お買いもの
リボン。
バレンタイン鳥斉。
一度くらいはと、サプライズ仕掛ける側に回る斉木さん。

癖になる

 

 

 

 

 

 夏に商店街の縁日で鳥束から貰ったマグカップで、しっかり甘くしたココアを啜る。
 うむ……至福。
 取っ手の大きさが絶妙で気に入っている。量も丁度いい。実に良い貰い物をした。

 

 季節は現在、冬のただなか、一年で一番寒いという二月の初め。
 鳥束は例の日に向けて、何やら奮闘中らしい。
 ほうほう、口寄せでレッスンを受けているのか、アイツにしちゃ珍しく努力しているな。
 というか初めてではないか、そんな事をするのは、
 さて、当日どんな美味いものが貰えるか、今から楽しみだ。
 それにしても、起きている間中発動するテレパシーは本当に厄介だな。
 蓋を開ける楽しみなど、生まれてこの方味わった事がない。
 とはいえ、奴の作る味に期待する楽しみは残っている。気持ちを受け取る楽しさもだ。
 日々積み重なって、崩れんばかりの大きな山になってもまだ寄越される気持ちに埋もれて、悪い気はしない。
 さあ鳥束、どんどん練習して上達しろよ。
 お前の味を楽しみに、僕は日々を過ごしているぞ。

 

 僕の中に飛び込んでくるのは、鳥束の声だけではない。
 例の日に向けて張り切る全ての女子の、焦りと楽しみの感情が日々流れ込んでくる。
 それらを毎日のように聞いていると、ご苦労さんという感想の他に、自分の中にも似たような焦りめいたものが生じてくるのを感じた。
 いや、僕は作る側じゃないぞ、だのに何故こんなソワソワした気分になるのだろうか。
 どうしてこんなに、楽しみに待っていてほしいという気分になるのだろうか。
 何も作る気などないというのに。

 

 食べる楽しみは知っている。
 人から貰って、嬉しいという感情だってある。
 だから――だが、こんなの柄でもないし、何より面倒なのだが、どうしてか気持ちは消えなかった。
 鳥束や、彼女たち同様に焦りと期待を心に抱え、例の日に向けてそわそわ過ごす。
 ああめんどくさいな。
 だが、たまには面倒な事をするのも、悪くないか。
 僕は適当にネットを漁った。

 

 例の日当日。
 鳥束が、ケーキを手にやってきた。
 すべてが丸見え筒抜けなのも構わずに、喜んでもらおうと張り切った集大成を大事に抱えて、不安と期待に胸躍らせやってきた。
 部屋に通し、箱を開く。
 開ける前からわかっていた箱の中身。
 どんとばかりに現れた、ハート型のチョコを三つも飾ったハート型のチョコレートケーキに、いっそ感動すら覚える。
 お前らしく、ストレートにきたな。

 

 ケーキ表面の、艶やかなチョコの具合も中々上出来じゃないか、よだれが出そうだ。
 こいつは、コーヒーによく合いそうだな。
 僕は、例のマグカップではなく客用のコーヒーカップを使用し、まずはひと口、味わった。
 うん……うん。
 口もきけない、テレパシーを送る事も出来ないほど、頭の中が幸せで一杯になる。
 鳥束は、僕のそんな表情で苦労が報われた事を察したようだ。寸分違わずに。
 お前とそういう仲になるのは実に癪だが、言わずとも通じるのは面倒がなくていいな。
「良かったっス……」
 鳥束はふにゃふにゃと肩から力を抜いた。なんでも、頼ったパティシエが随分厳しい人だったようで、数えきれないほど怒られましたと、苦労話を披露して聞かせた。
 憑依でコツは教えるが、作るのはあくまでお前自身だと突っぱねられ、何度も泣かされました。
「おかげで、斉木さんのいい顔が見られたんで、感謝感謝っスよ」
 今丁度横にいるのか、鳥束は何もない空間に力強く親指を向けた。向こうも笑顔でねぎらっているだろう事は、鳥束の表情と思考を読んでわかった。
『いや、実に素晴らしい。これっきりで終わらず、これからも色々学んだらどうだ?』
 僕の為に。
 たちまち鳥束は渋い顔になった。そんなに厳しいのか。
「ものすげえ飴と鞭っスわ。作りますけど、しばらくは勘弁願いたいっス」
『そいつはお疲れだったな』
「もうマジですごいのなんの、全然妥協がねーし、さすが職人っスわ」
 鳥束の思い浮かべる最中の様子が、切れ切れに僕の中に入り込んでくる。怠け者のコイツが大げさに言ってるだけだろうと思ったのだが、本当に厳しかった。
『お前、こんなスパルタによくついていけたな』
「そりゃもう、斉木さんの為っスもん」
 思わず感心すると、鳥束は胸を張って応えた。
 喜んでもらえるのが、一番ですし。
 まあ、僕にだってその気持ちはあるので、そろそろ渡す頃合いと、用意していた品を部屋に移動させる。
 机に用意していた小額紙幣と入れ替わりに現れたマグカップを見て、鳥束は目を瞬いた。
 リボンを巻くかどうするか、最後まで迷った。だが、やるならやはり徹底的にだろう。滅多に行かない雑貨屋にまで足を向け、幅の広いの細いの、キラキラしたもの、柄のもの、数多あるリボンに混乱しつつ買い求めた。
 そいつをマグカップに巻いて、洒落た形に結んで見てくれを整え、完成させた品を、鳥束に手渡す。
『お前にだ』

 

「……え?」
 鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにこの事か。
 鳥束は頭の中でしきりに、何だこれ何だこれと繰り返していた。
『チョコレートプリンだ』
「はあ……え?」
 カップの七分目まで詰まったカフェオレ色のチョコプリンを見ながら、相変わらず鳥束は何だこれ何だこれと混乱していた。
 心底驚くと、人はああなるのか。勉強になるなと、僕は冷静に観察した。
「え、なんです? え?」
 何ですじゃなくて、お前にやるバレンタインの贈り物だよ。そろそろ現実逃避から戻って、受け入れてほしいのだが。
「えー、だって、えー!」
 うるさいよ、僕が作っちゃいけないのか、お前にやっちゃいけないのか。
「い、い……いけなくないですよ!」
 だったら、いつまでも騒いでないで喜ぶ顔の一つくらいしてみせろ。
「えー…だって、えー、これ…斉木さんが、これ……オレに」
 おいちょっとまて、お前のその顔、恋人からの意外な贈り物をもらって喜ぶ顔じゃないぞ、子供から初めて手作りを貰うお母さんの顔だぞ。
 なんなのコイツ。
「うわ……食べるのもったいないな」
 いいから食べろ、むしろ早く食べてくれ。なんだかとてもいたたまれない気持ちになってきたぞ。
 サプライズなど柄にもないから、さぞ恥ずかしい思いをするだろうと覚悟はしていたが、まさかここまでとは予想もしていなかった。
「いただきます、斉木さん」
 少し涙ぐみ、満面の笑みで鳥束はスプーンを手にした。
 お母さんの次は乙女か。もうやだコイツ。
 こんなに喜んでもらえるなら、またやりたくなるじゃないか。コイツの驚きようは、なんというか、癖になる。

 

 鳥束の頭の中で、喜びが次々と弾ける。それはさながらポップコーンのようで、軽やかに舞い上がっては僕に全部降り注いだ。
 うるさい、本当にうるさい。
 払っても払っても降り注いできりがない。いい加減諦めて、僕はケーキを口に運んだ。
 こんな面倒で恥ずかしいものもう二度と御免だと思うのに、その端からもう来月の企みを頭で捏ねているのだから、僕も大概だな。

 

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