Dominance&Submission
オレンジ
僚は、震える手をやっとの思いで伸ばすと、男の着ているシャツのボタンを外し始めた。動きがぎこちないのは、この後の行為に少なからず怯えているせいだ。 男とはもう数え切れないほどセックスをしている。 大概が特殊な形でだ。 むしろ、ただ繋がるだけの行為の方が少ない。 そしてどれも、始めは怯えがあった。 今はない。 どんなに特殊であっても、男が決して無理強いしないからだ。本当に出来ない事と、そうでないものを、見誤る事がない。だからこそ最後には素直に快楽に溺れ、受け入れる事が出来たのだ。 ようやく全てのボタンを外し終える。 僚は唇を引き結んだ。 怯えもろとも、委ねてしまおう。 束の間男を見やり、僚はズボンのベルトに手をかけた。同時に、シャツの合間から覗く肌に唇を寄せ、音を立てて吸い付く。 僚の愛撫に目を細め、神取はシャツを脱ぎ捨てた。胸の辺りを這う唇が徐々に下腹に向かう。 喉の奥でかすかにうめき、伸ばした手で僚の頭をそっと撫でる。 何度も髪を梳く心地好い手に、僚は目を閉じて浸った。その感情のまま、身体の中心を何度も舌で舐める。男の肌がわずかに変化するのを感じ取り、胸が激しく高鳴る。無駄のない引き締まった腹部の筋肉が、自身の愛撫で不規則に弾む。 耳の奥の鼓動を聞きながら、僚は臍の回りを丹念に舐めた。 ベルトを外し、下ろそうとする手をやんわりと引きとめ、神取は自ら下着ごと脱ぎ去った。 屈んで同じ高さになった僚に顔を寄せ、口付ける。 どちらからともなく腕を回し、抱き合って、激しくキスを交わす。 「ん、ん……」 触れ合った肌から、僚の、少し早い鼓動が伝わってくる。 熱を帯びた身体を強く抱き寄せ、神取は尚も深く唇を貪った。 歯止めの利かない自分が、妙におかしかった。 このまま抱いてしまいたい。 そしてそれ以上に、彼を追い詰め、泣かせて、狂わせてしまいたい。 ややあって、神取は顔を離した。 噛み付くようなキスに頬を紅潮させ、僚は俯いた。再び顔を上げ、熱っぽく男を見つめる。 その眼差しを優しく受け止め、神取は、浴槽の縁に手をついて前屈みになるよう言った。 ちらりとボウルを見やり、僚は何度もためらいながら言われた通りの姿勢を取った。 神取は手にした器具で微温湯を吸い上げると、震える僚の中心に近付けた。 「く……」 差し込まれたガラスの感触に、僚は思わず呻きをもらした。 限界まで追い詰められた身体は、挿し入れられた嘴口にさえ反応してしまい、強く締め付ける。 半ば無意識の反応に笑みを零し、神取はゆっくりと中身を押し出した。 「ゆっくりと呼吸して」 緊張に息を詰めた僚にそう言って、静かに引き抜く。器具を置いて立ち上がり、事前にポケットから出しておいたコンドームを自身に付け、片手で支えて僚に覆い被さった。 思いがけず、強い抵抗感があった。侵入を拒んで頑なに口を閉ざすそこに、無理だろうかと思いつつも先端を埋め込む。 「う…ぐ……」 もれ出てしまわないようきつく引き結んでいた後孔をこじ開けられ、少なからず走る痛みに、僚は歯を食いしばって耐えた。 神取は一旦腰を引き、背中越しに僚を宥めた。 「や…だ……」 どうしていいかわからず、僚は首を振った。 「大丈夫だから、力を抜いて」 言いながら片手を前方に回し、硬く張り詰めたままの熱塊を静かに握り締めた。 「ん、ん……」 突然の接触に驚いて、僚の身体がびくんと跳ねる。 その隙をついて、神取は一息に貫いた。 「ああぁ――!」 張りのある、少し高めの悲鳴が僚の口から迸った。 鼓膜を心地好く犯す響きに、身体がとろけそうになる。 やや強引に腰を進め根元まで飲み込ませると、神取はそこで一旦動きを止めた。小さく息をつく。 「とても、熱くなっているね……」 呟き、震えの止まらない僚の身体を慈しむように撫でさすった。 僚ははあはあと胸を喘がせながら、強張った身体から徐々に力を抜いていった。凄まじい圧迫感が下半身を支配している。 「動かすよ」 背後からそう投げかけられ、僚は束の間ためらい、やがて頷いた。 神取はゆっくりと、押し上げるように腰を揺すった。 力んだ箇所を無理やりこじ開ける行為に快感などなく、引き攣るような痛みだけが感じられた。 「ん…んぅっ……」 男の動きに合わせて、僚の口から押し殺した呻きがもれる。 「……あうぅ…苦し…ぃ……」 しばらくは我慢していたが、ついに耐え切れなくなり、僚は濡れた声を上げて背後の男に手を伸ばした。 「そんなに力を入れているからだ」 僚の手を掴み取り、指先にキスをすると、もろとも前方に回して下腹に導いた。 「もっと身体を楽にして」 言って、震えながら苦痛に耐えているそれに触れさせる。僚の手の上から握り込んで、ゆっくりと扱き始めた。 「この快感だけに浸って、溺れてごらん。痛みはなくなるはずだ」 耳朶を甘噛みして、囁く。 やがて素直に手を動かし始めた僚に笑みを浮かべると、神取はやや強引に身体を引き起こして位置を入れ替わり、浴槽の縁に座った。 「あ…くぅ……」 繋がったままの形で膝に座らされ、より深くまで達する痛みと、もれ出てしまうのではないかという恐怖に、僚は怯えの声を上げて身悶えた。 「手を動かして」 いやいやと首を振るのも構わず、掴んだ手で熱塊を擦らせる。 「や…だ……」 尚も首を振り、何とかして足をつこうと僚は身悶えた。 気付いた男は、そうはさせまいと膝を抱え左右に開く。 「あぁっ……!」 一点で支える苦痛に、僚が喘ぐ。 膝を持ち上げたまま、神取はゆっくりと揺さぶりをかけた。 「やめ……あぁ――!」 半狂乱になって僚は首を振り立てた。 最奥まで貫かれ、後孔を押し広げるように揺すられて、一瞬頭の中が真っ白になる。すぐ後に、このままではもらしてしまうのではないかという恐怖が、僚に襲い掛かった。 「いや…いやだ……お願い……」 涙に震える声で、背後の男に何度も懇願する。 「手を動かすんだ」 聞き入れず、肩越しに神取は言った。 膝を抱える男の手を掴み、僚は啜り泣いた。 「いやだ……も…れる……」 繋がった部分から、粘液がかき回される音がする。耳にした途端、僚はぞっとなって身体をわななかせた。 「構わないよ。ただのお湯だ。だから、もっと力を抜いて」 ピアスを唇で挟み、軽く引っ張る。 「うぁ…っ……!」 瞬間的に背筋を走る凄まじい官能に、僚はびくびくと身体を震わせた。 余韻が消えないうちに、神取は腰を使って突き上げた。 男の怒漲したものが、僚の内部を大きく抉る。 「は……んっ…いや……やだ、あぁ……やっ……あ――」 僚は全身を強張らせ、悲痛な喘ぎをもらした。しかし声はどこか甘く、身悶える様も妖しく男をより興奮させた。 「ああ……いい締め付けだ」 絡み付いてくる内襞の感触に、自然と悦びの声がもれる。神取は昂ぶる感情のまま、首筋に唇を寄せ強く吸った。 「あぁ……!」 ぞくぞくするほどの甘い声に男は目を眩ませる。 神取は様子を伺いながらゆっくりとした突き上げを繰り返した。 僚の唇からは時折苦しげな呻きがもれ、合間に高いよがり声が混じった。男に縋り付いた手をぶるぶると震わせ、しきりに首を振り立てる。 自身を包み込み、緩く絞るように蠢く僚の内部を存分に味わいながら、神取は執拗に深奥を穿った。 「あ、あぁっ……だめぇ」 濡れた声を上げ、僚はひと際大きくわなないた。 「まだ苦しいかい?」 「ん…く、くるし…のに、なんで…あぁっ……なんで」 「よくなってきた?」 「あ、ぁ……おかしい…こんな……」 僚は小さく頷き、己の反応に怯えたように喉を引き攣らせた。 「大丈夫、もっとよくしてあげるよ」 「やだ、ああぁ……」 口からは拒絶の言葉が出るが、本気で嫌がる素振りは見せない。 神取はにやりと笑い、膝を抱え直して尚一層内奥を責め立てた。肩越しに視線を落とすと、僚のそこは一杯に勃ち上がり、先端から歓喜の涎をたらたらと溢れさせていた。 「あぁっ…やだ、もう、や……おく、しないで」 「どうして? 君はここが一番好きなのに」 「だ…て、もっ……あぁ、あ……あぐ! ああぁ!」 「ほら……そんなにいい声が出るのに」 「んん――!」 単調な、それでいて狙いを外さない男の動きに僚は大きく仰け反った。 男のものを咥え込んだ後孔が、僚の叫びに合わせるようにびくびくと収縮を繰り返す。 痙攣めいた動きで締め付けられ、神取は今にも声を上げそうになる。我を忘れて貪り、傷付けてしまいそうな自身を慌てて引き止め、僚を抱きしめる。 「あうぅ……たかひさ、も、やめて――やだぁ」 僚はなりふり構わず悶え、喘ぎ、男に助けを求めた。怖い、苦しいというのに、それらを押しのけて慄くような快感が込み上げてくる。全身を侵してくる。 「嫌じゃない、気持ちいいだろう?」 「うぅっ…そんな、こと……あぁ! ああぅ! あ、んんん……」 「素直に言ってごらん」 「こんなの……あぁ、やだ……やなのに……たかひさ」 「嫌じゃない、ほら……言ってごらん」 僚は首を振った。動きはとても弱々しい。男の言葉を否定する為というよりは、こんな異常なセックスで感じてしまっている自分を振り払っているようだった。 もうひと押しだと、神取はゆっくり柔らかく僚を抱いた。 男のものは隙間なく内部を埋め尽くし、もっとも感じる深い場所を的確に責め続けて僚を悩ませた。硬く張った熱塊はあくまで優しく奥を抉り、その度に脳天にまでじいんとした痺れが伝わってくる。とろけてしまいそうな愉悦に震えが止まらない。腰が抜けそうなほどの快感。 僚は何度も鼻を鳴らして仰け反った。 「ほら、僚……気持ちいいだろう」 「あぁ…あああ……もうやだ、そこ……やだぁ……いい……」 「気持ちいいかい?」 「ん、んんっ……おかしい…あぁ……気持ちいい…ああぁ!」 もうおかしくなる、僚は涙ながらに訴えた。 声はますます艶めいて、男の射精欲をこれでもかと煽った。 「た、たかひさ…あぁ……おく、気持ちいい! く、くるしいのに…きもちいい…ああぁ……」 「……いい子だ」 「ああぁ! たかひさ――もうだめ! いく、い、いく…だめ、もれるから……ああぅ!」 変わらぬ動きでじっくりと奥をこねくり回され、ついに限界を迎える。僚は腰をうねらせ、抱えられた足をばたつかせて暴れた。 「あぁ…たかひさ、たかひさ……」 「僚……どうしたい?」 「い、いきたい……ああ、くるしい…きもちい……」 「いきたい?」 僚はがくがくと首を振った。もっと、激しくして。焦れたように身じろぎ、自ら後孔を締め付けた。 「あぁ…おく、突いて……もっと…おねがっ……あぁ!」 望み通り、男は押し上げるように激しく突き込んだ。 大きく揺さぶられ強い突き込みに嬲られ、僚は高い悲鳴を立て続けに迸らせた。自身の奥深くで、男のものがぐっと反り返る。 間を置かず、熱い白濁が勢いよく吐き出される。 「!…ああぅ! い……いく、あぁ――!」 僚は半ば混乱気味にごめんなさいと繰り返しながら白液を迸らせた。 「あっ……あああぁ――」 かすれた声とともに、二度三度と熱い雫が飛び散る。 絶頂に気が緩んだ瞬間、それまでの抵抗も空しく、僚は自身の後孔からもれ出るあたたかい何かを感じ取った。 「ひっ……!」 激しい羞恥に叫び暴れる身体を、神取が背後からきつく抱きしめる。 いっそ消えてしまいたい――力強い腕の感触を最後に、願ったとおり僚の意識は白く霞んでいった。 |
意識を失った僚の身体を洗い清め、寝室に運ぶ。バスルームに戻り、後片付けを済ませて再び寝室の扉を開けると、その頃には僚も目を覚ましていた。 強い顔付きで天井を凝視している姿が目に入る。 「僚?」 近付いてもこちらを見ようとしない僚に、男は静かに呼びかけた。 「……した」 何事か呟いたが、よく聞き取れなかった。 神取はベッドに腰を下ろすと、優しく聞き返した。 「もらした……」 呟いて、じろりと睨んだかと思うと、突然うつ伏せになって顔を枕に埋めてしまった。 ようやく理解して、神取はふっと笑みを浮かべた。 「ただのお湯だよ。気にする事はないさ」 「うるさい、変態」 僚はわずかに顔を覗かせてそう言い放つと、すぐまた枕で隠した。 怒っているというよりは、恥ずかしがっているといった方が近いだろう。 「そうだね。でも、違うよ」 「わかってるよ!」 いつものやりとり。いつもより声は大きいが、それほど尖ってはいない物言いについ笑いが零れる。神取はやれやれと肩を竦めた。拗ねたような態度も、たまらなく愛しい。 乾かしたばかりの髪に手を伸ばし、そのまま優しく髪を梳いてやる。 「さわんな」 首を振って拒絶し、僚は唇を尖らせて精一杯鋭く睨み付けた。 「もう当分鷹久とは喋んない。今日の夕飯作りもなし。鷹久は晩飯抜き、俺はもう寝る、お休み」 言うだけ言って、また枕に顔を埋める。 そのまま固まったようにぴくりとも動かなくなった僚を前に、神取はしばし考え込んだ。右を見て、左を見た後、ベッドから立ち上がる。揺れでわかったはずだが、僚は一切反応しなかった。やや置いて口を開く。 「では、かっぽう着を見せてくれる約束も、なしかい?」 「なし!」 「そいつは残念だ」 わざとしょんぼりした声を出し、傍の棚からあるものを取り出す。 「だが、僚……」 そして再びベッドに腰を下ろし、意地の悪い笑みを浮かべてゆっくりと身を屈め、耳元でこう囁く。 「気持ち良かっただろう?」 とてもいい声で鳴いていたよ。 僚は途端に首を振り立てた。それはもう激しく、男の笑いを誘うほどに。 良くなんかなかったと言葉が喉元まで出かかるが、どうしても叩き付けられなかった。 怒りと羞恥に顔を赤く染め、僚はしばらく男を睨み付けた後、ふんとばかりにそっぽを向いた。 男はもう一度頭に手を伸ばした。今度は振り払われない。ゆっくりと撫でる。繰り返し、繰り返し。恋人の機嫌が直るように優しくゆっくりと撫でる。 「どうかこれで、機嫌を直してくれないかな」 神取はチケットを差し出して言った。仰向けになり、ゆっくりと伸びる僚の手にチケットを渡し、返事を待つ。 しかし僚は、男の言葉など聞き流してしまっていた。今意識を占めているのは、チケットの表面に印刷されたコンサートプログラムだけだ。 多分そうなるだろうとわかっていたから、神取は邪魔をせず、見守った。 僚の顔に、みるみる笑みが広がっていく。見ている方にまで伝わってくるほど、嬉しそうな笑顔。 「楽しみだね」 そう声をかけると、心底嬉しそうに僚は頷いた。 僚の頭を優しく撫でながら、神取は言った。 「頑張ったご褒美に、何でも言う事を聞くよ」 「……本当に、何でもか?」 「ああ、もちろん」 疑う低音に神取は大きく頷いた。 「じゃあ……」しばし考え、口を開く「今日の夕飯の買い物とあと、オレンジ買ってこい。一番甘いの」 「……それでいいのかい?」 頷き、一番甘いのだぞ、と付け加える。 神取は神妙な顔付きで唸った。 「どれが一番甘いかを外側だけで見抜くのは、君の方が得意だろう?」 「だから頼むんじゃんか」 思った以上の難題に、神取はますます唸った。 男の困った顔に満足したのか、僚はにやにやと笑ってもう一度言った。 「一番甘いオレンジ買ってきて」 「承知しました」 恭しく頭を下げる男に手を伸ばし、引き寄せると、僚は笑って口付けた。 「待ってるの嫌だから、やっぱり俺も一緒に行く」 もともとその予定だと僚は元気よく立ち上がった。 神取はふっと顔をほころばせ、肩を抱き寄せた。 「では、一緒に行こうか」 「うん。いざ、甘いオレンジを求めて」 僚は寄りかかるようにして男の顔を見上げ、楽しげに笑った。 |