お出かけ
書けないけど書きたかったサイキッカーズ。書いたったらあ!
四人で集まって、遠慮なくワーワーギャーピー騒いだら、絶対楽しい。

どこまでも易い

 

 

 

 

 

 まもなく昼休みである。
 オレは隣のクラスに向けて、お昼一緒にしましょうと呼びかけた。
(斉木さん、今日はお弁当? それとも学食?)
 弁当持参と返事があったので、じゃあ屋上か中庭でどうですかと続けた。
 最近すっかり春めいて、何はなくとも心がウキウキ弾んでくる。せっかくの昼時だ、中にこもってないで、外の爽やかな空気を感じたいものだ。
『屋上、お前抜きで』
 ちょ、斉木さーん、何そのチーズバーガーピクルス抜きで、は!
 オレが一番重要な部位なんだから、抜いたらダメっスよ。
『っち』
 もう、舌打ちめっ。
(まあいいや、じゃ屋上でお会いしましょう)
 まったく、お昼に誘うのもひと苦労だよあの人は。
 そんなところも、可愛いんだけどね。
 昼休みまであと五分。
 オレはにやにや緩んだ顔で時計を見つめ続けた。

 

 終礼の鐘と共にオレは弁当片手に教室を飛び出し、屋上への階段を駆け上がる。
 さて、斉木さんはどこかな。
 といっても、大体はこの階段室の陰になる部分が定位置なんだけど。
『右に曲がって、30メートル先だ』
 そう思ってると、珍しく、いや初めてか、方向案内なんてされるのは。
 オレはその指示に従い、歩き出した。そしてすぐに斉木さんの意図を察した。
 右に曲がってそれだけ進んだら、屋上のフェンスを越える、つまり地上へ真っ逆さまだ。
 つまり――死ねと。
(もう、斉木さん……こらー!)
 オレはいつもの場所に向かい、そこで先に弁当を広げている斉木さんに握った拳を振り上げた。
 オレの姿を見た途端、斉木さんは残念そうに唇を曲げた。
『駄目か』
「ダメっスよ!」
 オレは、形ばかりぷりぷり怒って斉木さんの隣に座り、弁当包みを開いた。いただきますと両手を合わせる。
 春の爽やかな風を感じながら弁当を口に運ぶと、たちまち気分は良くなり、なんでもないけれど斉木さんに笑いかけたくなった。
 もちろん斉木さんはオレの方は見ないし笑い返さないし、むしろ顔を背けるけど、それがかえって居心地がいい。
 いつも通りに過ごせるのは、本当にありがたい事だ。

 

 二口三口と食べ進めていると、斉木さんが呼びかけてきた。
「はい、なんです?」
 何やら考え込むようにオレの顔を見つめるものだから、ちょっとどぎまぎしてしまう。
『よし、土曜日空いてるな』
 なるほど、それを視てたんスね。というか斉木さん、もう少し言葉でやり取りしましょうよ。オレは思わず苦笑いを浮かべた。
「どこ行くんスか?」
 尋ねると、ここだと一枚の割引券が差し出された。
「へえ、スイーツビュッフェ……隣町のっスか。了解、お供するっス」
 オレは券にざっと目を通し、斉木さんに返した。
「けど斉木さん、そこって野郎二人でも入れてくれるんスか?」
『入れるが、男女のカップルで行く』
「……え、て事は斉木さん、あの例の女の子になってくれるんスか!」
 オレはたちまち顔を輝かせ、期待の眼差しで斉木さんを見た。
 しかし斉木さんは即座に首を振った。
『いいや。催眠で周りにお前が女性に見えるようにする』
「なんだー、オレ、ちょっと期待しちゃったのにー!」
『残念だったな』
「ほんと残念スよ!」
 なんて、実際のところ言うほど残念じゃないですけどね。
 斉木さん♀もいいけど、やっぱりオレは、アンタが好きだし。
 土曜日か、楽しみだな。
 斉木さんのうっとりモニュモニュがたくさん見られるのか…待ち遠しいな。

 

 土曜日当日、待ち合わせ場所は隣町の駅前、時間は……よし、五分前だ。
 オレは時刻を確認し、改札の方に向き直った。
 次の電車で到着するかな、斉木さん。
 心待ちにしていると、どこを見ている、とテレパシーが飛んできた。
(え、どこって、どこ……斉木さんどこ?)
 どうやら先に到着していたらしい。オレは振り返り、辺りを見回した。
(ええー、ちょ……斉木さん!)
 信号を渡った先のコンビニ脇で、何やらかじっている斉木さんを見つける。遠目で詳しい商品まではわからないが、かじっているそれがスイーツである事は明白だった。そうでなければ、あんなに顔がとろけるはずがないからだ。
(ちょっとちょっと、何やってんスかアンタ…これからスイーツビュッフェ行くっていうのに!)
『今日までの限定品だからな』
 食べないという選択肢はないと、斉木さんは胸を張って云ってきた。
(食べ放題が入らなくなっても、知りませんよ)
『そんなわけないだろ』
 オレは信号が青になるまで待って、急いで斉木さんの元へ駆ける。傍まで行って、食べているのがシュークリームだとわかった。
「もー……アンタって人は」
 スイーツの事となると見境なくなるのはわかっていたはずだが、それでも呆れてしまう。笑ってしまう。
『おい鳥束、言葉遣いと仕草にもう少し気を付けろ』
「えっ……ああ!」
 機嫌を損ねるような真似をしてしまったかとひやっとしたが、斉木さんが言うのは催眠…つまりオレは今女性である訳で、そこを忘れずに行動しろ、ということだ。
 そうだった。すっかり忘れて普段通りの格好つまり、男物を着ている訳だが、その辺りはどうなのだろう。
『そこは問題ない』
 ならば安心だ。ところで、オレ今どんな女の子になっているんだろう。
 斉木さんの好みが反映されてるのかな。
『いいや、特定の顔を貼り付けた訳じゃないからな。見た人間の好みが反映されるようにした』
「というと?」
『そいつにとって好みじゃない顔、というのを貼り付けた』
 じゃあオレ、今、斉木さんの目には好みじゃない顔で映ってるわけ?
『僕には、いつものお前の顔だ』
 いつも通りのお前だと、斉木さんは斜めに見やってきた。その冷ややかな視線にオレは少々複雑な気持ちになる。まあでも、好みじゃない顔が見えるよりは、いいかな。
 斉木さんからしたら、すぐに透けちゃうからどうでも変わりないかもしれないけど、それでも数秒の間に見えるのが好みでないものよりは、いいよな。
 まだ、斉木さんはオレを見ていた。何かを言い含んだ眼差しにオレはわずかに顎を引いた。
『じゃあ行くぞ』
 斉木さんは食べ終わったシュークリームの袋を屑籠に捨てると、目的地に向かって歩き出した。はあいと、出来るだけ女の子っぽく返事をして、オレも後に続く。

 

 いざ入店。
 斉木さんと付き合うようになって、それまで立ち入った事のないお洒落なカフェに足を向けるようになり大分慣れてきたが、それでも今日はなんだか緊張してしまう。
(斉木さん、オレ、本当に女の子に見えてるんスよね? 大丈夫っスよね?)
『大丈夫だ心配ない。だから、同性同士の気安さにかまけて女性客をジロジロ見るんじゃない。帰るまで目玉預かっとくか?』
(ひぃっすんません!)
 即座に正面に顔を戻す、斉木さんの嫉妬心を刺激してしまった、反省反省。
『誰が、何だって?』
(なんでもないです……)
 そういうところが、と浮かぶが、これ以上斉木さんの逆鱗に触れるのは避けたい。楽しくやりたい。オレは急いで別の事に集中した。
 でも結局緩んでしまって、斉木さんから冷たい視線を向けられるのだが。

 

 通された席は、眺めも素晴らしい窓際の二人掛けテーブルだった。
 けれど斉木さんには良い眺めなんて二の次、目はすっかりスイーツに釘付けだ。そしてオレは、そんな斉木さんに釘付けだ。
 さっそく突撃する斉木さんの後について、オレも、食べられそうなものはあるか物色する。
 イチゴフェア開催中という事で、見渡す限り瑞々しい赤で溢れ返っていた。
 オレはその中から、タルトと、ゼリーっぽいのと、プリンを選び、皿にのせてテーブルに戻った。
 ほどなく斉木さんも戻ってくる。
 より取り見取りのスイーツを好きなだけ、大きな白い皿に綺麗に乗せて、斉木さんはまずそこで至福の微笑みを浮かべた。
 テーブルに運んで、いただきますと食べ始める斉木さん。
 オレも幸せ最高潮だ。
 ふと周りを見渡す。へえ、結構カップルもいるんだな。
(みんな仲良さそうに食べてんな……あ、あそこであーんとかやってるし)
『死ぬか?』
(まだなんも言ってないっスよ!)
 突然の殺伐さに、オレは背筋も凍る思いだった。
 とほほとしょぼくれ、自分のイチゴタルトをつつく。
 うん、美味い、さっぱりした甘さが後を引く。
 正面には、もっと甘い極上の笑みがあって、しかしオレはそれが大好物で、その甘さならいくらでもお替りできるのだ。
 とはいえやはり、どうしても周りが気になってしまう。
 あっちでまーくん、こっちでひろくん、そっちではりんりん?とか、お互い愛称で呼び合ってて、いいねえ。
 仲がよろしい事で。
(てことで斉木さん、オレもそろそろ、名前呼びとかくーちゃんとか変えてもいい頃じゃ?)
 なんで俺だけ斉木さん呼び?
『お前に呼ばれるのだけは死んでもごめんだ。呼んだら殺すからな』
 ひでぇ!
 まったく、顔はスイーツで極上にとろけてるのに、よくもそんな冷え切ったテレパシーを送れるものだ。
『大体、お前は僕の忠実な下僕だろ』
「え……ああ、まあそうですけど」
『自分でそう書いたんだから責任持て。それに、ちゃんと証拠は取ってあるぞ』
(うぐぐ……てか斉木さん、あの手紙まだ持ってるんスか? 取っておいてくれてるんスか?)
 とっくに捨てられたものと思っていたのに、ちょっと驚きだ。
 そういうのって、なんだか…そう、嬉しいに近い感情だ。
 そうか、オレってこういうの嬉しく感じるんだな。自分の事ながら知らなかった。
 あの手紙自体は、今にして思えば何ともこっぱずかしくて燃やしてくれと思う程だが、それと同時に嬉しさがあり、ついつい顔が緩んだ。
 へらへらと斉木さんに笑いかけた時、つま先で脛を蹴られた。
「いたっ! 何スか」
 そんな蹴らなくてもいいじゃないっスか。燃やしてくれってのはあの手紙の存在が恥ずかしいなって意味で、内容を無しにしたいて意味じゃないっスから、蹴らないで下さいよ。
 そう思いながらちょっと睨むと、斉木さんはまるで苦虫を噛み潰したような顔でオレに皿を突き出してきた。
『お替りだ。同じものを取ってこい』
「えぇ……いいスよ」
 はいはい、下僕ですからね、ちゃんと取ってきますよ。一つとして間違わずにね。ちゃんと見ましたからね、斉木さんがどれを取ったか、一つ残らず。
『早く行け』
「わかりましたよ」
 オレは皿を手に立ち上がった。
 そんなに急いで追っ払わなくてもいいじゃないスか。
 行きかけて、オレはちらりと振り返る。思った通り斉木さんは、赤くなった顔をごまかす為に頬杖付いて、窓の方へ顔を向けていた。
 もう、そんなわかりやすい態度取らないで下さいよ、オレにまで赤い顔が伝播して、困ってしまうじゃないっスか。
 戻ってくるまでに、収まってるといいなあ。

 

 一口サイズのケーキでも、皿にこれだけのせると結構重たいもので、オレは慎重に運んだ。
 その時同じ窓際のテーブル席の女性が、斉木さんにちょっかいかけてるのが目に入った。
 何かを尋ねられてるとかスイーツの話題で盛り上がってるとかじゃなく、明らかに男女の絡みで、わかった途端オレは頭にカッと血が上り急いで斉木さんのもとに戻った。
 だがすぐに、その女性が誰なのかわかった。
「!…ね!」
 あまりの衝撃に皿を落としそうになる。実際、手が震えて落ちかけた。斉木さんが見えない手を貸してくれたお陰で、危うく難を逃れた。
 口からはじけ飛びそうになった言葉を慌てて飲み込み、オレは目をひん剥いた。わが目を疑った。
「今頃気付くとか、アンタどんだけ楠雄しか見てないんだよ」
 その女性が相卜命…姐さんだと認めたくないオレは、何度も目を瞑っては開き、夢であってくれと願った。しかし、身体をこちらに向けてけらけら笑う声はまさに姐さんのもので、どんだけ瞬きしても消えてはくれなかった。
「僕もいますよ」
 そして同席者は明智だった。軽く上げた手を振って、挨拶してくる。
(はああぁー……なにこれ、何これ何なのこれー!)
 オレは椅子に腰かけると、喉に殺到する言葉をどれから出そうか口をぱくぱくさせながら斉木さんを見やった。
『今日のチケットは、相卜から譲ってもらったものだ』
 斉木さん、そういう事はもっと早く言って下さいよー!
 オレは、背中にじわっと浮かぶ嫌な汗に顔をひきつらせた。
「てか、いつ気付くかずっと見てたのに、アンタ全然こっち見ないのな」
 どんだけ楠雄一筋よと、姐さんがこちらのテーブルにやってきてオレを笑う。
「なるほど、くすお君はこういう女性が好みなんですね」
 明智もやってきて、オレの顔をまじまじと眺めた。
「てか楠雄、こういう子が好みなん?」
 ちょっと微妙だと、姐さんが正直に顔に出す。そうか、催眠は二人にも効いているのか。微妙だと言われオレも微妙な気持ちになる。オレの顔はどうでもいいが、斉木さんの好みを勘違いされるのは面白くなかった。
「好みじゃない顔に見えるよう、細工してるんスよ」
「なに、そうなん?」
 斉木さんはまるで関心がないのか、姐さんの質問にぞんざいに頷くと、目の前のスイーツに集中した。
「……なるほどねー。アンタ、マジ愛されてんねー」
 そう言って姐さんがオレの肩を叩く。意味がよく飲み込めず、オレは曖昧に笑った。
 そこで明智が、今日の計画の発端から始まりペラペラペラペラ、よく動く口で淀みなく言葉を紡ぎ、周りの空間を埋める勢いで喋り続けた。
 途中途中姐さんが、いい加減うるさい、黙れと合いの手のように挟むが、それでも明智のお喋りは止まらない。オレが口をはさむ暇もない。
 斉木さんは一人黙々と、まるで別の時間が流れているかのように、イチゴ尽くしの皿を楽しんでいる。
 いつ息継ぎしてるんだコイツ、って喋りに段々耳がおかしくなってきたが、明智と姉さんの絶妙なかけ合いと、自然と引き出されるオレのツッコミと、噛み合ってないようで息が合っていて、次第にそれが悪くないと思えてくるから不思議だ。
 思えばオレ、学校の人間とこんな風に過ごした事って、なかったな。
 なんか――楽しいな。
(斉木さん、ありがとうございます)
『勝手に感謝するな、僕は知らん。発案者でチケット主の相卜にでも感謝しろ』
(えー、姉さんにぃ?)
 それはちょっとやだなぁ。
 姐さんをちらっと見てからしかめっ面をしたのが、明智の目に留まったのが、運の尽きだった、
 今のはどういう心境でどうだこうだ的確に言い当てられ、オレは戦慄を覚えた。
「なんだよチャラ男、なんその顔」
 姐さんには睨まれるし蹴られるし、明智はがんがんぐいぐい来てこえーし、斉木さんはスイーツに夢中で全然気にしてくんないし、もう何スかこれ!
 周りのみんなは甘い空間楽しんでるのに、なんでオレだけこんな激辛?

 

 はあ、まったく…オレはしょぼくれて、ぼそぼそとプリンを口に運ぶ。
(あ、これ…結構美味いな)
「斉木さん、プリンはもう食べました? まだなら、持ってくるっスよ」
 自分もこれならもう一つ入りそうなので、一緒に取ってきますよ。
 そう呼びかけるが、斉木さんは素っ気なく首を振るだけだった。
『いい、自分で行く』
 そしてさっさと席を立って、行ってしまった、
 ……うーん、みんなといるからか、いつも以上につれない。
「なになに、喧嘩中とか?」
 姐さんが野次馬根性で乗り出してきた。
「いや別に、いつもこんなもんスよ」
「いつもこんなとかウケる、あはは。アンタよく調教されてんじゃん」
「なんてこと言うかな!」
 明智まで興味津々で聞いてくるしまったく……ほっとけ。
 オレは両手で耳を塞ぎ、わー、わーとしらばっくれた。
『騒がしいぞお前ら』
 そこに斉木さんが戻ってくる。
 もとはといえば、斉木さんがスイーツに夢中になって、オレをほったらかしにするから悪いんであって……。
 ちょっとばかり拗ねた気分になっていると、お替りしたいと思っていたプリンがすっと目の前に置かれた。
『これをやるから静かにしろ』
「え、あ……あざっス」
 さっきと変わらず素っ気ない態度だけど、オレを見る目はとても優しい。
 にやにやと二人が見てくる。
 いいだろ。いいだろ、いつもこんな感じっスよ。
 オレは少し自慢げに胸を張り、プリンを口に運んだ。
「なんだ、アンタが楠雄の事よく調教してんのか」
「だからなんて事言うかなもう!」
 姐さんもう勘弁して!
『うるさいぞ鳥束、静かにしろと言ったろ』
(なんでオレだけ!)
『お前らも自分の席に戻れ』
「はいはい。じゃねチャラ男、こんどお返し何か寄こせよ」
 持ってこなかったら承知しないからなと重ね、姐さんと明智は戻っていった。
 オレはほどほと弱り果て、逃げるようにプリンをかっ込んだ。
 向かいで、斉木さんも同じプリンを食べている。ゆっくりひと口ずつ、楽しんでいる。オレは気を取り直し、斉木さんと同じペースで手を動かした。
 たちまちいい気分になるなんて、オレはどこまでも易い。
 でも、たまにはこんなのも楽しいな。
 ねえ斉木さん、今度は二人で来たいけど、四人でこうして集まるのも、良いものっスね。
 そんな希望を込めて目配せする。
 いつもなら素っ気なく逸らされるところだけど、この時の斉木さんは、まるで頷くみたいに目を伏せてそっと笑った。

 

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