Dominance&Submission

休日

 

 

 

 

 

 もういいよ、と、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、僚は大人しく身を委ねていた。
 それだけ、男の目が真剣だったからだ。
 とはいえ、行為の時以外に下半身丸出しの恰好でいつまでもいるのは、やはり堪えた。何とも情けない、みっともない姿。
 いくら、先ほど引っかき傷を作ってしまった自分の治療の為とはいえ、大股開きでじっとしたまま男の目にさらされる事実は本当に強烈だ。
 あの後、ひとしきり満足し、二人でまたシャワーを浴びて寝室に戻った。
 そして男は、シャワーの最中念入りに洗い流した傷に丁寧に薬を塗り始めた。

「痛むかい?」
「いや…大丈夫、だよ」

 男の手は、ちっともいやらしい事はない。本当に傷を心配して、見てくれている。
 いやらしいのは自分の方だ…僚は肘を支えにベッドに寝転がった姿勢で、天井を仰ぎ見た。
 最後に保護のテープを貼り付け、男は終了を言い渡した。
 僚は沈黙を続けた。
 男の顔を見もしない。
 見ないのではない、見られないのだ。

「……ごめん」

 蚊の鳴くような僚の声に神取はふっと笑みを零した。

「そんなに私の指は、いやらしいかな」
「そんなことないから! いや、えと…そうじゃなくて俺が、あの……」
「これから買い物へ行くのにそれでは窮屈だろう、すっきりしようか」
「ば、か……あっ!」

 ゆるく指が絡み付き、思わず声をもらす。
 薬を塗ってもらった手に欲情してしまった…恥知らずな自分に顔を真っ赤に染め、僚は必死に首を振った。

「いい、いいから、トイレ行くから!」
「そんな寂しい事言わずに」
「ごめん、ほんとごめんなさい……」

 何度も謝る。心から悪かったと、情けないと思っているが、男の「やらしい指」に絡み付かれ、自分のそこは素直に反応してしまう。

「あっ…鷹久……ごめん」
「別にいいさ。今日は、一日繋がっている日なのだから」

 そう言う間に男は手にしたものをぺろりと舐め上げた。手の中で、一段硬さが増す。

「ほら、身体を楽にして」

 申し訳なさそうにううと唸る僚に笑いかけ、神取はゆっくり顔を寄せた。
 僚は俯いてキスを拒んだ。申し訳なくて、男の顔が見られない。

「明日の休みは、どこに行きたい?」

 恥ずかしがってキスを受けてくれない僚にひと息笑い、神取は尋ねた。

「っ…どこ、行こうか」

 乱れる吐息を何とか飲み込み僚は応える。男の手がゆっくり優しく追い上げてくる。浅く喘ぎながら、僚は優しい愛撫に溺れた。

「昼は、君のお気に入りの店に行く予定だ」
「そう…さんきゅ……んっ」

 やがて腰の後ろが熱を帯び始める。間もなく訪れる瞬間に僚は息を詰めた。

「鷹久……たかひさ」

 切なげに名を呼ぶ僚に男もまた酔い痴れ、ゆっくりと身体をずらし下部に顔を埋めた。直前、当然ながら僚は制止の声を上げたが、聞き入れず口に含む。とろけてしまうような声で全身を震わせる僚に喜びながら、口淫に耽る。

「も――鷹久……!」

 切羽詰まった声がした。男は返事の代わりに強く吸い上げ射精を促した。
 瞬間、僚の口から、吐息ほどの呟きがもれた。
 たったのふた文字に心が幸いで一杯になる。
 男は全てを飲み干すと、いささか目を潤ませた僚と視線を合わせ、応えた。
 自分も、君が大好きだよと。
 罪悪感に歪んでいた顔に、ほのかな笑みが広がっていった。
 男はゆったりと笑いかけ、ベッドからおりて手を差し伸べた。

「明日の予定は、食事しながら決めよう」

 やや置いて頷き、僚は差し出された手を掴み強く引いた。もう片方の手は男の肩にかけ、伸び上がってキスをする。
 それからじっと男の目を覗き込み、早口で礼を言う。

「ありがと」

 僚は脇に置いた下着と部屋着のズボンを手早く身に付け、男の横に並んだ。

「それでね、僚……食事をして、チェロの練習をした後はまた、繋がってもいいかい?」

 秘密の話をするように耳元で囁く男に、僚は咳込むようにして息を飲み、頷いた。

「では買い物に行くとしようか」

 僚は何か云うように小さく唇を尖らせたが、出せる言葉は何もなく、にやりと笑う男を斜めに見上げるのが精一杯だった。

「それとも、もう少し休憩してからにするかい」
「……平気だよ」

 男の横をすり抜けるようにして、寝室の扉に向かう。今の男の言葉は、からかいではなく、心配から出たものだが、照れ臭さに邪魔され素直に顔を見る事が出来なかった。
 寝室を出たところで、僚は口を開いた。

「自分から言い出した事だけどさ」

 振り返る僚を、神取はどうしたと受け止める。

「ちょっと……バカみたいだよな、一日中とかいってさ」
「そうかい? 私は結構好きだがね。そういう、バカみたいなこと」
「鷹久は、そうだろうな」

 すっかり元の調子を取り戻して、僚が憎まれ口をきく。男は愉しげに笑い、肩を抱き寄せた。

「おや。言い出したのは誰だったかな」

 その言葉に僚は気まずい顔になり、しどろもどろに言い返した。
 男はそれをさらりとかわす。
 ちょっとした言い合いをしながら、二人は外出の準備を進めた。コートを着て、マフラーを巻いて、荷物を確認して、その合間に言葉を交わす。
 始めはどちらがより度合いが…変態の度合いが高いかの言い合いだったが、準備する内に話題は買い物に移っていった。
 もう一度キッチンに寄って、買い物の内容に漏れはないか確認し、戸締りを確認して、二人で玄関に向かう。
 寝室を出る際はいくらか険悪だった空気はすっかり溶けてなくなり、これから迎える夜を楽しむ雰囲気に染まっていた。
 いくらか緊張気味の面持ちで、僚は玄関を出た。その後に神取は続く。
 今日は休日、まだまだ続く。

 

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