Dominance&Submission

悪くない

 

 

 

 

 

 二度目の風呂の後、僚はまるで重たい荷物のようにベッドに寝転がった。
 あの後も幾度も求められ、自らも求めて、限界を超えて抱き合ったせいで、もう指一本動かすのも億劫なほどくたくたになっていた。
 風呂場では、指一本に至るまで男の世話になった。出てからは、服を着るのも髪を乾かすのも男任せであった。出来る、やりたいと思うのだが、座っているのもひと苦労で、寝室に戻った今気まずさから中々顔が見られない。
 どさりと倒れ込んで、顔をよそに向けて、それっきりの僚をしばし見つめた後、神取はそっと声をかけた。

「怒っているかな」
「え、あ……別に」

 男に怒りを抱く理由がない。きっと向こうは、嫌だといったのを無視して求めたから怒っていると、思っているのだろう。
 そんなことはない。
 最中は反射で嫌だと口走ってしまうのだが、本当に嫌だ止めてほしいと思った事は一度もない。困らされる事はあっても、二度としてほしくないと禁じたい事なんて一つもない。
 僚は湯上りで火照る唇を舐めた。

「では、どこか痛む?」
「どこも痛くない」

 ただ、何度も抱き合って、すっかりくたくたで、眠くて、それで態度がぞんざいになってしまっている自分が嫌なのだ。焦れた気持ちもあって、僚はますます枕に顔を埋めた。

「気分が悪い?」
「悪くない……全然」
「それは良かった」
「よくないよ」

 枕に向かってもごもごと、僚は不満を吐き出した。

「何か、言ったかな」
「別に」

 まだ顔を見せてくれそうにない僚の頭を優しく撫で、神取は微笑んだ。

「浴室の後片付けをしてくる。戻ってきたら、笑顔を見せてほしいな」

 ふんともうんともつかない唸り声が一度した。神取は笑いながらひと撫ですると、洗面所に向かった。
 去っていくささやかな足音に、僚は、戻ってくるまでに回復させようと躍起になった。男が入ってきたら元気に起きて、憎まれ口の一つも利いてやろうと、頭に思い浮かべる。
 と、洗面所の扉を開けたところで男は脚を止めた。
 僚は耳を澄ませた。

「もし戻ってきてまた眠っていたら、またお仕置きだね」
「寝ないよ」

 僚は腹から声を張り出した。
 ちゃんとこちらに向いた強い顔にひと息笑い、神取は洗面所に入っていった。

 

 扉を閉め、鏡に向かい合う。
 バスローブの肩をはだけ、そこにくっきりと刻まれた赤黒い噛み痕を見ながら、頬を緩める。
 触ると痛みがあり、薄皮もむけてしまっているようだった。
 まあいい。
 こんなところ、彼の他に見せる事はないし、来週会うまでには消えているはずだ。
 消えてしまうのは寂しくもあるが、彼に刻まれた痛みは実に――

「悪くはない」

 鏡に向かって一人呟き、襟元を直して、神取はバスルームに入った。

 

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