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現在 土曜日

 

 

 

 

 

 最後にシャツを脱ぎ、真物はそれを足元に落とした。

「……また少し、痩せたか?」

 発育途中の男子とはとても思えないほど、痩せてあばらの浮き上がった胸に視線を這わせ、神取はかすかに笑った。
 彼の身体が何故こんなに貧弱なのか、理由はすでに聞いて知っている。
 最近では限られたものしか身体が受付けず、それ以外は食べても戻してしまうのだと真物は答えた。
 だが不思議な事に彼の身体は独特の艶を失わず、こんなにも痩せてやつれた今でも、神取を魅了する色気を醸し出している。
 脇から腰にかけてのゆるやかな曲線、腹のへこみ、強すぎない肩幅。肉付きや骨格は男子のそれに違いないが、ともすれば女性的な体型は、驚くほど白く艶やかな肌の美しさもあいまって、見る者を一瞬錯覚させる。
 耳と脇腹が特に弱く、始めはひたすら痛みを訴えていた箇所も、今は快感を貪るまでになった。
 神取はゆるやかに伸ばした手で、真物の背中に触れた。
 途端に真物の肩がびくっと跳ねる。
 背中には、思わず目を覆いたくなるような、ひどいみみずばれの跡がふた筋、縦横に浮き上がっていた。
 それはまるで、逆さ十字を背負っているように見えた。

「どうしてこんな罰を受けねばならなかったか……言いなさい」

 神取は痛々しい傷を避けて指を滑らせ、促した。

「は…はい……」

 今にも痛みを味わわされるのではないかとびくびくしながら、真物は頷いた。

「やくそく、を…破ったから、です……」
「どんな約束だ?」
「霧子の見舞いに行った後…は……あなたを満足させると……」
「そう……だから私は、嘘吐きな君を罰する為に、鞭をくれてやった」
「――!」

 その瞬間の恐怖と苦痛が鮮明に蘇り、真物は全身を大きく震わせた。
 神取は真物の腕を掴んで自分の方に向かせると、顎に手をかけて上向かせた。

「かなり熱を持っているな……可哀想に」

 男の目を見ないようよそへ逸らし、真物は「大丈夫です」と小声で言った。

「そうか。なら……」

 神取はデスクに寄りかかると、真物に口淫を強制した。
 束の間の静止の後しゃがみ込み、真物はぎこちない手つきで神取のそれに触れ、ためらいもなく口に含んだ。

「………」

 しっとりとした粘膜に包まれる感触は、何度味わっても変わらず心地良かった。神取は喉の奥で呻き、身を屈めて真物の背中を手のひらで撫でさすった。

「んむ…う」

 曖昧な快感に真物の身体がふるふると小刻みに震え、ペニスに絡まる舌の動きが微妙に変化する。
 神取は猫のように目を細めて愉悦に浸った。

『楽しそうね。扉を開く準備が整ってきたから、余裕が出てきたの?』

 白熱した大理石のような瞳を細めて、「彼」が話し掛ける。
 この二年間で、「彼」の取った姿はすでに数え切れないほどに増えていた。
 始めに自分に声をかけたひび割れた低い声から始まり、中には欲望を剥き出しにした低俗な姿の者もいたが、それらはみな等しく「彼」であり、同じ力を持っていた。
 様々な姿を見せる「彼」だが、共通して言えるのは、顔が見えない、という事だった。
 閉ざされた暗闇の向こうに潜み、いつも目だけが光っている。誰もが強烈な輝きを放ち、大抵は愉悦に細められていた。
 この「彼」も同じように、真物の魂から絶望を啜り嬉しそうに目を細めた。

「っ……」

 口の中で次第にかたく張り詰めてゆく神取の熱に触発され、真物は熱い疼きが下腹に広がるのを感じていた。今となっては、それに抗うだけの気力も残っていない。

「もう…いい。中に出してやろう」

 真物の手を引いて立たせると、机に手をついて足を開くよう命じる。
 小さく応えると、緩慢な動作で神取に背を向け、真物は深くうなだれて足を広げた。
 唾液をまとわり付かせ、赤黒く光る己の性器に小さな容器の中身をたらし、真物の下着を引き下ろして尻の奥を弄る。
 真物は悔しそうに眉根を寄せ、唇を噛んだ。

「あ、あぁ……!」

 それでも、すっかり慣らされた後孔に熱塊をあてがわれると、甘い悦びの声を上げてしまう。
 神取にとっては、蕩けてしまいそうなほどの快感だった。
 神聖なものを汚している、という思いがさらに拍車をかける。
 何ともいえぬ良い声で鳴き、深奥を突き上げた時にもれる鋭い悲鳴は、蕩けんばかりの甘やかさを含んでいる。
 それが聞きたくて、神取は重々しく腰を打ち付けた。

「うぐっ、う…あぁっ…だ、だめ…許してくださ……あぁ!」

 容赦のない突き上げを何度も食らい、真物は前のめりに机に倒れ込んだ。許しを乞う言葉はもはや口先だけで、身体はすでに男の与える快感に囚われ溺れていた。
 時には自ら腰を振り、貪欲に快楽を求めた事もあった。
 貫かれたまま自分の手でペニスを扱き、射精した事もあった。
 やれと命じられれば、何でもしてきたように思う。
 抵抗はするだけ無駄で、余計屈辱を味わわされるものだという事も学習した。
 恐らくは死ぬまで続けられるだろう行為も、最近では苦痛と感じなくなっていた。
 その代わり、行為の度に新たに掘り下げられる絶望だけが、それだけが果てもなく深まっていく。
 真物は堅い材木に爪を立て、高くかすれた声をしとどに漏らした。嫌と言うほど最奥を突かれ、急速に射精欲が高まっていく。

「あ、あぁ、あ……も…い、いく……ああぁ!」
「そうだ…もっと狂うがいい」

 痙攣めいた動きを見せ、揺さぶられるままのたうちもがく真物をしっかり抱きしめ、神取は低く囀った。深く突き込んだ腰で内部を抉り、捏ね回す。

「ああぁ……それ…い、いい……あ、ぁ…うああ!」

 空虚さを感じながらも、真物はひたすら快楽のみに目を向け、狂ったように嬌声を上げ続けた。

 

 

 

 千切れた雲が太陽の半分を覆い隠し、街に翳りを落とす。
 窓の外がほんの少し暗くなり、同時に射し込む光が弱まる。
 その時、透き通った金色の翅を持った蝶が音もなく窓ガラスにぶつかり、しばらくゆらゆらと翅をはためかせた後、太陽に向かって上昇していった。

 

 

 

 俺はずっと考えていた
 緑色に濁った川の底で
 奴の行動には何か理由があるはずだ
 とてつもなく大きな何かが隠されている
 俺は必ずそれを見つけ出してやる
 そして僕を解放する

 

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