Dominance&Submission

指先の嫉妬

 

 

 

 

 

「そう、それを自分の側に更に半分にする――そう」

 ソファーに並んで座り、神取はかつて自分が習った袱紗捌きを僚に伝授していた。
 見よう見まねでもしっかりついてくる僚に何度も驚く。

「本当に、やった事がないのかい」
「ないよ、鷹久の手が丁寧でわかりやすいからついてけるだけ」

 今すごい必死だよ、何やってるか自分でも全然わかってない。
 確かに表情は、笑ってはいるがひどく強張って、見開いた目は瞬き一つせず手元を凝視していた。

「ついてくだけで精一杯だよ」

 僚は更に目を凝らした。
 何がどうなっているのかさっぱりわからないが、男の真似をするとすいすい手が動いた。
 手の中に綺麗にたたまれたハンカチに自分で驚く。

「……一人でもう一回やれって言われたら、絶対無理」

 男が何か魔法をかけたんだと、はしゃいだ声で僚は笑った。
 神取は笑う少年の肩を抱き、実はそうなのだと調子を合わせる。

「結構覚えているものだな」
「鷹久が特別頭良いんだよ」

 少しの僻みを込めて僚は称賛した。
 どうせ俺は、とぶつぶつ聞こえよがしに零し始めた僚の頭を撫で、神取は笑った。
 僚はすぐに態度を戻し、肩を上下させた。それから、試しに一人で始めからやってみる。がすぐに諦め、四角にたたんで男に返す。

「ありがとう」
「楽しんでもらえたかい」
「そりゃあもう」

 あーあ、と僚は手を振った。
 ハンカチをしまい、戻ってきた男は元のように隣に座った。
 間に合わせで選んだだけなのにこんなになんでも完璧にこなせるなんて、やっぱり男はすごい。
 酒のグラスを傾ける手に熱く視線を注ぐ。
 もう、嫉妬を通り越して尊敬だ。誇らしく思う。

「あーあ、チェロもこんな風に上手くいけばいいのに」
「そうだね。それが出来たら楽だが……自分の出したい音は、簡単ではないね」

 自分もそこは苦戦したと、神取は遠く思い出し笑った。

「うん……簡単じゃない…ね」

 もう一度あーあと吐き出し、僚は寝転がった。男の膝を枕に、仰向けになる。

「首は、痛くならないかい」
「全然へいき」

 丁度いいよと僚は見上げ、もう一度大きくため息をついた。
 それは良かったと、男の手が丁寧に頭を撫でる。心地良さに僚はにんまりと頬を緩めた。
 風呂を済ませ、部屋着も着替え、後は寝るだけの安らいだ時間。過ぎてゆく夜をゆっくり楽しむ中、男の手を独り占めできる幸せに僚はしみじみと浸った。
 そんな折にふっと、心に浮上してくるものがあった。

「……もたついてごめん」
「うん? いやいや、初めてなのにあんなに出来るなんて、大したものだよ」
「いや、じゃなくて……」

 男は袱紗捌きの見よう見まねを言い、僚は、行為の事を指していた。

「……目隠しした時、めんどくさい事言ったから」
「……ああ、そちらか」

 察しが及ばなかった事を神取はまず謝罪した。

「いや、うん」

 紛らわしい言い方をした自分が悪いのだと僚の方こそ詫びる。
 沈んだ表情に神取はふと笑った。

「君が『めんどくさい』人間でよかったよ」
「……うん」
「独り善がりにならず、一緒に組み上げていける楽しみがあるからね」

 だから、不満や違和感があるなら飲み込まず言ってほしいと、神取は希望した。

「これは、一人では限界があるんだ。協力してくれるかい」

 もちろんだと言葉が喉元まで出かかるが、一方で、これからもこうしていちいち躓いて男に迷惑をかけてしまうのが予測出来るだけに、言葉は素直に出ていかなかった。
 曖昧に視線をさまよわせていると、男の手が頬に触れてきた。自分より幾分高い体温に思わずどきりとする。

「これからも、私にだけいい音をくれるかい」

 僚はおずおずと目を見合わせ、向けられる微笑に遠慮がちに笑みを浮かべた。頬に触れる男の手を自分の手で包み込む。
 それから男の顔へと手を伸ばした。

「……鷹久も、くれる?」
 俺にだけ
「ああ、もちろん」
 君にだけ

 神取は触れてきた指先に軽く接吻すると、しっかり握りしめ誓った。

「俺だって、もちろん」

 僚も同じように指先に触れ、誓いを返した。そうだ、男が導いてくれるなら、はじめてのものでもどんなものでもこなせる。
 お互いの顔に、ゆっくりと笑みが広がっていった。

 

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