お出かけ
鳥束君で遊ぶ斉木さん。
25巻を少し絡めて。

ともし火

 

 

 

 

 

「週末になったら、駅前通りのイルミネーション、見に行きませんか」

 

 まもなく冬休みを迎える週半ばの昼時、のんきな顔で鳥束がそう誘ってきた。
『死ぬか殺されるか、どちらがいいか選べ』
 そう迫ると、どっちも嫌ですと言うものだから、じゃあこの話は終わりだと僕は打ち切った。
 たちまち鳥束は、悔しいのか悲しいのか複雑な顔になり、視線をテーブルに落とした。
 鳥束の魂胆はわかっている。先日起きた…起こしたゴタゴタのわだかまりを解消する為に、誘ってきたのだ。
 イルミネーションでいい雰囲気になったところで、先日の件を謝ろうというのだが、考えるだけでうんざりする。
 まず、寒い。これはかなり大きい。
 それに人ごみは好かないし、そういったものを楽しむ気は僕の中にはない。
 謝りたいなら、今ここで聞いてやるからとっとと言え。
 もう許している…というかそもそも怒ってないしな。
『だからイルミネーション見物は無しだ』
 わかりましたと、渋々ながら鳥束は納得した。
 この時点では。
 一旦は。

 

 しかし週末、諦めきれずにいた鳥束が家まで誘いに来た。
 母を通せば僕が断れないと学習しての事だが、残念だが鳥束、僕はその三十分前に出掛けているんだ。
 実際は、出掛けてすぐ自分の部屋に瞬間移動で戻っているがな。
 お前の魂胆などお見通しだ。あの日の帰り、この計画を頭の中で密かに立てた事に気付かないほど、間抜けじゃない。
 まったく、断ったのに家まで誘いに来るとは、本当にしつこい奴だ。
 あの日も言ったように、許しているしそもそも怒ってないというのに、なんなんだよお前。
 少し報いを受けてもらおうか。
 明かりを消した暗い部屋の窓から鳥束を見下ろし、奴の姿が周りに女性に映るよう、催眠をかける。
 そら、困れ。

 

 駅前に差し掛かったところで、ナンパ目的のひょろっとした男に声を掛けられ、鳥束が大いにうろたえる。
 目論見通りの展開に、物陰でひっそりとほくそ笑む。
 鳥束は初め、男に声をかけるなんてコイツいかれてんなと、ひたすら気持ち悪がっていた。
 自分を棚に上げてよく言うな、鳥束。
 相手の言動から、自分が向こうに女性に映っている事に気付き、そして、僕の仕業だと答えに行き着いた。
 予測していた通りの速さだな。
 斉木さん、と困った様子で呼びかけられるが、お前ならそんなもやし男の一人や二人、憑依を使わずとも簡単に蹴散らせるだろ。
 自分でなんとかしろ、助ける気はないぞ。
 さっさとやれと少し苛々しながら見守っていると、予想に反して、鳥束はおろおろしながら立ち尽くすばかりだった。
 そうやって振舞えば、ほだされて僕が助けに入るだろうと計算しての事ではない、本当に弱り果て、僕の助けを求めていた。
 心から謝罪して、助けを求めているのだ。
 そうされては、僕だって、お前と同じように非情になり切れない。
 まったく、腹立たしい。
 何がこんなに苛々するのだろう。

 

 思い通りに動かない鳥束に苛々する。
 見ているだけの自分にか苛々する。
 ナンパ男に苛々する――。

 

 今にも鳥束に触れそうなナンパ男の指を遠隔で掴み、折れるギリギリまで捻ってやった。
 突如襲った原因不明の激痛に、ナンパ男が痛い痛いと喚きを上げる。
 その隙に鳥束は逃げ出した。出来るだけ遠ざかりながら、僕に呼び掛ける。
(斉木さん、どこっスか? ねえ斉木さん! 今の斉木さんでしょ、どこにいるんスか?)
 探さなくていいから、さっさと帰れとテレパシーを送る。
(……やっぱりこの前の事、怒ってるんスね)
 違う。お前がしつこく家まで誘いに来るから、その仕返しだ。
(でもだって…こんなに綺麗なもの、一緒に見なきゃ損じゃないっスか)
 ……じゃあ、もう見たからいいな
(え、近くにいるんスか? どこです? ねえ斉木さん、意地悪しないで出てきて下さいよ)
 いいから帰れと言ってるだろ
(やっぱり怒ってるんだ……そっスよね本当にごめんなさい斉木さん、なんべんでも謝りますから、お願い出てきて……)
 その場に立ち尽くし、鳥束はしくしくと泣き出した。
 アイツ、何で時々ああして乙女モードになるんだろうな……。
 さっきと同じく、鳥束の脳内が僕への懺悔で埋め尽くされる。ひとかけらも打算などなく、隅から隅まで後悔の念で塗りつぶされていた。

 

 だったら、あの時調子に乗らなければよかっただろうが。
 アイツの誘いに乗ったりしなければ…今更言っても遅いか。
 鳥束がどんだけ調子に乗りやすい人間か知っていて、それでも僕は奴を選んだのだったな。

 

『右だ、鳥束。さっさと来い』
 周りの人間が見かねて声をかける前に、こっちに来いと誘導する。
 僕の姿に気付いた途端、鳥束の顔がぱあっと輝く。
「一緒に行きましょう、斉木さん」
 女の姿にかこつけて、手を伸ばしてくる。
 今なら、手を繋いでも周りにはカップルとしか映らない、こんなチャンスもう二度とないだろうからと、脳内で大はしゃぎしている。
 泣くほど追い詰めた人間に、よくまあそんなに晴れやかに笑顔を向けられるものだな。
「だって、オレが悪いんですもの。それより斉木さん、デートしましょ」
 浮かれ踊る鳥束の脳内に、ついつい引きずられる。
 ため息をつきつつ、鳥束の手を取る。その途端、さっきから心に渦巻いていた苛々が、嘘のように飛び散った。

 

 家までしつこく誘いに来た分のお返しは、ナンパ男にうろたえる姿で帳消しになった。
 僕を見つけられず、泣くまで追い詰めた分を、返すとするか。

 

「寒くないっスか、斉木さん」
 寒いと返ってきたら、即座に抱き着いて温めてあげようなんて考えながら聞いてくるような奴に、返す言葉といったらこれしかない。
『死ねクズ』
「もー斉木さん、こんなに綺麗なんだから楽しみましょうよ」
 そう言われても、これっぽっちも楽しくないんだよ。
 お前の脳内はうるさい事この上ないし、周りも悲喜交々で騒々しいし、楽しめる要素などほんのわずかしかない。
 ドロドロと渦巻く声を聞くのはつらいんだ。
 いつまで経っても慣れやしない。
 こんなものに慣れたら、僕はきっと終わりだな。

 

 もしも僕以外に超能力者がいたとしたら、そんなに嫌々出歩くなら家に引っ込んでろと、うんざりするだろうな。
 そんな詮無い事を考える。
 自分だって出来るならそうしたいところだ。
 コイツさえいなきゃ、一歩も家から出る事はなかったのに。

 

 隣から流れ込んでくる、幸せ一杯の鳥束の声に少しだけ救われる。
 どのイルミネーションよりも煌々と光りやがって。眩しいんだよ馬鹿が。
 あんまり眩しくて目がつぶれたらどうしてくれる。
 それでも、コイツの灯りだけはきっと見えるのだろうな。
 だからもし目が見えなくなったとしても、コイツのともし火を頼りに歩けば、絶対に迷う事はないだろう…下らない考えが頭を過る。

 

「来年もまた、一緒に見たいっスね!」
 喜び一色で埋まった鳥束の脳内。
 来年も再来年も、その先もずっとお前のその声が聞けるなら、頷いてやってもいい。

 

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