一体オレが何をした
「斉木さーん、デートしよー、映画行きましょー。今度封切のあの映画、面白いって評判スよー」 『そりゃ良かったな、行ってらっしゃい』 「はいじゃー行ってきます…じゃなくて、一緒に行きましょってばー」 『なんで僕が』 「なんでって……それが恋人に向かって言う言葉ー?」 『……たぶん』 「あーもう!」 オレは気を取り直して映画に誘う。 今週末から、某駅近くの映画館で上映されるアニメ映画に、斉木さんと一緒に行きたい旨を告げる。 映画館には本当にいい思い出のない斉木さんは、オレの予想通りの渋い顔を向けてきた。 それはよく知っている。それでも誘っちゃって本当にすみませんてところだが、それでもオレは誘いを続ける。 この作品、斉木さんが毎週見てるものだし、実は密かに映画化を喜んでるのも知っているから、一緒に行って楽しみたいのだ。 斉木さんが渋る理由、心の声が聞こえて映画に集中出来ない点の解消の為、オレは例の指輪を提案した。 もちろん、それについてはきちんとエスコートすると約束した。心の声はうんざりだが、全く聞こえないのも不安で神経質になってしまうのだ。それを少しでも和らげる為、ボディーガードみたいな感じで守る事を約束した。 それでも斉木さんの表情はいまいち晴れない。 でもオレにはまだ切り札がある。 「斉木さんは映画館嫌いだからあまりご存じないでしょうが、最近はフードメニューもえらく充実してるんスよ。斉木さんが好みのスイーツも一杯、目移りする事間違いなしっスよ」 『よしわかった、で、何時だ?』 「はい、じゃあ駅前のカフェに十時で」 やった…チョロい。 オレは時間と場所を告げながら、つい心の中でニヤっとしてしまった。 『おい、二つ折りにされるのと三つ折りにされるのとどっちがいい?』 斉木さんは暗い微笑みを浮かべるとそんな二択を提案してきた。 もちろんオレのとるべき道は一つ。 「どっちも嫌ですごめんなさい!」 ひたすら平謝りだ。 とまあこんな感じで、どうにか映画デートにこぎつけた。 その場で前売り券を購入し、待ち合わせの時間と場所を決め、オレはルンルンで家路をたどった。その途中、劇場の席順を調べ、館内の大体あの辺で斉木さんと一緒に映画を見るのか…とうっとり妄想を繰り広げたせいで足元が疎かになり、危うくこけそうになったのは内緒だ。 |
当日、待ち合わせの場所に斉木さんの姿はなかった。 えー珍しい。いつもはオレより早く来てるのに。 オレは三回も店内を見て回り、珍しい事もあるものだと思いつつ入り口からすぐ見渡せる席に落ち着いた。 とりあえず時間まで待って、それから連絡をと思っていたら、斉木さんは時間ぴったりにやってきた。 『すまん遅刻した』 「いやいや、時間ぴったりっスから」 いつも十分前だっけ、それが時間ぴったりなだけ、全然遅刻じゃないっスよ。 オレは気楽に手を振った。 斉木さんは向かいに座り、コーヒーを頼むと、オレに説明を始めた。 『実は来る途中、どでかい蜘蛛の巣にかかってるおばあさんがいてな、助けるのに手間取って。それで遅れた』 「ぶはっ、ちょっ、また豪快な言い訳しますね〜」 あんまり下らなくて、かえって腹がよじれた。いや、最初は「ふふっ」くらいの軽い笑いだったが、反芻するにつれじわじわと可笑しさが染み込んできて、しまいに腹筋が痙攣するほど笑えたのだ。 そんなオレを、斉木さんは複雑な顔で見ている。 「はー、おかしー」 斉木さんでもこんな事言うんだな。目の端に溜まった涙を拭う。 ひとしきり笑って落ち着いた頃、斉木さんの装いに目がいった。 「今日は一段と可愛いっスね。靴も決まってるっス」 オレとデートだから、気合入れてくれたのかな。斉木さんに限ってまさかそんな…と思いつつ、そうだったらいいなとほのかな希望を抱く。 斉木さんはまた、複雑な顔になった。あ、やっぱり、可愛いって誉め言葉は嫌だったかも。 『……別に。言ってもやめないからもう諦めた』 「えーそんな言わなくっても」 『それより、映画館行くぞ』 「はいはい。そんな慌てなくても映画館は逃げないっスよ」 映画館につくと、斉木さんは生き生きとした顔になってメニューを選んだ。 選んだというか全種制覇当たり前というか。 たとえばチュロスでプレーン、チョコ、イチゴとあったら「全部下さい」という具合だ。 受け取った山盛りトレイにご満悦の斉木さん。 オレは財布の風通しがとてもよくなったけど、それでもご満悦だ。 「ねー斉木さん、映画館も捨てたもんじゃないっしょ」 『ああ、驚きだな。少々値段は張るが、それに見合った内容だ。文句はない』 オレはちょっと文句あるよ…でもいいよ、斉木さんが喜んでくれるなら、オレはいくらでもトホホになるよ。 映画のあとは、感想を語りながらのランチ、それから本屋をのぞいたり服屋をひやかしたりぶらついて、カフェで一服して解散という内容。 概ね大成功のデートだった。 家に帰ったオレは、大満足で畳に寝っ転がった。 あー…楽しかったなぁ。 身体の中に一杯楽しいが詰まってる感じ。もうパンクしそうなくらい。 あの時の斉木さんやあの時の斉木さんがまたもうね、良かったんだなぁ。 思い返してはニヤニヤしたり赤面したり。 天井辺りでは、いつも出入りしている幽霊たちがお喋りしている。 オレは適当に聞き流し。今日のデートを振り返り楽しさに浸った。 そうしている最中、幽霊たちから「斉木くん」と出た事で、オレはカッと目を見開いた。 「なになに、斉木さんがどうしたって?」 「えー、あのね、朝の事なんだけど」 「ふんふん」 「はぁ〜……」 オレは畳の上で悶絶していた。 幽霊たちの話を聞いてからこっち、ずっとのぼせが止まらない。 だって、あの斉木さんが、出がけに靴が決まらず玄関に何足も並べて悩んだとか、そんな話を聞かされては、顔も真っ赤になるというものだ。 「はぁ〜ん!」 なにそれ、何あの人! つまり今日の遅刻とも言えない遅刻は、靴を選ぶのに時間がかかった、それだけオレの為に悩んでくれたって事で、これが悶絶せずにいられるか! 何なのあの人、可愛すぎるでしょー! はぁーんもう……好き 両手で顔を覆い、右にごろり左にごろりと転がってはため息を吐く。 はっ! そこでヒヤッとなった。 というのも――。 オレ、ちゃんと褒めてあげられたかな、と心配になったからだ。 ちょっと触れたからセーフ? 気持ち伝わった? うーん、あれくらいじゃ足りなかったよな…せっかくオレの為に張り切ったのに、当のオレが素っ気ないとか彼氏失格だよ! さっきまで熱かった腹の底がどんどん冷え込んでいく。 あー、明日会ったらなんて言おう。 言わなければと使命感に燃えて、またハッとなる。 いや、言うのはまずいな、あの人そういうの嫌うし。 あの人ほら、ツンデレさんだから。 じゃあ、その代わりに気持ちをたっぷり込めて抱きしめちゃうか。 「あーでも……」 そうする前に心読まれて殴られて終わり、かな。 そこまで考えた時――。 『その前に、今この場で記憶を消されて終わる』 「ひぃっ!」 突如頭に響いた言葉に、オレはガバッと飛び起きた。 見やったそこに、バールのようなものを手に斉木さんが立っていた。 凄まじいほどの殺気を纏い、オレを見下ろしている。 下手な事を言おうものなら即座に首が飛ぶ事になるだろう。 『さあ覚悟しろ』 「ま、まて……、待って!」 オレは必死に言い募った。 たとえ今記憶を消しても、幽霊たちが教えてくれるから無駄だと説得を試みる。 すると斉木さんはオレからわずかに視線を逸らした。おそらく、部屋に集う幽霊たちの気配を追っているのだろう。うんそうです、今も結構な数がいて、みな固唾を飲んで成り行きを見守っているよ。 「だからね、そんな物騒なものはナイナイして」 「………」 「斉木さん、ほら、こっちきて」 「………」 「おいで」 ようやく、斉木さんは傍に来てくれた。まだ顔付きはおっかないけど、バールのようなものは引っ込めて、広げたオレの腕に収まってくれた。 ふうー、野生動物並みに難しい。 背中を伝う汗にオレはぶるっと震えた。 腕に収まったばかりは固く力が入っていたけど、それも少しずつ抜けていって、ようやく斉木さんはオレに寄りかかってくれた。 『……何て言うつもりだ』 「なんです?」 『明日僕に会ったら、何て言うつもりだったんだ?』 腕の中で斉木さんが聞いてくる。 いや、まだ全然思い付いてません。考えようとしたけど思いとどまって、じゃあどうしようかと考えてたとこに斉木さんが現れたから、全然形になってない。 ただ気持ちがあるだけ。 『どんな?』 そりゃもちろん。 「大好きです」 これしかない。 オレは自信満々で答えた。 斉木さんは少し赤い顔になった。そんな自分に不機嫌そうに口を曲げ、小さく鼻を鳴らした。 『ふん……お前らは本当に厄介だ』 「あ、あ、オレはしょーがないっスけど、幽霊たちは勘弁してやって下さいよ」 告げ口しようとした訳じゃない。彼らはただ穏やかにそこにいて、各々好きな事を楽しんでいるだけなんです。 『……わかってる。でも厄介だ』 今も、何か言ってるんだろ、どうせ。 オレの腕を掴んでぎゅっと握り、斉木さんはますますへの字口になった。 「慣れるしかないっス」 『そうか、お前と付き合いやめれば……!』 「ちょまままー!」 それだけは勘弁して! オレは必死の形相で叫んだ。 言うに事を欠いてなんてことを! 『うるさい』 頬っぺたの片方を引っ張られる。 「いたいたいたい! 取れちゃう取れちゃう!」 「おーいて……」 ようやく解放された頬っぺたをさすっていると、斉木さんの手がそこに重なってきた。 「もう、乱暴者なんだから。めっ」 オレは笑いながら顔を覗き込んだ。斉木さんは殊更すまし顔でそっぽを向く。あん、もう…乱暴でもつんけんしてても、オレの腕の中にいてくれるんだから、こんな幸せな事はない。甘え下手な恋人を持つと苦労す――しないー! 全然苦じゃないねー、なんて、一人芝居を馬鹿馬鹿しく繰り広げる。 すると、いい加減にしろというように斉木さんに軽くはたかれた。 「あいてっ、すんません」 『付き合い止める気はないが、今度からはあいつらが何言っても聞こえない振りしろ』 「ええー…難しいな」 斉木さんの手を取り、なんとなく両手で挟んで撫でたりしつつ、オレは渋い顔になる。 今も何か言ってるんだろ…と斉木さんが気にするずばりその通り、オレらをちょっと遠巻きに眺めて、数人の幽霊が微笑ましく見守っている。 ひそひそと囁き合ってるのもいて、可愛いねとか、普段はクールなのにやっぱり恋人といると甘えるんだねとか、まあ概ね好意的に受け取られてて、オレとしちゃ恋人褒められてる訳だからとっても嬉しくていい気分なわけで、心の中で大はしゃぎの自慢大会で色々考えまくりなんだけど、これをやめるとなるとやっぱり難しい。 『難しくてもやれ、何も考えるな、無心になれ』 「もー無茶を言うー」 半泣きになるオレ。 だってさ、恋人褒められて舞い上がらない奴いないって! 無理難題にため息を吐き、オレはぎゅっと斉木さんを抱きしめた。 そしてある事に気付いた。 オレは今、ある考えが浮かびそうになるのを必死に食い止めてる。 一生懸命経を唱えて打ち消そうとするんだけど、抵抗空しく形になってしまった。 斉木さんのあの言い分…何言われても無心でいろって、あれって、これからも自分はオレの為に色々工夫するのを止めないって意味だよな。 だってそうでなきゃ、冗談半分に言った付き合いやめるを選択すればいいんだもの。 そうでなくオレに言う、言ったあの内容はつまりこれからも――。 そこまで考えたところでオレはハッと息を飲む。 斉木さんの手に、再びバールのようなものが握られたからだ。 「またっスか!?」 もー、世界最強の超能力者は、照れ隠しも世界最強だよ! |