卒倒するほど

 

 

 

 

 

 十二月に入り、コンビニのスイーツコーナーはますますクリスマス一色に染まっていく。
 洋はもちろん和もクリスマスを纏い、棚を賑わす。
 だものだから、それらを見つめる斉木さんは『全部欲しい』となってしまい、オレは頑張って「一度に二つまで」と厳しい顔をしてみせるのだが、切なそうな眼差しで見つめられるとたちまち揺らいでしまう。
 まあなんだ、斉木さんには勝てないという事だ。

 そんなわけで今日の放課後も、例にもれず一緒にコンビニに寄り、三つばかり選んで購入したのち寺へと向かった。
 一見いつもと変わらぬお澄まし斉木さんだが、オレにはちゃんと見分けがつく。
 まず、目の輝きが違う。帰ったら大好きなスイーツクリスマススペシャルを食べる、その喜びで光り輝いているのだ。
 次に顔の角度。ほんのわずかではあるが、嬉しさで上向きになっているのだ。わずかといえどオレは見逃さない。
 そして三つ目、歩く速さ。早くスイーツを食べたい一心で、若干早歩きになっているのだ。
 ふふふ、可愛いだろ。オレの恋人可愛いだろ。オレはすれ違う人らに心の中で自慢しまくりで家路をたどった。途中、ちらっと伺った斉木さんと目が合ったが、そこで、お前は本当に馬鹿だと語っていたように見えたが気のせいだろう。

 斉木さんが、至福の表情でスイーツを満喫している。
 それを間近に見つめ、オレも至福に包まれる。
 もしこの場に無限にスイーツがあるとしたら、斉木さんは間違いなく無限にスイーツを食べ続けるだろう。そしてオレは、そんな斉木さんを無限に見つめ続けるだろう。たとえそれでオレの一生が終わろうと微塵も悔いはない。
 そんな事を考えていると、一つ目を食べ終えた斉木さんから辛辣な言葉が飛んで来た。
『相変わらず下らない妄想に耽るのが好きだな』
「下らないって言うのやめて」
 確かに自分でも下らないって思うけどさ。
「そんだけ斉木さんが好きなんスよ」
『……はいはい』
 ああ、何かすごく面倒そうに返事された。気持ちはわかるけども。
 オレはへの字口になった。
 すぐに顔を元に戻す。斉木さんに伝えたい事があったのだ。

「斉木さん、今年のクリスマスのプレゼント交換ですけど」
『なんだ藪から棒に』
「斉木さん、今年のクリスマス、プレゼント交換しましょ」
『わかったわかった。で、まずお前は?』
「その前に斉木さん、プレゼント交換しましょ! いいですか?」
『ああいいぞ』
「やったぁ! やったやった、おっしゃー! っしゃっしゃー!」
 オレは握り拳をぐるんぐるん振り回した。
『うるさいな……』
「すません!」
 呆れ切った顔で、斉木さんは二つ目に手を伸ばした。オレはテーブルに手をつき頭を下げた。
『それで、お前は何用意するつもりだ?』
「えへへ。オレはですね……」
 すでに考えているあるものを、オレは具体的に頭に思い浮かべた。

『なるほど、スノードームか』
「はい。まあありきたりではありますが、自分で作れるようなので、オレらだけの特別なスノードーム、それを作って贈ろうと思ってます」
 三つ目になるエクレアを口に運びながら、斉木さんは軽く頷いた。
「今年は暖冬で雪は降らないでしょうって言ってたんで、これで少しでもホワイトクリスマス…ロマンチックさを味わってほしくて」
『ふうん。脳みそ腐ってるわりに、お前って結構ロマンチストだよな』
「もーひと言多いっスよ!」
 笑いながら文句を言うと、斉木さんはぷいっと顔をそっぽに向けた。

「斉木さんはどんなのを考えてます?」
『うーん、どうするかな』
「どうでしょ」
『お前がショックのあまり卒倒するようなもの……』
「え、嬉しさで?」
『いや恐怖で』
「おい、クリスマスのプレゼントだよ!?」
 それがなんでそんな命の危機に直結するんスか!
 斉木さぁん、期待してますからね。頼みますよ。
 そんな気持ちを込めて横顔を見つめる。すると、面倒だと云わんばかりに舌打ちされた。
「そんなー。さっきいいって言ったのにぃ〜うわーん」
 オレは両手で顔を覆った。
『うるさい泣くな、大丈夫だ心配するな。ちゃんと、一生記憶に残るほどすごく卒倒するもの用意してやるから』
「卒倒から離れて!」

 といったやり取りをした翌日から、オレは少々複雑な気持ちながら真面目に真剣にスノードーム作りに励んだ。
 斉木さんにサプライズはきかないから直接告げて、具体的にイメージも思い浮かべた。
 頭の中に思い浮かべる完成品に少しでも近付ける為、中に飾るフィギュアや飾り、ラメの大きさや外側のガラスドームの形状に至るまでこだわり、作り方の手順とにらめっこで四苦八苦しつつ、作り上げていった。
 それと並行して、当日部屋の中を飾る色んなクリスマス用品を斉木さんと買いに行ったりもした。
 とっても面倒そうにしながらも、オレの押すカートに『これもいる』『これもあった方がいい』と、オレが思い描くよりずっと華やかで「らしい」飾り付け用品を選んでは入れてくれた。
 もー、だから好きなんだよ!

 

 

 

 そして迎えたプレゼント交換会の日。
 斉木さんは午後からやってきて、ノリノリでオレの部屋の飾り付けを手伝ってくれた。
 あれね、超能力者の恋人がいるってこういう時便利ね。

『こういう時?』
「いえいえ、いつでもあの、ええはい、あれです」
『便利?』
「いやそれもあの、言葉のあやと言いますかなんですか、はい」
『ふん』
「……すんません!」
 オレは身体を直角に曲げて謝った。

 まあとにかく、いちいち踏み台に乗ったり下りたりしないでも、高い位置の飾りがスムーズに進められるって本当に助かります。
 そんなこんなで、あっという間に部屋の中がクリスマス一色となる。外から見ると古い寺のその一室がこんな煌びやかな空間になってるとは、誰も思うまい。
 途中斉木さんもはたと手を止め、ちょっと正気に戻った。

『ちょっと楽しくなってたが、寺でこれはさすがにまずいんじゃないか』
「えー、全然まずくないっスよ。むしろどんどんいきましょー。仏さまは懐広いですからね、全然気にしなくっていいんですよ」
『……まあ、何かあったら「僕は止めたんだけど……」って言うからいいか』
「はぁー? なんスかそれ!」
『前科ありまくりのお前と、真面目でおとなしいで通っている僕、どちらが果たして信用されるかな』
 とかいうセリフを、すっげぇ悪人面で呟くんだから、斉木さんてばもー!
「とにかく、今日くらいは楽しくやりましょうよ。てわけでオレ、料理の方用意しますね」
 用意しますと言っても、大半はもうテーブルに並べてるんだけどね。あとは、冷蔵庫で冷やしているケーキと飲み物を揃えれば完成だ。
『僕の方も、母さんから色々持たされた。これな』
「ああ、その為のお荷物だったんスね」
 斉木さんが持ってきた大きなトートバッグの意味がようやくわかった。
 到着後、部屋の隅に避けていたバッグを持ってくると、斉木さんは中からいくつかタッパーを取り出し、積んでいった。透明な容器に透けて見える中身はどれも彩りよく、一人分ずつに盛り付けられたガラスの器が収まっているものもあった。
 それを見て一気に気分が盛り上がる。
 どれもこれも美味そうだ。
「うわー、ママさんのご馳走、嬉しいな!」
 オレはウキウキでテーブルをセットしていった。

 赤と緑、白とゴールド、賑やかに華やかに部屋は彩られ、自然と笑顔になる。
 オレもクリスマス料理張り切ったし、ママさんからの有難い差し入れもあって、テーブルにはぎっしりご馳走が並んで、その光景たるや嬉し涙が止まらない。
 さすがに恥ずかしくって斉木さんから隠してこそこそ涙を拭うのだが、斉木さん容赦ない、泣いてるのをニヤニヤ面白がりながら、クリスマスツリーを模した三角帽子をかぶせてきた。
『てっぺんにちゃんと星もついてるぞ。豪華だな』
「……ありがとうございます」
 いや、気分盛り上げてくれて嬉しけどね、もうちょっと待ってってかタイミングってもんがね、あるよね。
『知らん。さっさとかぶれ。ぷ、よく似合ってるぞ』
「くっそ……」
『よし、じゃあ始めるか』
「はいっス……じゃ、ぐす…かんぱーい」
 洒落たグラスに注いだジンジャーエールで乾杯する。
 軽く口をつけた後、オレは早速プレゼントを手渡した。
「はいどうぞ、予告してたスノードームです」
 黒い台座の、丸いスノードーム。中にはドームの高さ一杯の雪化粧したもみの木と、その前に雪だるまを二つ配置した。雪だるまは元は赤いマフラーをしていたのだが、オレはそれをピンクとパープルに塗り替えた。つまり二つの雪だるまはオレと斉木さんを表してるってわけ。小さな雪だるまの、さらに小さく細かなマフラーに色付けするのはかなり難易度が高く、オレは一筆ずつ息を止め真剣に行った。お陰で何度も酸欠に陥ったが、何とか納得の仕上がりに落ち着いた。
 斉木さんは両手で受け取ると、一度逆さまにして雪を降らせた。
『……うん…いいな。いいな』
 降り募る雪にほんのり目元を緩ませ、斉木さんは景色に見入った。
 これがさっきあくどい顔をした人と同一人物かと思う程の可愛さに、オレは笑いを必死に抑えた。
 よかった。
 喜んでもらえてよかった。

 初めての作業、色々難しくて細かくて、何度も「これ、オレには無理なんじゃ」って挫けそうになったけど、諦めなくて本当によかった。
『ありがとう、鳥束。大事にする』
 ああ…報われた。
 またちょっと泣きそうになってしまった。

「で……あのー……斉木さんは?」
『うーん』
 ケーキパクパクを邪魔して大変申し訳ないんですけど
『お前も食べろ。ほら、チキンもケーキも一杯だぞ。食べ放題だー』
「食べ放題だーの前にね斉木さん、交換するって約束、忘れてませんよね」
『もちろんだ。お前が震え上がって卒倒する代物を用意してやったぞ』
 また出たよ。
「もー、卒倒から離れて下さいって、言ったじゃないっスか」
 参ったとオレは眉を下げて笑った。
 一方斉木さんは、微かに口端を持ち上げた。
 え、なんスかその顔…思わずドキッとすると、向かいから伸びた手に掴まれ、オレは更にドキッとする。

 

 

 

 一人勝手にドギマギしている鳥束を、有無を言わさず立ち上がらせると、僕は押し入れから適当に選んだ防寒具を着せていった。
「え、え、……なんスかなんスかなにがはじまるんスか……?」
 訳がわからずオロオロする鳥束の頭にニット帽を被せさらにコートのフードを被せ、完成だ。
『じゃあ行くか』
「え、さいきさ……どこへ?」
 さっぱりわからないと目を白黒させる鳥束を伴い、僕は瞬間移動する。

「うおー、さむーい!」
 突如雪深い森の中に連れてこられたら、まあそうなるよな。
 だから、出来る限り防寒したんじゃないか。
『しっかり着せてやっただろ。それにお前寒いの強いんだから、ちょっとは我慢しろ』
「えええー……まあ人よか寒さに強いっスけど、でもこんな…こんな一面雪景色の場所は、見た目からもう寒いっス」
『嘘つけ、頭の中で雪だ雪だーってはしゃいでるの、気付いてないとでも思ってるのか。僕も舐められたものだ』
「あんもう斉木さん、ごめんってー……さむむ」
『ふん』
 肩を竦め、ひょこひょこ足踏みする鳥束に鼻を鳴らす。

「ところでここ、どこっスか?」
 鳥束は天を仰ぎ、あちこちに生える高木を見上げた。
「ん−、この木の具合……これ日本じゃない、っスよね」
『よくわかったな。フィンランドだ』
「えー、うわー、超能力者ぱねぇー」
 鳥束は目を大きく見開くと、キラキラの眼差しで辺りを見回した。
 ここは割と街の近くだが、なんの見どころもないただの森だし、道路からも奥まっているので人が来る事は滅多にない。

『ところで鳥束、お前がくれたあのスノードーム、どうやって作った?』
「えー、どうって……まず作り方のサイト当たりまして、材料集めはハンズとかロフト行って、あその前にちゃんとスケッチも描きました。めっちゃド下手っスけどね。ははは」
 斉木さんといえどお見せ出来ません、と続ける鳥束だが、残念というかなんというか、お前の脳内に浮かぶそれ、ばっちり見えてるんだよな。
 某海藤のように不気味さはなく正統派の下手くそで、ある意味微笑ましい下手っぷり。
『お前がデザインした通りの雪だるまが売ってなくて、本当に良かったな』
「えーえー、ほんとそうっスね」
 鳥束は苦笑いで答えた。
「オレの崩れかけ雪だるまとか、ホラーっスもんねぇ」
 ちゃんと、可愛いお顔の雪だるまが売ってて良かったですよ。
「で、マフラーした雪だるまは結構売ってるんスけどほどんどがやっぱり赤だったんで、オレらのカラーに塗り替えて。一番苦労したのはそこっスかね。はみ出さないように、慎重に色塗りしました。あとはあーしてこーして、完成させました」
 面倒だからって省略するなよ、予想通りの面白い奴め。

「それはそれとして斉木さん、なんでここに連れてきたんスか?」
『プレゼント交換する為に決まってるだろ。お前が震え上がって卒倒する代物、ちゃんと用意してるから期待しろ』
「まあ、もう、寒さで震え上がってますけどね」
 僕は歩き出した。鳥束は寒そうにしながらついてきた。
『あのスノードーム、思った以上に苦労したんだな』
「えへ、いやまぁ、大変は大変でしたけど、斉木さんへの愛情で乗り切りましたよ、ははは」
 口調は鳥束らしくとても軽いものだが、一部始終を知っている僕はきちんとその貴重さを受け止める。
『そうか。僕の方は、場所探し九割、作業一割ってところだ』
「え、プレゼントの話っスか?……って斉木さん、そっち、誰かいるみたいっスよ?」
 このまま進むと木の側にいる二人連れに遭遇すると、鳥束はヒソヒソ言ってきた。僕は思わず笑いそうになってしまった。遠目には「あれ」が人に見えるようだ。
『安心しろ鳥束、この辺りには、正真正銘僕らしかいない』
「え、だってあれ……」
『いいから。置いてくぞ』
「待って下さいよぉ」
 鳥束はこけつまろびつ続いた。

「なぁんだ、人かと思ったら雪だるま――……っ!」
 ようやく己の勘違いに気付き、照れ隠しに陽気な声を上げた鳥束だが、その声は途中で止まり、ややおいて息を飲む音がした。
『さて、お待ちかねのプレゼントだ』
 僕は、笑いたいような、心臓が口から飛び出そうな、忙しない事態に見舞われる。
 鳥束の心の声がどんどん流れ込んでくる。それが降り募る雪のように僕の中に積もっていく。
「これ……このゆきだるま……!」
 雪化粧した大きなもみの木と、雪だるま二つ。雪だるまはそれぞれピンクとパープルのマフラーをしている。
 鳥束は瞬きも忘れて雪だるまに見入った
「これって……さいきさん、これって――!」
 オレがプレゼントした景色!
 鳥束の理解と共に、僕は最後の仕上げとして雪を降らせた。
 雲を追っ払うのは簡単なんだが、降らせるとなるとちと骨が折れる。
 でも、年に一度、クリスマスくらいは骨を折るのも悪くない。

 少しして、辺りにチラチラと雪が舞い始めた。
 自分たち以外誰もおらず、静かに雪の舞う中で、鳥束のすすり泣く音だけが森に響く。
「斉木さん、アンタって…アンタこそロマンチック……こんな――ぐすっ」
 鼻もほっぺたも真っ赤にして泣いて、鳥束はそれはそれは嬉しそうに笑った。
『下向いて泣いてないで、景色見ろ。針葉樹の森片っ端から当たってここ探し出すの、結構苦労したんだからな』
「うん、はい……斉木さん、愛してる」
 卒倒するくらい愛してる!
 体当たりの勢いで抱き着いてきた鳥束を受け止め、僕はぎゅうっと抱きしめた。
 おかしいな、コイツといて思うのは「死んでほしい」が八割九割なのに、今は愛しくてたまらない。
 鳥束も力一杯抱きしめてくるが、僕も負けじと抱き返す。
 すごいな、僕をこんな気持ちにさせるなんて、コイツすごい。

 すっかり浮かれた僕は、雪がちらつく中を街に向けて歩き出した。もちろん…というのも変かもしれないが、鳥束と手を繋いでだ。
 せっかくサンタのふるさとに来たのだから、ちょっとくらい雰囲気を味わってもばちは当たらないだろう。
 歩くにつれて遠くに華やかな光の群れが見え始めた。
「うわー、キレイっスねえ……煌びやかだけど、でも日本とはやっぱりちょっと違う」
『そうだな』
「わー、ほんとに海外に来たんスね!」
 たちまち鳥束の脳内に、北欧美人の文字が浮かび上がる。同時に欲望も膨れ上がり僕をイラつかせるが、どうしたわけか安心してもいた。
 やはりコイツはこうじゃないとな。

 それまでは僕が手を引っ張っていたが、逆転し鳥束が僕を引っ張る形になる。
 しかしそれも、数歩で止まってしまった。
 行きたい気持ちと、諦めようとする気持ちとがせめぎ合い戦っている。
『なんだ、もうすぐそこだぞ』
「んー、そうっスね。すぐそこに北欧お姉さんが……」
 実際にはしてないが、鳥束の心情は指をくわえたもの欲しそうな顔だ。
「でも、いっス。またいつか来た時に」
 その発言は鳥束には断腸の思いだが、それでもきっぱりと口にする。
 僕は思わず目を見開いた。
『お前、どうした……寒さでとうとう』
「違いますよ!」
 笑いながら怒った後、でもそうかもと鳥束は続けた。
「斉木さんとクリスマス迎えられて、プレゼント交換も出来て…あ、また泣きそうっス、へへ。ぐすっ…そんで、ちょっと嬉しすぎて、頭どうかなってるかも」
 ふふふと恥ずかしそうに白い息を吐き出す鳥束。
「だから今日は、斉木さんの顔だけ見て過ごしたいです」
『……お前』
「だから、帰りましょ。そんで斉木さん、今夜は卒倒するくらい可愛がってあげます」
『はぁ……本当に死んでほしい』
「ふふ、そんな可愛い顔でそんな物騒なこと言っても、全然迫力ないですよ」
『やれやれ……じゃ、帰るか』
「はい、ご馳走もまだ途中でしたし、食べに帰りましょ」
 そうだった、ケーキ!
 僕はより強く鳥束の手を握った。
 その手を鳥束がぐいっと引っ張る。大抵の事は読み取れる僕でも、衝動にはさすがについていけない。
 気付いた時には、唇が重ねられていた。
 一瞬だけ冷たさを感じて、その後はもう、ただただ気持ち良かった。心地良かった。
 好きだと思う相手に好かれ、大切に思われ、慈しむ気持ちで包まれているのだ。こんなに幸せな事はない。

「へへ……斉木さん、メリークリスマス」
 白い歯を見せてにかっと笑う鳥束が小憎らしい。そして愛くるしい。
 僕は耳元に口を寄せ、同じ言葉を告げた。
「――!」
 たちまち鳥束は歓喜に包まれ、僕を閉じ込めるようにして抱きしめた。
 ああ鳥束、僕はこれだけでもう卒倒しそうだ。



 ちなみに、雪だるまに使ったマフラーは本物で、僕はそれをきちんと復元して綺麗なリボンをかけて、鳥束にクリスマスプレゼントとして渡した。ブランドなんかはわからないが、ちゃんとそれなりの店で、それなりに吟味して、それなりに品質の良いものを選んだ。
 つまり結構苦労して買った物だ。
 それでもいざ渡すとなると不安になるもので、今更のように「気に入らなかったらどうしようか」と躊躇が湧いた。
 柄にもなく緊張してしまった。
 受け取った鳥束は長い事マフラーに見入って、それから少し震えた声で「ありがとう」と呟いた。
 目に涙を溜めて笑う顔が素直に嬉しくて、また僕は卒倒しそうになった。

 まあ、その後、喜びに沸く鳥束に何度も求められ実際に卒倒する目に遭うのだけども。

 

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