Dominance&Submission

答え合わせ

 

 

 

 

 

 帰りの車内、神取は再度明日の予定を確認した。迎えに行くのは何時で、その後何をして…それぞれもう一度お互い明確にする。二人でランチを楽しみ、それから買い物に行き、おやつ作りに必要なものを買って、マンションに戻り、音楽鑑賞しながら奮闘する。

「うん、了解」

 僚は軽く頷いた。
 話の始めの頃は調子もよく表情も明るかったが、段々とまるで色が抜け落ちるように顔から失せていって、返事の時は全くの仏頂面であった。
 今の会話で、機嫌を損ねる何らかの粗相をしてしまったかと神取は一瞬肝を冷やしたが、表情に目を凝らすと答えはおのずと分かった。
 顔に書いてある。それはもうはっきりと。
 自分も同じ気持ちだったので、それが嬉しくて、つい意地悪をする。

「どうした、難しい顔をして」

 出来るだけ深刻な声で神取は尋ねた。
 僚はちらりとやった目をすぐ窓の外へ向け、当ててみろと呟いた。
 考えている事を読んでみろという僚に、神取は必死で笑いを堪えた。その態度、もう答えを言っているも同然ではないか。あまりの可愛らしさに、人目もはばからず抱きしめたくなる。夜の、さして人通りも車通りもない道端の、止まった車の中など、誰も注意しないだろうから、抱きしめるくらいは簡単に出来るだろう。
 こんな雨の夜だ、紛れて少しくらいは。
 神取は衝動をぐっと堪え、そっぽを向いている僚に今しばらく視線を注いでから答えを口にした。 

「もっとしたかったなあ」
「……なにいってんだ」
「帰りたくないなあ」

 一度間違え、彼が呆れたところですかさず正解を口にする。
 僚は首をぐるりと向けて、殊更低い声を出した。

「……外れ。全然違うね」

 彼の性格からそう言うだろう事は予測出来ていたので、神取はあえて黙して見続けた。見抜かれた悔しさから嘘を言っているのは、一目瞭然だった。

「外れだって」

 僚は、黙ったままただじっと見てくる男を睨むように見つめ返し、もう一度言った。それでも何も言わないので、むきになって口を引き結び、視線をぶつけた。
 もしも色かあるいは音がついたなら、真っ赤に燃え盛りびしびしと物騒な音を立てたに違いない。それほど力がこもっていた。
 神取はそこに声を割り込ませた。

「覚えているかい」
「……なに?」
「合っていたら、正面を見るんだよ」
「!…」

 僚はどっと汗が噴き出すのを感じた。

「それは……さっきのだけだろ」
「ああ、そうだったね。私としたことが済まない。では、外れだね」
「だからそう言ってるだろ」

 そう続ける僚の声は、すっかり勢いを失っていた。

「もう当たりでいいよ」

 次に出た言葉は、ひどくやけっぱちであった。そこらに放り投げるような物言いだが、むしろそこが、神取には愛しくてたまらなかった。
 嗚呼自分こそ。

「帰したくないな」
「!…明日また会うじゃん」

 僚の口から漏れ出た言葉は、自分自身に言っているものだった。
 明日、また会う。顔を合わせる。寝て起きて、昼になる前に会える。だのに寂しい。帰りたくない。
 わがままだ。
 でも、男もそうだと同じだと、思ったらそれで満足した。
 よかった、また明日会える。
 再確認すると、身体にへばりついていた嫌な冷たさが薄れていった。相変わらずどっと来る事があるが、大分飼いならす事が出来たようだ。
 僚は傘を手に車外に出た。

「じゃ、また明日な」
「アパートまで送ろう」
「ええ、うん……ありがと。大丈夫だよ」

 時間を取らせて悪いとか、手間をかけて済まないとか、申し訳なさが絡む。

「坂の途中で滑って転んで膝をすりむき、泣きやしないかと、心配でね」
「なんだよそれ、俺は園児じゃないぞ」

 車を降り、隣に立った男に、肩を叩く真似で抗議する。

「ああ。私の大事な人だ」
「………」

 一瞬、身体中が熱く火照り、僚は大きく吸った息を思いきり吐き出した。何か云う為に開いた口からは、それしか出なかった。

「さあ、送るよ」
「……そっちこそ、滑ってしりもちとか、気を付けろよ」

 歩き出した男の背に、僚はそう投げかけた。

「そうなったら、慰めてくれるかい」
「いや、知らんぷりして先に帰る」その時はこんな態度だと、そっぽを向いた「見ない振りで置いてくから」
「そいつは悲しい。本当に?」
「ほんとほんと。知らない人だーって」

 僚はにやにやと口元を緩め、目を合わせようとしない。並んで歩いているのに少々寂しく感じたが、そっぽを向いている彼の横顔をじっくり眺めるのもまた楽しかった。
 たっぷりの幸せを噛みしめ、神取は微笑んだ。

 

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