秋の色に

 

 

 

 

 

 翌日、これから日の出を迎えるまだ暗い時間。

 朝風呂を楽しみに早寝した三人がまずぱっと目を覚まし、布団から飛び出すや部屋の明かりを付け障子を開け、残りの三人に起床を促した。

 騒々しさにまくしたてられどうにかこうにか目を覚ましたコナンは、年長の博士よりもさらに年寄りめいた愚痴を零しつつのそのそ布団から這い出した。

 構わず三人は、意気揚々と引っ張り尻を叩く勢いでコナンを連れて温泉へと向かった。

 彼らの勢いに少々気押されつつ、博士と蘭が後に続く。

 日の出は、露天風呂から眺める事となった。

 遠く端の方から明るさがやってくる。空には雲一つなく、朝と夜が曖昧に溶け合って頭上を染めていた。

 普段は気にも留めない夜明けをのんびり眺めながら、コナンは大きなあくびを一つついた。

 それを、岩風呂の、適当に選んだ岩の上に座っていた時にしたのがまずかった。

 伸び上がったはずみで踵がつるりとすべり、しまったと思った時には、大きな水しぶきと共に露天風呂に飛び込んでいた。

 幸い周りに人はおらず、驚いた元太と光彦の叫び声もすぐに笑い声に変わった。

 下手に身体をひねったり、手をつこうとせずに無抵抗で倒れたのもよかった。

 どこも痛める事無く、コナンは博士に救出された。

 二人に笑われながら風呂を出ると、音と声を聞いていた蘭と歩美が心配顔で待っていた。

 コナンに代わって元太と光彦が説明する。

 面白おかしく誇張され、笑われるのさえ耐え難いのにとコナンは迂闊な自分を腹立たしく思いながら見上げると、困った顔で笑う歩美と、おっかない形相で腕組みしている蘭とが目に入った。

 

「あ、あの……ゴメンなさい」

 

 コナンは恐る恐る声をかけた。彼女のおまじないを笑ってしまったのがまずかったのだろうか。本当にバチは当たるものなのか。

 蘭は何を言うでもなく真っ向から睨み、サポーターをしているかどうか確かめると、やれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「まあまあ、蘭君……どこも痛めておらんし…髪もほれ、きちんと乾かしたから、カゼも引かんじゃろうし……」

 

 何を言わずとも蘭の怒気を感じ取った博士が、慌てて宥めにかかる。

 

「……まったくもう」

 

 小さく零し、蘭は右手を取るとしっかり握りしめて歩き出した。

 

「……怒られちゃいましたね」

「やっぱ蘭ねーちゃんおっかねえな」

「コナン君、ドンマイ!」

 

 三人は歩き出したコナンの後ろからそっと耳打ちした。

 茶化しながら励ます彼らに苦々しく笑い、コナンは大人しくついて行った。

 部屋までの道のり、二度ばかり蘭の顔を見上げおっかなびっくり様子を窺うコナンの姿を、歩美は優しく笑って見つめていた。

 

 

 

 朝食の時にはもう、蘭の機嫌はすっかりなおっていた。

 怒る時は曖昧にせず厳しく怒り、けれど長々と引きずらない。

 朗らかで優しく、時に強い蘭を、だから子供たちは好いていた。

 

「ねえねえ、食べ終わったら、中庭に行ってみない?」

 いいでしょ、博士

 

 きらきらと目を輝かせ、歩美は見上げた。

 

「いいですね、皆で行ってみましょう」

「楽しそうだな」

 

 光彦が賛同の声を上げ、続けて元太が乗った。

 昨日は到着が夜遅かった為、旅館の周りがどうなっているか分からずじまいだったが、実は広い庭園になっており、ちょっとした散歩が楽しめる小道がくねくねと伸びていた。

 そこを散策してみようと、歩美は提案したのだ。

 

「出発まで時間もあるし、朝の散歩もいいかもしれんのお」

 

 のんびりとした博士の返事に、歩美はやったと手を振り上げた。

 

「コナン君も行くでしょ」

「ああ、蘭姉ちゃんが迷子になったら、大変だからね」

 

 隣の蘭にちらちら目配せしながら、コナンはいたずらっ子の顔で笑った。

 

「……もう、コナン君てば」

 

 昨日の事をそれとなく持ち出されては反論のしようもなく、恥ずかしそうに顔を赤らめコナンを睨み付けるしかなかった。

 ぶつぶつと文句を零すも、思い思いに中庭の散策に出る時には、どちらが手を引かれているのか分からない態となって、歩く事となる。

 小道は、何種類も植えられた低木の合間を縫うように伸びていた。低木はそれぞれが綺麗に手入れされ、赤や黄に染まり秋の色を湛えていた。

 一本一本に名前の立て札があり、知っているものと初めて見る木と半々の道中を、歩美は博士らと一緒にそぞろ歩いていた。

 ふと顔を上げると、向こうの小道をコナンと蘭とが行くのが見えた。

 声は聞こえなかったが、コナンの言葉を聞き蘭が感心したように頷いているのを見るに、驚くほど物知りな彼の説明に聞き入っているところだろう。

 時にコナンがおかしそうに笑い、蘭がはにかんだ顔で横目に睨む。

 時に蘭が強い顔で笑い、コナンが慌てふためいて首を振る。

 眺めているとそれだけで幸せになり、同時に少し切なくなる。

 そしてそれとは別に、不思議な気分に見舞われる。

 先刻露天風呂からの帰りには蘭が保護者に見えたのに、今はコナンが保護者に見えるのだ。

 羨ましく思ってしまう仲ではなく、そういったものを超えた…自分と母親のような、家族のよう。

 うまく言葉で言い表せない、不思議なもの。

 

「こんなに赤くて美味そうなのに、食えねーのか……」

 

 と、真横から、元太の心底がっかりした声が聞こえてきた。

 耳にした途端歩美はふき出し、元太の言う赤い実を目にして、更に笑った。

 

「な、なんだよ歩美……」

 

 元太は照れながら不満の声を上げた。

 

「だって元太君、さっき朝ご飯三杯もおかわりしたのに!」

「その上食べ放題だからって、お皿何枚も重ねてましたよね」

「元太君は、いつでも元気じゃのう」

 

 四人の楽しげな笑い声につられて、コナンと蘭がやってきた。

 コナンは、元太の前にある赤い実を付ける低木と皆の様子から推理すると、蘭に耳打ちし、一緒になってくすくすと声を上げて笑った。

 

「秋は食欲の秋って…言うじゃねーか……」

 

 みんなして笑いすぎだと、元太はしどろもどろに言った。

 

「結構結構、それでこそ元太君じゃ」

 

 そう言って博士はおおらかに笑い、昼も美味しいものを食べようと、元太を励ました。

 

「そうだな、コナンの怪我が早く治るように、美味いもん一杯食おうぜ!」

 

 途端元気を取り戻し、元太は張り切って顔を上げた。

 

「食べましょう!」

「さんせーい!」

 

 とってつけたようだとコナンは渋い顔になるが、屈託なく笑う彼らには勝てず、やれやれと頬を緩めた。

 ふと、微笑んでいる蘭と目が合う。

 澄んだ空に輝く陽射しとよく似たそれを受け取って、コナンは小さく、頷いた。

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