Dominance&Submission

幕間

 

 

 

 

 

 ぬるめの湯船に揃って浸かり、肩を寄せ合う。
「痺れて痛むところはないか」
 肩から腕にかけて慎重に探る男の手のひらにうっとり浸り、僚は首を振った。

「……うん、平気」

 指も全部ちゃんと動くと、ピアノを弾く前によくする動きで証明する。

「よかった。ゆっくりあたたまって」
「なに、鷹久は絶対ヘマしないんだから、大丈夫だよ」

 心配性だなあ。
 笑いかけ、僚は顔を寄せた。
 応えて神取は抱きしめた。
 キスを交わす最中、先ほど彼が口にした言葉が唐突に脳裏を過ぎった。

 ――……でも、もっと早く会ってたらよかったな

 思う事はある。歯痒く願う事がある。
 今もふっと、どろどろとしたものが過ぎる。彼の泣き顔は可愛い。泣き叫ぶ声と相まって、心をぞくぞくとさせ、もっと苛めたくなる。そんな時ふっと過ぎるのだ。一体何人の前で、この可愛い泣き顔を晒したのだろうと。どれだけの人間が彼を泣かせたのだろう。どんな風にして…考えるほどに心が重く軋む。
 けれど、事が終わって一緒に汗を流し、抱き合ってキスをすると、重たいものははがれていった。一回ごとに薄れ、苛々させる気持ちはなくなっていった。
 抱きしめてくれる腕を感じるほどに、気持ちは落ち着いてゆく。
 キスの後、僚は甘える仕草で男に抱き付き、小さな子供がするように抱っこの形になった。
 ぴったりと肌をくっつけ、肩に頭をもたせて、僚は力を抜いた。
 心地良い重みに神取は軽く笑い、上げた手で頭を撫でた。

「鷹久の手、やっぱり気持ちいいな」

 お返しと、僚も同じように手を動かした。
 しばらく、お互いに頭を撫で合い、それが妙におかしくてくすくすと笑う。
 気持ちいい…少年の、夢見るような声が耳元でした。愛しさを込めて頬に接吻する。
 しばらくして僚は、男の名を唇に乗せた。
 小声で応える。
 しかし彼はすぐには口を開かなかった。
 待っていると、ゆっくり身体を離し、また元のように肩を並べる形で膝を抱えた。
 そして静かに言葉を紡ぐ。
 出てきたのは、出会う前の時間についてだった。
 神取は心持ち目を見開いた。

「鷹久ってさ、心を読み取るのが上手いじゃん、俺より前にも、誰か他の人ともこうしてさ……」

 したよね、と、ため息ほどの声がもれた。
 男は軽く目を瞑った。

「……今は君のものだ」
「うん……鷹久がそうやって言うたび、すごく」

 僚は曖昧に男の方を見やった。

「どうでもいい事になってく。だって今は自分だけを見ている。鷹久は俺のものだなって実感がして、どうでもよくなる」

 しずしずと目を上げ、視線を合わせる。

「それでも時々さ、こんな風に優しい腕に抱きしめられるとさ、思うけど……でも、今は俺のものなんだ」

 それで、と僚は一旦言葉を切った。

「……あのさ、笑うのなしで。あと怒るのも」
「怒らないよ。なに、言ってごらん」
「いいだろ、って……みっともないけどさ、自慢するみたいな感じで、鷹久独り占め、してるのが……すごく嬉しい」

 窺うように見つめてくる彼が、たまらなく愛しかった。
 だから、と僚は続けた。

「俺はこう思ってるから、鷹久、もう怖がらなくて大丈夫だから」

 だから。

「俺の事も……――」

 そこまで聞いて、僚が何を云おうとしているか悟った神取は、答える代わりに唇を寄せた。
 これから先ずっと、君のものだ。
 しっかりと腕に抱きしめる。

 

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