晴れる日もある
まだ、分かると言い切るには程遠いが、朔也の寄こす目線が何を語っているか、男は少しずつ掴みつつあった。 言葉を飲み込み、表情を殺し、朔也は徹底して自分を禁じるが、物事に対する感動は他の子らとさして変わらなかった。 時々、彼自身ではどうしようもないことのせいで育たなかった未熟な部分も見受けられ、食い違いに戸惑うこともあったが、それも含めて男は理解しつつあった。 注意深く観察すれば、分かる。 彼がそうなれたのは自分の助力があったから、彼を正しく読み取れるのは自分だけ…そんな、幼稚な優越感が男の胸に灯る。 すぐに打ち消す。 確かに自分が手を貸したからという部分もあるだろうが、力は元々朔也に備わっていた。 強大で理不尽な大人によって惨めにねじ伏せられ、伸びやかに育つことができなかったけれども、物事を正しく見つめようとする力はあるのだ。 |
ソファーに座る男にまたがり、朔也がキスをせがむ。 男は抱き寄せるようにして応えた。 キスの間も、朔也は目を閉じることはなかった。 一秒でも長く目を見ていたいとばかりに向かってくる、強くまっすぐな目は、男には正直痛かった。 ひたむきさが羨ましい。 妬ましい。 自分の中からは、とっくの昔に消え去ってしまったもの。 そもそも、あったかどうかも分からない。 そんな、本当はたいしたことのない存在を朔也は、本当は尊くて優しいもののように思わせてくれる。 散々嫌なものを見てきた彼ならば、見分けられないはずがない。 良くないことをしていた時に、人の醜悪な部分をたくさん見てきたはず。 自分の醜い部分も、見たはず…男はわずかに眉根を寄せた。 それでも朔也は、信じ切れないと言いながら朔也は、信じ切った証の無防備な姿を晒し、瞳の奥から心の窓を覗かせてくれる。 少し潤んだ瞳でまっすぐ見つめてくる少年を、男は心から愛おしいと思った。 痛みを堪えて見つめ返すと、羨ましさも妬ましさも混ざり合いよくわからなくなっていく。 男は抱き寄せた手を服の裾から差し入れ、手のひらでゆっくりと肌を撫でさすった。 感じるところに触れると、朔也の息遣いが一瞬乱れた。 肩に置かれた手も震える。 男はそこを指先でゆっくりこねた。 途端に彼の唇から、背筋をぞくぞくとさせる切なげな吐息が細く漏れた。 そこ…いい。 反応に気を良くし、男は摘まんだ乳首を唇にはさみ、舌でねぶった。 悶える動きに合わせてソファーが少し軋んだ。 抱かれる時に限っては、朔也は素直に言葉を口にした。 気持ち良ければ良いと言い、ほしければもっととねだる。 見られることにも、恥じらいはないようだった。 そんな姿も、自分だから見てもらいたいのかもしれない。 初めて彼を抱いた…犯してしまった時、俺を見てよと彼は言った。 どんなにひどくしても構わないから、見てもらいたがっていた。 存在を、認めてもらいたがっていた。 だから、男はどんな姿の朔也も見ようと努めた。 自分を見てもらいたい。 認めてもらいたい。 彼が望むことを、かつて自分も望んでいたからだ。 後ろにゆっくり入ってくる二本の指に小さく呻き、朔也は息を詰めた。 男は傷付けぬよう慎重に内部を撫で、彼がどうしようもなく乱れてしまう部分を探り当てる。 朔也は泣きそうな顔で笑って、肩を掴む手に力を入れた。 早く、と言わんばかりの目を寄こされ、男は微笑む。 既に腰が動き始めていた。 少し意地悪をして、軽く舐めるように指を動かす。 案の定朔也は首を振り、不満げに唇を引き結んだ。 その様が、可愛くて、男は抱き寄せて瞼に口付けた。 小刻みに睫毛が震え唇をくすぐった。 好きだよという言葉が自然に零れ落ちる。 朔也は息を啜り、深く吐き出した。 その仕草が男には、身体の深い部分まで言葉を浸透させているように思えた。 そう願い、男はもう一度紡ぎ出しながら、朔也の望む強さで指を動かした。 途端に彼の身体が大きくしなる。 声を出す事はおろか、息すらままならない様子で朔也は激しく身悶えた。 肩に強く指が食い込む。 骨を直接掴まれ、男は痛みに笑う。 それだけ彼が感じているのだと思うと、痛みは返って嬉しかった。 もっと狂わせたい。 知らず内に男も朔也と同じように息を荒げていた。 同じように胸を喘がせ、少し癖のある黒髪が揺れる様や、わななく動きに合わせて左耳のピアスがちかちか光るのをうっとり見つめる。 喉を晒して浅く喘いでいた朔也の顔が、ふと下を向く。 つられて男も、視線の先を追った。 下腹でびくびくとわなないている自分自身を潤んだ瞳で見つめ、朔也はしゃくり上げた。 天を突いてかたく張り詰め、はしたなく涎まで垂らしていた。 もう、出そう…熱い吐息が漏れる。 耳にした途端興奮が増し、男はより強い刺激を与えた。 不意に埋め込んだ指に圧力がかかる。 泣くのを我慢しているような高い声を切れ切れに漏らし、朔也は果てた。 余韻に浸りぶるぶると震えている姿を見て、男も堪え切れなくなる。 力が緩むまで待ち切れなかった。 朔也も同じだったようで、息を乱しながら早くきてと囁いた。 それだけで、達してしまいそうだった。 肩の手同様、目が、強く縋り付いてくる。 自分だけを見つめ、何もかも明け渡してくれる朔也が、本当に愛おしかった。 焦らさずにけれど乱暴にはせず、彼がいいように自分がいいように男は朔也の中に入り込んだ。 達したばかりで狭く、締め付けもきつい。 当然朔也の息遣いも少し苦しげで、男はできるだけ自分を抑え少しずつ埋め込んだ。 全部が収まると朔也はいっそう大きくわななき、甘い声でよがりながら男にしがみついた。 彼の好きな抱かれ方。 愉悦にとろける顔、あの目が見られないのはいささか残念だが、燃えるように熱い手で身体をまさぐられ、乱れ、腰を擦り付けてくるその仕草があれば、何の不満もなかった。 何より耳元で、自分がどれだけ彼を喜ばせているかを知ることができる…彼の息遣いも声も鼻を啜る音まで全て聞くことができる、それで、男は充分だった。 それを証明するように、男は幼子をあやすように朔也をゆるく優しく揺すった。 片手で腰を抱き、もう一方で肩口に乗せられた頭を撫でる。 甘えた声と、安心しきった声とを交互に漏らし、朔也はゆっくりのぼりつめた。 気持ちいいとうっとり浸る朔也に自分もだよと応え、男は頬に口付けた。 するとお返しか、朔也の手が男の頭を撫でる。 気持ちいい。落ち着く。そして落ち着かない。 妙な心持ちに男は笑った。 一旦は力が抜け、ほどよい締め付けで男を愛撫し悦ばせていた内部が、次第にきつく狭まってゆく。 限界が近いのだと男は悟り、少し腰の動きを速める。 甘いよがり声の合間に朔也は男の名を繰り返し呼んだ。 もつれる舌で何度も何度も名を呼ばれ、男は目眩を起こす。呼ばれるごとに自分の中の汚い部分やしがらみがなくなっていくようだった。 もちろん錯覚に過ぎないが、そう思わせてくれる不思議な威力がある声に、男は恍惚として聞きほれる。 より深くまで飲み込ませ、更に奥を目指して腰を揺する。 感じ過ぎて、おかしくなりそう。 しゃくり上げ、朔也は痙攣した。それに合わせて飲み込んだ部分もきつく収縮し、男は思わず呻きを漏らした。 はー、はー、と深く喘ぐ朔也の吐息が耳たぶを灼く。 詰まった声で限界を告げられ、男はほっとする。 彼を充分楽しませることができる前に果ててしまうのではとひやひやしていたからだ。 朔也はもう一度限界を告げ、高く鋭い悲鳴を上げた。しがみつく力が増す。 しかし快感があまりに強過ぎるせいか、朔也の腰が逃げるように浮く。 逃すまいと腕に力を込め、男は最後の一撃を与えた。 きつい突き上げに朔也は短く叫び、首を振り立てた。 間を置かず熱いものが噴き出し互いの腹を汚す。 すぐに男も、彼の中で弾ける。 感じ取り、朔也の身体が緩慢に震える。 うっとりした声が耳元で、熱い、と呟く。 深い充足感が男の身を包む。 しばらくの間、二人とも動けずにいた。 呼吸が落ち着くまで抱き合ったまま過ごす。 互いの息遣いも収まり、抱きしめる腕の力が弱まる。男は身体を離そうとした。 「まだ…いて……」 控えめな呟きに男の胸が高鳴る。 痛いくらいに腰まで響いて、今果てたばかりだというのにまた疼き出す。とろけそうになる。 それ以上に、そう言ってくれる彼がたまらなく愛おしかった。 気だるそうにしながらも朔也は頭を持ち上げ、キスをせがむ。 倒れ込むように重なってくる唇を受け止め、男は振り乱してもつれた黒髪を何度もすいてやった。 ようやく、彼の目を見ることができた。 少し疲れ、涙に潤んでぼんやりしていたが、それでも一途に見つめてくる。 胸を焦がすひたむきな眼差しを受け止め、男は舌を吸った。 そこで朔也は故意に後ろを締め付けた。 そして伺うように男を見る。 誘ってくる視線に応えて男は手を持ち上げ、朔也の頬と瞼を順繰りに撫でた。身体全体がしっとりと汗ばみ、熱く火照っている。 男は腰を抱き寄せた。 素直に甘えてくる彼を、どうして断れるだろう。 普段もこうなったらいいのにと頭の片隅で思いながら、男は何度目かのキスをした。 |
シャワーを浴びて互いにさっぱりした後。 いつものように二人の定位置で、男は一日の終わりを締めくくる酒を楽しみ、朔也はその隣で静かに夜を過ごしていた。 ふた口ほどグラスを傾けた後、男は明日の休日、スケートに行かないかと持ちかけた。 予測していた通り、彼は今まで一度もしたことがないと答えた。 受け答えの際の眼差しを、男は注意深く見守る。 そこにはほんのかすかに不安が浮かんで見えた。 それは誰にでもある初めてのことに対する不安で、不快感ではないようだった。 男はほっとして、自分が全て教えるからと励ました。 表れた眼差しは、とても不思議な輝きをしていた。 これまで見たことがない光だ。 疑いや、批判といったものでないのは辛うじて分かったが、何を考えているのか、とても読み取りにくかった。 押し付けにならぬよう気を付けて男は話す。 少し置いて、朔也は頷いた。 その声はいつもと同じややぶっきらぼうなそれだが、今回ばかりは渋々の了承に聞こえもやもやしたものが残る。 気を取り直して男は約束を取り付けた。 ごく普通に誰でもするようなことを楽しんでもらいたかった。 言ってしまえば、余計なおせっかいだ。 充分承知しているが、自分と彼の間にあるものを少しでいいから埋めたかった。 もっと彼を分かりたかった。 知りたくてたまらなかった。 ろくに喋らず感情も分かりづらい、十以上も離れた少年の心が。 少しでも分かりたかった。 そしてもっと、自分に気持ちが向いたらいいと願うのだ。 男も、朔也と変わらず、欲張りだった。 憎悪以外で誰かに執着する…よりにもよって、妙なめぐり合わせの子供に。 朔也は心を惹き付けてやまない。 特に目が、とらえて離さない。 人の色んな穢れを見て、良くないことで何度も心と身体を傷付け、ことばとしての純潔からは程遠い。それでも彼には純潔さがあった。 それが、ずっと昔に心の奥底に閉じ込めた色んな痛みを引っかいてきて、つらいと思うこともあるのに、どうしてか引き寄せられるのだ。 |