何回やっても

 

 

 

 

 

 その公園は、丘というかなんというか、小高い山を上った先にある。高台にあるから、街を一望出来てそれはもう見晴らしが良い。
 公園内部は細かい砂利が敷き詰められてて、小さな円形の砂場と、オレの頭くらいの滑り台と、そして景色を眺めるのに持ってこいのベンチがいくつかあるだけの、でもとても落ち着く雰囲気のその公園に、オレは斉木さんと二人で訪れる。
 階段をえっほえっほ上ってこなきゃいけないので、運動嫌いなオレにはちょっとしんどい場所だけど、あんまり人も来ないし景色も良いしで、デートにはうってつけだ。

 その日は良く晴れていて、公園内の黄や赤に色付いた木々が青空に美しく映えた。
 少し空気は冷たかったが日差しは穏やかで暖かかった。恋人と並んでベンチに座って、自販機で買ったホット缶片手にお喋りするには持ってこいだ。
 そんなわけでオレは、今日の授業であった事とか景色のよさとか、ふと思いついた他愛ない事なんかを、つらつらと斉木さんに話して聞かせた。
 斉木さんは、たまに頷いて、相づちうって、呆れたように笑ってと、いつもするようにオレと過ごした。
 その時、頭上のイチョウから舞い落ちた一枚の黄色が、オレの頬っぺたをくすぐった。
「うわびっくりしたっ」
 でも考えてみれば当然だ。
 敷地内の砂利が隠れるほど落ち葉だらけ、黄金の絨毯の中にいるのだ、その内の一枚が偶然オレをびっくりさせても、おかしなことはない。
 舞い散っていたのはわかっていたけどでも、まさかこうもうまいこと自分に振ってくるなんて思ってなかったので、突然の黄色にオレはちょっと尻を浮かせた。
 その驚きようを見て、斉木さんが堪えきれず、といった風に小さく笑った。
 ちょっと恥ずかしかったので、オレはごまかすようにエヘヘと笑った。
 膝に乗っかった黄金色をつまみ上げ、「もう秋かぁ」などとらしくない感慨に耽ってみる。
 案の定隣から、「なに柄にもない事やってんだ全然似合わねぇよ」って眼差しをもらい、オレはすんませんと苦笑いした。

 こないだ見たテレビ…何だったかで、何故葉っぱは散るのか、を説明してたのを、ふと思い出した。
 春の芽吹きからずっと樹の為に栄養を作り続けてきた葉っぱさんは、秋になると用済みになるので樹から切り捨てられるとかなんとか、だったっけ。
 その説明にあたり、なんとも切ない擬人化してたなあ、しみじみしちゃうよ。
 利用するだけしてポイ捨て…と考えると、切ないなあ。

「ねー斉木さん、落ち葉っていえばね――」
 オレはしばらく噤んでいた口を開き、今しがたこんな事考えてましたと、斉木さんに告げた。
 するとこんな言葉が返ってきた。
「お前なら簡単にやると思ってたけどな」
 用済みだから、切り捨てる。
 ふつう恋人から、お前は用済みの人間簡単に切り捨てしそう、なんてことを言われたら「見くびるな」って激昂するところだけど、まあ、実はその言葉待ちで投げかけてたりする。
 だからオレは、クソ憎たらしい顔で笑ってやった。
「おあいにくさま〜」
 もはや日常なので、笑う余裕もある。
「ははは、今日も絶好調っスね斉木さん」
「……ムカつく」
「あ、ちょ、顔ダメダメ……いだだだだだ!」
 斉木さんはぼそっと呟くと、オレの頬っぺたをつねった。あんまり素早い行動だからオレは避ける間もなく顔を引っ張られる事になった。
「やめて、やめてー」
 さすが元超能力者、封印しても怪力は相変わらずだよ。
 そんな人物に喧嘩売るオレもオレで、相変わらずだけどさ。

「ってー……もう、こら、いたずらしちゃめっスよ」
 オレは急いで頬をさすった。
 伸びちゃってないかしら、オレの顔。
 この悪い手めと挟んで叩こうとしたら、さっと避けられた。こんにゃろって顔見ると、斉木さんはツーンとそっぽを向いた。
 ああ、こんなのもまた好きだ。斉木さんがたまらなく愛しい。
 だからオレは言う。思ったら即発言だ。
「好きっス」
「……いい加減、ポイ捨てしろ」
「しませ〜ん。ね、斉木さんほら、あっちのベンチ」
 少し離れた位置にあるベンチを指差し、オレは意味ありげに視線を送る。
「……ふん」
 鼻の頭にしわを寄せ、斉木さんは目を細めた。
 春のあの日、あそこのベンチに座って、オレらは――

 

 

 

 なんとなくまっすぐ家に帰る気にならなくて、オレと斉木さんは、高台の公園のベンチに並んで腰かけ、自販機で買ったホット缶をちびちび啜りながらぽつぽつ言葉を交わした。
 といっても全然中身はなくて、オレはホットココア斉木さんは見るからに甘そうな抹茶ミルクで、オレはさして興味ないけど「それどんな味っスか」とちょっと味見したくなって、ひと口貰ってうわやっぱり甘いやってしかめっ面になって、その時ちょっと強い風が吹いて、桜の花びらが舞いオレの顔をかすめて落ちてきた。
 びっくりしてちょっと尻浮かせて、オレは慌てて顔を背けた。その方向には自販機と屑籠があり、一本だけ、ポイ捨てされた空き缶が転がってるのが目に入った。
 別にオレは品行方正でも優等生でもなんでもないけど、そういうのを見て顔をしかめるくらいはする。
 この時はそれだけじゃなくて、ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てたい衝動に駆られた。
 今日は色んな事があってクタクタに疲れ果ててたけど、そのせいか気持ちが昂って頭カッカしてとてもじゃないが見過ごせなかった。
 だって、せっかく斉木さんがさ。
 やっとのことでこの世界をさ。
 だのにのんきにポイ捨てなんかしやがって。
 ムカついてしょうがなくて、オレは立ち上がった。
 硬い空き缶を手に取った瞬間、そいつは一瞬にしてオレの手の中でぺしゃんこに圧縮された。
「!…」
 呼吸が喉の奥でひっくり返った。あー…斉木さんか。でも端から見たら、オレが指先一つでクシャってやったみたいだよな。ま、誰も近くにはいないんだけど。とってもコンパクトになった空き缶を屑籠に入れる。とても空き缶とは思えない、すごく硬めの重い音がした。

「あざっス」
 ポイ捨て、やっぱりムカつきますよね。
『お前がこれからしようとしてる事な』
「はっあ?」
 オレが?
 ポイ捨てを?
「しませんよそんな!」
 ゴミはちゃんとゴミ箱に!
「アンタ、オレの事変態クズだなんだ言いますけどね、それくらいの分別は持ってますよ!」
『違う。僕をだ』
「アンタを!?」
 なに、どういうこと?
 そんな予知夢でも見たの?
「それ絶対チャンネル壊れてるから! んなもん信じちゃダメよ!」
『信じるも信じないもない、ただの事実だ』
「ちょ、何なんスか!? ねえ!」
 オレは焦れて、ちょっと強い口調で言った。

 斉木さんは今夜、超能力を封印する。
 オレはその事に異論はない。というか、オレごときがグズグズ言ったところで、何の意味もない。よるべきは本人の気持ちだけだ。オレは家族以外で一番近くて、物理的にも精神的にも一番深いとこまで踏み込んだりもしたけれど、それでも最終的な決断はやっぱり本人のものだ。
 正直色々言いたい。でも、ムダ。無意味なんだ。今更ひっくり返すのは無理だし、オレもそれは本当のところじゃ願ってないし、結局のところ本人がそれでいい、それが一番幸せだというなら、そうなんだよ。オレはとても近付けたけど、でもやっぱり他人だから、そんなオレに出来るのは「斉木さん幸せになって下さい!」って本気の願いを唱える事だけ。
 でも…それでもやっぱり思うところはあれこれあるわけで、超能力者・斉木楠雄とも今夜限りお別れだから、名残を惜しんでこんな公園に寄り道して、どうでもいい話をくっちゃべってたりするわけだ。

 で、その途中でオレの顔に花びらが落ちてきて、その拍子にポイ捨てされた空き缶見て、そこから、ポイ捨てするだのしないだのになった。
 いや、なんなの?
 オレがすんの?
 ポイ捨てを?
 しないよ?
「なんで斉木さんを!」
『用済みだろ』
「はぁあ?」
「利用価値ないだろ。超能力なくなるんだから」
「なんなのっ!」
 え、オレらそんな間柄だったか?

 いや、えっと。
 遡れば最初は確かにそうだったよ、超能力授けてほしい、弟子にしてほしいって押しかけて、師匠師匠つきまとって、……え?
 ああうん、そうだった、明らかに、あからさまに超能力目当てだったよ。
 美味い汁吸いたくてまとわりついてたよ。

「え、でもさ、でもですね、斉木さん」
『僕は性格悪いんだろ』
「ああー!…のですね」
 あの時ついポロっと言っちゃったこと、根に持ってらっしゃるのね。まあそりゃそうか、蒸し返したくもなるか。くそ、顔から火が出そうだ。
 あん時の自分めぇ!
 あれはそのあれよ、そう、洗脳がまだちょっと残ってたんスよそれだけよ。
「あのですね、そりゃたまに悪いですけど、いつもじゃないです、良い時優しい時のが多いですよ、つまり普通ですよ」
 あ、うんそう、アンタの好きな普通よ。
 我ながら、いいとこ繋がったなと、冷や汗の中の救いに感謝する。
 斉木さんの表情はあんまり変化しない。
 ねえ、なんでなの?
 なんでいきなり別れ話になってんの?

「聞いて斉木さんオレはアンタが好き!」
 余計な言葉が入り込む隙もないほど早口で、オレは叩き付けた。
『好きなのは僕の超能力だろ』
「あーもうなにもおー!」
 ばかやろう、オレ!
 頭をかきむしる。
「確かにそうだけども、アンタの一部だけども!」
 そこだけじゃなくて全部ひっくるめて、オレは斉木楠雄って人間が好きなんだよ。

「アンタだって、オレの事好きでしょ!」
 問い詰めると斉木さんは、これまでにないくらいしかめっ面でそっぽ向いて、知らん顔する。
 何その態度、好きなのバレバレだよ。
 こっち見ろこら、オレの事好きなんでしょ。
 それでも斉木さんは頑として知らんぷりを決め込む。
 ほんとあったまきた!

「斉木さ、うっぐぅ……」
 と思ったら泣けてきた。怒りが溜まりすぎると泣けるのな。
『おい、なんだよ……』
「ポイ捨てすんのはっ…アンタじゃん……」
『違う。僕には出来ない。するのはお前なんだよ』
「ほらぁ、やっぱりオレの事好きじゃん。だのにだんでひどい事言うの?」
『べつに、……』
「言えないんでしょ、嫌いって。好きじゃないって」
『鳥束、あのな』
「うるさい聞かない!」
 今度はオレが聞かない番だ。
 歯茎に歯がめり込むって程噛みしめて涙を堪え、オレは力一杯足元を見つめた。
 何がポイ捨てだよバカ言ってんじゃないよ。
 オレはしない斉木さんもしない、絶対しない。
 するもんか。
 するわけないだろバカー!

「……ていうか、できないっす」
 どう頑張って想像しても、浮かんでこない。オレが斉木さんから離れる光景が、全然思い浮かばない。
 でも、あー…そうなるのかな。
 そうなっちゃうのかな。
 超能力がなくなる…って、そりゃすごい変化だよ、天地がひっくり返るようなもんかもだけど、それでオレたちの関係性が変わるとかどうのこうのってのは、全然考えてもなかった。
 テレパシーから始まって、あれもこれもそれも何もかも無い、まるで違う毎日になるだろうから、斉木さんどうなるかわかんないから、オレ頑張ってフォローしてこうね、おー、みたいな、すっごくお気楽に構えてた。
 慣れるまでどんくらいかかるかなー、どんなふうに変わるのかなーって、まるで想像もつかないから「なったらなった、そん時はそん時だ」ってゆるく構えてた。
 まさかこんな、捨てるの別れるのに繋がるなんて、ひどいんじゃないっスかね。
 唐突すぎますよ、斉木さん。
 あー、涙止まんねー。

 日が沈み段々と肌寒くなってきた。
 震えるまではいかないけど、身体がかたくなる。すかさず斉木さんが、自分の上着をオレにかけてくれた。
「……ほら、それさぁ」
 えぐえぐ泣き顔で目一杯笑う。唇ブルブル震えてカッコわり。でもだって嬉しいじゃん、こんな気遣いされたら誰だってニコニコ顔になるじゃん。今絶対顔汚いのわかってるけど、嬉しくて顔が笑えて、汚いのも構わないって思える。
『こういうのも、わからなくなる』
「は?……あっそ、別に。じゃあ今度はオレがアンタにコートかけてあげますよ」
『……鳥束』
「ええ、オレにはそんくらいしか出来ませんけどね、それくらいが丁度いいんですよ、普通は」
『普通は』
 普通は。
 言うように、斉木さんは小さく口を開けた。
「そうっスよ」
 アンタはこの先、なんかする度「普通」に戸惑うんでしょうね。でも心配ないっスよ、オレがいますから。寒かったらコートかけてあげます、暑かったらあおいであげます、あったかいもの食べてほっこりしたり、冷たいもの飲んですっきりしたり、季節の花に目をとめたり、ちょっとの事で言い争ったり。
 そしたらその内アンタもわかってきて、オレに出来るようになりますよ。
 上着をかけてやりたいって気持ちがあるんだから、後は見る目を育めばいいだけっス。

『そこまで行く前に、お前は絶対――』
「うっさい蒸し返すな。うっさいうっさい!」
 ちょっとむっとした顔されるが、オレは勢いで無理やり押した。
「あーわかったよ! ポイ捨てだぁ?…するかしないか、じっくり見ろ!」
 これからの毎日、ちゃんと目を開いてオレの事見てろ!
『お前、本当に馬鹿だな!』
「あーバカっスよバカ上等!」
『大馬鹿野郎だ……』
 バカバカうるさいっス。
「それでもオレの事好きでしょ、好きだったんでしょ、今日まで」
 斉木さんは小さく頭を振る。ちょっとギョッとしたら、続く言葉でまたドキッとなった。
『明日も…明後日も……』
「……ずっと好きだ」
「!…」
 なんでこんな時にそんな!
「うっ……じゃあ、問題ないじゃないっスか。別れるのナシでいいっスね」
「………」
「ナシでいいっスね!」
「………」

『だって、もう……お前の世界を一緒に視る事も出来ないんだぞ』

 ああそうか、不安なんだよこの人は。じゃあオレやっぱりバカだわ。不安でしょうがなくてどうしていいかわかんなくて混乱してる人に、この態度はひどいわ。
 悪い事した。すみません。
 これじゃダメなんだ、オレが取るべき態度は違う。
 そうかもう同じ世界は視る事できないか、そっか…でも、オレが視てる世界が確かにあるってアンタは知ってるから、オレはそれでいいや。
 初めて、オレの見る世界を知ってくれた人。一緒に視てくれた人。
 オレはそれで充分だ。

 斉木さんの両手を掴む。
「斉木さん、好きです」
 これからも好きでいます。
『先の事なんて……』
「そ……っスね、でもじゃあ、なんで斉木さんは明日も明後日もオレを好きなんです?」
『……お前は始めから、最初の時点からこれ以上ないほど最低最悪のクズ野郎だったろ』
 オレの胸辺りに視線をさまよわせながら、斉木さんは小さく笑った。
 あ、そういやそうでした。
 やりたい放題生きたいって、堂々と宣言しましたね。
 そんなオレから始まって、もっとひどいもの見た上で、斉木さんはオレと一緒にいてくれる事を選んだ。
 それじゃー、この先もはっきり言えるわな。
『でも、お前は、僕は……わからない』
 ようやく、素直な顔が見えてきた。
 どうにもやるせなくて胸が締め付けられるけど、その一方で希望が胸に満ちてくる。どうすればいいかわかって、その道のりは途方もないけど、進むのは不可能じゃないからオレは嬉しくなる。
「そーっスね、ほんとっスね。だから、今、好きです」
 で、これから毎日「今は好き」を重ねていきます。アンタが信じられるように。
「信じていいと思うまでずっとやります。斉木さん、好きです」
 斉木さんは俯き、ゆっくり顔を背け、そこで一粒、ぽろりと涙を零した。
「大丈夫、好きですから」
 片方の手をそっとほどいて、オレは丁寧に拭ってやった。
「ね。泣きたくなったら、オレが胸貸しますから」
 ぽろり。ぽろり。拭っても拭っても涙は溢れ、斉木さんは焦れたように深呼吸した。そして、オレと繋いでいる手にぎゅっと力を込めた。から、オレはぐいっと胸に抱き寄せた。
「オレが全部受け止めますから、どんだけ泣いたっていいですよ」
「うるさいんだよお前……」
 また、ぎゅっと手が握られる。
 イラついた声すらも愛おしかった。

 

 

 

 それから毎日「今は好き」を重ねて、気付けば半年経ってた。

 あの日の翌日、三日後、一週間後、そのまた一週間後…超能力を封印し、晴れて「普通の高校生」になった斉木さんは何かもう色々へっぽこもいいとこで、オレはそれをフォローしたり宥めたり慰めたり励ましたりハッパかけたり、とにかく忙しかった。
 で、そんなもんだから斉木さんてば余計卑屈になっちゃって、オレはオレでほっとけないから過保護になっちゃって、それでますます斉木さんは落ち込んで、らしくないなあもーって思いながら毎日傍で見守った。
 斉木さんはしょっちゅう「こんなポンコツいやになっただろ」って聞いてくるけど、オレは全然そんな事ない、むしろ逆、愛情が深まる一方。
 正直めんどくさいよそりゃ、プライドクソ高いのはそのまま、超能力者だった時の身体の頑強さそのままで卑屈になったり開き直ったり、ひょっとしたら超能力者の時よかめんどくさい人になったんじゃ…って天を仰いだ事は一度や二度じゃない。
 もーやだ、もーめんどくさいって事は数えきれないほどあったけど、なんでか不思議と「もー嫌い」は出てこなかった。好き好きが重症化した。
 自分でもこれはよくわかんない。説明難しい。夜、あーあ今日も斉木さんに振り回されてへとへとだって振り返る時、でもオレは「今日も斉木さん好きだった」て締めくくるの。そして、「きっと明日の斉木さんも好き」ってなって、翌日その通りで、毎日その繰り返して、毎日クタクタ、毎日好き好き。

 そんなこんなで半年経過。

 春から始まって、毎日一生懸命斉木さんに向かい合って過ごしてたら夏が来て、過酷な熱波に汗ダラダラ流して向かい合って、毎日夢中で斉木さんに向き合ってたらいつのまにやら秋に近付き、突入し、こないだまで暑い暑いとうんざりしてたのが過ごしやすくなって、爽やかな風も段々と冷たくなっていって、でもまだ向かい合ってて、気付けば半年経ってたよ。
 夏の間は足が遠のいていた高台の見晴らし公園にもこうして出向く元気が出たので、ホット缶を二本買い求めて一緒にベンチに座り、高くなった空と紅葉とを楽しむ。

 飲み終えた空き缶を斉木さんから受け取り、オレは屑籠に放った。今日は、外に放置されてる空き缶はなかった。そうそう、ポイ捨てはいかんよ。
 オレはベンチに戻った。
「どうです斉木さん、そろそろ信じた?」
 まだダメ?
「いっスよ、これまでと同じように、毎日を重ねるだけだもの、楽勝っスよ」
「お前、本当に馬鹿なんだな」
 一つ大きなため息のあと、斉木さんはやれやれと首を振った。
「まあね、バカがつくくらい斉木さんが好きっスから」
「……とりつか」
「はいは〜い」
 おずおずと伸ばされた手をぎゅっと握り締める。
「わっ冷たい。そろそろ手袋しなきゃっスね」
 両手に挟んでせっせとさすっていると、ふふ、とささやかな息遣いが聞こえてきた。オレは目を見合わせ、にかっと歯を見せた。
「ねえ斉木さん、なんかあったかいもの食べてきましょ。うどんとかどっスか」
「……いいな」
「よし、行きましょ」
 そう声をかけると、斉木さんは繋いだ手をぎゅっと握ってオレの隣に立った。オレはルンルンで歩き出し、公園を出るまでのささやかな幸せに全力で浸った。

 いよいよ人通りのあるところに出るとなった時、繋いだ方の肩に一瞬、重みを感じた。
 斉木さんが頭を預けたのだとすぐに理解出来たが、手がほどかれ互いの距離もそこそこに離れた後でも、オレは信じられなくて心臓が破裂しそうな動悸を長く引きずった。
 というのも、オレにぴったり寄り添った時に耳元で「好きだ」なんて囁かれたら、そしてそれが滅多にしない行動だとしたら、誰でも口から心臓飛び出そうになると思う。
 オレは呼吸がおかしくなるほど舞い上がった。
 斉木さんの事だから、オレに「好きだ」って言ったあの口で、またきっと心にもない「ポイ捨てしろ」を紡いでくるとは思う。
 けどね斉木さん、そんなの何回やっても、オレはいつものアンタと今の「好き」があるから、負けませんよ。

「オレも好きですよ、大好きです、斉木さん」
 ようやく呼吸が落ち着いたので、オレは隣にいる人に聞こえるだけの声で告げた。
 そしたらさ、ははは、さっき予想した通りの言葉が投げ付けられたの。うるさいって睨み付けて、斉木さんお決まりのひと言。
 まったくもう、そんな照れ隠しバレバレの顔で言われたって、オレはちっとも堪えませんからね。
 ますます好きになっちゃうってもんだ。
「……ふん、ばーか」
 ぐ…にやにやしちゃったオレも悪かったですけど、だからってそんな小学生みたいなこと言わなくっても。
 ますます笑ってしまう。そしてますます斉木さんに睨まれる。
 その悔しそうな顔も全部ひっくるめて、アンタが大好きですよ。
 とか盛大ににやつきながら想いに浸っていたら、焦れたのか斉木さんは早足で立ち去ってしまった。
「あ、ちょまー!」
 という間に、角を曲がって見えなくなった。オレは大慌てで後を追う。
 まあ、曲がったところで待っててくれたんだけどね。
 マジで置いてかれたかと青くなった顔が一気に赤くなっちゃって、オレもう大変だった。
 あたふたするオレを見て、斉木さんは溜飲が下がったみたい。その後は、普通に一緒に並んで歩いてくれた。
 もう…好き!

 空は高く晴れ渡り、風も冷たい。
 でも隣にいる人の想いにあたためられ、オレはちっとも寒くなかった。

 

目次