Dominance&Submission

一緒に出かけよう

 

 

 

 

 

 希望通り二杯目のミルクティーを作り、神取はリビングに持って行った。
 ソファーに身体を沈めて、窓に叩き付ける雨をぼんやり眺めていた僚に、手渡す。

「さんきゅ」

 笑顔で受け取り、僚はひと口啜った。隣に座った男へちらりと視線を向け、口を開きかける。
 男は、言葉が出てくるのをじっと待った。
 やがて声がした。

「俺も……変態だよな」

 男は息を詰めた。何を言い出すのかと思えば…笑いそうになるのを必死に堪える。紅茶を飲む前で本当に良かった。
 カップを置いて、顔を向ける。

「そうだね、でも違うよ」

 そんな君が好きだと続け、頬に軽く口付ける。
 僚は窺うように上目遣いになった。
 笑いかけると、彼もほのかに笑みを浮かべた。

「来る時言ったのって、まだ有効?」
「ん……どれだい?」

 返しながら、男は記憶を手繰った。

「夜の、豪華なディナー作るっていうの」

 もちろんだと頷くと、僚はぱっと顔を輝かせた。

「じゃあそれにする。お詫びに作るよ」
「それは嬉しいな。だが君一人に任せきりは気が引けるから、一緒に作らないか」

 とはいえ、実はたいしたものは作れないが。
 それは自分も一緒だと、僚は笑った。料理は嫌いではないが、一人暮らしの為作り置き出来るものが主で、あまり凝ったものは作った事がない。
 挑戦するのもいいが、せっかく二人で作るのならば、失敗しないもの、何より二人が食べたいものがいいだろうと、話し合いの末決まる。
 決定したのは定番のメニューだった。豪華ディナーには程遠いが、一緒に作る事は思った以上に心をわくわくさせた。
 それでは買い物に出ようというところで、僚は声を張り上げた。

「わかった!」
「何がだい?」
「食後のデザート、ケーキとかつければさ、豪華っぽくなるんじゃない」
「ああ、なるほど。いいアイデアだ」
「だろ。じゃあそれは俺が買う。今日のお詫び」

 来週には行けるというのに当たり散らして、嫌な思いをさせてしまった詫びだと、僚は申し出た。

「あまり気にするな。誰でも、虫の居所が悪い時はある」
「でも俺、鷹久のそんなとこ見た事ないし」

 そもそも怒る事があるのだろうか。感情が欠落しているという訳ではない。さすがに怒りを抱く事はあるだろうが、それで無関係の人間に当たったり不機嫌さをむき出しにしたり…そんな男の姿は、とても想像出来なかった。

「あるのか?」
「まあ、それなりにね」

 神取は曖昧に笑って肩を竦めた。

「そっか……」

 幻滅させてしまっただろうかと表情を伺う。心なしかほんのり笑っているようだった。安心めいたものを感じ取り、男もそっと笑う。

「なんかごめん、勝手に鷹久の事決め付けたな」
「君もじきに、上手く逃すこつがわかるようになるよ」
「うん……頑張る」

 きりと表情を引き締め、僚は堅苦しく頷いた。自然頬が緩んだ。
 少し間をあけて、僚は理由を語った。雨のせいで来週に延びてしまったのが一番の原因だが、それまでに、日々の生活で小さいながら上手くいかない事が積み重なって苛々が積もり、そこにきて雨で外出が流れてしまった。今、冷静になって見れば馬鹿げたこじつけだが、自分は何一つ上手くいかないのだとしようもなく怒りが込み上げ、それで八つ当たりしてしまったのだそうだ。
 楽しみに待ちかねていた分、怒りも激しい。
 些細なものが堪える基になる、よくわかると、男は何度も頷いて寄り添った。
 ごめん、ありがとう、と、僚は苦笑いを零した。

「とにかく、そういう訳で今回のは俺が悪いんだから、俺が美味いデザート用意するよ」

 男はしばし考え込み、彼の意思を尊重する事にした。まったく、頑固で融通が利かない、愛しい子。
 任せると抱き寄せると、僚はくすぐったそうに笑った。

 

 さあ、では一緒に出かけよう。

 

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