Dominance&Submission

砂時計

 

 

 

 

 

 広げた形でベッドに括り付けられた両手の枷を軋ませ、僚は辛そうに身悶えた。噛まされた玉枷によって言葉は封じられ、苦しいと訴える事も出来ない。せめてもの代わりに眼差しを向けるが、見下ろす位置に座り黙って見つめてくる男の心を動かすのは、無理のようだった。
 身体の中心、下腹で存在を主張する僚の雄は、男の手によって再び勃起させられ硬く屹立した状態で革の拘束具を取り付けられた。根元も、睾丸も、くびれも。内側に向かって生えたいくつもの突起は彼自身をきつく戒め、射精を禁じる役割を忠実に果たしていた。
 凝った熱が脈動する度、腰の奥にずうんと響く鈍痛が生じ、自分では御しきれないその痛みに僚は切なく呻きをもらし震えを放った。
 しばしその様子を眺めていた男は、やがてゆっくりと手を伸ばすと、革の拘束から逃れた先端に優しく触れた。ひくひくとわななくそれを慈しむように、指先で淡い窪みをそっと揉む。

「んん…ん――!」

 苦鳴をもらし、庇おうとする足を片方掴むと、閉じられないように持ち上げ、尚も男は先端を責めた。

「ふぁっ……は、ふ…ぅ……」

 啜り泣きに近い声を上げ、僚は激しく首を振った。意思とは関係なく身体が震えて、こらえきれずに溢れた涙が頬を伝う。

「んぅっ、あ…ぁっ……」

 先端を嬲っていた手はいつしか奥へと進み、ぱんぱんに張り詰めた睾丸を弄んでいた。
 手触りを楽しむかのように撫で回され、あまりの辛さに僚は何とかして言葉を綴ろうと懸命に声を上げた。

「どうした。何が言いたい?」

 しかし返ってきたのは、冷酷なその一言だった。
 振りほどこうともがく足を力任せに胸に押し付け閉じられないようにすると、男は身体を割り込ませ再度尋ねた。

「言いたい事があるなら、はっきり言いなさい」

 声を出すのが精一杯の僚にそう言い放ち、睾丸より更に奥、パールによって散々苛まれた小さな口に指を押し当てた。

「…ふっ……!」

 焦らしながら少しずつ入り込んでくる細く長い異物に、僚は背を反らし切れ切れに喘ぎをもらした。射精出来ない代わりに涙を流し、薬によって貪欲になった自らの反応に大きく首を振る。
 やがて根元まで埋め込まれた指は、途端に態度を変え、内奥を激しく突き上げ僚の悲鳴を散々に搾り取った。かと思うとぴたりと動きを止め、物欲しそうにひくひくと蠢く内壁を無視して一切の刺激を与えない。
 奔放な動きをみせる指に声は枯れ、疲弊しきった様子で僚はひくひくと喉をわななかせた。
 声もなく喘ぐ様に満足げに微笑み、指を動かし続けながら乳首に顔を寄せた。

「んぅ…ふ――」

 びくんと身体を弾ませ、僚は切なく鳴いた。前立腺を刺激されながら乳首を口に含まれ、二つが繋がったかのようなあの錯覚に、目の奥で白い光がはじける。
 寸前まで煽られ、しかし出口を封じられた快楽は僚の理性を蝕み、奥底へとさらう。
 啜り泣く声すら弱まり、さすがに限界も間近と察した神取は、指を抜くと、口枷を外しにかかった。次いで両手の戒めを解いてやり、力なく四肢を投げ出す僚を抱き起こし、自分にもたれさせてやる。
 口枷のせいでだらしなく溢れた涎を丁寧に拭い、涙も拭き取ると、優しく問い掛けた。

「僚……何が言いたい?」

 半ば途切れかけた意識に声を滑り込ませ、耳の奥に届くまでじっと待つ。
 やがて僚はのろのろと目を上げると、小さくしゃくり上げながらごめんなさいと繰り返した。

「ごめんなさい……もう…しないから……」

 恐る恐る腕を回してくる僚を、男はきつく抱き返した。愛しい。愛しくてたまらない。

「もう、二度としないね」

 自身に近付いた限界に目を眩ませながら問い掛けると、僚はゆっくり頷いた。

「いきたいかい」

 もう一度頷き、ごめんなさいと続ける。
 男は口端を緩く持ち上げると、背中に回された僚の手をやんわりとほどき、言った。

「なら、自分から入れてごらん」

 微笑み、まっすぐ目を見つめたまま両手を下方に導く男の双眸を、僚はぎこちなく瞳を揺らして見つめ、やがて小さく頷くと、視線を落とした。
 入れて欲しくて、男の前方をくつろげそれを取り出す自分に、そして自分の両手に巻かれた赤い革枷…支配されるもの証…に、無意識に心を昂ぶらせる。
 衣服の上からでもわかるほど男のそれは既に硬くそそり立ち、天を向いていた。目にした瞬間、思いがけず息が乱れた。
 僚は震える手でそれを軽く扱くと、確かめるように一旦目を上げて男を見つめ、無言の許しに唾を飲み込みまたがった。
 自分を狂わせ、解放してくれる熱塊の存在を自身の後孔にはっきりと感じ取った直後、男の手がそれ以上の動きを阻んだ。
 どうしてと、僚は腰をくねらせながら恨めしそうに男を見つめた。

「入れて欲しいかい?」

 自身に近付いた限界を巧みに隠し、神取は囁いた。
 恥じらいながらも焦れた様子で僚は頷いた。
 耳元に顔を近づけると、男は卑語を流し込んだ。
 途端に僚は顔を真っ赤にし、俯いた。

「僚…言ってごらん」

 耳朶に優しくキスを繰り返しながら、再び囁く。

「……れてください……」

 これ以上我慢できない身体に負け、恥を忍んで男の言葉を口にしようとするが、とても言えなかった。泣きそうに顔を歪め、首を振る。

「言えなければ、ずっとこのままだよ」

 そう囁く神取も、僚には到底口にしがたい言葉なのは十分わかっていた。今までそういった発言を強要した事はないし、今も特別聞きたいと思っているわけでもない。けれど、彼が薬に酔っているのと同様、自分もどこかたがが外れてしまっているのだろう。
 普段なら思い付きもしない下品な言葉を、彼の口から聞いてみたくて、心がうずうずしている。

「鷹久の、お……お、……」

 僚は唇を震わせながら、一つずつ言葉を綴った。
 そこまでして欲しがる浅ましい自分を心底恨むが、半ば麻痺した思考がそれをすぐさま打ち消し、卑語を囁かせた。
 そして神取は、更なる卑語をせがんだ。
 一度口にした事で何かが吹き飛んだのか、僚はせがまれるまま何が欲しいか男に答えた。
 そして、熱に浮かされたように、欲しい、欲しいとねだった。

「いい子だね。今、あげるよ」

 おいでと、男は挿入を始めた。

「くぅ、う――!」

 圧迫感を伴って迫り上がってくる熱塊にくぐもったうめきを切れ切れにもらしながら、僚は徐々に膝を曲げていった。

「うぁ…あ……ああぁ……」

 ぶるぶると震えを放ち、ようやく根元まで飲み込む。
狭い中でびくんびくんと脈動を繰り返す男の怒漲したものに、背筋が痺れた。
 射精を阻まれて苦しいはずなのに、僚の顔には喜悦が浮かんでいた。

「そんなに、欲しかったのかい?」

 くすくすと嘲りながら腰を抱き寄せ、恥ずかしがって俯く僚の耳朶を唇で挟む。
 髪を掴んでぐいと上向かせると、わずかな怯えに揺れる瞳を正面からとらえ、残りの言葉を綴る。

「本当に君は、いやらしくて、貪欲で……」
 底なしの淫乱だね

 侮蔑に抗議する間もなく唇を塞がれ、僚は喉の奥で悔しそうに鳴いた。
 それはすぐさま、悲痛な叫びに変わった。
 腰を使って、男が突き上げを始めたのだ。
 深奥を抉られる度眉を寄せ、苦鳴をもらす。
 見え隠れする愉悦を感じ取った男は、より激しく腰を動かし、啜り泣く僚を翻弄した。

「んう…い――や……もっ……ああぁっ……!」

 仰け反り、揺すられるまま髪を振り乱して僚は泣き叫んだ。
 構わず、音を立てて腰を打ちつける。
 激しく穿たれ、拒絶の言葉すら吐けなくなり、口から零れるのは嬌声と悲鳴だけになる。

「もっと鳴いてごらん……」

 腰を抱く男の手が、指が、時折鞭の跡をこする。

「うあ…あぁ……」

 一瞬の鈍痛にさえ甘い声を上げて、僚は妖しく身悶えた。
 限界に達した身体は壮絶な色気を放ち、薄れかけた意識に眩んだ眼差しは恍惚に染まって見えた。
 尚も追い詰める男の激しさにとうとう耐え切れなくなった僚は、かすれた悲鳴と共に目の前の男に身体を預け目を閉じた。
 そこでようやく、神取は動きを止めてやった。
 肌を通じて僚の鼓動が伝わってくる。たまらなく愛しいと思える者を腕に抱き、男は目を閉じた。
 身体を起こす力も残っていないのか、男にもたれたまま僚は熱い吐息をもらし男の胸を焦がした。

「んっ、ぅ……いい……気持ちい……」

 半ば無意識にそう口走り、緩慢な動きで腰をうねらせる。

「いく…いっ……いく……いきた……」
「いきたい?」
「んっ…うん、あぁ……いきた……いかせて……おねがい」

 お願い、鷹久。
 上ずった声で何度も繰り返し、息を乱して喘ぐ。
 男は拘束具を外すと、ようやく解放された僚のそれを少し強めに揉み扱き焦らさずに追い上げた。

「……もう我慢しなくていい」
「く…あぁ――!」

 射精の瞬間ぶるぶると震え、僚は咥え込んだ男のものを強く締め付け絶頂の喜びに浸った。
 不規則に収縮を繰り返し愛撫する内襞に射精を促され、男もほぼ同時に解放を迎えた。
 目の前で、白い火花が散ったような錯覚に見舞われる。何も考えられなくなる一瞬だった。
 鷹久、と無意識に男の名を呼ぶ。
 その、濡れた甘ったるい声に背筋が痺れてたまらない。
 男は唇を吸い、首筋を舐め、指先で彼の乳首を優しく摘まみ上げた。

「あぅっ…いい……」

 脳天にびりびりと響く快感に僚はよがり声を上げて腰をうねらせた。
 どこに触れても敏感に反応する僚の様に煽られ、男はより執拗に愛撫を続けた。刺激を受ける度、後孔がびくびくと震え締め付けてくる。

「んっ……」

 彼からの絶妙な愛撫にたちまち芯が通る。

「あぁっ……」

 内部で再び硬くなる感触に僚はおののいた声をもらした。

「いいよ……その調子でもっと締め付けて」
「ん、んっ……」

 僚は少し辛そうに眉根を寄せ、しかし男の言う通り咥え込んだものを愛撫した。

「苦しい?」
「いった、ばかり……だから、うっ…でも、へいき…んぅ、へいきだから、もっとして」

 もっと欲しい。
 薬で止まらない。怖いと片隅で思うのに、どうしても止められない。男が欲しいと思う気持ちが止められない。
 熱い腕がより強く抱きしめてくる。
 男はしばし目を閉じて浸った。

「ああ…うんとよくしてあげるよ」

 言葉と同時に、ゆっくり大きく揺さぶりをかける。
 男のものが最奥に達する度、僚は大きく首を反らせ高い喘ぎをもらした。

「おく……いいっ」
「……泣くほど気持ちいい?」
「いい……たかひさの、熱くて…かたいのが、おく…まで…あぁ――ああぁ!」

 鋭い叫びと共に僚は吐精した。互いの肌に熱いものが飛び散る。僚の後孔はより一層締め付けを増し、男を挑発した。
 もちろん、まだ足りない。
 まだ泣かせ足りない。
 もっと求めてほしい。
 声がかれるほど名前を呼んでほしい。
 求めてほしい。
 彼が欲しい。
 絶頂の余韻にぶるぶると震える僚をベッドに押し付け、男はやや荒っぽく腰を打ち込んだ。
 案の定彼はうろたえた声を上げるが、全身に溶けて広がった薬のせいもあって、非難の声はすぐに甘い喘ぎに変わった。
 苦しい、もう嫌だと訴えながらも、力強く突き上げてくる男のものにうっとりと目を潤ませ、熱心に見つめてくる。

「もうやめる?」

 訊くと、僚はきつく眉根を寄せて首を振った。わかっている。わかっていて聞いたのだ。

「もっと…ぉ……確かめて…鷹久、もっと!」

 そんな意地の悪い自分すら飲み込んで、僚は全身で求めてきた。
 男も全身で詫びる。
 彼がもっとも悦ぶところまで腰を打ち込み、彼がもっとも悦ぶやり方で抱く。
 決して乱暴にはせず、どこまでも甘く優しく追い詰める。

「た…たかひさ……もっと」

 向かい合って膝に乗り、少し疲れた様子で僚は言った。肩口にぐったりと頭を預けている。彼の、少し癖のある黒髪が頬をくすぐる。
 男は顔を上げさせると、しばし見つめあった後、接吻した。

「あぁ……たかひさ…好き、すき……」

 合間に涙声で訴え、僚は噛み付く勢いで舌を吸った。
 時々、本当に噛み付かれる。本人は無意識だろう。男は笑って受け止めた。

「すき…たかひさ……もっと、お、俺の中で」

 僚はしがみつき、後孔を締め付けながら腰をうねらせた。
 そんな風に煽られては、応えない訳にはいかない。
 男は尻を掴み、何度も強く突き上げた。彼の中は燃えるように熱く、貪欲に貪ってきた。絞り取られる感触に声が抑え切れない。

「あぁっ…おく、熱い……ああ気持ちい…気持ちいい」
「わたしも…だ……」

 彼の上げる嬌声に紛れてもらす。ひと息置いて愛していると告げた途端、凄まじい勢いで駆けあがってくるものがあった。
 目の前が真っ白に染まる瞬間。
 男はぶるぶると震えながら想いを吐き出した。
 僚の身体もまた大きくわななく。

「鷹久……好き」

 ため息交じりにもらし、僚は手を上げ男の頭を撫でた。
 優しい愛撫に浸り、男は目を閉じた。
 しばらくしてまた、二人の甘い喘ぎが部屋を満たしていった。

 

 

 

 風呂上り、自力でベッドまで歩く事は出来た僚だが、一度横になってしまうと途端にどっと疲れがやってきて、もう指一本すら動かすのが億劫になってしまった。
 その原因となった男は、けろりとした顔で傍に立っていた。なんとも憎たらしい奴である。
 僚は思い切り力を込めて睨み、言った。

「確かめた?」
「ああ、確かに伸びたね」

 色々と。
 険しい顔で睨み付けてくる僚の眼差しを軽く受け流し、神取は笑った。
 ぎりぎりと音がしそうなほど歯軋りしていた途中で、僚は何事か思い出した顔ではっとなって息を飲んだ。

「どうした?」
「今日の反省会、まだしてない。しよう」
「明日でもいいよ。今日は疲れたろう」
「……誰のせいだか」

 憎々しげに言い放ち、すぐに僚は複雑な顔になった。
 男は楽しげな顔になる。

「さて、どちらのせいだろう。誘った君か、乗った私か」
「……鷹久のせい」

 誘った自分が全ての発端である事を強引に押しやり、そのまま男に押し付ける。

「済まなかったね」

 男は穏やかに笑い、気まずさに顔を逸らした僚の頭を撫でる。
 僚は唇の先でもごもごと謝った。それからちらりと見やり、いたずらっ子の顔で笑った。男も応える。

「今日の内がいい。覚えてる内に反省会しよう」

 いいかと問われれば、もちろんいいと答える。
 わかったと男は頷いた。

「だがそう焦らずに。寝る子は育つ。向こうの準備をしてくるから、ゆっくりお休み」

 言って神取は砂時計をひっくり返した。

「砂が落ち切るまで」

 そして左端、一番短い一分の砂時計を指差す。

「それ、ゆっくり出来ない」

 僚は声を上げて笑った。
 男も笑う。
 二人で声を揃えて笑う。
 笑いながら言い合っている内に一分が過ぎ、二人は連れ立ってリビングへと向かった。

 

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