Dominance&Submission
そっちこそ
テレビ画面に映る自分の姿を食い入るように見つめ、桜井僚は時折何事か呟いた。 並んで見ていた神取鷹久は、弓が、薬指が、と呟いては顔をしかめる少年にかつての自分を思い出し、そっと微笑んだ。 自分も、ビデオ録画したチェロの演奏風景を見返しては、ここが拙い、あそこが足りないとよく呟く。演奏歴はそれなりになるが、今でもそうだ。完璧には程遠い。習い始めてまだ一年にならない彼なら、尚更そうだろう。 だが、以前夏休みの時に録画したものに比べれば、格段に技術は向上していた。意識もまるで違う。伸びた背筋と正面を向いた顔に特によく表れていた。前回は指使いや弓に気を取られ俯きがちで、やたら顔に影がかかっていた。顔色が悪く見えた。しかし今回は自信をもって前を見据え、眼差しも強い。とてもいい顔をしている。自信に溢れた演奏者の顔を見ながら曲を聞くと、その彩りでより良い音色に聞こえた。 当人には不満だらけだろうが、とても素晴らしい記録となった。 そして演奏が終わり、椅子の上で僚は一礼した。テープはそこで終わっている。神取は停止ボタンを押した。 ひと息置いて、僚は乗り出していた身体をソファーに沈めた。身体中の空気を吐き出すように、腹の底からふうっとため息をついた。 「音楽室では、すごくよく弾けたと思ったのに」 「ああ、とても素晴らしかった」 「見ると全然だ」 僚は忙しなく手を振った。自身たっぷりにふんぞり返っている画面の中の自分が、恥ずかしくてたまらない。つい先ほど、音楽室で得意げに喜んでいたのを取り消したくなる。しかし、全体の全部がまるで駄目というわけではない。いくつかの箇所は、やったと小さく拳を握りたくなる音を響かせていた。 神取はそれを一つひとつ丁寧に取り上げ、褒めちぎった。 始めは渋い顔で受け取っていた僚も、満更ではないと沈んだ表情を止め、最後には歯を見せるようになった。 「今のとこ、一番綺麗に弾けた一曲だと、自分では思う」 「ああ、びっくりするほどの上達ぶりだ。このままいけば、私はきっと君に嫉妬するだろうね」 「なにを……また、よく言う」 とんでもないと僚は急いで首を振った。 本当にそう思うと、神取は肩を抱いた。そこで僚は軽く腹を押さえた。顔を見ると、少し疲れた顔をしていた。ビデオに録るという事で緊張し、撮影前は水もろくに飲めないほどだった。ようやく解放され、安堵感からより空腹を感じたのだろう。耳を澄ませたら、腹の虫が聞こえるだろうか。 「本当によくやった。ご褒美を用意しないといけないね」 そんなのいいよと、僚ははにかみながら手を振った。 遠慮はいらんと、神取は笑いかけた。 じゃあ、と僚は切り出した。 「じゃあ、これからもチェロ教えてくれるって事で」 「それはもうとっくに決まっている」 「嫉妬してもずっとだよ」 「もちろんだ」 「じゃあそれで」 「わかった」 僚はにっこりと笑った。 「では、そろそろ出かける時間だ。行こうか」 時計を確かめ、神取は促した。予約している店に向かうのに、丁度いい時間だ。僚は斜め掛けとコートを腕にかけた。 |