Dominance&Submission

おかわりはいかが

 

 

 

 

 

 五月最後の土曜日、昼下がり。
 朝の内は雲で覆われうすら寒い天気であったが、気付けばいつの間にか青空に変わり、気温もぐんぐん上がって、夏を思わせた。
 マンションの入り口で来訪を告げ、エレベーターに乗り込んだ桜井僚は、五階の玄関先で待ち構える男の元へと急いだ。
 はやる気持ちを指先に込め、チャイムに添える。
 チャイムの後ほどなくしてドアが開き、男が迎え入れた。
 その胸に僚は、身体ごとぶつかる勢いで飛び込んだ。

「おっと」

 口ではそうやって、慌てふためいた事を言うが、男はちょっとやそっとじゃびくともしない。それを知っている僚は、だから安心して全身でもたれる事が出来た。背後でドアが静かに閉まる。

「もう夏だな、暑い」日差しが強い「こうやってると、汗がにじみ出る」

 ならば離れればいいのにと、男は小さく笑った。暑くて汗が噴き出すと言いながら、より強く抱き付いてくる腕が愛おしい。
 抱き返し、神取鷹久は背中を撫でた。

「あ、だめだってそれ、暑いんだから」
「そりゃ失礼、離れようか」
「何でそんな事言うんだ、鷹久って意地悪だな」

 僚はわざとしょんぼりした声を出し、続けて「ほらもっとぎゅっとする」と更に力をこめた。笑みを深め、神取は言われた通りぎゅっと抱きしめた。

「うむ、よし」

 満足し、僚は笑顔で離れた。可愛らしくてたまらず、神取は肩を軽く叩いた。
 僚はその手を素早く自分の肩に回させると、一緒にリビングに向かった。いつものように、ソファーの近くで斜め掛けを外す。くぐるように肩から外し、ソファーの横に置く。財布と、ちょっとした小物を収めた小さめのバッグで、背中に当たる面積も小さいが、背負っていた箇所がうっすら汗ばんでいた。下ろした今、せいせいした気分になる。
 僚は軽く肩を上下させ、男に向き合った。

「洗面所借りるね」

 手と、汗ばみべたべたと不快な顔を洗って、さっぱりさせたい。

「ああ、タオルは棚のをどうぞ」
「さんきゅ」

 軽く手を上げて歩き去る僚をしばし見送り、神取はキッチンに向かった。今日彼を招いたのは、評判の店のジェラートをお裾分けで貰ったので、ご馳走しようと思ったからだ。
 こうして何かと口実を付けて、会う回数を増やしている。
 昨夜の事だ。チェロの練習後に僚をアパートへ送り届け、マンションに戻った後すぐに、悪友のはとこがやってきた。両手に抱えた箱を押し付けながら、貰ったのでお裾分けだ、彼と一緒に食べてくれと言って、またすぐ帰って行った。
 慌ただしさに呆れ面食らったが、彼と会う口実が出来たのは嬉しかった。
 ガラスの器に盛ったチョコレートとキイチゴにスプーンを添え、テーブルに置く。彼がエントランスから通知を寄越す少し前に、つまり約束の時間になる少し前、五分前に、冷凍庫から出しておいた。ほんのり溶け始めた頃がより美味いのだ。
 洗面所から戻ってきた僚は、綺麗な二色の対比を見るやたちまち目を輝かせ、ソファーに座ってさっそく器を手に取った。

「ああ、美味そう」

 召し上がれ
 いただきます

 僚はスプーンを構え、果たしてどちらから味わうべきか一秒間じっくり悩み、好きなものを一番にとキイチゴをひとすくい、口に運んだ。
 目元だけでなく、顔中キラキラ輝いている。神取はすぐ隣で感動している少年に口端を緩め、座り直した。

「……美味いなあ」

 唸るように言って、僚は次から次へ口に運んだ。もっとじっくり味わいたいのだが、暑さが思いのほか身体に堪えたようで、ついかきこむように食べてしまう。
 いくらなんでも行儀が悪いと、どうにか自制したところで、男がただ座っているだけなのに気付く。

「あれ、鷹久はいいのか?」
「ああ」
「え、ほんとに俺だけ?」

 神取はもう一度頷くと、君が美味そうに食べているのを見るのが好きでね、と軽く笑った。

「……へんたい」

 見るからに胡散臭い笑顔だと、僚は大げさに顔をしかめた。
 美しく整った顔を惜しげもなく歪ませ笑わせてくる僚に、神取は堪えきれず肩を揺すった。

「ふふ……でも違うよ」
「知ってるよ」

 僚は肩をそびやかし、にっこりと歯を見せた。

「なあ、ほんとにいいの? すごく、これ美味しい」
「よかった。君が喜ぶのが一番のご馳走だよ」

 だから遠慮せず食べなさいと男はすすめるが、やっぱり独り占めは気が引けた。
 僚は、半分もなくなった器の中にちらと目を落とすと、チョコレートをひとすくい男に差し出した。

「はい、ひと口お裾分け」
「いや、私は――」
「いいから、ほんと美味いから。早く、垂れるよ」

 ちょっと強引な僚に笑いながら、神取は口を開けた。目の端に、今にも滴るスプーンの端のチョコレートが見え、慌てて顔を振る。

「あ、ごめん」
「いや」

 唇で留まって良かったと、僚は指で拭おうと手を伸ばした。男の唇に乗っかったチョコレートの粒を見た途端、思いがけず胸がずきりと高鳴る。したいと思った時にはもう、唇に触れていた。零れた雫を舌で舐め取る。濃厚なカカオの匂いが、舌先から鼻へと抜けてゆく。

「………」

 舌でぺろりと舐め、離れた僚を、神取は探るように見つめた。唇に残る柔らかな舌の感触がやけに生々しい。
 男の鋭い眼差しに射抜かれ、僚は背筋がぞくぞくと痺れるのを感じた。一見冷たく思えるけれど本当はとても情熱的で、限りなく優しい。自分にだけ注がれる支配者の瞳…大好きだと、しばし見惚れる。
 嗚呼喉が震えて上手く喋れない。

「……美味い?」
「ああ、とても」

 男の甘い低音が鼓膜を犯す、僚はにわかに息苦しくなった胸を喘がせ、口を開いた。

「じゃあ…もうひと口」
「君の食べる分がなくなるよ」
「俺はもう十分、もらったし」

 男の顔を見ていられず俯き、必然的に目に入る器の中を凝視する。僚はスプーンに溢れるほどすくった最後のひと口を、男の口に運んだ。
 ためらいがちに男の膝にまたがり、正面からスプーンを差し出す。
 冷たいものを食べ、ほてった身体も程よく鎮まったはずなのに、顔も首も、頭の後ろまでがかっかと熱くなる。
 すぐ間近に身体を寄せ合って、男の口の中にスプーンを差し込む、食べさせる…なんてことない動作だが、一瞬一瞬が目を奪い、息がろくに吸えなくなる。腹の底がぞくぞくして、ひどく興奮する。
 神取はじっくり味わい、口を開いた。

「美味いね」
「……ね」

 喉でつかえる声を何とか絞り出し、笑いかける。うまくそれらしい顔が出来たか、自信がない。僚は片足をついて身をひねり、空になった器とスプーンをテーブルに置いた。そこから、どうしよう、膝から退くべきだろうかと迷っていると、男の手が腰を抱いてきた。

「!…」

 力強い腕に抱き寄せられ、僚は痛くなるほど胸が高鳴るのを感じた。反射的に男に向き直ると、うっすらと笑っている支配者の目とかち合った。
 神取はもう少し笑みを深め、静かに口を開いた。

「それで……君も味わっていいのかな」

 こんな風に誘うなんて。
 僚の瞳がわずかに揺れているのを楽しげに見つめ、神取は手を動かした。自分の指先を舌に見立て、先程僚がしたように彼の唇を軽く舐める。

「……あ」

 まぼろしのような軽い接触に、僚は息を引き攣らせた。ほんのわずかにかすめただけだが、背筋がびりびりと痺れる。自分のした事で、男も同じように疼きを感じてくれただろうか…僚はぼんやりと霞みかけた目をきっと狭め、男に抱き付いた。
 ぶつかる勢いで顔を寄せ、男の唇を塞ぐ。
 舌を差し入れながら、もじもじと腰を擦り付ける。自分もそうだが、男の硬いものが当たる。気のせいかと、何度も擦り付ける。気のせいじゃない。確かめるほどに全身が燃えるように熱くなっていく。
 神取はしっかりと僚の頭を支えると、入り込んできた舌を吸い、舐り、くすぐった。

「ん、ふぅっ……」

 舌の裏側をつつくと面白いように身体が震え、もう一度と挑むと、僚はさせまいと抵抗した。神取は楽しくなって逃げ惑う舌を追い、隙を突いては弱い個所を舐って遊んだ。彼も本気で嫌っている訳ではないようで、何度かわざと隙を見せてくれた。
 十分楽しんで顔を離す。お互い、少し息が上がっていた。そんなこともおかしかった。

「……ふふ、君も美味いよ」

 間近に見上げる僚の双眸は、長い接吻のせいで少し潤みがちになり、熱を帯びて、いつにもまして綺麗に見えた。興奮の証か、ほんのり朱に染まった頬も可愛らしい。

「……よかった」

 僚は噛むようにして下唇を舐めると、男の膝から降り、床にしゃがみ込んだ。
 自分の足の間に膝をつく僚に、神取はうっとりと目を細めた。心持ち足を開き招く。少しせっかちな両手が前を緩め、暴いてくる。今にも咥える寸前、つばを飲み込む。
 僚も同じように喉を鳴らし、躊躇せず口いっぱいに含んだ。

「………」

 思わずもれるため息に喉を震わせ、神取は軽く目を瞬いた。いつもは火傷しそうなほど熱い口内だが、今はひんやりと冷たさを感じる。それもまた心地良かった。
 神取はそこで、僚の手を取り片方ずつ指を組み合わせた。言葉にしないものを的確に読み取り、僚はどこか恨めしそうな目で見上げてきた。構わず神取は腰を揺すり、口淫を続けるよう促す。悲しげに目を伏せながらも、僚の口元にはうっすらと笑みが漂っていた。彼を支配し、強要しているようで、自分が支配され誘導されているのだ。一方的な押し付けではなくお互いに楽しめるように、瞬間瞬間の己の役割…仮面を見誤らず選んでる。これだから彼と遊ぶのはやめられないのだと、神取は興奮が渦巻くのを止められなかった。
 僚は男の手を握り直すと、本格的に口淫に耽った。窄めた唇を竿に擦り付け、何度も顔を揺する。喉奥まで届く度飲み込む動きをして愛撫し、強く吸いながら顔を離した。

「ああ……いいねとても」

 先端を狙って舌先でくじると、頭上からうっとりとした男の声が降ってきた。
 下着の奥から引っ張り出した時、すでに男のそれは硬くそそり立っていた。口に含み愛撫を深めるにつれ硬さは増し、時々跳ねるように動いた。聞こえる息遣いも変化していった。自分の技巧でそうなったのだと思うほどに、男への愛しさが深まった。
 嬉しくなり、僚はますます夢中で頬張った。
 口いっぱいに成長した男の逞しいそれを吸いながら、早くこれで後ろを突いてほしい、奥を抉ってほしいと、たまらない気持ちになる。
 窄めた唇に硬さを感じる度後孔が疼き出し、僚は堪え切れずにもじもじと腰をうねらせた。繋いだ手を何度も握りしめてやり過ごすが、追いやろうとすればするほど執着してしまうもので、興奮に滲んだ涙で目を潤ませながら、僚は息を荒げた。
 男の腰が揺れ、口の中で一段膨らむのを感じ取る。射精が近いのだ。僚は小鼻を膨らませて、夢中でしゃぶった。

 ……僚

 頭上から、切なげな男の声が降り注ぐ。
 少しかすれ気味の低音。頭の芯が痺れ、何も考えられなくなる。
 直後、熱いものが勢いよく口の中に弾ける。

「!…」

 放たれた欲望に目を見開き、僚は一滴残らず飲み下すまで口を離さなかった。出来ればそのままずっと、口の中に男を感じていたかった。とても、名残惜しい気持ちを抑えて、ゆっくり顔を上げる。
 同じタイミングで神取は手をほどき、そっと僚の頭を撫でた。すっかりとろけた瞳、上気した頬、忙しなく息を継ぐほどけた唇…どこをとっても可愛らしい。
 ずっと力を込めていたせいで疲れた唇が、小刻みにわなないていた。
 いたわりを込め、神取は指先でそっとねぎらった。

「んっ……」

 たったそれだけの接触で、僚は身体が疼いてたまらなくなるのを感じた。
 もう一秒だって、放っておかれたくない。
 縋るように見つめてくる僚に目を細め、神取はゆっくり引き寄せ自分の膝へと抱き上げた。耳元に囁く。

「さあ、君を満足させてあげよう」

 ああとため息が聞こえ、腕の中の身体が小刻みに震えた。

 

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