食べ放題

 

 

 

 

 

「はぁ? またラーメンかよ!」
 放課後になり、いつもの燃堂の誘い文句へ向けて、海藤が不満の声をあげる。
 それを聞いて僕は内心そうだそうだと賛同する。
「お? んじゃチビは肉野菜炒めにすっか? お?」
 そういう事じゃない、燃堂。
「そういう事じゃねーよ!」
 海藤もやはり同じであった。
「お? おっ?」
「そうじゃなくて、ラーメン屋じゃなくてたまには別のもん食いにいこーぜ」
「あ、オレもー」
 海藤に一票と、窪谷須が右横に立つ。
「じゃー何食べます?」
 左横にしれっと加わる鳥束。

『ナンデイルノ?』
「何でって、一緒に帰りましょうって言ったじゃないっスか!」
『いつ? どこで? 地球が何回まわった時?』
「えと、昼休みにってこの、ちょ…もおー斉木さぁん」
『ごまかしてないでさっさと答えろ』
「ははっ、相変わらず仲いいなー」
 おい窪谷須、そいつは聞き捨てならないぞ。

 そんな僕らの横で、海藤はスマホを覗き込み何やら調べていた。
「なあおい、駅からすぐのとこに新しく出来たファミレス、ピザ食べ放題やってるってあるぞ」
「ピザか、いいな」
「オレも異議なしっス」
「んじゃそこ行こーぜ、お!」
「あ、待て燃堂、貴様木曜はバイトじゃなかったか?」
「お? おー! おーおー、そうだったぜ、助かったぜチビ」
 燃堂のデカい手が、海藤の肩を遠慮なくバンバン叩く。やめてやれ燃堂、お前の力でやったら間違いなく海藤が床に埋まる。
 やれやれ、それにしても、自分のバイト日も忘れるとかそんな調子で大丈夫なのか。一抹の不安が過った。
「心配すんなって相棒!」
 僕に向けて、ぐっと親指を立てる燃堂。何も言ってないしお前の方見てもないのに、どうなってんの?
「これでも俺っち結構頼りにされてんだぜ」
「お前を?」と海藤。
「奇特な雇い主もいるもんだな」と窪谷須。
「ほんとに」と鳥束。
 三人に好き放題言われても、燃堂はめげなかった。それどころか何故か照れて、よせやいと鼻の下をこすっている。
 何をどう勘違いしているんだか。
「んじゃ、また今度誘ってくれよな、お!」
「ああ、じゃーな」
 でかい図体が悠々と帰っていくのを見送る。

「では我々も行くとするか。貴様ら、オレについてこい!」
「まあまあ瞬、ゆっくり行こうぜ」
 先頭に立って行こうとする海藤をいなし、窪谷須が道案内を買って出る。助かる窪谷須、海藤に任せては永遠にたどり着けない可能性大だからな。
「わー、ピザ、何ピザ食べよっかなー」
(斉木さん何にします?)
(今日は体育でやたら走らされたから、もう腹ペコっス)
(大食い自己新記録樹立しちゃいそうっス……)
 この辺りの独り言まではまだ許せた。うるさいなと思うが、よほど腹が減っているのだな、鳥束らしいうるささだなと、許容出来た。
 だがその先がいただけない。
(ピザ食べ放題か…斉木さん食べ放題って、グフ、ないっスかね?)
 これを皮切りに、性欲が大暴走を起こしていくのだ。よくもまあそこまで思い付くものだと呆れ通り越して感心してしまう程、鳥束はノリノリで展開していった。
 鳥束は本当に救えない。
 っち。
 こそっと舌打ちすると、そこでようやく気付いた鳥束はたちまちバツの悪そうな顔になりながらも、だって斉木さんが魅力的なのがいけないとかなんとか、責任転嫁してきやがった。
 人のせいにするな、お前が勝手に突っ走ってるだけだろ。
「えー? 自分がどんだけ刺激的か、もうちょい自覚してほしいっス」
 人を劇物扱いするとはいい度胸だな、え?
「そこまで言ってないっス!」
 鳥束は慌てて両手を振った。
 ブツブツ垂れ流す鳥束にそっとため息をもらし、僕は三人の後をついていった。

 

 やってきたファミレスの入り口には、でかでかと食べ放題フェアの垂れ幕がかかっていた。中央に大きく「食べ放題」の文字、その周りを取り囲むようにして彩り豊かなピザが配置されている。
 それを見て三人はますます腹を減らし、先を争うようにして店内に入っていった。僕も遅れず着いていく。
 中は満員という程でもなく、ちらほら空席があった。窓際の四人掛けのテーブル席に案内され、二人ずつで腰かける。
 僕を窓側に閉じ込めるようにして鳥束がニコニコ座るのが気にくわないが、ぐっと堪え運ばれたお冷に口をつけた。
「じゃあ、四人ともピザ食べ放題でいいな?」
「いいぜ」
「よろしく〜」
 異議なしだ。別にピザも嫌いじゃないからな。
 そう思いながら戯れにメニューを広げた僕は、すぐさま撤回する事になる。というのも、パラパラめくった先に「パンケーキおかわり自由」とあったからだ。
「!?」
 なん…だと?
 平日限定のメニュー、今日は平日、つまり僕はこれを注文できる!
 しかも「九十分だけ」とかの時間制限はなし、平日であればよいのだ。
 スイーツ系が十種類、食事系が三種類と、一ページまるまる上から下までパンケーキの画像で埋まっている。
 これは食べない手はない。ないだろ、なあ鳥束、そうだろ?
 衝撃のせいで軋む首を何とか動かし、目線で鳥束に訴えかける。
「はいはい、斉木さんはそれにされるんですね」
『そうだ、当然だ』
「はは、ほんと斉木は甘いもんに目がねーよな」
 当然だ。そんな訳だから、ピザ食べ放題はお前ら三人で頑張ってくれ。僕はパンケーキを制覇するので忙しいのでな。

 それにしても、何と嬉しいファミレスが出来てくれたことか。
 パンケーキ食べ放題がこの金額で出来るなんて、素晴らしいじゃないか。
 小遣いの許す限り、毎日でもここに通いたいくらいだ。
 いやいや、まずは味だな。
 学校から寄り道するのに距離も申し分ないし、あとは味さえよければ。
 ふぅ、ドキドキするな。

 やって来た店員にそれぞれ注文を伝える。しばらくお待ちくださいと厨房に向かう背中をしばし見送った後、僕は二つ目のパンケーキはどれにしようかとメニューに目を落とした。
 三人が他愛ないお喋りを繰り広げるのを聞き流しながら、僕はうっとり眺め続けた。悩ましく、贅沢な時間。
 やがて食べ放題ピザが運ばれてくる。
 ふむ、食べ放題にしては中々しっかりした作りじゃないか。食べ切りの小振りサイズながら、具の乗せように手抜きが見られない。ひょっとしたらメニューブックの画像より盛りがいいんじゃないか?
 これなら僕のパンケーキも期待出来るな、ふふ。
 僕のが来るまで待つかと、そんな空気になったが、僕は構わずどうぞお先にと手で促した。
「んじゃ遠慮なく」
「おっし、食おーぜ!」
「お先にいただきますね」
 あーうまそー、腹減ったー、うわうめぇっ!
 騒がしく盛り上がる三人。
 すぐに僕のパンケーキも運ばれてくる。
 ついに来たか。
「わー斉木さん、うわー綺麗、美味しそうじゃないっスか」
 僕の前に置かれる皿を目で追い、鳥束がうるさくはしゃぎ立てる。
 静かにしろと睨んでもどこ吹く風、綺麗ですね、良かったですねとまるで自分の事のように喜んでいる。
 まあ…僕も、期待出来るなとはいったもののやはりちょっとどこか不安に感じていたから、余計な心配だったことと写真より実物はもっといいことに、内心喜んでいた。

 真っ白な皿に、小振りながらふんわり高さのあるパンケーキが二枚のっている。端と端を控えめに重ねた盛り付けが好ましい。手前の隙間を埋めるようにバニラアイス、そしてその横に高々と盛り付けられた生クリーム。フルーツがちりばめられ、ジグザグにかけられたフルーツソースがまたにくい。パンケーキは粉砂糖を控えめにまとっており、もう、見るだけで喉が鳴ってしようがなかった。
 では、いただきます。
 さてどこから、何から手をつけようか。
 やっぱりメインのパンケーキか。
 はたまたバニラアイスか生クリームか。
 ちょっとひねりをきかせてフルーツからいってみるのも、いいかもしれない。
 ああ悩ましい。ワクワクが止められなかった。
 一秒間たっぷり悩み、僕はナイフとフォークを手に取った。
 隣では鳥束が、食べ放題のピザを頬張りながらもニコニコと、僕の動向を見守っている。
 心の中は、美味しそう、良かった、そればっかり。
 これで僕が食べて、その美味しさにじいんとしたら、更にうるさくなるんだろうな。
 やれやれ鬱陶しいなと思いながらも、どこかむず痒く、嬉しく、僕はパンケーキに挑んだ。

 

 会計のレジで一人ずつ支払い、ご馳走さまでしたとファミレスを後にする。
「いやー、中々美味かったな」
「おお、今度燃堂も誘ってやろーぜ」
「オレもお供するっス」
「斉木は満足したか?」
「パンケーキ三つもなんて、さすが斉木だよなー」
「……っスね」
「知ってはいたけど、斉木本当に甘いもの好きだな」
 まあな。
 感心する窪谷須とそれに賛同する海藤に、僕は軽く肩を竦める。
 歯切れが悪いのは鳥束だけ。
 心の内ではさらに、それほど大きなサイズでもないのに、たった三皿で打ち止めなんてどこか調子でも悪いのかと、心配していた。
『別にそんな事はない』
 だから、奴にだけ返事をする。

「んじゃまた明日な」
 大きな交差点で僕らは二手に別れる。海藤と窪谷須に手を振り、鳥束と共に歩き出す。
 少し進んだところで僕は、また明日あの店に行きたいと鳥束を誘った。
「え、あそこ、お口に合わなかったんじゃ?」
 だから三つでやめにしたのではないのかと、鳥束は目を瞬いた。
『そんな事はない。パンケーキのフワフワもちもち具合も、クリームの甘さも絶品で、全然嫌いじゃない』
 口にした瞬間の衝撃、歓喜、それらを思い出すと全身が甘く痺れるようであった。
 僕のそんな様を見て鳥束が微笑ましく目尻を下げる。慌てて顔を引き締め、きつく睨み付ける。
「うわこわ……だったら斉木さん、時間制限もないのだし、全開でいったらよかったのに」
『僕もそうするつもりだった』
 ただ、見てる彼ら…海藤と窪谷須がそれで食欲削がれそうになってたので、セーブしたのだ。

 僕には天国でしかないたっぷり生クリームの小山も、苦手な人間からしたら胸焼け必至である。表面上は取り繕えても、内心穏やかじゃない。
 二連続での生クリームパンケーキにうっぷときてるのを聞きながらでは、ゆっくりスイーツも楽しめない。
 彼らは決して、顔には出さなかった。まあ、目には表れていて、目は口程に物を言うという言葉そのものだったが、頑張って平静を保っていた。
 でもそれじゃ美味くないだろ、お互い。
「あぁーそれで三つで打ち止めにしたんスか」
『そういうことだ』
「てか斉木さん、でも斉木さん、言わせてもらいますけど、オレもけっこー心の中じゃ遠慮なくうぷらせてもらってますけどってか言っちゃったりしてますけど、それはいいんスか?」
『それはいい。お前にはいくらでも迷惑かけていいからな。全然心は痛まない。むしろたっぷり生クリームを見せつけてやる、食欲削がれろ』
「はぁ? なんスかそれ、もーひどっ!」
『何もひどくない。僕が被った迷惑に比べればな』
 お前、僕が食べてる最中どんだけうるさくしたか、まさか覚えてないとか言わないよな?
『僕の食べ放題だぁ?』
「あ、あ……すんません」
『ふん。だから明日、たっぷり仕返ししてやる』
 殊勝な顔をしながらも、鳥束は心の中で嵐のように文句を垂れた。

 ほんと、オレには何の遠慮もしてくれないんだから、とプリプリ怒る鳥束。
 ふん。
 だってお前は、全然食欲落ちないじゃないか。
 むしろ僕のスイーツタイム、楽しみにしてるじゃないか。
 下衆な妄想で脳内真っ赤にして、僕の方が食欲削がれるってもんだ。

 だったら行かなきゃいいだけだが、でも、だって、それでは。

 

 

 

 翌日の放課後を、一日千秋の思いで待つ。
 表面上は決して慌てた振舞いはせず、いつも通りを貫き実際周りもそのように変化など一切気付きもしないが、鳥束だけが、事あるごとに宥めてきた。
 何でわかるのだと苛々すると同時に、ああこいつには隠し立てできない、むしろ隠そうとしてないのだと知って、そんな自分に呆れたりうろたえたり受け入れたり。
 とんだ失態を晒しつつようやく迎えた放課後、鳥束がやってくると同時に僕は席を立ちせっかちに歩き出した。
 後ろから、呆れとも笑いともつかない感情を携えた鳥束が追ってくる。
 ちょっと失敗したかな。今日は僕一人で行けばよかったか。そんな事を思いつつも振り切るまではいかず、気付けば鳥束と肩を並べてファミレスへの道を辿っていた。

 案内された壁沿いの二人掛けのテーブル席に着くや、僕は早速とばかりにメニューに手を伸ばした。
 テーブルにメニューを広げ、さあ今日は全品制覇といくぞと、決意をみなぎらせる。
「昨日はゆっくり見らんなかったっスけど、はぇ〜、いっぱいありますねえパンケーキ」
『そうだろ』
 どのパンケーキも本当に美しい、芸術品のようだと、一つずつ指先でたどった。どれを見てもため息が出る。
 それを見た鳥束の喉が微かに鳴るのを、僕は聞き逃さない。

 ピザをたらふく食べたら、こんどは斉木さんを…まずあの綺麗に整った爪の先から……。

 ふん、こんなとこにまで欲情するなんて、お前は本当に救えない変態だ。
 わかっていてあえて見せつける僕も充分……だな。
「ねー斉木さん、この中でいうならどれが一番好きっスか?」
 テーブルにちょっと乗り出していた身体を更に寄せて、鳥束は逆さにメニューを覗き込んできた。
 僕は盾のようにメニューを持ち上げ、奴の視線を遮る。
『これかな』
「ちょーもー、はは、見えないっスー。まったく、斉木さんてば可愛い意地悪しちゃってからに」
 いーですよーだ、来たらわかりますもんね
 鳥束は強引に覗こうとはせず、姿勢を戻すとお冷で喉を潤した。
 僕は一心に指差す。メニューの向こうに透けて見える鳥束目がけて、人差し指をまっすぐ伸ばす。迷いなんかない。

 ああ、喉が鳴る。
 たらふくパンケーキを食べたら、次は鳥束を。

 

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