Dominance&Submission

Short

 

 

 

 

 

 さあっと熱いものが漏れ出る。
 慌てて下肢に力を入れるが、手遅れだった。

「あ……!」

 僚は喉をひくつかせた。
 血の下がる瞬間を味わう。
 ひそめた呼吸のように微かな音を立て、熱い液体が押し出される。それはすぐに僚のジーンズを濡らし、尚も止まらずに、瞬く間に染みを広げていった。
 何も言えないまま、僚は半ば茫然とした表情で小便を漏らし続けた。こらえた分だけ量を増した尿は尚も流れ出て、腰掛ける椅子の真下にひたひたと音を立てて滴り、小さな水溜りを作った。
 ある時不意に我に返り、途端に僚は眉根を寄せぽろぽろと涙を零した。
 青ざめた唇がわなわなと震えている。
 神取は小さな動きで、辺りを見回した。
 身を乗り出して眼下を臨めば、風にそよと揺れる秋色の桜が見える。
 テーブルの上には、少々マナーを崩した気楽な英国式のアフタヌーンティーの名残がある。
 その傍らには、午後のひと時を充分に楽しんだ自分と。
 醜態を曝し羞恥に打ち震える恋人がいた。

「僚」

 一言、恋人の名を呼ぶ。
 哀れなほど過剰に肩を跳ねさせて、僚は弾かれたように目を上げた。

「なんて事を、したんだ」

 抑揚を殺し、文字を読み上げるようにささやかに男は言った。
 言葉に怯えて新たに零れた涙が、僚の頬を流れる。

「ご……」
 ごめんなさい

 喉につかえ、言葉にならなかった。
 罪悪感と、濡れて肌に纏わり付く布の不快感が襲ってきて、いても立ってもいられない気分にさせた。

「なんて事をしたんだ」

 非難めいた言葉には感情がなく、それどころかうっすらと笑みさえ見せて、男は繰り返した。
 その貌を、僚は瞬きすら忘れて見入った。
 頭の芯が痺れる。
 しかし、半ば逃避した気持ちは、続く男の言葉に引き戻された。

「行きたいなら行きたいと、何故言わなかった?」

 不思議そうに投げかけられたその一言に、微かな目眩すら生じる。

 そうだ――

 行ってはいけないと、男は一言も口にしていない。
 ただ、目線と手の動きがあっただけだ。
 行ってはいけないとは、一言も口にしていない。
 僚は、真っ赤に泣き腫らした目を見開いて、ぶるぶると震えを放った。

「……こんな所でお漏らしをするような悪い子は、厳しくお仕置きしないといけないね」

 重ねた手をぎゅっと握り締め、神取は口端を持ち上げた。

「もう二度と粗相をしないように」

 僚は唇をわなわなと震わせた。
 しゃくり上げ、ようやく聞き取れるほど微かな声でごめんなさいと囁く。
 椅子の下に途切れがちに滴る音が、一つ、また一つと二人の耳に届き、それぞれに気持ちをかき乱した。

 

 

 

 漏らして、全く動けなくなってしまった僚を神取はバスタオルに包むと、抱いて浴室に運んだ。
 濡れた部分がよほど気持ち悪いのか、必要以上に身を縮ませて腕に収まる様は、両極の欲求を煽る姿をしていた。
 引き寄せられるままに、神取は痛々しく泣き腫らした眦に口付けた。

「っ……」

 身の竦む思いに、僚は小さな吐息をもらした。
 浴槽の縁に座らされ、すぐさまジーンズに伸びた男の手に、僚は必要以上に声を張り上げ拒絶した。
 神取は素直に半歩引いた。

「自分で脱ぐから……!」

 半ば混乱気味に言い放ち、隠すように身を捩ってホックを外す。
 空気に触れて少し経った尿の臭気が、容赦なく鼻腔を刺す。目の奥がかっと熱くなるのを、僚は感じた。一瞬手は止まり、しかし自分で脱がねば男に脱がされると、それだけは避けたいと懸命に臭気をこらえ、ファスナーを下ろす。
 半ば無意識に顔をしかめ、濡れて張り付くジーンズを脱ごうと必死になってあがく僚の姿に、神取は微かな笑みを浮かべた。
 今までこんなものに興味はなかったが、彼だけは特別だ。
 彼のものならどんなに汚れてもいい、むしろ嬉しいとさえ思う自分が、たまらなくおかしかった。
 こんなに狂わされる――彼に。
 と、ようやくジーンズを脱ぎ終えた僚がわずかに涙ぐんでいるのに気付き、途端に生じた興奮に、突き動かされるまま抱き寄せ神取は唇を重ねた。
 身体を寄せる事で濡れた下着が触れると怯え、僚は必死に腕を突っ張らせて拒んだが、呆気なく振り払われ、抗議の言葉ごと唇を奪われた。
 それでも必死に腰を引き、逃れようと身体を捩る。
 抵抗を封じようと、神取は片手を下腹に伸ばした。
 直前に気付いて僚は悲鳴まじりの叫びを上げたが、気にせず神取は濡れた下着越しに優しく包み込んだ。
 くぐもった叫びが、僚の口から続けざまに迸る。
 鼓膜を震わす高い叫びを聞きながら、神取はゆっくりと手を動かした。

「嫌だ…や――離せ……!」

 執拗に追ってくる唇から逃れ、僚は髪を振り乱して必死に懇願した。

「や、だ……やだ、あ――!」

 自分の尿に濡れた下着越しに性器を刺激され、代わる代わる襲う不快と快感にわけがわからなくなる。
 こんな状況でなければ、素直に浸ってしまえる快感も、すぐ後に重なる不快にかき乱され、なのに純粋な愉悦もあって、なす術もなく僚は翻弄された。この感覚が何なのかわからない。

「や…だ……おねが……い」

 びくびくと内股を震わせ、途切れがちに許しを乞う。
 と、いきなり顎を掴まれ、ひっと喉を鳴らして僚は動きを止めた。

「やめてほしかったら、約束しなさい」

 撫でるように手を動かしながら、神取は静かな声音で言った。

「今度からは、ちゃんと言うと」

 早くやめてもらいたい一心で、僚は何度も頷いた。

「その時はこう言いなさい」

 男はふっと頬を緩め、僚の耳元に顔を寄せると、低い囁きを流し込んだ。

 おしっこしたい…と――

 途端に僚は頬を赤らめ、弾かれたように男を見た。
 まさか、そうまで幼稚な言葉を要求されるとは思ってもいなかった。ありありと顔に浮かんだ羞恥に、男は笑みを深めた。

「約束出来るね?」

 すぐに頷けるものではなかった。
 ためらって俯いていると、突然下部を強く握られ、僚は短い叫びを上げて反射的に頷いた。

「します……言います――!」
「今、言ってごらん」

 握る力を弱め、再び撫でるように手を動かしながら神取は言った。
 僚がすぐに言えないのは、承知の上だった。
 わざわざそういう言葉を選んだのだから。
 少しでも長く時間を楽しむ為に。
 神取は笑みのまま、下着の奥に手を挿し入れた。

「う……」

 濡れて冷たくなったそれを熱い手で直接握られ、僚はうろたえた声を上げて身を竦めた。

「少し触っただけなのに、こんなに硬くして」
「……ごめんなさい」

 くすくすと耳元で笑う声に、僚は目を伏せた。羞恥に消えてしまいたくなる。

「もしかして、お漏らしに感じてしまったのかな」
「ち、ちがう……」

 思ってもいなかった一言に、涙が滲んだ。
 何度も首を振って否定する。
 ひどい侮辱、なのに正面にある男の眼差しに見据えられると、跡形もなく溶けていってしまう。

「違う? こんなに硬くなっているのに」

 そして言われれば言われるほど、身体の芯が熱くなり、息も出来なくなって、男のものになっていく自分を自覚するのだ。
 いつしか僚は、硬く張り詰めた自身のものを愛撫する男の手に合わせて、腰を揺すり立てていた。

「さあ、僚。言ってごらん……」

 半ば恍惚に浸る僚の妨げにならぬよう、そして素直に言葉が引き出せるよう、わずかな吐息で囁く。

「あ…あぁ……」

 尿に濡れ冷えていたそれは、いつの間にか先端から溢れた透明な雫でぬるつき熱を放ち、卑猥な音を立てるほどになっていた。
 僚の身体と反応を知り尽くした男の手が、絶頂へと誘う。
 下肢で響く粘ついた水音に熱を煽られ、半ば我を見失った頃を見計らい、神取は唇を寄せた。

「言いなさい…僚」
 おしっこしたい

 白金のピアスが光る耳朶を甘噛みし、熱い吐息をふきかける。
 それすらも快感なのか、僚は悦びに蕩けた顔で鼻を鳴らし、掠れた嬌声をもらした。

「お…おしっこ……したい――」

 全身を包む甘い愛撫に溶けたまま、僚は繰り返し耳元で囁かれた言葉をついに口にした。

「いい子だね」

 言って唇を塞ぎ、片方の手で濡れた下着を脱がせて僚のそれに触れると、神取は愛撫の手を激しくした。

「んんっ……っ…あ、ふぅ……ん」

 翻弄され、よろけて崩れそうになる僚を支えて背後の壁に押し付けると、更に深く口腔を貪る。
 唇から流し込まれる快感と、下腹の刺激に、僚は甘えたような声をしとどにもらし全身で喜びを表した。
 半ば無意識に、目の前の男に縋り付く形で腕を回しきつく抱き付く。
 それに応え、神取も抱き返す。そして気付かれぬよう片手で自身のものを取り出すと、僚の片膝を腕に抱えて支え、露わになった後孔に押し当てた。間を置かず深く埋め込む。
 根元まで、一息に。

「んぅ…あぁ――!」

 力強く入り込んでくる男の熱塊に、僚はありったけの声を張り上げた。
 内部からの圧迫に、硬くそそり立った僚のそれが絶頂を迎えようとびくびくと震えを放った。
 神取はすかさず手を伸ばし、強く握り込んで、射精を阻んだ。

「あ…や……痛、い……」

 非難の眼差しを平然と受け止め、緩く口端を持ち上げる。

「もう一つ、約束するんだ」

 何と問う瞳を見つめ返し、言葉を続ける。

「もう二度と、お漏らししないと」

 目前に迫った射精欲に急かされて、僚は小刻みに頷いた。

「自分の口で誓いなさい」

 しかしそう投げかけておきながら、僚が口を開こうとした直前、神取は不意に抽送を始めた。
 途端に僚は悲鳴まじりの嬌声を上げ、激しく身悶えた。射精を禁じられ揺すられるのはかなり辛く、続けざまに襲う目眩に怯えた声をもらし僚はきつく目を閉じた。
 内襞を擦る熱塊の勢いに翻弄され、僚は逃げる事も忘れてただ目の前の男にしがみついていた。

「やだ…や、めっ……い……いか…せ……」

 泣き叫び、訴えても、男の動きは変わらなかった。

「お……おねが…い……」

 懇願する唇を塞ぎ、散々に貪った後、神取は腰を動かしながら言った。

「いきたかったら、言うんだ」
「ああぁ……あっ……ん…言う…か、ら……」
 手を離して

 言葉は半ばで途切れ、伝える事も出来ないまま尚も翻弄される。
 言えと強要しながら、男はわざと言えない状況に僚を追い込み、苦痛と快感に挟まれ涙を流す様を、楽しんでいた。
 そしてまた僚も、気付かぬ自分がそれを楽しんでいる事に、溺れていた。
 ぎりぎりまで追い詰められ、それでも必死に耐える自分自身に、酔い痴れている。
 無意識の奥底で。
 けれどそれも、長くは続かなかった。
 意識が途切れそうなほど強い快感を与えられているのに、その証を吐き出せずに追い詰められて、繰り返し許しを乞いながら僚は泣き叫び頬を濡らした。

 これ以上はもう、我慢出来ない――
「も、う……」

 男の肩口にもたれ僚はかすれた声で半ばまで口にした。しかしその直後に重苦しい突き上げにあい、続きの言葉は鋭い悲鳴に変わり細く尾を引いて消えていった。
 神取は数度、突き上げを繰り返した。
 その度に、喉の奥で堪えた呻きをもらし、僚は身体を跳ねさせた。

「もっ……許し――て……」

 僚はやっとの思いで片手を下ろすと、性器を握り締める男の手の甲に爪を食い込ませた。それでも手の力は緩まず、逆に抽送を早められて、僚は啜り泣きに声を震わせた。

「お、おねがい…たかひさ……」

 耳朶にかかる弱々しい泣き声に嗜虐心をかきむしられ、耐え切れず男は震えを放った。
 そして、いっそ優しい声音で、僚に囁く。

「言えば、手を離してあげるよ……」

 動きを止め、効力を深める。
 涙に濡れた僚の瞳が、のろのろと男を見上げる。
 目を見合わせて微笑み、言ってごらんと誘う。
 半ば疑うような僚の眼差しが、まっすぐに向かってくる男の瞳を捕らえ、ぎこちなく揺れる。
 深奥で動きを止めた熱茎の不規則な動きに呼応して、僚の後孔がひくひくとわななく。
 絶妙の締め付けで愛撫するそこに、今にも熱を放ってしまいそうになる自身を必死に引き止め、神取はじっと言葉を待った。

「も…う……」

 しゃくり上げる息に胸を喘がせながら、僚は誓いの言葉を口にした。

「も…っう……お漏らし…しま…せん――」
 ごめんなさい

 震える唇からやっとの思いで言葉を紡ぎ、僚はぽろぽろと涙を零した。
 頬に零れる雫を優しく舐め取ってやり、神取は口付けた。

「よく言えたね。いい子だ――」

 唇の上で囁かれた言葉に、僚は全身から力を抜いた。
 神取は身体を支え直し、戒めの手を愛撫に変えると、一気に絶頂へと誘った。

「ああ――ぁ……だめ…あああぁ……い、やだ……」

 あれほど望んでいた射精が目前に迫った瞬間、僚は突如切迫した声で男の愛撫を拒んだ。

「おねが……い――!」

 悲鳴まじりの叫びを上げた直後、僚は白く濁った快楽を吐き出した。

「あぁ――あ……っ…」

 不自由な姿勢から逃れようと身をくねらせる僚を半ば強引に抱き寄せ、僚が恐れる瞬間までも飲み込もうと口付ける。

「やめっ……ん――!」

 神取の腕の中で、僚の身体が一際大きく震えを放った。
 同時に、満足して萎えたそこから熱い液体が溢れて、挟み込んだ互いの腹部を濡らした。
 一度出てしまった以上自分の意思では止められないそれに、僚は半狂乱になって叫びを上げた。
 後孔を貫かれたまま小便を漏らす自分の姿に、いっそ消えてしまいたくなる。
 間を置かず、逃避を願う意識は急速に霞んでいった。

 

 

 

 それでも完全に途切れた訳ではなく、麻痺してしまった意識は、その後に訪れた至福の時だけは覚えていて、優しい言葉を受けながら何度も男に抱かれた記憶を、夢うつつのように残していた。
 目を覚ましたと実感した時には、ベッドの上に横たわっていた。
 身体は少し気だるく、それもまた心地好くて、僚は横になったままでいた。男が洗ってくれたのだろう。髪も手も、綺麗になっていた。思わず匂いを確かめる。香料の少ない石鹸の匂いしかしない…当然の匂いに、僚は一人赤面した。
 思い返すほどに恥ずかしい姿は、耳まで熱くさせた。そっと頭を持ち上げ、辺りに男がいないか確かめる。
 その直後寝室の扉が開いて、オレンジを盛った白い皿を手に男が入ってきた。
 図らずも目が合ってしまい、僚は硬直した。

「具合はどうかな」
「う、ん…別に」

 ぎこちなく答えて、僚は身体を起こした。

「良かった。オレンジを剥いたんだ。一緒に食べよう」

 皿を掲げて微笑みかける男に険しい一瞥をくれ、僚は視線を背けた。
 照れ隠しから僚が不機嫌になるのは見慣れたもので、どう対処すればいいかもすっかり承知している男は、構わずに歩み寄って隣に腰を下ろすと、フォークにすくった一房を口に運んだ。

「いらない。食べない」

 ところが今日は特に機嫌を損ねてしまったらしく、一番の好物であるオレンジも効かなかった。
 当然といえば当然だ。
 そんな、拗ねた顔を見せる恋人もまた、愛しい。

「甘くて、おいしいよ。一口だけでも食べてごらん」

 負けずに手を伸ばす。
 口元まで寄せられたオレンジに、始めは抵抗していた僚だが、やはり誘惑には勝てなかったらしく、素直に口を開けた。小鼻がひくりと震えて、何とも可愛い。
 そっと含ませる。

「甘いだろう?」

 下を向いたまま、僚はもぐもぐと口を動かし続けた。
 不機嫌なんだぞという態度を持続させたいのと、素直においしいと言いたい気持ちとがせめぎ合っているのが、面白いほどよくわかる、そんな顔をしていた。
 返事はなくとも、その表情だけで充分だ。

「もう一つ食べるかい?」

 問い掛けると、僚は口を噤んだままうんと頷いた。声はまだ低かったが、表情はすっかり美味しいと言っていた。
 と、不意に皿ごと取り上げられ、何かと問う間もなくベッドに押し倒され男は目を丸くした。
 僚はその上に馬乗りになると、わざと見せ付けるように一房ずつ目の前にちらつかせては口に運び、美味いうまいと繰り返した。

「せめて、一つくらいはもらえないかな」

 男の頼みに、僚はつんとそっぽを向き「やだね」と答えた。
 しかしすぐに神妙な顔になり、じっと男を見下ろした。

「どうした?」
「うん、あのさ……いつも、後始末、ありがとう」

 束の間考え、すぐに察する。
 僚が言っているのは、汚してしまった後片付けの事だ。

「ああ、なんの事はない。そういうのも私の役目だからね」
「鷹久のそういうところ、好きだ」

 男は目を瞬き、穏やかに笑った。

「態度や、目線ももちろん嬉しいが、やっぱり言葉にされると嬉しいね」
「あ、俺……ごめん」
「いいさ。そういうところも、君を好きな理由の一つだ。一方ではひどく恥ずかしがり屋の顔が出る。大好きだよ」
「うん……でもさ」

 素直になれない自分にもどかしそうにする僚に笑いかけ、男は差し伸べた手で優しく頬を撫でた。

「そうだね、では許す代わりに、最後の一つをくれないか」

 目配せで、皿に残る最後のひと房を指す。
 と、それまで申し訳なさそうに落ちていた僚の眼差しが、ぴくりと揺れた。
 それとこれとは話が別のようだ。仕方がない――皿にあるそれは、彼の一番の好物なのだから。
 素直に顔に出す彼がたまらなく愛しくて、神取はふと笑った。

「いや、ごめん、あげるよ。――やっぱりやだ」

 慌てて手を伸ばすかと思いきや、寸前で翻すところも、彼のいいところだ。

「うそだよ」

 そして、いたずらっ子の顔で笑う。そんな彼が、男は大好きだった。
 僚はにっと笑うと、最後の一房を歯に咥えて前屈みになった。
 オレンジ越しの甘いキスに、二人はくすくすと笑い合った。

 

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