ほら。じゃあこうしましょう斉木さん、こっち触りながらすれば、お尻の嫌なの薄れるでしょ」
 違う、違う!
 首を振るが、鳥束は構わず前を扱きながら、後ろに舌を入れてきた。
「っ……!」
 力が抜けそうなほどの衝撃に思わず震えが走る。
 孔を舐めるだけではなく前を優しく擦られ、両方からもたらされる快感に苦しい程息が乱れた。
 もう抵抗は無理だった。気持ち悪い、おぞましいと思った舌の刺激は今やすさまじい愉悦となって背筋を痺れさせ、狂わせた。
「気持ち良くなった? もっとしてもいい?」

 もっと前を弄っていい?
 ――いい
 後ろに指を入れていい?
 ――ゆっくり頼む
 こっちは気持ち良い?
 ――あまり良くはない
 これは嫌?
 ――もう少し強くしても構わない

 鳥束は、何をするにもこちらの反応を伺った。
 それに対して頷いたり首を振ったり、自分でも驚くほど素直に応える。
 すっかり熱に浮かされていた。湧き上がる肉欲に逆らわず、勃起したものを自分で扱く事もした。
 それを見て鳥束が、良くなったようで嬉しいと喜んでいる。
 後ろに入れられる指はついに三本に増え、微かに吐き気がして苦しかったが、良かった、嬉しいと繰り返される喜びの声を聞くと吐き気は薄れた。
 一度目のように自分本位にはせず、一緒に気持ち良くなりたいからと気遣う鳥束の声に包まれると、たまらなく興奮した。

 夢見心地だったのが、後ろにあてがわれた硬く熱いもので現実に引き戻される。
「入れていい……?」
 僕は頷き、反射的に強張った身体から力を抜いた。今まで聞こえてきた声はみんなそう言っていたし、自分でも、一度目でなんとなく掴んだ。
 自分だってもう痛い思いは御免だ、鳥束の土下座も欲しくはない。それよりも、気持ち良くなりたい。
 もっと鳥束を感じたい。
 鳥束のものが、ゆっくりと入り込んでくる。
(あ、すげ……斉木さんの中、すごい熱い…溶ける……熱い)
(溶けそう……気持ち良い……すげーいい)
 うっとりする鳥束の声を、僕は歯噛みしながら聞いていた。そりゃ良かったな、こっちは腰が抜けそうだよと密かに悪態をつく。だが、そう思える余裕がある事に気付き、少しおかしくなった。
 根元まで埋め込まれた鳥束のものが、びくびくと不規則に脈打っているのが感じ取れた。
 本当に入っているのだと、今更ながら驚いたりもした。
 わずかながら、嬉しくなった。鳥束の熱が自分の中にある事に。
 息が上がるほど苦しくなっているというのに、今にも顔に笑みが浮かびそうだ。
 そんなささやかな喜悦も、奴が動き出すとたちまちかき消えた。
 苦しい、苦しくて気持ち悪い。
 みっともない呻きがもれてしまわないよう、口を押える。奴が聞いて心配するような声は、絶対にもらすまい。僕はきつく歯を食いしばった。
 二度目だからか、鳥束は力任せに突くのはやめて、技巧めいたものを振るうようになった。
 そうしながら、身体のあちこちを触ってきた。
 さっき聞き出した感じる場所にあちこち手を這わせ、後ろを捏ねる。
「!…」
 びりびりっと背中を駆け抜けた激しい痺れに、僕は別の意味で口を塞いだ。自分の意に反して、腰が跳ねる。
「斉木さん……ここっスか?」
「やっ……!」
 鳥束に中のある個所を突かれ、ついに声が弾けた。
 見つけたと顔をほころばせ、鳥束は同じ個所を重点的に責めてきた。
「ここが気持ちいいんスね」
 僕は素直に頷いた。ますます鳥束は調子付いて、僕をいかせようと躍起になった。
『いい、鳥束……いきそう』
 気付けば自分で前を扱いていた。堪らない気持ち良さに、口から涎が零れ落ちる。自分の足元に垂れ落ちていくそれに、みっともないと思いながらも、舌を突き出して善がるのをやめられなかった。
 身体のあちこちをさする鳥束の手が気持ちいい。
 熱い硬いもので奥を突かれるのが気持ちいい。
 背中にかかる鳥束の荒い息遣いも、掴む手の力強さも、息苦しさも全部、どうしようもないくらい気持ち良い。
「っ……!」
 とりつか、とりつか。
 達する瞬間どうしてもキスしたくなって、僕は必死に身体を捻った。
 察して鳥束も首を伸ばし、唇を重ねた。
 今にも息が止まりそうに苦しかったのに、更に苦しくなるキスが欲しくなるなんてどうかしてる。
 だが、唇を塞がれた瞬間、嘘のように息苦しさから解放された。鳥束の愛情が口から直接流し込まれ身体が破裂しそうなのに、吸っても吸っても足りなかった胸が楽になった。
 ああ、いったのだと、頭の片隅で理解する。
 身体の奥に注ぎ込まれる鳥束の体液に震えながら、僕も熱を吐き出した。
 なんとか射精出来ただけの一度目とはまるで違う充足感に、僕は深く深く酔いしれた。

 

 

 

 

 

斉木さんは××が強い

 冬休みでよかったと、オレは斉木さんの部屋でベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。
 長湯でのぼせたのではないので、気持ち悪さなんかはないが、すっかりクタクタであった。
 というのも、風呂場であの後、オレを床に座らせ斉木さんが自ら跨り腰を振ってきたのだ。
 何か悪いもんでも憑りついたのかってくらいの豹変ぶりに、オレは呆気に取られた。
 苦しそうな、それでいてすごく気持ちよさそうな顔で喘ぎながら、オレの名前を何度も呼んで、自分からいいところにオレのを擦り付けてきたのだ。
 あまりのエロさにオレもとにかく興奮しっぱなしで、斉木さんて感じるとこんな顔するのか、こんな風に笑うのかとか思いながら、とことんまでやりまくった。
 主に、オレが搾り取られたんだけど。
 斉木さんだって何度もいったけど、ダメージの具合は見ての通りオレの方がひどい。
 斉木さんは、こんなになったオレの為に、下に何か飲み物を取りにいってくれている。
(はあ……初エッチの日にここまでとか、想像してなかった)
(てかあの人すげえな……超能力者ってみんなあんななのかね)
 といっても、斉木さん一人しか知らないが。
(セックスとかエロイ事全然興味なさそうに思ってたけど、ちゃんとあって…なんつかーほっとした)
(にしても、斉木さんがあんなに性欲強いなんて……びっくり)
 びっくりだが、最中のあの、縋るようにオレを呼んでくる斉木さんの顔、たまらなかったなー。
 ますます好きになった。
「あ、斉木さん、すんません」
 そこに斉木さんが戻ってきた。オレはどうにか身体を起こして迎え入れた。差し出されたスポーツドリンクのボトルに、頭を下げながら受け取る。
 オレが受け取ると同時に、斉木さんの手がオレの顔面をがっしりと掴んだ。たちまちオレは竦み上がる。
「……ひっ!」
『鳥束、今のは二度と思うんじゃないぞ』
「な、何をっスか……!」
 何かが斉木さんの逆鱗に触れてしまったようだ。それが何かわからない事には避けようがない、が、斉木さんは脅し文句を繰り返すだけだった。
 命の危機に、心臓が早鐘を打つ。
『いいな、命が惜しければ、二度と僕の事を。わかったな』
 そこでオレは、思う事も許されない禁句が何かを理解した。
 斉木さんは――が強い、二度と触れてはいけない、オレは脳に刻み込む。
『わかったな』
 掴むだけだった顔面の手が、徐々に顔にめり込んでくる。
「わかりましたわかりました! 二度と触れませんから、どうか命だけは!」
 必死に訴えていると、ようやく斉木さんの手が外された。
 まずい、とんでもなく怒らせてしまった。がんがん痛む顔を押さえながら、オレはそろそろと斉木さんの様子をうかがった。
 しかしそこにあったのは憤怒のそれではなく、気まずそうに赤くなった顔だった。
「あ……斉木さん?」
『うるさい。それ飲んだら帰れ』
 オレから顔を背け、斉木さんはそう投げ付けた。
 言われるままオレはボトルに口を付けた。まだ言いたい事はあったが、ひどく喉が渇いているのも事実で、見たらもう我慢出来なかったのだ。
 一口飲むと、更に喉が鳴り、オレはごくごくと一気に煽った。
『悪かったな』
 背中を向けたまま、斉木さんが寄越す。
 風呂場での事を言ってるのだとすぐにわかった。
『自分でも知らなかったんだ……悪かった』
「いえ、全然!」
 オレは力強く否定した。ちょっとびっくりしただけで、悪い事なんて何もなかった。むしろ気持ちいい事だった。
 そうか…斉木さん自身も、自分がああなるって知らなかったのか。なんか…いいな。オレたちだけの秘密。
 少し間を置いてオレは、あの、と声をかけた。
「また来てもいいっスか?」
 本性を知られたとかで、オレを避けるようになったら嫌だな。それだけは嫌だ、せっかくまた一つ斉木さんを知る事が出来たのに、せっかくこんなに近付けたのに、ここで終わるなんて嫌だ。
 返答のない事に不安になり、オレはつんのめる勢いで言った。
「あの、すっげえ気持ち良かったです、最高でした。またしたいし、ゲームもしたいし、オレもっと上達しますんで期待してて下さい、あと、コーヒーゼリーも色んなの探してきます、だから、……斉木さん」
 オレの方に向いてはくれたが、数秒もせず斉木さんは目を逸らした。
『それ飲んだら帰れって言っただろ』
「……はい」
 足元から立ち上ってくる冷気に震えながら、オレは俯いた。
『また来たいっていうなら帰れ』
「!…はい! 帰って、そんでまた来ます!」
 オレは顔を上げ、一秒前の嘆きを力一杯放り投げて、斉木さんに頷いた。
 オレをちらりと見て、目を逸らし、斉木さんはやれやれとため息をついた。

 

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