チクロ

一緒に食べよう

 

 

 

 

 

 二人で庭に出て、ランチの準備に取り掛かる。取り出したクロスをテーブルにかけ、風で飛ばぬよう四隅に重しを取り付ける。
 ブルーやグリーンの、鮮やかなストライプ模様のクロスが目に眩しい。僚は気持ちが一気に高揚するのを感じた。
 四つ一組のクリップが取り出され、何に使うのかと僚は首をひねった。男が説明する為に口を開くと同時に、直感で閃いた。使い道は果たしてその通りで、洒落たティーポットの形のそれを一つ取り付ける度、わくわくはますます加速していった。作業の一つひとつが、楽しくてたまらない。
 ぴったりとクロスをかけると、神取は中央に小さめの白い花瓶を置いた。

「………」

 僚は目を見張った。生けられた花々は、庭に咲く花を摘んだものだと男は言った。

「思い切り楽しもうと思ってね」

 こういった演出も、大事な一つだ。
 男の言葉に、僚は声もなく頷いた。一杯に太陽を浴びてのびのび育った、赤やオレンジ、黄色の花が、目に眩しい。丸い筒状の、なんの変哲もない白い花瓶に、色とりどりの花はよく似合った。こんな憎たらしい事をさらりとやってのける、本当にすごい男だ。
 ピクニックトランクを開け、いよいよサンドイッチづくりに取り掛かる。
 互いの前に、真っ白な皿とナイフフォークが並べられ、僚は今にもはしゃいだ声を上げそうになった。慌てて飲み込む。その代わり、てきぱきと動く男の顔をじっと見つめた。手際の良さにしばし見惚れる。
 木目の綺麗なカッティングボードの上でフランスパンをスライスし、蓋付きガラス瓶に小分けにした具材を、それぞれ挟んでゆく。
 クリームチーズをたっぷりと塗り、ハムやチキン、トマトやレタス、チーズ。好きなものをたっぷりと詰め込んで完成だ。
 輝くように白い皿に置かれた具沢山のサンドイッチに、僚は弾んだ声を上げた。

「美味そう」
「だろう」

 続いて神取は自分のサンドイッチに取り掛かった。
 まだ眺めていたい気持ちを宥め、僚はクーラーボックスに手を伸ばした。男の手際に引っ張られるようにして、張り切ってデザートの用意をする。持ってきた透明なプラスチックのカップにヨーグルトを入れ、中央に特製ママレードジャム、周りにカットオレンジを乗せて完成だ。
 ジャムをすくっていると、それもお手製かと尋ねられた。もちろんと僚は少々得意げになって答えた。

「それは嬉しい。君の作るジャムは、甘さがとても丁度良いから、大好きなんだ」

 わくわくとした男の声に、僚はにんまりと口端を持ち上げた。
 白とオレンジのコントラストが綺麗なデザートを、互いの前に配する。

「デザートから食べたくなってしまうな」
「だろう」

 お互い相手のご馳走を称賛し、笑い合う。
 神取はキッチンの食器棚からグラスを二つ選び、そこによく冷えたジュースを注いだ。
 色鮮やかなテーブルクロス、中央には花いっぱいの花瓶、真っ白な皿に盛られたサンドイッチ、ナイフフォークに洒落たグラス、デザート。僚はいっとき、夢見心地でそれらを眺めた。

「では、乾杯」

 グラスを掲げる男に倣い、僚も目の高さに持ち上げた。丁度よく冷えたグレープジュースが喉を滑り落ちてゆく。美味い、気持ちいいと、僚はため息をついた。
 待ちかねたサンドイッチに手を伸ばし、期待の眼差しを向けてくる男の目の前で大きくかぶりつく。噛みしめるほどに甘辛い味付けのチキンが口の中でほぐれ、自然と笑いが込み上げてきた。
 期待に少々不安が混じっていた眼差しがふっと緩むのを見て、僚は笑顔で何度も頷いた。
 お互いしばし無言で、サンドイッチに噛り付く。
 僚は葛藤しながら口を動かし続けた。食べると無くなってしまう、でも口一杯に頬張りたい。悩みながら食べ続ける。向こうには無数のきらめきを放つ大海原が広がり、自分の周りには、色とりどりの花が咲き揺れる芝生の庭が広がっている。先程、白い小さな蝶が花の周りを嬉しげに飛び回っているのが見えた。
 すぐ隣には最愛の人がいて、一緒に美味い物を頬張っている。
 信じられないような現実のひと時に、泣きたくなるほど歓喜が込み上げた。
 ごまかしにグラスを傾け、ふと思い付いた事を口にする。

「俺が免許持ってたら、遠慮なく飲めるのにな」

 これ、と、グラスの中のグレープジュースを男に示す。
 軽く笑う男に言葉を続ける。

「もし寝ちゃっても、俺が送っていくし」

 鷹久の席は、トランクの中だけどな。

「言うと思った」
「だろ」

 愉快そうに肩を震わせる男に、僚は得意げに笑ってみせた。
 それから、他愛ない話で何度も盛り上がり、何度も笑い合って、楽しい時間を過ごす。
 もう満腹、満足だと、僚は腹を抱えて椅子にもたれた。ごちそうさまと頭を下げる。

「良ければ少し、横になるかい」

 神取はサンデッキを指差した。気ままにのんびり過ごすのもピクニックのだいご味だ。
 どうしようかと返事を迷っていると、男はトランクの横に括りつけていたブランケットをほどき、遠慮せずにと誘ってきた。ウッドデッキに広げられた明るいチェック柄の誘惑には勝てず、では少しだけと僚はしずしずと仰向けに寝転がった。
 青空を真上に寝転がる贅沢に、頬が緩んだ。
 充分奥行きがある長いデッキには手すりがなく、屋根が大きく張り出しているのもあって、縁側にも思えた。ここに座って、風を受けながら海をぼんやり眺めたら最高だろうな。僚は肘で支えて起き上がり、男に言った。

「鷹久、ここでもうたた寝するだろ」男の表情で確信し、調子を上げる「もし間違ってたら、罰ゲームで何でもするよ」
「嘘を言って、君から罰ゲームをもぎ取りたいな」

 大当たりだと、神取は悔しそうに笑った。庭の方から歩み寄り、得意げな笑みで見上げてくる少年の鼻を軽く摘まむ。
 僚はわざと滑稽な顔で鼻を鳴らすと起き上がり、隣に男を誘った。
 デッキに並んで座り、きらきら眩い海を眺める。

「いいなあ、いいとこだね」
「いいだろう」

 無邪気に喜ぶ男の横顔をちらりと見やり、僚は頷く。
 しばらく眺めたのち、男はおもむろに口を開いた。

「以前、怒る事があるかと聞いてきたね」
「ああ、うん」

 よく覚えていると、僚は首を傾げるようにして頷いた。覚えている、忘れる訳がない。つい先日の事だ。週末、一緒に出かける予定が雨のせいで変更になった。たったそれだけの事で、男に嫌な八つ当たりをしてしまった。別の過ごし方をしようかと色々提案してくれたのに、苛立ちから突っぱね、不快な態度を取った。思い出すのも恥ずかしい。その時、男に聞いたのだ。

「そういう時は、ここに来て鎮めるんだ」
「……なるほど」
「ここで嫌なものを洗い流して、向こうで頑張るという訳だ。これが私の方法」ここには、私の好きなものだけを詰め込んだからね「今日、君とここでこうして過ごす思い出が加わって、完成に一歩近付いた」

 熱心に見つめてくる間近の瞳に、僚は目を揺らした。一旦目を伏せ、また見上げる。うなじの辺りが妙に熱くなった。
 僚は小さく息を飲み、顔を近付けた。男の薄い皮膚に触れる寸前目を閉じ、重なった喜びにうっとり力を抜く。

 

 

 

「そろそろおやつの時間かな」
 聞こえてきた男の声に、僚は時計を確認した。まだ少し早い。笑いながら告げると、いや、自分の腹具合がおやつの時間だと告げていると、男は急かした。

「つまり、君の選んだおやつが早く食べたい」

 クーラーボックスに収める際に見た時から、心の隅でそわそわしていたのだと、男はにやりと笑った。

「なんなら君は後で。私は先に頂く」
「はい、わかったよ」

 しようがないなと、僚は笑いながら立ち上がった。
 よかったと、神取はぱっと顔を輝かせた。

「一人で食べてもつまらない」
「そうだよ。一緒に食べよう。鷹久の好きなの、選んできたし」
「ああ、いつもありがとう」

 僚はにっこり笑い、こちらこそと男を見上げた。
 連れてきてくれてありがとう。こんなに素晴らしいものを教えてくれて、感謝している。心を込めて、ありがとうと告げる。

 

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