きっとオレらは

 

 

 

 

 

 つけたテレビの中で、どっと笑いが起こる。見ている斉木さんのほっぺたも、合わせてじわっと緩む。
 斉木さんのお気に入りの芸人の、一発ギャグ。
 自分も前から知ってたけど、斉木さんの贔屓と思うとより注目するようになって、一緒に同じものを楽しめる幸せがなんともたまらない。
 一緒にテレビを見て一緒に笑って、目当ての番組が終わったのでその後は各々好きに本を読んだり雑誌めくったり、気ままに午後を過ごしていた。
 オレは床に座ってベッドに寄りかかっていた。
 斉木さんはベッドに腹這いになっていた。
 ここ最近はいつもこんな感じでのんびりだらだらで、そんな時間を過ごしていてある時、斉木さんが片手をオレに伸ばしてきた。肩の辺りに乗った手と握手して、そのまま読書。最初は大人しく握られてた斉木さんだが、不意にオレの手振りほどいて、今度は頬っぺたにイタズラをしかけてきた。
「いたいよ」
 ぎゅっとつねってくるので、「コラ、めっ」と離させる。でもまたつねってきた。から、「だーめ」と避ける。したら今度は後ろ髪を束で握ってきた。ぎゅっと引っ張られ、オレは素直に仰け反ってベッドに頭を乗せる。
「もーう、こら。なんすか」
 何がしたいの斉木さん、こら、このイタズラ坊主め。
 斉木さんはずりずりと身体を寄せると、オレの顔に影をかけてきた。
「!…」
 唇が重なるのを大人しく受ける。
『別に』
 もー、キスしてから『べつに』はないでしょーが。したいならしたいって、言ってくれればいくらでも。
『別に』
 あっちいけとばかりに、ベッドに乗せた頭を邪険に押しやられる。
 まあひどい、失礼しちゃう。
 オレは身体ごと斉木さんに向き直り、ずりずり元の位置に戻る身体に手を伸ばす。
「ねー斉木さん、もっかい、キスしましょ」
 ちらっとオレを見やり、つーんと元に戻す斉木さん。
 ああくそー、そういうのさえ可愛いんだから、オレの恋人は!

「キスのお誘いに気付かなくってごめんなさい。ね、斉木さん、ごめんって。だからもっかいしましょ」
 何回でもしましょうよ。
 オレもベッドに乗り上げ顔を近付けると、渋々応えてくれた。でも、寸前ですっとずらされ、じゃあ頬っぺたにキスかなと思ったらさらにずれて耳たぶをがぶーっとかじられた。
「いたぁい、もう!」
『ふん、鈍感野郎め』
 痛がるオレを、斉木さんはくすくす笑って見ている。
 こーのイタズラっ子め

 こんな下んないイタズラする斉木さん、誰も見た事ないだろーって、羨ましいだろーって、みんなにみんなに自慢して回りたい。
 燃堂とかチワワ君とか、絶対絶対知らないな。
 となるとこれはオレだけの斉木さんなんだよな、あーやばい。
 やっぱり隠しとこう。もったいないもの。あ―オレ、なんて贅沢。
 それはそれとして。

「耳たぶ、穴開いたみたいに痛いんスけど!」
『どうした急に。病院行くか?』
「はぁ? もうなにしらばっくれて!」
 さも、心配してますって顔してきて、まーわざとらしいったら。
「斉木さぁん?」
 マジ痛いんですって。
 耳たぶさすりながらぐいっと顔を近付けると、今度はちゃんとキスをした。
 唇の先ちゅってくっつけて、重ねて、口開けて舌同士で触れあって、また唇ちょんちょんってくっつけて、そこで斉木さんは満足いったのかオレの頭くしゃくしゃっと撫でてきた。
 その顔がたまんなく可愛くて、オレはつい目尻を下げてしまう。
 オレの恋人はほんと可愛いちゃん!
 あ…きっと今、チョロい奴とか思ってるなー。
『正解』
「もおー」
『扱いやすくて助かる』
「そりゃどーも!」
 どーせオレはね!

 斉木さんに出会ってから、オレは毎日が愛おしい。
 ずっと幽霊の世界に入り浸ってたけど、こっちの世界も何だかんだ悪くないって気持ちになって、今じゃとても大事にまでなってる。
 どっちも大事、オレには、大事な世界が沢山ある。その中でも斉木さんが一番大切。
 こんな風になれるなんて思ってもなかった。斉木さんのお陰。

 だからオレは毎日感謝してる。毎日積み重なるかけがえのない記憶に感謝して、こんな時間がずっと続くよう祈ってる。
 ムダなのは知ってる。
 オレが。他でもない、霊を知ってるオレがいかにそれがムダで儚いかわかっているけども、でも願わずにはいられない。
 その一方でお気楽に思うのだ。
 何になってもどこまで行っても、きっとオレらはこんな風にずっとくっついていられるって。
 なんの確証もないけどきっと大丈夫だって思えるのは、それだけ斉木さんが規格外だからかな。

『何言ってる、お前も相当だぞ』
「えっ…ちょいでで! いだだだだ!」
 斉木さんに足の指でふくらはぎつねられた。まるでキリでぶっ刺されたみたいな痛みに悶絶し、オレは慌てて転がって逃げた。
 尚も追いかけてくる斉木さんの足。
「ちょ、もっ、この!」
『なんだ、逃げるな、ずっとくっついていたいんだろ』
「や、そっスけど、こういうのはちょっと!」
 ちょっと違うんだよなあ。
「もー勘弁して。マジちぎれちゃう!」
 ほれ、ほれと腿やふくらはぎを狙ってくる右足から身体をくねらせて逃げ、かわし、オレは一瞬のスキを突いて斉木さんにのしかかった。
「はいもーイタズラおしまい!」
 膝でお尻どしどし蹴るのもおしまい!

『お前のおっかない顔って』
「あんすか?」
『全然おっかなくないのな』
 舐め腐った顔してからに、斉木さんは。
 両手で顔を包み込む。
「アンタはどの表情もやべぇっス」
『なんだ、どうやべぇんだ』
「んふ、えへへ」
『笑い方がやべぇ』
「恥ずかしながら、その。勃っちゃう」
『どこまでも変態だな』
 斉木さんの手が同じように顔に伸び、オレの頬っぺたをむにっとつまんだ。
 それはもうしょうがない。諦めて下さい。

『じゃあこれから先、絶対、僕以外に興奮するなよ』
「あ、お、ああ。はい!」
『なんだそのいい返事』
「だって、今も実際そうなってますし」
『ふーん?』
「ホントっスよ? あのね、もう御存じでしょうけど、オレ全部斉木さんに変換してるんですよ」
 どの本見ても、どのシチュも、ぜーんぶ斉木さんに置き換えて見てる。
「えっへん」
『胸張るところか?』
 つまんだ頬っぺたを引っ張って、斉木さんは軽く吐きそうな顔をした。つまむだけならまだいいけど、引っ張られたらさすがに痛いので、オレはもうおしまいと離させた。
「胸張っちゃいますよ。でね、そうやってあれこれ見てたら、斉木さんとしたい事がそろそろ三桁に届きそうでもう大変なんスよ」
『……それ、僕が大変なんじゃ』
「てことで斉木さん、消化してもいいっスか?」
 今度は斉木さんが離れる番だった。
『遠慮します』
 でも、本気で離れたいならオレを突き飛ばして瞬間移動すればいいんだから、そうしないんだから、していいってことだ。
『……ちょっとでも痛くしたら、許さんからな』
「む、斉木さんに痛い事なんて絶対しませんよ」
 それだけは誓って言える。
 痛い事もつらい事も悲しい事も、絶対ぜったいしませんから。
「した事ないでしょ」
『そうだな』
 穏やかな顔に、オレは、そうでしょと得意げになる。
『殺意を抱かせるのは得意だがな』
「はぁっ!……はぁあ」
 そうかもしれません。

『やれやれ、で、なにをしようってんだ?』
「いいことですよ、斉木さん」
 さあ始めましょうと唇を寄せる。が、寸前で避けられ、ひっくり返され、回る視界にオレは目をくらませた。気が付くと斉木さんはオレの腹の上に乗っかってた。それも、背中を向けて。
「ん、あ?」
 何この体勢、斉木さんの形良いお尻がすぐ目の前にって事はこれオレ自由に触っていいって事ですか?
 じゃあ遠慮なくと手を伸ばすより先に、斉木さんにМ字開脚させられる。
「うわ、あでで!」
 手加減して斉木さん、オレそんな柔らかくないの!
「てか何この格好……斉木さん?」
 斉木さんなら最高に抜けるポーズっスけど、オレじゃただの間抜けな「ひっくり返ったカエル」だよ、色気もくそもないでしょ。
「どういう――」
『ちょっとでも痛くしたら、許さんからな』
 どういうつもりですかと声をかけようとしたら、さっきの言葉が股間に投げかけられる。
「……斉木さんっ!」
 ちょ、もうどこに話して……めっ!
「しないから、は、はなして」
『返事は?』
 え、えー……。
「……ハイ!!」
 腰をぴくっとさせて、裏声で行ってみた。
『はぁ……23点』
「えー……、ぶはっふご!」
 あまりの馬鹿馬鹿しさに吹いたら唾がひゅって喉に引っかかった。

『何やってんだよ、やれやれ』
「あ、あんたが、げほ、なにやって」
 振り返った斉木さんの呆れ笑いに、オレも笑いが込み上げる。
 げほげほむせながら笑ってたら、斉木さんがオレの上で方向転換して、身体を寄せてきた。
 待って待って、唾かかっちゃうから。
 オレはヒューヒューゲホゲホしながら笑い続けた。
 そんなオレを見て、斉木さんも楽しげに目を細めた。
 はー、オレらってばほんとくっだらない。
 それが最高に楽しい。

「……はー」
『落ち着いたか?』
 斉木さんは相変わらずオレの上で、寝そべるようにして乗っかっている。
 すごく近くて、体温なんてもうどっちのかわからないくらいで、呼吸で膨らむ互いの身体が、どうにも愛おしい。
 オレはちゅっと唇に触れた。
 それに対してふてぶてしく鼻を鳴らした後、斉木さんは満更でもないとくすぐったそうに笑ってオレの隣にごろんと寝転がった。
 今度はオレが上に乗る番。
「じゃあ、今度こそ、良い事しましょ」

 オレにくっついてて良かったって思ってもらえるよう努力しますから、どうかいつまでもここにいて下さいね。

 

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