Dominance&Submission

二人の好物

 

 

 

 

 

 おやつの時間。
 ステンレスの丸い型から解放され、白く大きな皿に移されたイチゴのレアチーズケーキに、神取はおおと目を見開いた。
 ほんのり色付いた生地の上に、真っ赤なイチゴゼリーがのっかっている。

「どう、ほら。これ、中々だろ」

 にこにこと、満面の笑みで見つめてくる僚に小さく首を振り、神取はため息をついた。中々どころではない、大したものだ。

「いや、素晴らしい」

 実に見事だと、心から称賛を送る。土台のクッキーとチーズケーキ、そして鮮やかなイチゴ色のゼリー。三層からなる自分たちの力作は目を見張るものがあった。もしこれが街の洋菓子店のショーケースを飾っていたとしても、何ら遜色ない出来だ。

「鷹久のお陰だよ」

 素直な称賛を送ると、僚はそのように返してきた。とんでもないと首を振る。自分はただ、彼の指示に従い手を動かしただけだ。指示した人間が優秀だったから、ここまでの絶品が作れたのだ。

「褒め過ぎだって。さて、味の方はどうかな」

 僚はナイフを構えると、円をまずは半分に切り、それを二等分した。一回ずつ丁寧にナイフを拭い切り分ける慎重な動作に、神取は自身の分担であるティーセットの用意も忘れて見入った。
 円の中心を見つけ、躊躇なく一気にナイフを入れる。下までひと息に振り下ろしたら間を置かず引き抜き、反対側も同じように切って、更に二等分にして、皿に盛り分ける。
 作業している僚はもちろん、見守る神取も、一回ずつ息を止めていた。
 見事に切り分けられたところで、神取は分担を思い出し慌てて紅茶の用意に取り掛かった。テーブルにそれらの食器を配していると、僚がケーキを運んできた。
 神取は顔を上げ迎えた。うきうきと弾んだ顔は、皿に乗った不公平なケーキの数を目にした途端、さっと色を変えた。
 自分の前に置かれた皿には、何ものっていないのだ。彼の皿に二つとも乗っている、自分の皿はカラッポ。
 思わず声が出る。

「おや」

 抗議を含んだ男の声に、僚はちらとも目をくれずテーブルに置いた。
 椅子に腰かけながら説明する。

「だってすごく苛められたし。昨日も今日も、すっごく苛められたし」
「おや、おや」

 神取は向かいに座りながら目を丸くした。

「それが、君の好物だろう?」
「は……?」

 棘だらけの声で僚は見やった。
 綺麗に整った顔が、凄みをきかせて睨んでくる。神取はわざとらしい笑みで受け止めた。
 これ以上は言葉では駄目だ、となるとすべき事は一つ。

「……鷹久は紅茶だけな」

 僚は男の前に置いた皿を自分の側に引き寄せ、そっぽを向いた。
 カフェのケーキセットを模して、あれこれ食器を用意した。ソーサー付きのティーカップにスプーンを添え、ミルクとシュガーのポットもそれぞれ用意し、雰囲気を出した。
 僚はそのケーキセットを崩すべく、デザート皿を取り上げた。
 神取はひと息吸い込み、声を発した。

「そいつはあんまりだ!」

 こんな事が許されるのか、と、ひどく芝居がかった男の声に、僚は思わず喉を詰まらせた。
 何かしらの抗議が来るのは予測していたが、まさかそんな声を出してくるなんて思ってもいなかった。
 しかしここで笑うのは癪に障る、笑いたいのを必死に堪え、出来るだけおっかない顔をしてみせる。
 そんな抵抗も、男の顔を見た途端もろくも崩れた。普段の、少し近寄りがたい雰囲気は綺麗さっぱりなくなり、心から嘆く悲劇の人になりきった男の表情はあまりに哀れで涙を誘った。だからこそ笑いを引き起こした。
 自分の負けだと、僚は片手で顔を覆った。

「もう……そんなのずるいよ」
 そういうのほんとずるいって

 笑ってしまうのは腹立たしいが、おかしくてたまらない。腹がかちこちになるほど大笑いする。
 なんでそんな顔が出来るのだろう。そもそも、ここにそんな顔を持ってくる頭がずるい。

「あーもう、鷹久ずるい」
「私のケーキを返してくれ!」
「その声もうやめろって。手が震える」
「頼む、このとおりだ!」
「わかったよ、返すから、返すからちょっと待って!」

 僚はフォークを握り締め、何とか笑いを収めようとした。その向かいで男も笑う。我ながら珍妙な芝居だと、おかしくなる。
 僚は深呼吸を繰り返すと、フォークを握り直し、自分の皿から男の皿へ、片方のケーキを移した。

「これでいいよな」

 そして皿を男の前に置く。
 神取は非常に満足だと、笑顔を向けた。
 あらためて、おやつの時間を始める。
 二人はいただきますと、同時にフォークを煌かせた。

 

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