妄想02_1

　間接照明だけが灯る薄暗い部屋に、湿った吐息が途切れ途切れに響く。
　少し苦しげに詰まるそれを幾度となく漏らし、真物は、手を使わず男に奉仕していた。
　そう命じた男…神取は、椅子に座った自分の股間に顔を埋め、言われた通り唇と舌だけで、ぎこちなくも口淫を続ける真物を薄笑いで見下ろしていた。
　彼は今、何も纏っていない。この部屋に来させた時、服を全て脱がせた。

「それでは、いつまでたっても終わらんぞ…真物」

　頭上からの静かな声に、真物は悲痛な顔で一瞬動きを止めた。しかしすぐに動き出し、懸命に舌を絡め、唇で扱く。惨めな気持ちを一層深め、青ざめた頬で。
　覚えて間もない、拙い技巧。しかも手が使えないのでは、到底男を満足させる事は無理だった。
　そう、男を満足させなければいけない。
　それが、男と交わした約束…条件だった。
　自分と、妹の霧子の生活を保証する代わりに、男が出した条件。

　この男の命じるままに生きる事――学校にいる間は、自由にしていい。それ以外の時間は、全て……

　全て男の物だと聞かされた時、真物は二度と霧子に会えないのかと絶望に苛まれた。
　しかし、両親の自殺という衝撃に追い打ちをかけるように、告別式の夜、妹の霧子がひき逃げに遭い瀕死の状態となった。
　混乱のさなか真物に唯一手を差し伸べてくれたのは、他ならぬ神取だった。父親の知り合いだと、神取は言った。見知らぬ大人だった。
　けれどその時の真物には、他に誰も頼れる大人がいなかった。
　何も知らぬ子供がどんなに頭を働かせても、大事な妹を助ける方法は何一つ浮かんではこない。
　大人の手が必要だった。自分を二の次に置いても、妹だけは助けたかった。
　その時は、その思いだけしか心になかった。
　だから見知らぬ大人が差し伸べてくれる手に、無我夢中で縋った。
　条件を飲んだ。

「私の言う事に従うと誓え」

　理不尽なものだった。
　絶望に苛まれる。
　男はすぐにそれを否定した。
　そこまで冷酷ではない、ただし…と付け加える。
　いつ、見舞いに行っても構わない…ただし、その後は必ず私の元を訪れ、私を満足させなさい。
　お前のその身体で――その言葉を聞いた時と同じ顔で頬を引き攣らせ、真物は必死に口淫を続けた。
　今日の午後も、霧子を見舞う為病院に行った。
　そしてその後、約束通り男の元へ向かった。
　今日出されたのは、選択だった。

　犯されるのと、口でするのと、どちらがいいか。

　許されるならどちらにも首を振りたかったが、男に頼らなければ霧子は一日だって生きていけない。
　自分はどうなってもいい。
　霧子を守れるのなら、どんな苦痛だって構わない。
　そう、どんな苦痛だろうと、たとえ手足が腐って落ちようと、苦痛にはいくらでも耐えてみせる。
　しかし、男に無様な姿を見せるのだけは、我慢出来なかった。快感に溺れて縋り、求める真似だけは、もう晒したくなかった。
　そんな自分の意に反して、身体は男のものを悦ぶようになってきていた。
　後ろに突っ込まれ、責められているのに、堪え切れず甘い声を漏らす自分…そんな自分を晒したくなくて、同じ屈辱でも真物は奉仕を選んだ。
　鼻先に突き付けられた男のものを、吐き気を堪えて口に含む。
　すぐに頭上から、唇や舌の使い方を教え込まれる。だからといって、全て素直に従える訳もない。真物は涙を滲また。

『ああ…じわじわと湧いてくる恐怖と…絶望……たまんねぇ！』

　神取の頭の中で、「彼」がいやらしく舌舐めずりする。「彼」が味わうそれを神取も同じく味わい、その甘さに身も心も蕩けそうになる。

『なあ、早く言ってやれよ。時間切れだ、ってよぉ！』
　もっとそいつの恐怖と絶望を啜らせろ

　暗闇の中、燃えるように赤い目をにたにたと歪ませて「彼」が急かす。
　そうだなと応え、神取は口淫を中断させた。
　わずかにえずきながら、真物はぎくしゃくと顔を上げた。

「口もいいんだが……」

　神取は腕を掴み立たせると、足の奥に手を潜り込ませ、指先で尻を割って後孔に触れた。
　瞬間、そこがきゅっと窄まる。

「やはり、ここに入れるのが一番だな」
「い、いや…だ……」

　俯いて首を振り、真物は腰を引いて逃げるが、腕を掴まれているせいでどこにも逃げ場はなかった。

「ちゃんとやります…だから……お、おねが…んん……」

　聞き入れず、神取は揉むように後孔を刺激した。途端に真物の口から拒絶とは違う響きの声が漏れる。

「私を満足させるのが、条件だったろう？」
「そ、そうで…だから、く、口で……あっ…やだ……」
「それはおいおい覚えていってもらおう。今日は、いつものようにこちらで私を満足させなさい」
「んうっ……！」

　言葉と同時に二本の指を押し込まれ、真物はびくっと身を強張らせた。じわじわと込み上げてくる妖しい感覚に、悔しそうに唇を歪ませる。

「お前も、早く入れてもらいたいだろう？」

　口を噤んだまま、真物は小刻みに首を振った。

「嘘を吐くな。少しいじっただけで、ほら…もう涎を垂らしている」

　内部を擦る動きに合わせ、勃起しかけた真物のそこから少し粘ついた滴が溢れてきていた。

「ここでも、大分感じるようになってきたな」

　まるで押し出されるかのように垂れる滴に笑い、神取は執拗に後孔をこねくってやった。

「や、だ…ちがう……あっ…そんなこと……あぁ……」

　真物は泣きそうな顔でひたすらに首を振った。しかし実際は、男の言うとおりだった。

「そんなことない…ちがう…あぅ……ちが……いっ……」

　じわりと涙を滲ませ、真物は口先だけの否定を虚しく繰り返した。男の指が動く度、堪え難い快感が身体の芯をくすぐり、何とも言えぬ恍惚に溺れてしまいそうになる。

「そんな甘い声で否定しても無駄だ」

　三本目の指をねじ込み、神取は少しきつい感触を楽しみながら抜き差しを繰り返した。

「あ、はぅ…あぁ……」
「その声がいい証拠だ……その顔も」
「う、ぅ……」
「さあ、来なさい。お前のここで、私を満足させるんだ」

　言って神取は指を引き抜く。
　満足させなければいけない――霧子を守る為に。
　しばしの静止の後、真物はおずおずと男の肩に手を置き、足を広げ、言われた通り自ら跨る恰好を取った。

『そうだ…もっとよこせ。恐怖と絶望を、もっと……』

　奈落の底から這い上がってくるひび割れた声を聞きながら、神取は乗っかってくる真物に口端を緩めた。悔しそうに歯噛みする様は、背筋がぞくぞくするほど愛らしい。

「ほら、腰を下ろして」
「くぁ……」

　痛みだけではない声を零して、真物は自分の中に屈辱の楔を打ち込んでいった。
　つらそうに目を潤ませながらも、どこかうっとりした表情で徐々に腰を落としていく真物に満足げに笑い、神取はそのほっそりした腰を掴んだ。

「ああ……良い締め付けだ」

　言葉に真物は目を眩ませた。自分の身体が男を満足させているのかと思うと、頭がどうにかなってしまいそうだった。

「く…ぐ……」

　情けなさに涙が込み上げるのを、きつく歯を食いしばって耐える。
　その顔は、男を更に陶酔させた。
　そして男の奈落の底にいる「彼」も。
　追い打ちをかける。

「君も愉しんでいるようで、なによりだ」

　後孔に頬張ったものを悦ぶかのようにひくひくとわななく真物のペニスに目を落とし、神取は嗤った。

「っ……」

　声もなくしゃくり上げ、とうとう真物は屈辱の涙を一粒零した。
　諦めきった顔で目を閉じる。
　男が腰を使うと、表情はすぐに劣情のそれにすり替わった。

「ああ…あぅ、んっ……あ！」

　深くまで咥え込ませ、抉るように突き上げてやると、堪え切れないといった顔で真物は息を荒げ、少し苦しげな、そしてとても甘い声をぽろぽろと零した。
　こんな事に溺れたくなどない…儚い抵抗がその口元にその眼差しに表れ、男を魅了する。
　甘やかな愉悦が背筋を撫でる。
　どうして彼はこんなに魅力的なのだろう。
　最も危険な存在だというのに。
　込み上げる激情のまま、神取は己の物で何度も貫いた。

「ぐ、く…苦し……あぁっ…ああ……」

　きつく眉を寄せ、真物は耐える。身を締め上げる苦痛を、湧き上がってくる凄まじい快感を、必死に抑え込もうとする。
　しかし、男の手が自分のそれに触れた時、脆くも崩れ去る。
　神取は左手で真物の腰を抱くと、もう一方の手で熱くそそり立った真物のそれを捉え、扱き始めた。

「いやだっ――！」

　最も恐れる責めに怯えの声を上げ、真物は逃れようと身をよじった。

「あぁう！」

　しかしその動きは自身を苛むだけだった。動いた事で後孔に咥え込んだ男のものをより感じてしまい、混乱めいた声で真物は仰け反った。

「嫌がる事はないだろう？」

　溢れた涎を指に絡め、神取はぬちゅくちゅと熱塊を扱いた。

「あぁ…そこ……それ、いやだ……」

　少し癖のある髪を振り乱し、真物は喘ぎ喘ぎ首を振る。歯を食いしばる。背筋を這い上がり、今にも口から出そうになる愉悦を必死に噛み殺す。
　しかしそんなものは、男の前では何の抵抗にもならない。

「お前の本性はもう分かっている……いいところも」

　言って神取は右手で熱を煽りながら、奥の方を強く捏ねくってやった。

「あぁっ！　だめ――ああぁ！」

　たちまち真物の口から、切ない響きを含んだ少し高めの嬌声が迸る。
　喉の奥で嗤い、神取は執拗に同じ責めを続けた。
　真物は手を突っ張らせて抗うが、どんなに押しやっても、込み上げてくる射精欲を抑える事は出来なかった。

「う、んん…だめ、も……あ、あ、あっ……」

　ぶるぶると内股を震わせ、切羽詰まった声を漏らす。
　近付く極まりにあわせて後孔がひくひくと収縮し、感じ取った男はより強く腰を使って真物を追い上げた。

「だめ、こんなの……ああぅ……あぁ……」

　男の肩に押し当てていた手で、きつく服を握りしめ、真物は込み上げる劣情のまま腰を揺すった。

「さあ…我慢せずいきなさい」

　溺れ、素直に快感を貪る真物に目を眩ませ、神取は更に激しく突き上げた。

「あぁ、いやだ……ゆるして…ゆるして……」

　何に許しを乞うのか、悲しげにうなだれる真物の口を塞ぎ、神取はその舌を貪った。

「んむっ…あぁ……ゆるして……ん、んぅ……い――！」

　舌を吸われる快感にわななきながらも尚何かに許しを乞い、真物はぶるぶると震えながら白液を吐き出した。
　男の手の動きに合わせて腰をくねらせ、吐精の悦びに浸る。吐き切った後、真物はぐったりと肩に身を預けた。
　しゃくり上げるように何度も息をつき、力なくもたれる少年の身体を気付けば男は、きつく抱きしめていた。