重ねる週末
このところの昼休みは、天気が良ければ屋上で過ごすようになっていた。 気候も穏やかで過ごしやすく、日向にいても夏のようにムシムシ茹だることもないので、自然と外に出るようになったのだ。 もちろん自分から、自発的にじゃない。 鳥束に誘われてだ。 せっかくいい天気なんスから、日光浴兼ねて屋上行きましょうよ…と引っ張られてのことだ。 引っ張られてなんて書くと、嫌々、渋々に見えるが、そう見えるだけで実のところそうじゃない。 自分でも随分アレだと思うが、昼休みを告げるチャイムの後、鳥束が誘いに来るのを、密かに心待ちにしていたりする。 だって。一緒に過ごせるのが嬉しいと全力で、それこそ全身全霊で訴えてくる人間と一緒に過ごせて、楽しくない訳がない。 こっちだって、向こうに少なからず好意を抱いている。一緒にいて悪くないと思っている。そんな相手から力一杯好意を向けられて、嬉しくない訳がない。 そんな自分が癪に障るが、その一方で単純に喜んでもいるのだから、相当アレだな自分は。 そして今日もチャイムが鳴る前から待ちわびて、誘いに応じて屋上へと向かうのだ。 「ねえ斉木さん、今度の金曜日、泊りに行ってもいいっスか?」 弁当を食べ始めてすぐ、鳥束がそう尋ねてきた。僕は、タコさんウインナーの目玉であるゴマ粒をよく噛みしめながら答えた。 『ああ、親が出掛けるんで夕飯は外になるが、それでもよければ。嫌なら何か食べてからこい』 「えー全然ヤじゃないっス、お供するっス。あ……あの、斉木さんさえよければ、お作りしますけど」 思いがけない申し出に一つ瞬きして、考え、了承する。 『ふうん、お前の料理嫌いじゃないしな。それこそ、お前が嫌じゃなければありがたいが』 「ないですないです、喜んで張り切ってお作りしますよ」 『じゃあ頼もうか。ちなみに何作るんだ?』 「餃子にしようかと。餃子パーティーなんてどうっスか? てか一緒に作りませんか?」 『考えとく』 僕はあまり手先が器用でないんでな。 「オレもそんな綺麗に包めませんけど、自分で作ったら絶対美味しいですから、一緒にやりましょ」 だから断る方に九割方傾いていたが、お互い様だからと明るく笑う鳥束を見ていると「やりたいな」という気持ちが湧いてくるから不思議だ。 |
金曜日の放課後、終了のチャイムが鳴るや鳥束は教室に駆け込んできた。 まっすぐ僕の机に向かってきて、済まなそうに話し始めた。 「すみません斉木さん、ちょっと野暮用出来たんで、一旦寺寄ってから行きますね」 『なんだ、また何かやらかして和尚さんに叱られに行くのか』 「ちちち違います違います、ちょっとお使いを……てか、斉木さんそんな目でオレの事見てたんスか!」 『実際先週はそうだったろ。汚物隠し持ってたのがバレて、大目玉食らったじゃないか』 「おぶっ……てひどい、オレのお宝に向かって! なんてことを!」 『うるさい。それで、何か買っておくものはあるか?』 「くそぅ……何でもないっス。買い物はこっちで用意しますんで大丈夫っス」 『じゃあ、清算はあとでな』 「いえいえいえ、こっちこそキッチンお借りしますし、お邪魔するんですから、せめてものお返しっス」 『うん…お前がそれでいいなら』 「いいっスよ。じゃ、あとで」 忙しなく出てく後ろ姿を見送り、続いて自分も下校する。 帰宅途中、僕はドラッグストアに寄った。日用品の買い置きが切れていた事を思い出したのだ。買い物から連想してコーヒーゼリーが欲しくなったので、寄り道ついでにスーパーに足を向けた。 すると、入ってすぐの一角に和菓子の出店があった。 和菓子の優しい甘さも、嫌いじゃない。僕は歩く速度を緩め、品揃えを目で追った。 みたらし、あんこ、磯部といった団子各種、大福、最中、わらび餅。なるほど。 そういえば鳥束はわらび餅が好物だったっけ。 きな粉をまとい小さな容器に収まったそれらを目に留めた僕は、一つ買っていくことにした。 白い手提げのビニール袋に収まったわらび餅を受け取り、僕は改めてコーヒーゼリーの棚に向かった。 こんな事をするなんてむず痒い。でも、喜んでもらえるかなと思いながら何かを選ぶのって、楽しいな。 自分にもこんな感情があるんだなと思うと少しおかしくて、少しほっとした。 帰宅し、買い物をそれぞれ整理する。 コーヒーゼリーは冷蔵庫に、日用品は棚に、そしてわらび餅は…どうしようか。どこに置こう。 少しうろうろしてから、ダイニングのテーブルに置く。 ここでいいか。夕飯はここで食べるのだし、ここに置いとこう。 これは、うん…僕の気持ちだ。いつも奴からもらってばかりだから、たまには返さないとな。 やられっぱなしは性に合わない。不公平なのは嫌いなんだ。 ああむず痒い、全身が痒くてたまらない。そしていい気分。 奴はどんな顔するだろうな。 自分の部屋に引っ込み、適当に小説を読んで過ごしていると、鳥束の心の声が近付いてくるのに気付いた。 来たか。鍵は開けたから勝手に入れと、僕は椅子に座ったままテレパシーを送る。 「お邪魔しまーす」 階下から陽気な声が聞こえてきた。 じゃあ僕も行くかと腰を上げた時、聞こえた心の声にぎくりとなる。 「ねーねー斉木さん、まずこれ、お土産っスー。あとねー、これ見てー」 僕はすぐさまダイニングに瞬間移動し、大急ぎでわらび餅の入った容器を掴んだ。 そして、そして――どうする? 心臓が破裂しそうだ、頭も何だか血が上ったみたいに熱くなって、上手く物が考えられない。 ああ、自分は、某猫型ロボット並みに緊急時に弱いんだな。今まで知らなかった。今思い知った。 そこへ鳥束がドアを押し開けて入ってきた。 右手にはコーヒーゼリー、そして左手には、僕が持つのと同じ容器が握られていた。 「スーパー行ったら和菓子屋さんがあってね――あれ」 鳥束はぴたりと足を止めた。 鳥束の視線の先には、僕が持つわらび餅があった。 「え……もしかして斉木さん、それ、オレに?」 ほんとう? そうなの? 半信半疑で喜ぶ鳥束に、僕は何と言えばよいやらわからなかった。 やっと、何とか一つ頷く。 「え、うわ、うそ嬉しい! 嬉しいっス!」 僕は何をやっているんだろう。コイツが喜ぶだろうなと思って買ったのだから、そしてその通りになったのだから、素直に喜べばいいものを。 いや、だって、まさか二人してそっくり同じものを買うなんて思ってもなかったから、予想外だったから、どう反応していいかわからない。 混乱してしまい鳥束の顔がまともに見られない。 「えー、嬉しい嬉しい、ありがとうございます斉木さん!」 『……お前も、同じの買ったのな』 「ええ、すっごく美味そうだったんで、見かけてすぐ買っちゃいました。あー、まさか斉木さんも買っててくれたなんて、感激っスよ」 『いや……無駄だったな』 「えー何言ってんスか、二つくらいぺろりといけますよ。好物ですもん、斉木さんが買ってくれたものっスもんへーきへーき。てか嬉しさ二倍! 斉木さんこそ、コーヒーゼリー二つくらいぺろりでしょ」 「……ああ」 「あーもー、斉木さんと心通じてるとかすっげー嬉しいっスよー、あーどうしよ、もう飛び跳ねちゃうっス!」 と大喜びから一転、鳥束は真面目腐った顔になると、まず自分のわらび餅をテーブルに置き、僕のも置いて、抱き着いてきた。それはもう力の限りに。力任せに。 「――!」 苦しいだろ馬鹿。 「ねえ斉木さん、スーパーでこれ見つけた時、オレの事思い浮かべたんスよね」 「………」 「オレが喜ぶなーって思って、買ってくれたんスよね」 「………」 「オレ、喜んでます。すっごくすっごく、もう泣きそうなほど喜んでます。ありがとう、斉木さん」 『僕も……ありがとう』 勇気を振り絞ってそう伝えると、感極まった鳥束に熱烈なキスをされる。 長い長いキスの後、ようやく鳥束は離れた。 「はー……好き」 泣きそうな顔で、鳥束は微笑んだ。 僕が、買う時に思い浮かべた笑顔とは違ったけれど、これはこれでとても嬉しいものだった。 心に花が咲いたようで、とても気分が良かった。 「はーい、タネお待ちどお」 せっせとこねていい具合に仕上がったボウルを手に、鳥束はテーブルにやって来た。 それに合わせて僕は皮を並べており、準備万端だ。 これから、僕がタネを乗せる、鳥束が包むと、分担作業が始まる。 超能力を使えば、二人分の餃子など一瞬で包み終える事が出来るが、たまにはこうして一つひとつ手間をかけるのも悪くない。乗せるだけなら、僕でもそう苦戦せず行えそうだしな。 自分で作ったら絶対美味しい――と、鳥束も言っていたしな。 持ってきたスプーンに八分ほどタネをすくい、皮に乗せていく。 「あ、斉木さんこれ丁度いい量っス」 『そうか』 僕が一つひとつにタネを落とす。 それを鳥束が、一つまた一つと包んでいく。 鳥束は鼻歌が聞こえてきそうなほどご機嫌だ。 「今日はご馳走、嬉しいっスねー。二人で作った餃子でパーティーしたら、斉木さんの愛情たっぷりのわらび餅! 美味いだろなー」 『餃子はともかく、そっちは僕が作った訳じゃないぞ』 「いんスよ、気持ちがね、もう嬉しいんスから」 『そうか……うん、ならもっと感謝しろ』 「しますってー。足りない分は、夜にね、ベッドの中でね、たぁっぷりお返ししますから!」 『それはいらん』 「遠慮せずに」 『してない』 「にひひ」 『気持ち悪い』 「斉木さん、大好きっス」 『調子に乗るな』 「愛してます!」 突き抜けた笑顔にひと睨みくれる。でも鳥束のだらしない笑顔はビクとも揺るがなかった。 良かった。僕はそれが嬉しい。 ささやかで大きな幸せに涙が零れそうだった。 |