恋愛お題ったー
https://shindanmaker.com/28927
より
「夜のカフェ」で登場人物が「選ぶ」、「指輪」という単語を使ったお話を考えて下さい。
とのお題を頂いたので、ひとつ、挑戦。
初夢初笑い初おっふと同じ世界線の鳥斉です。
・15号
「こちらのケーキでよろしいですか」 白い箱に詰めた三つのケーキがお客に見えるよう掲げて、オレは確認する。 はいとの返事を合図に、オレはにっこりして会計に移る。 滞りなく金銭授受したら、丁寧に優雅に箱を渡して―― 「ありがとうございました、またお越しください」 帰ってゆくお客に軽く頭を下げる。 今オレがいる場所は、駅から徒歩五分ほどのところにある落ち着いた雰囲気のカフェ。 ここで週に三回、午後の講義がない曜日に二十時までのシフトでバイトをしている。 業務内容は主にホールでの接客と、今みたいに店内で提供しているケーキ類の販売。結構繁盛している。 スイーツ好きの女の子たちが、ショーケースの向こうで目をキラキラさせながらケーキを選ぶ。オレはそれを内心ニタニタしながら眺める。 甘いものは女の子みんな、大好きだもんね。そしてオレは可愛い女の子が大好き。 可愛い女の子が大好き。 そこは相変わらずだけど、高校の時と比べてちょっと意味変わったかも。あの頃は顔の造りに非常に固執したけど、今はちょっと違う。女の子の笑顔は、みんな全部可愛いってわかった。 正直ちょっと器量があれれな子もいるけど、そんな子も笑顔は素敵、笑った顔ってみんな等しく可愛いんだってことに気付いた。 元から女の子好きだったけど、ますます好きになった。女の子はいいね、可愛いね。見目麗しい…くなくたって、嬉しそうに笑うのを見るのって、気分が良くなる。 このバイト選んで正解だ、この仕事選んで良かった。可愛い女の子の可愛い笑顔が沢山見られる、本当に最高だ。 そう、見るだけ。以前はお近付きになりたい、お付き合いしたい、そしてその女体に心行くまで埋もれたいなんて思ったものだけど、今は眺めるだけで満足してる。 そこも、変わった点かも。 ケーキを買う理由は様々だ。全国的な有名イベントから始まって、家族や友人の誕生日だとか、ちょっと差し入れとか、ふと食べたくなったからとか、本当に色々だ。 自分が食べたい、誰かに食べさせてあげたい、そういう気持ちでケーキを買いに来る。 そしてその時、人はみな必ずいい笑顔になる。ちっちゃい子もお姉さんもおばちゃんもおばあさんも、ボクちゃんからジジイまで、みんな目を輝かせるんだ。 甘いものの魅力というか魔力というか、すごいもんだよね。 嫌いな野郎どもの笑顔にゃゲーってなっちゃうけど、それでも、嬉しそうにするのを見るのは悪い気しない。 可愛い彼女と一緒に来て、彼女の横でニヤニヤしながら仲良く選んでるの見ると殺意が湧くけどさ。 しょうがないんだよ、これはもう理屈じゃないの、嫌いなものは嫌いなの。 あ、もちろん仕事中だから顔には出さないよ。それくらいの大人の対応はオレだって出来ますよ。 とまあ、相変わらずの女の子大好きで男嫌いのオレだけど、一人だけ、特別な人がいる。 この仕事選んで良かったと心から思う瞬間をオレにくれる人。唯一無二の存在で、オレの命そのものといってもいい。 こんなに毛嫌いしてるオレが好きになるような、命ささげるような相手だから、それはそれはさぞ立派な人格者と思うところだけど残念不正解。 その人とは高校時代からの付き合いだけど、出会いの瞬間からもう最低最悪で、多分ね、あの人にこんなに雑に扱われるのって世界でオレただ一人じゃねってくらいの待遇なんだけど、それでも、オレには特別な人なんだ。 この仕事に決めたきっかけはただ何となくで、単にバイト時間が丁度いいからってだけ。 それ以外は特に、全然頭になかった。時給もそこそこだし時間も丁度いいし、アパートからも近い、立ち仕事なのも人と接するのも大して苦に感じないから、軽い気持ちで面接受けてみたの。したらあっけないほどあっさり受かって、じゃあ来週からよろしくお願いします、てな流れだった。 その時は、こんな喜びが訪れるなんて本当に、全然全く想像もしてなかった。 その瞬間は、大抵バイトの終わり頃に訪れる。 オレの後を継いで、閉店時間までのバイトに入る子がやってくるその前後がそうだ。 今日はどうかな、来るのかな。 つい、ちらちらと店の外を伺ってしまう。 すると――。 「!…」 自動ドアをくぐりぬけて、件の人物は静かに店に入ってきた。 それだけでオレは天にも昇る気分になる。今日一日の疲れとか諸々が綺麗さっぱり吹き飛んでしまうのだ。 短めの濃桃の髪、眼鏡をかけて、服装は相変わらず地味で、この人を知らない奴からしたら「うわ暗そう」「聞き取れない小声でぼそぼそ喋りそう」って印象抱く事間違いなしの痩せ気味の男。 いやもしかしたら、そんな風に目に留まることもないかもしれない。ひっそりとしてて目立たないから、誰の印象にも残らないかも。 それは当人がそのように望んでいるし、そう受け取ってもらえるよう振舞っているのでそう思われたら願ったりかなったりなんだろうけど、でもオレからしたら、世界で一番素晴らしい人。一番大好きで何よりも大切にしたい人。世界一おっかなくて世界一優しい人。 その人は、オレと目を合わせる事無くまっすぐショーケースの前に立つと、少し迷った後、向かって右側のタルトを一つ、正面のケーキを一つ、選んだ。 小声でもないしぼそぼそ喋ることもなく、最低限の指差しと個数と『下さい』で、注文する。 ケーキを指差す度、左手に収まる控えめな銀の細いリングがキラっと光ってオレの目を引いた。 ああ、心臓がドキドキしてしまう。 オレは何とか抑えて「かしこまりました」と承り、用意した白い箱に手際よく二つを詰める。そして、いつもするように中身を確認してもらい、頷くのを見届けてから、会計に入る。 やっべ、はは、指が震えてら。 オレの大好きな瞬間。 その人が店に入って来た時。 ケーキの前に立った時。 選ぶのに迷う時。 決定して注文する時。 そうそうあと、指差しの時に光る指輪も忘れちゃいけない。 どの瞬間も、馬鹿みたいに大はしゃぎして喜びたいほど大好きだ。 何よりも好きなのは、ケーキの箱を渡した時。 『待ってるから、早く帰って来いよ』 注文以外では一切口をきかない目も合わせないくせに、去り際にこうやって目配せしてくるんだ。 そん時ね、本当にちょっとだけ、ニコっとするの。 その笑顔の優しい事といったら。 オレは世界で一番幸せ者だと思わせてくれる笑顔。 女の子の笑顔がみんな可愛く思えるようになったのって、やっぱり環境の変化が大きいかな。 高校の頃と比べて色んな事が大きく変わった。 それによってふらふら安定さを欠いていた気持ちもどっしり落ち着くようになって、物の見え方が、がらっと変わるようになったんだ。 あの人の存在が何より大きい。 オレはあの人のお陰で、今こんなにも楽しく毎日を暮らせる。 こんなオレを選んで、一緒にいる事を選んで、いつも新しい幸せをくれるあの人。 早く帰ります、終わったら脇目もふらずにすっ飛んで帰ります。 だから、もうちょっとだけ、待ってて下さいね斉木さん。 「ありがとうございました」 去っていく後ろ姿に挨拶する。 |
蛇足 交代の子が来たら、速攻で着替えて五分で帰ろう。そうしよう。 斉木さんがしてたのと同じ指輪をしっかりつけて、あの人が待つアパートに飛んで帰ろう。 ほらここ食品扱う店だから、そういったアクセサリー類はご法度なのよ、だから仕事中は指輪もピアスもきちんと外してんの。 鞄の内ポケット、ちゃんとファスナー付きのそこにしまってて、来たら外す、帰る時はつける。 斉木さんと同じ指輪を…あ、まずいまずい、考えるだけで顔が緩んできてるよこれまずいよこれ。 顔がおかしくなってるの見なくてもわかるよ、まずいまずい。 引き締め引き締め、と思えば思う程、笑いたくなるし泣きたくなるし大変だこれ。 まあそうなるのも仕方ないんだけどね。 というのもさ、指輪を作ろうって思い立った時に、斉木さんそういや号数いくつなんだろうってぶち当たってさ。 こそっと調べる?…いや、すぐに読心されておじゃんだ。 あの人そもそもそういうお揃いとか嫌いそうだからさ。 んで、あれこれ手段考えてる内にどんどん思考が行き詰っちゃってさ、何かもうえらい悲観的、どーせ受け取ってもらえないよ、そもそも作るとこまでいかないんだよ、って八方ふさがりの袋小路。 そんな感じでどんよりしていたら、僕は15号だった、って言ってきたのよ。 何がだって一瞬考えちゃって、答えがわかった時、廃ビルの屋上から一緒に帰った時の二番目くらいの衝撃が走ってさ。 笑っちゃうけど、オレ卒倒寸前だったよ。 そういった経緯があって出来上がった指輪を、受け取ってあの人、オレの薬指とくっつけて並べたんだ、 お揃いだ、当たり前だけどお揃いだって、面白そうに笑ったんだ。 初めて見る顔だった。 優しくて、可愛くて、あぁオレ生きてて良かったってしみじみ思ったね。 今でも、アパートにいる時はたまに、オレの薬指と並べるのやるんだ。 オレがすんげえ嬉しいのと同じくらい、斉木さんも嬉しがってるんだなってわかって、オレはますます人生に感謝する。 あの時屋上から引き返して本当に良かった。待っていてくれたこと、一緒に歩き出してくれたこと、斉木さんには感謝してもしきれない。 さっきから言ってる屋上ってのは、あー…数年前の事なんだけど、ちょっとこうオレなりに考える事があって、その考えるのがほとほと嫌になっちゃって、じゃあもう終わりにしようかなって廃ビルの屋上まで行ったのよ。 うーん、今思うと恥ずかしいね、恥ずかしいの極み、これが黒歴史ってやつなんだね。でも、これがあったからオレは斉木さんと一緒に歩き出す事が出来たんだよね。 何でかって言うと、結局飛ぶのをやめにして帰ろうとした時、斉木さんが待っててくれたから。何にも言わず、オレが自分で自分の考えに決着つけて引き返すのを待ってて、何にも言わないまま帰るぞって肩を並べてくれた。 だから今こうして斉木さんと一緒にいられる。思い出すのがくっそ恥ずかしい黒歴史だけど、これがなかったら今一緒にいなかったんだよね。 あそこから始まったんだ、オレと斉木さんの時間。 てわけで、オレが笑って泣きたくなる理由、わかってくれたよね。 さて、引継ぎの…おー来た来た。 今日の夕飯後のデザートは季節のフルーツのタルトか。うちの店でも結構人気高いんだよ、楽しみだ。 ケーキもあったけどあれは斉木さん用、だってコーヒー風味だしさ。だから、買う頻度高いんだよね。可愛いよね、ははは。 食べる時はもっと可愛いよ、普段のしかめっ面が嘘みたいにほんわか和んでさ、幸せだって顔で食べるんだ。 そしてオレはそれを見ながら、ああ幸せだって噛みしめるんだ。 早く会いたい。 オレは、時計とバックヤードとチラチラ伺いながら、一分一秒をもどかしく待った。 |