Dominance&Submission

ランチ

 

 

 

 

 

 マンションのエレベーターに乗り込み、男の居住階である五階を押した桜井僚は、続け様に閉ボタンに触れ壁にもたれかかった。
 扉は音もなく閉まり、静かに上昇を始める。
 目的階に着くまでの間、僚はじっと自分の足を見つめていた。
 静かな箱の中で、やや大げさな呼吸音だけが繰り返される。
 駅からここまで距離はわずかだが、間もなく衣替えを迎える時期、短い距離とはいえ全力で駆けたせいでじわっと汗が滲んできた。片手で忙しなく仰ぎながら、僚は少し苛々した様子で上部の表示を見上げた。両手をジーパンのポケットに無造作に突っ込む。
 早く。
 右に入れた携帯電話のストラップをぐるぐると指に巻き付け、ほどいては、また巻き付ける。
 早く。
 いつもと変わらないものに焦れ、五階に着いた途端僚はエレベーターを飛び出し早足で廊下を進んだ。
 早く顔が見たい。
 チェロの練習という名目で、頻繁に男の部屋を訪れてはいたが、当の本人に逢うのは二週間ぶりだ。
 たった二週間でどうしてと自分でも思うが、昨日、確認の電話を寄越した男の声を聞いた瞬間から、早く逢いたくて逢いたくて、どうにも我慢が出来なくなってしまった。
 それまでは、本当に何ともなかったのに。
 週末の予定を思うと…新しく見つけた美味い物の店へ行き、今の時期に合う服の一枚も探して、封切されたばかりの映画を見る…心躍るひと時が訪れるが、それだけしか見えないほど舞い上がっていたわけでもなく、平穏に過ごしていたのに。
 チャイムを押すのでさえ緊張するほど、舞い上がっている。ごくりと喉を鳴らし、僚は呼び鈴を鳴らした。
 目の奥が熱い。
 落ち着けと言い聞かせたにも関わらず、ややあって男が顔を覗かせた途端、僚は反射的に抱き付き唇を重ねた。
 身体ごとぶつかってきた僚に、神取鷹久は驚き目を見張った。受け止めきれず、一歩二歩よろける。
 構わずに僚は玄関に踏み込むと、壁際に男を押し付け尚も唇を貪った。
 逢えなかった二週間を埋めようとしっかり抱き付き離さない僚を抱き返し、神取は口付けに応えた。
 しばらくの間、二人の荒い息遣いと舌の絡み合う淫靡な音だけが続いた。
 ゆっくりと、そこにあるのを確かめるように舐め合う。互いの形、震え、熱が伝わってくるのを、二人は身体の芯が痺れる程に感じ取った。
 やがて僚は、口付けを交わしたまま男の手を掴むと、自らの下腹に導き腰をすり寄せた。
 ジーンズのかたい布越しでもはっきりわかるほどいきりたった感触を、男は優しく包み込んだ。
 心地好い圧迫に、頭の芯がずきんと痺れる。僚は抱きしめる腕にさらに力を込めると、礼の代わりに同じように男のものを撫で上げた。

「ベッドまで待てないかい」

 唇の上でからかうように囁かれ、僚は一瞬息を飲んだ。目を伏せ、小さく何度も頷く。

「……待てない」

 言って、男のベルトに指をかける。
 ふと見た口元に、微笑が浮かんだのを見た途端急に恥ずかしくなり、しかし抑え切れない欲求に僚は喉を鳴らすと、目を逸らしたままその場にしゃがみこんだ。
 いつもよりも積極的な態度に、男の胸が昂ぶる。
 同時に、いつもよりも自制を失っている僚に、嗜虐心がかきたてられる。
 少し急いた様子でベルトを外そうとする手を掴み、立たせると、有無を言わさず神取は抱き上げた。
 声も出せず驚く僚の慌てた息遣いを聞きながら、自室へと向かう。
 困惑して縮こまった身体をベッドに横たえると、そのまま覆い被さり唇を塞いだ。

「待たせてしまって悪かったね」

 潤んだ瞳でぎこちなく見上げる僚にそう囁き、再び口付ける。

「ん、ん……」

 心地好い重みに、僚は熱い吐息をもらした。もっと感じ取りたいと腕を回す。
 しかし男はそれを半ばでほどき身体を起こすと、不満そうな眼差しをまっすぐ見つめ返した。
 一秒も我慢出来ないほど身体は昂ぶっていたが、言葉もなく見つめられるのはさすがに恥ずかしかった。
 疼く下腹を身じろぎでごまかし、目を逸らす。
 不意に、男の手がそこに触れてきた。
 自分から導いた時は昂奮に霞んでいて感じなかった羞恥が、身震いとなって僚に襲い掛かった。
 一気に頬が熱くなる。

「したくてたまらない、といっているね」

 確かめるように揉みしだく手に身を強張らせ、僚は顔を背けた。

「……悪いか」
「とんでもない。私好みの、いやらしい子だ」

 くすくすと笑う声に、きつく唇を引き結ぶ。
 恥ずかしくてたまらないのに、どうしてだか心がぞくぞくする。
 いやらしい子だと侮蔑される事に、一瞬の怒りと抑えようのない快感を覚える。そしてそんな自分を恥ずかしく思い、それがまた気持ちよくて、やがて訳がわからなくなってゆき、最後は、目も眩む官能にたどり着く。
 男の手と、言葉によって。
 唇を結び黙したままの僚から離れると、男はクロゼットに歩み寄った。中から帯状の青い布を取り出すと、再びベッドに戻り腰かけ、僚に手渡す。
 困惑顔で受け取り、僚は手の中の布と男の顔を交互に見やった。
 青い布の意味は、すぐにわかった。
 でも、何故。

「君のように底なしで貪欲な子には、普通のやり方では満足出来ないだろうからね」

 そう言って抱き起こすと、着ているものを一枚ずつ、脱がしにかかる。
 一瞬ためらい、僚は大人しく身を委ねた。しかしそれも上に着ていた物を脱がされるまでで、ジーンズのベルトに手をかけられた途端、青い布を握った手で男の行為を拒んだ。

「じ……自分で脱ぐ……」

 何度も経験しているのだが、何度繰り返されても、この男に服を脱がされるのは慣れない。
 裸どころか、それ以上に恥ずかしい姿を知られているのに。
 そんな僚を無視して、神取はベルトを外した。

「い、やだ――」
「腰を上げて」

 有無を言わさぬ声音に、僚は諦めて目を閉じた。言われた通り腰を浮かし、全裸になる。
 瞼の裏に、欲情した自分の姿を凝視する男の視線が浮かび、身の竦む思いに僚は息を詰めた。
 膝立ちのまま動けなくなった僚の手から青い布を掴み取ると、神取は閉じたままの瞼を布で覆い隠した。
 もう気付いていたのか、僚は一瞬驚いたように肩を竦めたが、抗う素振りは見せず、大人しくしていた。
 しっかりと結び終えると、強張った頬に口付け、身体を横たえてやる。

「どう……」

 どうするのかと、不安そうに尋ねてくる僚を安心させようと、神取は手を握り言った。
「私に、何もかも委ねられるかい」
 視覚を奪われた状態で身体を任せられるかと聞いてくる男に、僚は微かな昂奮を覚えた。ややあって小さく頷く。
 握り返す手の甲に、神取は恭しく唇を寄せた。

「二週間分、まとめて満足させてあげよう」

 鼓膜を震わせる心地好い低音と耳朶に触れる吐息とに、腹の底がぞくりとざわめく。

「たかひさ……」

 半ば無意識に、名を呼ぶ。するとそれに応えるように、頬に口付けられる。僚はうっとりと唇をほころばせた。男の顔が見えないのは少々不満で、不安もあるが、見えない事でより一層気持ちが昂ぶるのを感じてもいた。
 いつ、どこから触られるかわからない。
 自然と息が荒ぶる。
 唇の余韻が残る頬に手を触れた時、男の声が耳に滑り込んだ。

「自分でしてごらん」

 ひくりと喉が引き攣れる。

「逢えなかった二週間、どれだけ我慢できなかったか私に見せてごらん」

 頬に触れていた手を掴まれ、下腹に導かれる。
 もぞりと身じろぎ、僚はおずおずと握りしめた。が、脳裡に浮かぶ男の視線に縛られ、中々始められなかった。手の中のそれは早く早くと急かすのだが、どうしても動かせないのだ。

「ちゃんと見ていてあげるから、始めなさい」

 そう言って男は僚の手を包み、促すように上下に動かした。

「ん、う……」

 先端に触れた瞬間、滲んだ先走りの雫が指を濡らした。ひくりと喉を鳴らし、僚は身を強張らせた。

「すっかり濡れているね」
 まるで、我慢できないと駄々をこねているようだね

 耳元で低く囁かれ、過剰に肩を震わせる。同時に、全身にじわりと疼きが広がり、握ったそれが一際硬さを増した。

「あっ……」

 そんな自身の反応に、さらに羞恥が募る。

「ほら、動かして」

 またも促され、僚は緩く首を振った。
 男の笑う声が耳をかすめた。

「早くいきたいだろう」

 耳朶をくすぐる囁きに、胸を喘がせる。
 目の奥がじわじわと熱さを増し、少しずつ、快感へと押し流していく。
 抗いながらも飲まれ、やがて僚は自らの意思で自身を扱き出した。
 腰の奥がずうんと疼き、底の方から、泡のような快感がふつふつと湧いてくる。

「あ…、っ……」

 ぎこちない動きで自慰にふける様は、男の胸を熱くさせた。時折もれる熱い吐息が、さらに焦がす。
 徐々に手を早める僚に顔を近付け、変化する表情をじっと見つめた。
 わずかに開いた唇に誘われ、口付ける。
 不意の接吻に驚く僚の顔を両手にしっかりと包み、より深く舌を貪る。
 ねっとりと絡み付いてくる舌を、僚はもっともっとと欲しがった。わずかに顎を上げ、舐め合う。
 それをきっかけに、僚はさらに手を早めた。腰を浮かし、絶頂を求めて自慰を続ける。
 根元から先端までを擦る度愉悦が大きなうねりとなって全身に広がり、ゆっくりと溺れていく。

「気持ちいいかい」

 そっと問い掛ける声の方に向き、唇を震わせながら頷く。

「なら……気持ちいいと言ってごらん」
「気持ち……いい」

 導く男に、いつもなら抗う言葉を素直に口にする。

「どこが気持ちいい?」

 それでも、卑語を引き出そうとする問い掛けには口を結び、小さく顎を引く。

「僚……」

 唇に、吐息が触れた。はっと息を飲み、僚は小刻みに震えを放ちながら声のした方に顔を向けた。
 今は見えない支配者の眼差しが、瞼の裏に思い浮かぶ。熱をたたえた鋭い双眸に、眉間が焼け付く。
 声もなく『鷹久』と名を綴り、僚はゆっくりと口を開いた。

「括れたとこと……先の…気持ちいい……」

 熱に浮かれたように呟き、妖しく腰をくねらせる。

「ひくひく震えて……本当に気持ちよさそうだ」

 下腹の変化を事細かに告げると、僚は恥ずかしそうに頬を赤らめ俯いた。
 反応を面白がって、男は更に言葉を続けた。すると、少し拗ねたように甘えた声で見るなと鼻を鳴らし、いやいやと首を振る。
 自慰を続けながら。
 その様は、たまらなく、愛しかった。
 男は引き出しからピンクの性具を取り出すと、僚の手に握らせた。もう片方の手にはコントローラーを渡し、指をかけさせる。

「もっと気持ちよくなってごらん」

 僚の親指がつまみの上をためらいがちに滑る。プラスチックの振動がもたらす、弾けそうなあの悦楽を思うと、自然と腰が動いた。

「さあ、スイッチを入れて」

 誘う声に自然と涙が滲み、覆い隠す布をしっとりと濡らした。
 僚と名を呼ぶ男の声に、脳天がぞくりと疼く。
 僚はゆっくりとつまみを押した。
 途端に性具は振動を始め、手のひらをじんわりと熱くさせた。
 期待にか、僚の手が震えながら下部に近付く。
 低い羽音と共に震えるピンクの塊が自身に触れた途端、僚は声もなくびくびくと身じろぎ喉を反らせた。

「…あ、あっ……いい……」

 かすれた喘ぎと共に、下腹のそれから涙よりも透明な雫がとめどなく溢れる。
 くちゅくちゅと耳を犯す卑猥な水音に、胸の内が熱く滾る。そんな様を、男がじっと見つめているのかと思うと、身体中がとろけそうになる。
 半ば我を失った様子で、僚は手にした性具ごと自身を扱き絶頂を目指した。
 貪欲で浅ましい自分を、もっと見てくれと言わんばかりに腰をくねらせて。
 絶えず弾ける泡の中に横たわっていた身体がすくい上げられ、どこまでものぼっていくような浮遊感。
 目の前に迫った絶頂に手を伸ばした直後、思いがけず強い力で手首を掴まれ、僚はびくりと身を竦めた。
 見えない男を探し、不安そうに頭をめぐらす。
 何故急に止めたのか分からず、僚は乱れた息を飲み込みながら声を待った。
 しかし男は無言のまま、僚の手からもぎ取るように性具を奪いスイッチを切った。

「あ……」

 名残惜しそうに後を追う僚をやんわりと制し、神取は言った。

「まだ、駄目だよ」

 頭上の声に、あからさまな不満を浮かべる。

「いきたいかい?」

 顔の傍に手をつき、僚の顔を見下ろして男は言った。
 耳横のかすかな揺れに頬をすり寄せ、僚は小さく頷いた。

「どうしたい?」

 口で言わなければ受け入れないと、繰り返し訊ねる声に、僚は観念していきたいと綴った。

「聞こえないよ」
「……いきたい」

 蚊の鳴くような声で唇を震わせ、反対側のシーツに顔を埋める。
 恥ずかしさに顔を背ける僚の顎に指をかけ、男は優しく自分の方に向かせた。
 そしてもう一度、問い掛ける。

「い……きたい」

 今にも泣きそうに唇を歪め、僚は声を絞り出した。
 直後、ひゅうと喉を鳴らし仰け反る。
 取り上げられた性具が、下腹に触れてきたのだ。
 先走りの雫に濡れたそれは、細かな振動を繰り返しながら性器の根元をゆっくりと這った。

「んうっ…ふ……」

 根元から睾丸の奥へと這い回るピンクの塊に、上擦った悲鳴をもらす。
 中断されくすぶっていた欲求が瞬く間に燃え上がり、しかし射精の一撃には届かないじれったい愛撫に、僚は不満げに腰を揺すった。


「や…だ、あ……」
 握りしめていたシーツを手放し、我慢できないと自身の下部へと伸ばす。

「駄目だよ、僚」

 自ら解放しようとする僚を、そのひと言で制し、男はさらに奥へと性具を潜り込ませた。

「ひっ…い…や……あ、あ……」

 びくびくとわななき訴える姿を眺めながら、男は尚も敏感な箇所をなぞり身体を煽った。
 僚の目にまたも涙が滲む。
 硬く張り詰めた睾丸の上で、天を突いて屹立した性器が、ひくひくと不規則に脈動し雫を溢れさせる。

「あぁっ…あ……」

 やり場のない手に再びシーツを握り、いかせてもらえないもどかしさに打ち震える。

「も――我慢できな……」

 涙声で囁き、僚は許してと繰り返した。腰から下がどろどろに溶けてしまったように熱く、半ば麻痺しているのに、男に嬲られているそこは針のように尖り敏感になっていた。
 鷹久と涙声がもれると同時に、男は手を引いた。
 許しが出る前に射精してしまう痴態は回避出来たが、ぎりぎりまで追い詰められた身体は、後で罰を受けても構わないから解放して欲しかったと思ってしまうほど熱く昂ぶっていた。

「お願い……だから――」

 硬く強張った指を震わせ、僚は涙混じりに懇願した。

「しようのない子だね」

 鼻の先の声に、小さく驚く。そんな間近からずっと見られていたのかと思うと、たまらなく恥ずかしくなり、僚はおどおどとぎこちなく顎を引いた。

「も……いかせてよ……」

 必死にこらえ、かすれた声でねだる。
 男はそんな様子を黙って見下ろし、いいと言ってくれるのを待っているだろう僚の頬にそっと手を当て囁いた。

「おねだりが上手だね……僚」

 途端に僚ははっと息を飲み、小さく唇を震わせた。
 彼がどんな言葉に、より羞恥を感じるか知り尽くしている。
 声にならない声でごめんなさいと甘え、わななく唇に目が釘付けになる。
 嗚呼、なんて愛しいのだろう
 もっと…乱れてすすり泣く姿を見たい。
 身も心もどろどろになって、溺れる姿を見たい。
 快感の虜になった恋人を見つめる男の唇に、うっすらと笑みが浮かんだ。

「たかひさ……?」

 僚は不安げな声を零した。ベッドがわずかに揺れたのだ。ベッドから立ち上がった時のように。傍を離れた男の気配を追って、ぎこちなく首をめぐらす。
 空気の揺れを追ったのか、見えないながらもこちらへと顔を向ける僚にふと頬を緩め、男は別の性具を手にまた元のようにベッドに腰かけた。
 僚の顔から強張りが消える。
 男は安心させる為、一度頬を撫でた。すり寄せる仕草がたまらなく可愛い。

「大丈夫、ここにいるよ。君ともっと楽しみたくなったんだ」
「な、に……?」
「手を出して。大丈夫、決して痛い思いはさせない」
「……うん」

 僚は、声のする方に手を伸ばした。そんな事、言われなくてもわかっている。男は絶対にこちらを傷付けない。こちらが望む時だけ、少しの痛みを与えるだけで、不必要に傷を作るなんて真似は、決してしないのだ。
 とはいえ男の寄越すものだ、別種の不安が付き纏う。
 男は手にした小さなそれを、まず僚の人差し指に触れさせた。

「……なんだ?」
「親指でつまんでごらん」

 僚は言われた通り、恐る恐る指に挟んだ。意外に柔らかい。しかしまるで正体がわからない。男の言葉を待ちながら指先で探っていてある時唐突に、答えに行き着く。
 これは、以前に使われた事がある。初めて見た時は何かの部品と勘違いした。筒状のこれは、完全に栓をする為のものではない。射精はできるが、もどかしさにのたうち回る、意地の悪い性具。
 はっと息を飲む僚ににやりと笑い、男は言った。

「使ってほしい?」
「やだ!」

 反射的に口から叫びが出る。
 一度目のそれは本気だった。
 しかしすぐ後から、じわっと熱いものが滲み出すように強烈な期待とほんのちょっとの恐怖が込み上げてきた。

「どうしても嫌?」
「いや…だ……」

 弱々しく首を振る。
 怖い事は怖いのだ、嫌なものは嫌。だというのに、身体が奇妙に疼いてしまう。
 使われたい、男にそれで苛められたい…浅ましい欲望が抑えようもなく湧き上がってくる。
 頬に、男の微かな吐息が触れた。
 キスの予感に僚ははっと息を飲む。直後、唇が重なる。

「ん、んっ……」

 口内でゆっくり蠢く男の舌に声が抑えられない。舌の裏側をじっくり舐められ、いやらしい動きに身体中がぞくぞくとした快感に包まれる。
 このキスがどういう意味を持っているのか、嫌というほどわかっている。

「あっ……!」

 触れるか触れないかの絶妙さで肌をなぞる指が、どうしたいのか、嫌というほどわかっている。
 男は、自分がうんと言うまで、こうしてどこまでも優しく穏やかに身体を愛撫してくれる。十本の指と、唇と、舌で、甘い刺激を与えてくる。
 ただし、最後の一撃は決して渡さない。
 自分がうんと言うように仕向けて愛撫を続け、焦らし、合間に何度も聞いてくる。

「これを使ってほしい?」

 使ってもいいか、ではない。どちらが欲しているかを摩り替えようとする。

「やだ…たかひさ、いやだ……」

 嗚呼でも、嫌だと口では拒みながら、自分は使ってほしくてたまらなくなってゆく。
 男に誘導される自分に深く深く酔う。表面上は嫌だと装って、首を振り嫌だと顔を歪めて、そうしながら我慢出来なくなってゆく自分に深く深く溺れる。
 男に溺れる。
 男と一緒に溺れる。
 男の寄越す快感はほんの少しの意地悪を含んだ、ひたすら甘いもの。一度味わったら病み付きになって、何度も何度でも欲してしまう。

「僚、これを使って欲しい?」
「や、だぁ…」

 声がうまく出ない。愛撫の手はますます優しく、とろけんばかりの愉悦に恥ずかしい声が止まらない。
 時折強烈な刺激が与えられる。上擦った声で応え、もっと続けて欲しいと身体をくねらせるが、手はあっさりと退いてしまう。
 恨みがましい声で身を揺する。もう何度、そういう事を繰り返されただろう。
 男は反応に微笑み、また、愛撫を再開する。
 そしてまた聞いてくる。使ってほしいか、と。
 耐えられない、我慢できない。
 もっと強烈なものが欲しい。
 少し苦しいのが欲しい。

「た、たかひさ……」

 先端からはしたなく涎を垂らしながら、男に縋り付く。

「使っていい…欲しい」
「どこに?」

 自ら足を開き、無様な格好で腰を弾ませる。

「ここに…これ…に、欲しい……」

 僚はぶるぶると震える手で、つまんだ性具を差し出した。
 男はふと笑う。

「いい子だ」

 待ちかねたひと言に僚はうっとりと笑みを浮かべた。この声…支配者の声を聞くと目の奥がずきんと熱くなり、何をされてもいいとさえ思ってしまう。
 どんなに恥ずかしい事でも。

 

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