Dominance&Submission

いつでも優しい

 

 

 

 

 

 アパートの近く、いつも待ち合わせをする場所に神取は車を停車させた。一旦エンジンを切って、車内に静寂を招く。
 僚はシートベルトを外し、男に笑顔を向けた。心の中では、今日の終わりにひどく寂しい思いをしていた。次の金曜日の約束もきちんと交わして、それまでの間メールや電話のやりとりが出来るとしても、男の過ごす時間の終わりはいつものように何かがすとんと落ちるように物悲しくあった。

「じゃあ、また来週ね」

 しかし、それをそのまま男に見せるのは抵抗があった。悟られるのも嫌だった。だから、上手くいっている事を願いながら、いつもと変わりない声を出す。

「月曜日で試験も終わり、あと一日頑張れば楽になる」
「そうか。最後まで実力が発揮出来るよう、祈っているよ」
「ありがと」

 男の励ましに、僚は嬉しげに頷いた。
 どんなに基礎を積み重ねていても、いざという時にしくじっては台無しだ。せっかくの積み重ねが無駄にならないようにと祈る男の言葉は、何より心に沁みた。

「鷹久……優しい」
「私はいつでも優しいよ」
「……うん、ほんと」

 神取は憎まれ口に備えたが、意外にも素直に受け取った僚に目を瞬かせる。むず痒そうに笑う僚に笑い返し、髪を撫でる。いささか拍子抜けだが、甘えてもらえるのは嬉しい。

「ではまた。お休み」
「お休み。気を付けてね」

 車を降りた僚は、窓越しに手を振ってアパートへと歩き出した。車通りから路地に入り静かな道を進むにつれ、男の言葉、自分の言葉が頭の中で反響する。
 男にちゃんと言えたか、ちゃんと伝わったか、歩きながら反芻する。

――私はいつでも優しいよ
――うん、ほんと

「鷹久は、いつも――」

 ふとした拍子に言葉が口から零れ出た。慌てて唇を引き結ぶ。周りに人通りはないが、まったくない訳ではないのだ。道のずっと先に、まばらに人影が見える。動揺を飲み込み、なんでもない顔をして僚はアパートの敷地に入った。通路をまっすぐ進み、部屋の鍵を開ける。
 ドアを潜り抜けたところでほっと気を緩め、先程止めてしまった言葉の続きを心の中で呟く。

――鷹久はいつも優しい

 ここなら誰の目もない。いくらでもおかしな顔をしていいのだ。とはいえ、鏡を見なくてもわかるほど顔を赤くするのは、さすがに恥ずかしかった。
 収まるまでの間、僚は玄関先でしばらく立ち尽くしていた。

 

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