Dominance&Submission

いつでも優しい

 

 

 

 

 

 肩にざぶざぶとかけ湯をし、いくらか熱さに身体が慣れたところで、今度は頭から豪快にかぶる。

「あちぃ……」

 唸るように言って、桜井僚は二杯目を頭からかぶった。またしても、肩が強張る。三度目になるといくらか和らいで、気持ち良く感じられた。
 三月上旬、少しずつ春めいてきてはいるが、まだまだ風は冷たく、身に染みた。風呂が恋しい、心地良い季節。
 少々雑事があるからお先にという男に促され、僚は甘えてタオルを手に浴室に入った。
 ほかほかと湯気を立ち昇らせ、見るからに気持ち良さそうな湯船を横目に、まずはかけ湯で身体を馴染ませる。
 身体が冷えているせいか、浴びる湯が一瞬氷水に感じるのを愉快に思いながら、僚は肩まで沈めた。
 広い浴槽に、一人ゆったり浸かる。一面の大きな窓は、顔を近付けると外の様子がうかがえた。
 あちこちに灯りのともった家々を見渡していると、何とも言えぬ感情が浮かんできた。ため息が出るほどの贅沢さに身も心もとろけそうになる。
 顎まで浸かり、つま先だけぷかりと浮かせて遊んでじっくり温まった僚は、丹念に身体を洗った。
 キスされてもいいように、生え際もてっぺんも首根っこも、髪の一本まで気を使って洗い、どこに男の舌が触れてもいいように、耳の後ろから足の指から身体中隅々までしっかり洗い流す。
 指が届くぎりぎりまで埋め込んで、僚は中も綺麗に清めた。いじるのは最低限にとどめる。すっかりそこで感じるようになり、あまりしつこくするとすぐにも兆してしまい何だか情けない気分になるからだ。一人で処理するならそれもいいが、これから、妄想ではない本物の男の手でしてもらえるのだ。
 だから、ほぐすのもあまりせず洗い清める事だけ考えて、最低限にとどめた。
 男の丁寧な指が丁寧に柔らかくほぐしてくれる、時には最小限で男のものを入れられる…どちらも身体の芯までとろけそうに気持ちいいのだ。
 その楽しみと喜びの為に、僚はそこそこで作業をやめた。
 シャワーで泡を綺麗に洗い流し、もう汗臭くはないかと確かめる。鼻先をかすめるほのかな匂いは男とお揃いで、自然と頬が緩んだ。脚を擦っている時、あざの残りが目に入った。こればかりは洗っても落ちない。仕方ないのだが、肌にまだらにへばりつく腐った果物のような色に顔をしかめる。
 もう一度湯船に浸かり、僚は風呂を出た。
 その頃キッチンでは、神取鷹久が湯上りの一杯を用意していた。冷蔵庫で冷やしておいたコップにレモネードを注いでいると、寝室の扉が開き、お先に頂きましたと声が聞こえてきた。丁寧なあいさつを寄越してくる彼に頬が緩む。
 ストローをさし、神取はやってきた僚にコップを手渡した。

「さんきゅ」
「あたたまったかい」
「うん、今日も最高だった」

 僚は手にしたコップを軽く掲げて称賛した。
 頬は赤くのぼせ、つやつやとしたおでこが実に可愛らしい。引き寄せられるまま髪を撫でると、さらさらと手のひらに気持ち良かった。

「次は鷹久の番な。ちゃんと肩まで入って、百数えるんだぞ」
「はい、承知しました」

 わざと真面目ぶって返事をする男に笑いながら肩を竦め、僚はソファーに腰かけた。寝室へと向かう男の背中を見送り、用意してもらった冷たいジュースにいただきますと呟く。
 僚はちびちびと啜りながら、テーブルに置いた読みかけの本を開いた。
 コップの中身が半分ほどに減った頃、良い匂いを連れて男が戻ってきた。

「おかえり」

 僚は本を置くと、隣に座った温かい身体に抱き付き、胸いっぱいに吸い込んだ。頭を撫でる手がとても熱い。それも良い気持ちだった。
「僚、私のグラスを取りに行きたいのだが」
 胴体にぎゅうとしがみ付いたままの僚に、神取は軽く笑う。

「行ってきなよ」

 そう言って僚はますます強く締め付けた。神取はふうむと考え込み、試しに立ち上がってみた。そうはさせまいと抵抗するかと思ったが、僚も同じく立ち上がった。胴体に巻き付く腕はそのままだが、行動を邪魔する気はないようだ。どうやら、しがみ付いた姿勢のままついてくるつもりらしい。神取は頬を緩め、歩くベルトを引き連れてキッチンに向かった。行き帰り、外れないよう手を添えて歩く。
 僚はその後をちょこちょことついていった。
 途中途中、笑い声が上がる。
 こんな事も、楽しかった。
 ソファーに座る際は『ベルト』を横にずらして、神取は腰かけた。その隣に、僚は寝そべるようにしてソファーに乗った。そしてお互い顔を見合わせ、笑った。

 

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